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2019年4月

2019年4月30日 (火)

性転換倶楽部/響子そして 解決(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十九)解決

 

 真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡して
いた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちく
ださい。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、
そのつもりでいてください」
 そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
 などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するな
んて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかな
いわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売
春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが
合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込め
ないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮し
ていたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅し
てきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危
険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響
子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
 救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
 と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
 わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でな
きゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加
えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の
腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
 と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
 真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
 私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
 と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
 へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
 わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」

 

「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を
掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わ
った組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、
今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
 すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そ
ばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
 こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
 こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。
そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
 敬礼をする女性警官。

 

「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るの
もその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
 全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
 祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわ
けだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の
罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生き
ており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響
子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女になら
なければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に
相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁
護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基
礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
 と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには
困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
 と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーと
か開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKな
ら承認してもいいわ」
 パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
 一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意
味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千
万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がする
んだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟
であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によっ
て金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働か
なくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもら
うからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
 と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた
以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
 全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」
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2019年4月29日 (月)

性転換倶楽部/響子そして 特務捜査官ケイ&マキ(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十八)特務捜査官ケイ&マキ

 

「馬鹿な! なんで俺だけが五百万円なんだよ」
「おまえは、弘子の遺産を譲り受けているじゃないか。それを相殺したんだ」
「弘子の遺産だと? そんなもん知らん」
「ならば、もう一つの調書を見てもらおうか」
 弁護士が再び書類を配りはじめる。
「儂が弘子に分け与えた土地と家屋に関する譲渡金の流れだ。あの土地と家屋は暴力
団が運営する不動産会社が、弘子から買い上げたことになっている。覚醒剤によって
精神虚脱状態になった弘子から実印と印鑑登録証を取り上げ、架空の売買契約を成立
させたことは明白な事実だ。その売買代金はべつの不動産会社、これも同じ暴力団経
営のその口座に振り込まれた。まあ、暴力団の資金源となったわけだ。さて、その土
地と家屋は、ある人物の経営する会社に譲渡され、短期譲渡に関する法律に触れない
ようにして一定期間後に転売された。その購入代金は、暴力団の不動産会社の取得し
た金額の60%だった。これを通常価格て転売している」
 ここで一息ついてから、
「響子、今話した金の流れの意味が判るか?」
 と尋ねてきた。
「えーと……。つまり早い話し、お母さんの資産を、暴力団とある人物とで、六四で
分け合ったということになるのかしら……」
「響子はかしこいな。その通りだよ」
「他にも宝石・貴金属類、銀行預金・有価証券なども巧妙に分配されている。すべて
は、ある人物によって仕掛けられた巧妙な計画だったんだ。離婚訴訟の最中にあって、
覚醒剤の売人がどうして弘子に近づけたのか? 離婚がほぼ決定的になって、その後
の後釜になろうといろんな男達が近づいて来たし、人間不信から懐疑的になっていた
弘子は、ほとんど人に会う事を避けていた。弘子に近づけるのは数が限られていた。
なのになぜ赤の他人である売人が容易に近づけたか、不審に思った儂は、密かに調査
していた。売人はある人物が紹介したことが判ったよ。弘子を覚醒剤漬けにして財産
を横取りしようと企んだんだ」
「ひどいわ!」
「しかもうまい具合に、息子が弘子を殺して少年刑務所入り、相続欠格者となって、
法定相続人から脱落した」
「響子、弘子の遺産は本来誰が相続するかな?」
「おじいちゃんだよ。元に戻るわけだね」
「じゃあ、儂の死後に儂の遺産はどこへ行くかな?」
「えーと。おじいちゃんの直系はわたしだけだったから、おじいちゃんの兄弟姉妹と、
その子供達ね」
「そうだ。ある人物の最初の計画では、弘子の次にはおまえをも籠絡する計画だった
んだよ」
「う、うそお!」
「おまえはまだ子供だったからね。やろうと思えばいくらでもできるよ。何せ暴力団
とつるんでいるのだから。しかし相続欠格となったことで計画は中止された。財産を
独り占めしようと相続人全員を処分するのはまず無理だし、黙っていても儂の財産の
五分の一が転がり込んでくるしようになったからな。それだけあれば十分だと思った
のだろう。ともかく弘子の遺産があったわけだが、暴力団と手を組んで、不動産譲渡
を繰り返して巧妙に分け合ったわけだよ」
「おじいちゃんは、そのある人物が誰か知っているのね」
「ああ、今この部屋の中にいるよ。そいつの相続額は弘子の財産分を差し引いておい
た」
「ええ? じゃあ」
 一体、誰?
 親族達が顔を見合わせている。
 ただ一人、身体を震わせている人物がいる。
 四弟の健児だ。
 遺産分与で健児だけが差別されている。
 つまり……。だれもが気づいたようだ。

 

「どうした健児、寒いのか? それとも脅えているのか」
「くそっ!」
 健児が鞄を開いて何かを取り出した。それが何かすぐに判った。
 拳銃だ。銃口は祖父を狙っている。
「おじいちゃん、危ない!」
 わたしはとっさに祖父の前に立ちふさがった。
「響子! どけ!」
 祖父がわたしを押しのけようとするが、わたしは動かなかった。
 パン、パン、ズキューン。
 数発の銃声が鳴り響いた。

 

 バーンと扉が開け放たれて制服警官がなだれ込んできた。どこかに隠れ潜んでいた
ようだ。
 腕に激しい痛みがあった。どうやら弾があたったらしい。いや、運良くかすっただ
けだった。
 床に倒れたのは健児だった。
 腕を射ち抜かれてもがいていた。すぐそばに弾を発射した拳銃が転がっている。
 ふと見ると弁護士の隣の立会人が拳銃を構えていた。その銃口から硝煙が昇ってい
る。
 さらにはわたし付きの真樹さんも拳銃を構えていた。あれは欧米の女性が護身用に
よく携帯しているレミントンダブルデリンジャー41口径。ガーターストッキングに
でも挟んで隠してたのかな。立会人の方は、ダーティーハリーで有名なS&WM29
44口径ね。ついでに言うと健児のは、イスラエルIMI製造のデザートイーグル
50AE(通称ハンドキャノン)。50AE.弾を装填できるオート拳銃。女子供が撃てば
反動で肩の骨が外れちゃうという驚異的な威力を持っている。そんなもんどこから手
に入れたんだよ。あれがまともに当たってたら即死だよ。こんなこと知っているのは、
暴力団組長の明人の情婦だったおかげ。銃器カタログが置いてあって、暇な時に読ん
でたらみんな覚えちゃった。もちろん現物を触る機会もあった。護身用にってデリン
ジャー渡されたけど、持ち歩かなった。
「医者だ! 医者を呼べ!」
 祖父が叫んでいる。
 拳銃を構えていた立会人が、用心しながら健児に近づいて行く。
 健児が身動きできないように確保して、拳銃を納め、代わりに手帳を取り出して、
「警察だ! 覚醒剤取締法違反容疑、ならびに銃砲刀剣類所持等取締法違反と傷害及
び殺人未遂の現行犯で逮捕する」
 と手錠を掛けた。
 健児を引っ立てて行く立会人を務めていた警察官。
 通りすがりに真樹さんに話し掛けている。
「俺は、こいつを連れて行く。マキは後処理を頼む」
「わかったわ、ケイ。しかし、こいつ馬鹿じゃないの。日本人の体格で50口径の拳
銃が扱えると思ったのかしら。その銃の重さや反動でまともに標的に当てられないの
に」
「ああ、しかもデザートイーグルは頻繁にジャミング起こすんだよな。50AEは判
らんが俺の所にある44Magは、リコイル・スプリングリングやらファイヤリングピ
ン、エキストラクターやらがすぐ破損する。とにかくコレクションマニアは、何考え
ているかわからん。とにかく破壊力のあるガンが欲しかったんだろ。こいつの家にガ
サ入れに向かっている班が、今頃大量の武器弾薬を押収している頃だろう」
 ふうん……。立会人がケイで、メイドがマキか。二人とも刑事か。名前にしては変
だし、コードネームかなんかかな……。

 

「響子、大丈夫か?」
「射たれちゃったけど、かすり傷みたい」
「すまなかった。こんな目にあわせたくなかったのだが、健児の化けの皮を剥ぐ良い
機会だった。奴を放っておけば、またおまえに手出しすると思ったのだ。だから、警
察と連絡を取合って、罠をかけたのだ。健児は無類の拳銃好きでね。それが高じて暴
力団とも関係するようになった」
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2019年4月28日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 VIII

 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌
 VIII 養成機関  カサンドラ訓練のとある教室。  訓練生達が机を並べて、教官から講義を受けていた。 「……であるから、この養成機関はこれまで通りに存続することとなった。もちろん 君達パイロット候補生達もだ。かつての共和国同盟に忠誠をつくすために集まった諸 君だが、今後は新しく再編された共和国総督軍のために尽力してほしい。さて、君達 も知っての通りだが、ランドール提督はアル・サフリエニ方面軍を解体することなく、 あまつさえ我が国に対して反旗の狼煙を揚げ周辺地域を侵略するという暴挙に出た。 ここに至っては、ランドールとその艦隊を反乱軍として、総力をあげてこれを鎮圧す るために総督軍を派遣することに決定した。また、このトランター本星においては、 ランドール配下の第八占領機甲部隊【メビウス】がパルチザンとして活動をはじめて いる。この養成機関に与えられたことは、このメビウスに対抗するために組織される 部隊の戦士を育てることだ。諸君らの健闘を期待したい。話は、以上だ。何か質問 は?」  教官が声を掛けるとすかさず手を上げる候補生達。 「我々が戦うことになる相手は、共和国同盟にその人ありと讃えられる不滅の常勝将 軍です。あのタルシエン要塞攻略も士官学校時代から数年に渡って作戦立案を緻密に 計算され尽くされての偉業達成です。このトランターが陥落するなどとは、誰しもが 考えもしなかった人々の中にあって、提督だけがこの日を予測しての【メビウス】を この地への派遣。パルチザン組織の急先鋒としての任務を果たすこととなりました。 まるで未来を予見する能力があるように思える提督に対し、果たして我々に勝算など あるのでしょうか?」 「何もランドールと戦えとは言ってはいない。彼は宇宙だからな。君達が実際に戦う のはメビウス部隊だ。指揮官が誰であろうと、ランドールにかなうほどの技量を持っ ているはずがない。心配は無用だ」  と言われて、「はい、そうですか」と納得できるものではなかった。  ランドール提督に限らずその配下の指揮官達も、並外れた才能を有している連中ば かりなのである。メビウス部隊だって、ランドール提督から厚い信頼を受けて、トラ ンター本星へ配属されてきているはずである。 「それではお伺い致しますが、共和国同盟軍には環境を破壊する禁断の兵器として封 印されていた【核融合ミサイル】があったはずですが。それは今どこに保管してあり ますか?」 「どうして……そのことを?」 「ネットに情報が流れていて、誰でも知っている公然の事実じゃないですか。核融合 ミサイルは、反政府パルチザン組織のミネルバ部隊の管轄にある。そうですよね?」  糾弾されて言葉に詰まる教官だった。 「そ、それは……」  教官が動揺するのは無理もない。  メビウス部隊の司令官は、特務科情報部所属のレイチェル・ウィングであり、その 背後にはネット界の帝王と冠されるジュビロ・カービンがいる。共和国総督軍をかく 乱するために、ありとあらゆる情報をネットに流すという情報戦を展開していたので ある。  いかに強力な政府や軍隊を作っても、それを支えているのは民衆であり、そこから 得られる税金によって成り立っていることを忘れてはならない。民衆からの信頼を得 られなければ、その屋台骨を失うこととなり、政府軍はやがて自我崩壊の危機に陥る ことになる。  反政府ゲリラなどの常套手段として、各地に大量に地雷を埋め込んだり、爆弾テロ などで多くの不特定多数の民衆を巻き添えにすることは、よくあることである。これ は、強力な軍隊を持つ政府軍と直接戦うよりは、か弱い民衆を相手にして数多くの犠 牲者を生み出すことによって、政府軍の民衆に対する信頼を失墜させることが目的だ からである。  たった一発で大都市を灰燼にし、放射能汚染で数十年以上もの長期に渡って人々を 住めなくする核融合ミサイル。そのすべてを使用すればもはやこの星は人の住めない 状態の死の惑星となるのは必至である。  その禁断の破壊兵器を、占領時の混乱に乗じてミネルバ部隊が密かに接収してしま った。  そんな情報をネットに流したのである。
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2019年4月27日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 XIII

第二章 ミスト艦隊
                XIII  アレックスがフランドルに案内されながら現れた。  一斉に敬礼して出迎える艦長達。 「出港準備完了しております」 「うん。ご苦労だった」  振り返ってフランドルに別れの挨拶をするアレックス。 「おせわになりました」 「何もできませんが、せめて補給基地に立ち寄って補給を受けてください。二千隻すべ てへの補給は無理でしょうが、行って帰ってこれる程度の備蓄はあります」 「よろしいのですか?」 「なあに、これくらいの礼はさせてもらわないと、罰が当たりますよ」 「そうですか……。それではご好意に甘えさせていただきます」 「ご武運を祈っています」 「ありがとう」  握手をして別れ、アレックスはヘルハウンドに乗艦した。 「おめでとうございます。提督のご奮戦振りモニターしておりました」  艦橋に入るやいなや、女性オペレーター達の熱烈な祝福を受ける。 「そうか……」  指揮艦席に腰を降ろすアレックス。  この席に座るのは実に久しぶりのことであった。  懐かしそうに、機器を撫でている。 「ステーションより、補給基地のベクトル座標データが入電しております」 「よし、データを艦隊に送信し、先に補給しろと伝えろ」 「了解」 「提督。このベクトル座標データからすると、補給基地は中立地帯のすぐそばです」  航海長が説明した。  数字の羅列を読んだだけで、およその位置を言い当ててみせるのは、その頭の中に航 海図がまるごと入っているからだろう。 「補給基地の位置を五次元天球儀に投影してみろ」 「判りました」  五次元天球儀は、透明球状体にレーザーを照射して、その内側に航路図を投影できる ものである。ワープ中でも常に艦の位置を表示できる。敵艦隊や新築されたばかりの施 設などの更新されていないデータは表示されないので、構築物の所有者や国家は、国際 宇宙航路図協会への報告を厳重に義務付けられている。  補給基地を示す青い光点が明滅し、そのすぐそばを銀河帝国領との境界にある中立地 帯が、淡いレッドゾーンとして表示されている。 「目と鼻の先だな」 「中立地帯近辺の警備における補給を担っているのでしょう」 「だろうな……」  と頷いて、オペレーター達を見渡してから、 「出航する。機関出力五分の一、微速前進」  命令を下した。 「了解。機関出力五分の一、微速前進」  艦長が命令を復唱する。 「機関出力五分の一」 「微速前進」  各オペレーター達が復唱しながら機器を操作している。 ポチッとよろしく!
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2019年4月26日 (金)

性転換倶楽部/響子そして 遺言状公開(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十七)遺言状公開

 

「さて、この娘が儂の孫であることは、書類の通りに事実のことだ。その顔を見れば、
弘子の娘であると証明してくれる。儂が言いたいのは、相続人として直系卑属はただ
一人、この響子だけということだ」」
「それがどうしたというのだ」
「儂は、今この場で生前公開遺言として、この響子に財産のすべてを相続させる」
 椅子を跳ね飛ばして、四弟の健児が興奮して立ち上がった。
「馬鹿な!」
「でも健児、遺留分があるから、すべてを相続させることできないんじゃない?」
「姉さん、知らないのかい? 直系卑属の響子に遺言で全額相続させたら、俺達の遺
留分はまったく無くなるんだよ。被相続人の兄弟姉妹には遺留分は認められていない
んだ」
「ほんとなの?」
「そうだよ」
 さっきから、何かにつけて意義を唱え続けている、四弟の健児。
 なんか変だ……。
 明らかにわたしを拒絶する態度を示している。わたしが響子として紹介された時か
らずっとだ。
「まあ、落ち着け健児。先をつづけるぞ。では、儂の生前公開遺言状を発表する。弁
護士、よろしく」
「わかりました……」
 三人並んだ中央にいた弁護士が鞄から書類入れを取り出した。
「それでは、公開遺言状を読み上げますが、これは正式には公正証書遺言となるもの
で、遺言者の口述を公証人が筆記し、証人二人が立ち会って署名押印したものです。
 なお、証書は縦書きになっておりますので、そのように理解してお聞きください。
(右は上、左は下ということです)
 読み上げます。

 

 平成十六年第一三五号。
 遺言公正証書。
 本職(公証人 以下同じ)は、後記遺言者の属託により、後記証人の立会いをもっ
て、左の遺言の趣旨の口授を筆記し、これを証書に作成する。
一、遺言者は、その所有に関わる左記の不動産及び有価証券を、孫娘磯部響子に相続
させる。
 (一)東京都○○○市上寺山一丁目一番二号。
    宅地、十一万二千二百三十平方メートル。
 (二)同敷地内
    家屋番号 十二番。
    鉄骨鉄筋コンクリート三階建居宅一棟。
    床面積 七万千八百七十五平方メートル。
 (三)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (四)長野県佐久郡軽井沢町軽井沢○○○番一七二一号。
    宅地 四千五十七平方メートル。
 (五)同敷地内
    家屋番号 七番。
    鉄骨鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 三千二百十三平方メートル。
 (六)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (七)千葉県鴨川市上○○○番三号
    宅地 二千五百七平方メートル。
 (八)同敷地内
    家屋番号 二番
    鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 二千三百七十平方メートル。
 (九)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (十)その他、全国に所有するすべてのビル・建築物などの所有権一切。
 (十一)株式会社○○○商事、所有の全株式
    株式会社△△△海運、所有の全株式
    ………………(中略)………………
    株式会社×××製紙、所有の全株式
二、遺言者は、長兄の故一郎の子孫、長姉の依子、次兄の故太郎の子孫、次妹の正子、
それぞれに金十億円を相続させ、四弟の健児には金五百万円を相続させる。その資金
は銀行預金及び有価証券等を売却してこれに当てること。
三、遺言者は、以上を除く残余の財産はすべて、孫娘磯部響子に相続させる。
四、この遺言の遺言執行者として、
  東京都○○区大和田町三丁目二番地六号。
  行政書士、竹中光太郎を指定する。

 

 

  東京都○○市上寺山一丁目一番一号
   無職  遺言者  磯部京一郎
    明治四十一年三月十二日生

 

 右の者は、本職氏名を知らず面識がないので、法定の印鑑証明書によりその人違い
でないことを証明させた。
  東京都品川区西五反田三丁目二番七号
   会社員  証人  渡部登志男
  東京都港区赤坂一丁目二番二号
   銀行員  証人  草薙 道夫

 

 右遺言者及び証人に読み聞かせたところ、各自筆記の正確なことを承認し、左にそ
れぞれ署名押印する。
  遺言者  磯部 京一郎 (押印)
  証 人  渡部 登志男 (押印)
  証 人  草薙  道夫 (押印)

 

 この証書は民法第九六九条第一号ないし第四号の方式により作成し、同条第五号に
基づき本職左に証明押印する。
 平成十六年四月一日。東京都○○市上寺山一丁目一番一号所在遺言者居宅居間にて。
  東京都港区赤坂五丁目六番七号
   東京法務局所属
    公証人  歌川 信太郎 (押印)

 

 以上です」

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2019年4月25日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 遺言状公開(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(五十四)遺言状公開 「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」  京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。 「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、 祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば 気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」 「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」 「どういたしまして」 「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」  ということで、磯部氏は出かけていった。  屋敷内に残されたわたし。 「さて、わたしも屋敷内を見回ってみるか……」  健児を迎えて、想定されるすべての懸案に対して、どう対処すべきか?  逃走ルートはもちろんのことだが、健児のことだ拳銃を隠し持っている可能性は大 である。  銃撃戦になった場合のこと、メイドに扮した女性警察官を人質にすることもありう る。  あらゆる面で、屋敷内での行動指針を考え直してみる。 「それにしても広いわね……」  つまり隠れる場所がいくらでもあるということになる。  遺言状の公開は大広間で行う予定である。  問題はすべて大広間で決着させるのが得策である。  事が起きて、大広間から逃げ出されては、屋敷内に不案内な捜査員や女性警察官に は不利益となる。  何とかして大広間の中で、健児をあばいて検挙するしかないだろう。 「うまくいくといいけど……」  計画は綿密に立てられた。  必ず健児はぼろを出すはずである。  やがて磯部氏が響子さんを連れて戻ってきた。  車寄せに降り立った磯部氏と響子さんの前にメイド達が全員勢ぞろいしてお出迎え する。 「お帰りなさいませ!!」  一斉に挨拶をするメイド達。  響子さんの後ろで、もう一人の女性がびっくりしていた。  誰だろうか?  予定にはない客人のようだった。  計画に支障が出なければいいがと思い悩む。  執事が一歩前に出る。 「お嬢さま、お帰りなさいませ」  全員女性警察官にすり替わっているのだから、メイド達のことを響子さんが知って いるわけがないが、この執事だけは顔馴染みのはずだ。 「お嬢さまだって……」  女性が響子さんに囁いている。 「そちらの方は?」  執事が尋ねると響子さんが答えた。 「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」  そうか、例の性転換三人組の一人なのね。  名前だけは聞いていた。 「かしこまりました」 「わたしのお部屋は?」 「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」  引き続き執事が受け答えしている。  メイドには話しかける権利はなかった。  相手から話しかけられない限り無駄口は厳禁である。 「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」  磯部氏がわたしを紹介する。 「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽に お申しつけくださいませ」  とメイドよろしくうやうやしく頭を下げる。 「こちらこそ、よろしく」 「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済 まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」 「わかったわ」  そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。  他のメイド達もそれぞれの持ち場へと戻っていく。  残されたのは響子と里美、そしてわたしの三人だけである。 「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」  響子がわたしに命じた。 「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」  下がっていろと言われて、それを鵜呑みにしてしまってはメイド失格である。  わたしは響子さんの専属メイドである。  主人の身の回りの世話をするのが仕事であり、万が一に備えていなければならない。  目の前からは下がるが、少し離れた所から見守っていなければならなかった。  響子さんが、里美さんを案内している間にも遠めに監視を続けることにする。  やがて夕食も過ぎ、午後九時が近づいてとうとう遺言公開の時間となった。  次々と到着する親類縁者たち。  響子さんの専属であるわたしを除いた他のメイド達が出迎えに出ている。  自分の部屋でくつろぐ響子さんと里美さん。 「ぞろぞろ集まってきたみたい」  窓から少しカーテンを開けて覗いている響子さんと里美さんだった。  遺言公開の場に出ない里美さんはネグリジェに着替えていた。 「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」  そうこうするうちに、別のメイドが知らせにきた。 「いよいよね」 「頑張ってね。お姉さん」  何を頑張るのかは判らないが……。  里美さんを残して部屋を出て、響子さんを大広間へと案内する。  わたしと別のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。  大広間の大きな扉の前で一旦立ち止まって、 「少々、お待ち下さいませ」  軽く会釈してから、その扉を少しだけ開けて入って行く。 「お嬢さまを、ご案内して参りました」 「よし、通してくれ」 「かしこまりました」  指示に従って、大きな扉をもう一人のメイドと共に両開きにしていく。
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2019年4月24日 (水)

性転換倶楽部/響子そして 親族会合(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十六)親族会合  午後九時を過ぎたあたりから、車寄せにベンツやらBMWなどの高級外車が次々と 出たり入ったりしながら来客を降ろしていた。 「ぞろぞろ集まってきたみたい」  窓から少しカーテンを開けて覗いているわたしと里美。  里美はネグリジェに着替えていた。  タンスの中には母親の衣類がそのまま残されていた。  それを着せてあげたのである。  わたしは親族会議があるから、それにふさわしい服装に着替えている。 「みんな外車だね」 「そりゃそうよ。この屋敷に入るのに軽自動車なんかで来たら笑われちゃうわ。持っ ていない人は、どこからか借りてくるそうよ」 「見栄だね。ナンバーで判るからレンタカーじゃないわよね」  やがて別のメイドが入ってきた。 「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」  わたしと里美は、見つめ合った。 「いよいよね」 「頑張ってね。お姉さん」  何を頑張るのかは判らないが……。  里美を残して、部屋を出た。ふと振り返ると里美が手を振っている。  二人のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。  大きな扉の前で歩みが止まった。 「少々、お待ち下さいませ」  軽く会釈すると、その扉を少しだけ開けて入って行く。 「お嬢さまを、ご案内して参りました」  その開いた扉から、メイドの声が聞こえてきた。 「よし、通してくれ」  祖父の声だ。いつもと違った威厳のある口調。 「かしこまりました」  そういう声と同時に、扉がゆっくりと全開された。  メイドが二人、それぞれ両側の扉を開いていく。  広い部屋の真ん中に、矩形にテーブルが並べられている。  一番奥のテーブルには祖父が座り、両側サイドのテーブルには親族が座っている。 そして一番手前には、きっちりとしたスーツを着込んだ弁護士らしき人物が座ってい る。  わたしの姿を見るなり、親族のほぼ全員が声をあげた。 「弘子!」  全員の視線がわたしに集中している。 「そんなはずはない! 弘子は死んだ。それに年齢が違う」 「そうだ、そうだ」  そんな声には構わず祖父が手招きをしている。 「良く来たな。響子、儂のそばにきなさい」  テーブルを回りこむようにして、彼らのそばを通り過ぎて祖父のところまで歩いて 行く。真樹さんも後ろに付いてくる。  じゃあ、一体誰よ、この女。  何者だ。こいつ。  というような、明さまに敵意を持った目つきで睨んでいる。  親族にとっては、女性ホルモンと性転換のおかげで、すっかり容姿が変わってしま っているわたしが、ひろしだとわかるはずもないだろう。  第一このわたしだって着席している全員を見知っていないのだから。おじいちゃん の姉弟くらいは覚えがあるが、亡き長兄と次兄の子供らしき人物達は覚えていない。  祖父の脇にしずしずと立ち並ぶ。後ろには真樹さんが控えている。 「揃ったようだな。まず、そちらにいるのは、顧問弁護士と立会人。そして見届け人 として、篠崎重工ご令嬢の絵梨香さんにお越しいただいた」  名指しされた少女、篠崎絵梨香がにっこりと微笑んだ。  磯崎家と篠崎家は、江戸時代から取引のある旧知の仲である。 「紹介しよう。この娘は、弘子の長女の響子だ」 「馬鹿な!」  いきなり一人が立ち上がって怒鳴った。あれは祖父の四弟の健児だ。 「弘子に娘はいないはずよ!」 「そうだ、一人息子のひろしだけだぞ」  口々に叫んでいる。  祖父がそれをかき消すように言った。 「証拠を見せよう」  と合図すると弁護士の一人が書類を、それぞれに配りはじめた。 「何よこれ? 戸籍謄本じゃない」 「そうだ、そこにこの娘が弘子の子である証拠が記されている」  神妙な面持ちで戸籍謄本を確認する一同。 「何だよこれ、長男が消されて長女になってるし、名前もひろしが響子に訂正されて るじゃないか?」 「じゃあ、その娘がひろし? 確かに弘子には瓜二つだけど」」 「冗談もやすみやすみ言え」  それに静かに諭すように答える祖父。 「冗談ではない。どうしても信じられないなら、この娘のDNA鑑定をしてやっても いいぞ。間違いなく、儂の娘の弘子が産んだ娘だ。書類は、もう一種類ある。目を通 してくれ」  全員が書類をめくる乾いた音が室内に響く。 「何これ、裁判所の決定通知?」 「磯部ひろしの申請に対し、性別と名前の変更を許可する……まさか」 「医師の診断書も添付してあるわ。それによると……。患者は、真正半陰陽であり、 かつ性同一性障害者と診断する。よって男性として生活するには甚だ困難であり、平 時から女性として暮らしており、戸籍の性別と氏名の変更を認めざるを得ない……。  署名、○○大学付属病院心療内科医、如月和人。  署名、△△精神内科クリニック精神科医、駒内聡、  署名、黒沢産婦人科・内科病院、性別再判定手術執刀医、黒沢英一郎」 「真正半陰陽って、男と女の両方の性を持っているってことだろ?」 「子供の時は男の子だったけど、思春期を過ぎてから実は女の子だったという話しは 良く聞くけど、ひろしがそうだったというわけね。弘子にそっくりな今の姿を見れば、 納得できない話しでもないけど……」  あらまあ……。いつから真正半陰陽なんて話しが出てくるのよ。わたしが戸籍変更 した時の申請書類では正真正銘の男性だったわよ。そうか……戸籍変更の正当性を親 族に納得させるために、黒沢社長が仕組んで偽造したのね。戸籍変更が認められたの は事実だから、たいした問題ではないとは思うけど……。 「つまり男から女になったというのね」 「そ、そんなことしたって、ひろしの相続欠格の事実は変わらないぞ。今更、出てき てもどうしようもないぞ」 「そうよ。健児の言う通りよ」
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2019年4月23日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー メイド修行(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(五十三)メイド修行  遺言状公開は夕刻からである。  それまでの間は女性警察官に対して、メイドとしての最後の躾けが行われることに なっていた。  本当のメイドに付いて手取り足取り実地研修である。  当日の今日は、当屋敷の正式なメイド服を着てである。  フリルが施されたペチコートがわずかに覗くふわりと大きく広がったスカートスタ イル。肩口はたっぷりと余裕を持たせたパフスリーブとなっており、両腕の動きも滑 らかにできて仕事に支障のないように仕立てられている。そして大きなリボン結びの エプロンドレス姿は、これぞまさしくメイドといった風情がある。  メイド服としての実用性以上に、豪華なドレスと呼ぶに相応しいものがあった。も ちろんそれは、磯部邸の屋敷で働くメイドとしての格式でもあったのである。  このような服を着るのははじめてという女性警察官がほとんどで、メイド服の仕立 ての時はキャピ☆ルン♪状態であった。  たかが二三日の研修と捜査だけのことだというのに、磯部氏は一人一人全員のメイ ド服をオーダーで新調してくれたのである。 「あなた達が警察官の制服に誇りを抱いているように、メイド達にも自分達の制服に 誇りと気概を持って働いて頂きたいのです。ですからメイド達全員にオーダーメード し、心身共々しっかりと働いてもらいたい。それはまた、今回の女性警察官にもその 心情を理解してもらうために新調させて頂きました。健児が訪れたとき、少しでも疑 惑を持たせないようにしてもらいたいからです」  ということだそうだ。 「俺は周辺地域の確認をしてくる」  といって、敬は屋敷の外へ出て行った。  今回の任務において、男性捜査員は屋敷内では活動できない。  メイド以外には男性職員はほとんどいないからである。  そこで、屋敷に隣接する住居に立てこもって屋敷の外回りの警備に当たることにな っていた。  事あれば、緊急配備や道路封鎖を行う手筈になっていた。  また特殊傭兵部隊にいた敬にとっては、ビルの屋上から狙撃されるということも念 頭にいれていた。実際にも自分自身がニューヨーク市警本部長を狙撃したようなこと が、あり得ないとはいえないからである。なにせ磯部氏の莫大なる遺産がからんでい るのだから、あの健児ならやりかねないだろう。  屋敷内の事はわたしが取り仕切ることになっていた。 「磯部氏にお会いします。どちらにおいでですか?」 「書斎ですよ」  何気なく答える女性警察官だったが、 「だめ! メイドならメイドらしく、丁寧な言葉使いをしなさい。もうすでに始まっ ているのですよ」  とわたしは強い口調で叱責する。 「あ……。申し訳ございません。……、ご主人様は書斎においでになられます」  かしこまって改めて言い直す女性警察官。 「そうそう、それでいいのよ。その調子で、今日一日しっかりと頑張ってください」 「かしこまりました」  と深々とメイド式のお辞儀をするのだった。 「少し心配になってきたわね」  たかがメイドと思うなかれ。  作法や躾けはもちろんのこと、言葉使いから歩き方にはじまって、身の振り方一挙 一動に全精神を注がなければならない。  相手はご主人様であり、大切なお客様なのであるから。  広い屋敷内を歩き回って……といってもいいくらいの時間を掛けて、やっと書斎に たどり着いた。  大きな扉の前に立って、ノックして名前を伝える。 「斉藤真樹です」  本来なら部屋付きのメイドがいるのだろうが、女性警察官への研修に回っているの である。  磯部氏とも了承済みのことである。 「入りたまえ」  返答があって、扉を開けて中に入っていく。 「遅くなって申し訳ありません」 「構わないよ。君の任務が始まるのは、響子を迎えにいってからだ」  磯部響子の専属メイド。  それが今回のわたしに与えられた任務である。  付きっ切りで身辺警護を担当する。 「響子さんをお迎えに行かれるのは何時からですか?」 「これからです。たぶん午後三時頃には戻ってこられると思います」 「それまでにはこちらの準備を終わらせておきます」 「たのみます」 「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」  京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。 「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、 祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば 気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」 「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」 「どういたしまして」 「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」  ということで、磯部氏は出かけていった。
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2019年4月22日 (月)

性転換倶楽部/響子そして 散策(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十四)散策

 

 わたしと里美、そしてわたし付きのメイドが残っている。
「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」
「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」
 メイドが下がって、二人だけになる。
「ふう……。息がつまったわ」
 とたんに表情を崩す里美。
 広い屋敷にあって、大勢のメイドに囲まれたりするような経験がないから当然だろ
う。
「せっかく来たんだから、屋敷内を案内するわ」
「サンキュー」
 屋敷内の調度品に多少の変更はあったが、ほとんど昔暮らしていたままだった。
「まるで美術館ね」
 壁という壁には、洋館にふさわしく大きな油彩の洋画が飾られている。
「昔、洋画家を目指していた祖父の趣味よ」
「これ全部、本物の画家が描いたものなんでしょねえ」
「まあ、それなりにプライドがあるから、贋作は飾ってないと思うよ」
 中には美術誌で見たような見ていないような作品もあるが、本物か贋作かは判らな
い。
 鑑賞会よろしく壁に沿って絵画を鑑賞しながら、中庭へとでてきた。
 ニンフが水辺で戯れている風情を表現した彫刻のある、円形噴水のそばの大理石の
ベンチに腰掛ける。
「ねえ。お母さまは、なぜこの屋敷を出たのかしら。何不自由なく暮らせるのに」
「それは親子水入らずの生活をしたかったからよ。わたしを自分の手で育てたかった
みたい。ここにいればメイド達が何でもやってくれるけど、ぎゃくに言えばメイドを
遊ばせないために、自分でやりたいこともやらせなければならないということもある。
たぶんわたしは乳母に育てられていたかもね。自由でいてちっとも自由じゃないの。
まあ、ものぐさな人は楽でいいと思うでしょうけど」
「そうか、自分の子を自分で育てられないというのも問題ね。でも愛人を作るような
父親だったら、こういう生活の方がいいんじゃない? メイドに手をつけることだっ
て可能だから。ああ、だからお母さま、あえて出ていったのかもよ。父親の性格に気
づいてたんじゃない?」
「でも結局そのことが仇になって、覚醒剤の売人を近づけさせることになったわ」
「そうね、この屋敷なら売人も簡単には入ってこれないもんね」
 そういいながら中庭からの屋敷の景観を眺める里美。
「あら、メイドさんが立ってる」
「ああ、真樹さんね」
 中庭に出てくる扉のところに真樹さんが待機して、こちらをうかがっている。
「下がれと、命令されたんじゃない?」
「だから目立たないところまで下がってるわよ。いくら言われたってそれを鵜呑みに
するものではないわ。わたしに万が一があったら、責任を問われるのは真樹さんなの
よ。雇い主であるおじいちゃんから直接言われない限りは、メイドとしての職務は引
き続いているのよ。いろいろ気を遣わなければならないから大変な仕事なんだから」
「ふーん。そうなんだ……」
 別のメイドが食事の用意ができたと伝えに来た。
 自分の部屋で食べると言って返す。
「里美、お食事にするわよ」
「お姉さんの部屋ね」
「お母さんの部屋だったところよ」
「息子だった時の部屋は?」
「ないよ。お母さんの部屋は決められていたけど、わたしの部屋は来訪する都度に用
意されたの。正当な相続人はお母さんだから。それに子供の時は、お母さんと一緒に
寝ることが多かったし」
 部屋への道すがら里美が尋ねる。
「ねえ、響子さんのおじいさんの資産って、どれくらいあるの?」
「そうねえ。千億は下らないんじゃないかな……」
「この屋敷だけでも数百億かかってるんじゃない?」
「そうね。土地の広さだけでも、確か三万坪くらいはあるかな。さっき里美が迎賓館
みたいと言ってたけど、丁度それくらい」
「三万坪……。次元が違うわ。超資産家令嬢じゃない」
「そっかなあ……。考えた事ないから」
「これだもんね。付き合いきれないわ」
「何言ってるの、あなただって縁談がうまくまとまれば、行く末は社長夫人じゃない」
「でも、倒産するかも知れないじゃない」
「社長さんが言ってたじゃない。将来まで幸せであるよう尽力するってね。その時は
きっと援助してくれるわよ。わたしだって妹を見捨てるつもりはないし」
「お姉さん、ありがとう。だから大好きよ」
「これこれ、抱きつくんじゃない」

 

 部屋に戻ってしばらくすると、料理が運ばれて来た。
 一流ホテルで良く見掛けるテーブルワゴンに乗せて次々と料理が運ばれてくる。
 フルーツトマトのカッペリーニ、白アスパラガスのカルボナーラ仕立て、白ポレン
タのミネストラ、ノレソレと葉わさびのスパゲッティーニ、平目のソルベ・キャビア
とじゃがいものスープ、和牛のタリアータ・香草のサラダ添え、グレープフルーツと
レモングラスのジュレ・ヨーグルトのソルベ添え、カッフェ。
 ワイン係りがそばにいて、それぞれに最適なワインを出してきてくれる。
 それらの料理に目を丸くしながらも平らげていく里美。
「ふう……。おいしかったわ。一皿残さず食べちゃった」
「ほんとに良く食べたわね。シェフも料理のしがいがあったでしょうね」
「わたしはお姉さんや由香里ほど、女性ホルモン飲んでる期間が長くなかったから、
胃腸がまだ女性並みになってないみたいなのよね」
「だからといって、油断してると太るわよ」
「はーい」
 最後のコーヒーをいただきながら、そんな会話している。
 ドア寄りに待機している真樹さんに聞かれているとは思うのだが、躾が行き届いて
いるらしく、表情を変えたりはしない。

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2019年4月21日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 VII

 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌
 VII カサンドラ訓練所  その頃。  モビルスーツパイロット養成機関「カサンドラ訓練所」を抱えるパルモアール基地。  基地の空港の一角に輸送艦が停泊しており、警戒のためのモビルスーツが待機して いる。  そのかたわらで明らかに新型と思われる真新しい機体、ぎこちない動きを続けるモ ビルスーツがあった。 「どうだ、調子は?」 「どうだと言われましても、この機体にインストールされているOSは、手足を動か して移動させる程度の輸送用のOSなんですよ。ちゃんとした起動用のプログラムを インストールしなければ、とても戦闘に使えませんよ」 「やはりな。輸送艦内を探しているのだが、起動用プログラムが入ったディスケット が見つからん」 「輸送艦のコンピューター内に保存してあって、そこからコピーして使用するという ことはないですか?」 「ああ、その可能性もあるだろうと思ってな、システムを調査させているところだ」 「とにかくOSがない限り、こいつはまともに使えませんよ」 「判った。今日はもういい。その機体を格納庫に収納しろ」 「了解しました」  地響きを立てながらよちよち歩きのような格好で格納庫へと移動するモビルスーツ。  さて、その輸送艦とモビルスーツは、フランソワがタルシエン要塞から遠路はるば る運んできたものだったが、トランター本星への輸送を完了したものの、「メビウ ス」に渡る前に接収されてしまっていたのであった。  基地に隣接する、カサンドラ訓練所。  次の世代を担うモビルスーツパイロット候補生達が日々の研鑚を続けていた。 「駆け足! 全速力!!」  グラウンドでは、訓練用の機体に乗り込んでの操縦訓練の真っ最中だった。  地響きを立てながら整然と隊列を組んでグラウンドの周囲を走り回っていた。 「こらあ! そこ遅れるな!!」  訓練生達の機体のそばでジープに乗り込んで後を追いかけながら、拡声器を使って 指示を出している教官。  パイロットにも各人各様、習熟度が違う。  機体を完全に乗りこなしている優秀なパイロットがいれば、今日乗り込んだばかり というような不慣れなパイロットもいる。 「すみませーん!」  黄色い可愛い女性の声が訓練機体から返ってくる。  共和国同盟では男女均等法によって、男女区別なくパイロットとして士官できる。 「まったくおまえはどうしようもなくどんくさい奴だ! これが終わったら、その足 でグラウンド十周!!」 「そ、そんなあ」
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2019年4月20日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 XII

第二章 ミスト艦隊

                XII

 

「全艦、回頭せよ」
 オペレーターが復唱する。
 ゆっくりと回頭をはじめる連邦艦隊。
 しかし、様子がおかしかった。
 回頭の中途で失速し、その体勢のまま流されている艦が続出していた。
「どうしたというのだ?」
 司令が怒鳴り散らすが、事態が好転するはずもなかった。
 艦体はガタガタと異常震動を続けており、オペレーター達の表情は暗かった。
「機関出力、大幅なパワーダウン」
「出力をもっと上げろ!」
「機関オーバーロード。これ以上出力を上げれば爆発します」
「ええい、かまわん! 目の前にアイツがいるのに、みすみす逃してたまるものか。出
力を上げろ、もっと上げるんだ!」
 カリスの強大な重力によって引き寄せられていることが、誰の目にも明らかとなって
いた。外宇宙航行艦にとっては、方向転換をも不可能とする強大な重力である。

 

 その一方で、惑星間航行艦ながら馬力のある荷役馬のミスト艦隊は、カリスの重力を
ものともせずに、悠然と突き進んでいた。
「後方の敵艦隊が乱れています。どうやら失速しているもよう」
 オペレーターの報告を受けて頷くアレックスだった。
「こちらの思惑通りだ」
 そして総反撃ののろしを上げる。
「よし、今だ! 後方で回頭する連邦艦隊を撃て!」
 それまで前方を向いていた砲門が一斉に後方へと向き直った。徹底防戦に甘んじてい
た隊員は、鬱憤を晴らすかのように、夢中になって総攻撃に転じたのである。
 その破壊力はすさまじかった。あまつさえ失速して機動レベルを確保できない敵艦隊
は迎撃の力もなく、一方的に攻撃を受けるのみであった。
 千隻の艦隊が、百五十隻の艦隊に翻弄されていた。
 やがて別働隊も追いついてきて攻撃に参加した。
 次々と撃破されてゆく敵艦隊。無事に攻撃をかわせたとしても、カリスの強大な重力
がそれらを飲み込んでゆく。カリスに近寄りすぎて、その重力から逃れるのは競走馬の
連邦艦隊には不可能だった。
 十分後、敵艦隊は全滅した。
 千隻の艦隊に、三百隻で臨んで勝利したのである。
 艦橋に歓喜の大合唱が沸き起こった。
 ミスト艦隊司令のフランドル・キャニスターは、アレックスの作戦大成功を目の当た
りにして感心しきりの様子であった。
「これが英雄と呼ばれる男の戦い方か……。カリスの強大な重力を味方にしてしまうと
はな。交戦状態に入ったときにはすでに敵は自滅の道を突き進んでいたのだ。その情勢
を作り出してしまう作戦の妙というところだな」

 

 アレックスの乗る旗艦でも拍手の渦であった。
「おめでとうございます提督。ミストは救われました」
 と言いながら、右手を差し出す副司令。握手に応じるアレックス。
「いやいや。当然のことしただけですよ。共和国同盟軍の同士ではないですか」
「共和国同盟ですか……なるほどね」
 事実上として共和国同盟は滅んではいるが、解放戦線を呼称するアレックスたちにと
っては、今なお健在なのである。

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2019年4月19日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 作戦会議(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(五十二)作戦会議  というわけで、敬を交えて早速打ち合わせに入ることにする。 1、生前公開遺言状の発表の日に磯部健児ほか関係親族を呼び寄せること。 2、同じく磯部響子も同席させること。 3、響子の護衛として、専属メイドとして真樹があたる。 4、敬は遺言状公開の立会人の一人として列席する。 5、当日において屋敷内で勤務するメイド達を全員女性警察官にすりかえる。 6、その他必要事項……。  響子さんにも事情を説明して、計画に加担してもらえれば完璧なのだろうが、素人 さんに役回りを押し付けるわけにはいかない。それに精神的負担から挙動不審となっ て、健児に勘ぐられる可能性も出る。  警察庁特務捜査課にも動いてもらうために、担当課長に報告する。 「ほう……。健児を罠に陥れようというわけか?」  警視庁生活安全部麻薬銃器取締課から、警察庁のこの新しい課の長に異動で収まっ た課長が頷く。  そうだね。  やはり馴染みの上司がいた方が上手くいくというものだ。 「健児のことですから、財産が全部響子さんに渡ると知らされれば、必ず動くはずで す。以前に響子さんの母親を陥れたように、今回も卑劣な手段を講じて、何とかして でもその財産をすべて奪い取ろうとするでしょう。そこに付け入る隙が生まれます」 「なるほどな……。しかし、上手くいくだろうか?」 「やってみなければ判らないでしょうが、何らかの行動に出るはずです。やってみる 価値はあります」 「響子さんに身の危険を与えるかもしれないぞ」 「もちろん、その手筈はちゃんと打っておきます」 「その一貫として、磯部氏宅のメイドを全員女性警官にすり替えることか?」 「はい。一般市民を巻き添えにする可能性を少しでも排除しておきます」 「だが、女性警官を危険を伴う現場に派遣することは出来ないんだが……。麻薬取締 官の真樹君は知らないかも知れないが、女性警察官は、駐禁取締や交通整理といった 交通課勤務と決まっているのだよ。つまり交通課の協力を取り付けなければいけない ということになるわけだ」  確かに、我が国においての警察は明治の昔から断固として男社会であり、元々男女 差が無かった教職とは大きく対照的にある。女性だから昇進できない、役職につけな いという人事がいまだに存在し、確固として女性警察官は男性警察官のサポート役に 過ぎないという考えが根強い。全国警察官中20%を占める女性警察官のうち刑事部門 の職務にあるものは極めて少なく男性刑事99%に対し1%程度である。しかし、女性 独自の特性を生かした職務も一部導入され、性犯罪・幼児虐待事件などへの刑事事件 への捜査に積極的に女性捜査員を就かせて捜査に当たらせようとの動きも出ており今 後の活躍が期待されている。警視庁としては捜査一課の内部に女性捜査員のみで構成 される女性捜査班なるものが存在し、強姦事件専従班として活躍している。  ……のだが、やはり何と言っても女性警察官といえば、交通課に尽きる。 「しかし、健児に不審を抱かせることなく磯部邸に張り込ませるには屋敷内勤務のメ イドに扮装するしかありません。男性職員といえば料理人や庭師がいますが、これは 厨房や庭園が職場で、屋敷内を動き回れません」 「そうだな。メイドなら部屋から部屋へと自由に行き来できるが……全員女性という ことになる」 「決断してください。必ず健児は動きます。公開遺言状の発表の日に、交通課女性警 察官を30名、屋敷にメイドとして配置させてください。さらにはもう一日、メイド としての作法を覚えてもらうために、訓練日を儲けさせて頂きます」 「判った。交通課には私から協力を願い出よう」 「ありがとうございます」  さすがに理解のある上司だった。  例の生活安全局長とは、雲泥の差だ。  まったく違う。  磯部氏に遺言状の公開を健児に伝えてもらい、屋敷内に潜入させる女性警察官の手 配も済んだ。  後は決行日を待つだけとなった。  決行日の朝。  目覚めたわたしは、身に引き締まる思いで、敬の運転する車で磯部邸へと向かった。 「ついに来るべき時がやってきたというわけね」  わたしと敬の身の回りに起こったすべての元凶。  麻薬取締りで磯部健児を追っていたあの頃から、一日として忘れたことはない。  磯部親子がその毒牙にかかって、母親は死亡し響子さんは殺人で少年刑務所へ。  それを追求しようとしたわたしと敬は、局長の策謀でニューヨークへ飛ばされて、 危うく命を奪われるところだった。  そして、組織によって瀕死の重傷を負った命を救うために黒沢医師によって、移植 手術が行われ女性へと性転換された。  日本に帰ってからは、生活安全局長の逮捕劇である。   「着いたぞ」  運転席の敬が言った。  磯部邸の車寄せに停車する。  玄関から幾人かのメイド服を着た女性達が出てきた。 「巡査部長、遅いじゃないですか」  と苦情を言いつけてきたのは、交通課の女性警察官だった。  当初の計画通りに当屋敷のメイド達に成り代わって、今日の捜査に加わっていた。 「ごめんなさい。敬がなかなか起きなくてね」 「まさか、毎日起こしてあげてるのですか?」 「まあね……」  敬は警察の独身寮住まいだった。  基本的に独身警察官は独身寮に入寮するのが通例であった。  それは女性も同様であるが、真樹のように家族と同居の場合は入寮することはない。  敬の寮は、丁度真樹の実家から警視庁への途中にあるから、ついでに寄っていくの であるが、公私共々夜更かしが多くていつも寝坊していることが多い。 「それで研修ははじめているの?」 「もちろんです」
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2019年4月18日 (木)

性転換倶楽部/響子そして 帰宅(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十三)帰宅  祖父の迎えのリムジンで屋敷に向かうわたし。  が……。なぜか里美が付いて来ている。  わたしを迎えに来たリムジンを見て、乗り込んでしまったのである。  どうしても資産家の祖父の屋敷を見たいとか言ってね。  せっかく両親が迎えに来て水入らずの時間を楽しみにしていたろうに……。  ともかく今夜一晩うちに泊めて、明日自宅にお送りするということにした。月曜代 休を含めて三連休なので、一日くらいならいいでしょう。  里美は車内装備の冷蔵庫やらTVなどいじり回している。座椅子のクッションの具 合を確かめようとぴゅんぴょん跳ねたり、かと思ったら窓から首を出したりしている。 「里美、少し落ち着いたら?」 「だって、リムジンだよ。リムジン。一生に一度乗れるかどうかって車だよ」  そんな里美の様子を、祖父はにこにこと微笑んで眺めている。  二人が姉妹のように生活していることを聞いて、どうぞご一緒にと誘ってくれたの である。 「ところでおじいちゃん、お父さんはあれからどうなったの?」 「ああ、愛人のところへ行ったのはいいが。所詮、金の切れ目が縁の切れ目。お母さ んの財産援助がなくなって、愛人は別の金持ちの男へ鞍替えしたそうだ。酒に溺れた あげくに急性アルコール中毒で死んだよ。馬鹿な男だ。血液違いで離婚訴訟に勝って 慰謝料を踏んだくるつもりだったんだろうが、お母さんの貞操が証明されて敗訴して 一文も手に入らなかったんだからな」 「以前から愛人を作っていたというのは、本当なの?」 「ああ、そうだ。裁判に勝つために、興信所で調べさせた。間違いない」 「そっか……」 「どうした、あんな奴に同情か?」 「ううん、ちっとも。お母さんの言う事を信じなかったのは、わたしも怒ってるから」 「おまえはお母さんっ子だったからな」 「そ、身も心もお母さん似だからね」 「そうだな……あんな奴に似ているところが一つもなくて良かったよ」 「一つだけあるよ」 「なんだ」 「血液型」 「ああ……仕方がないな……」 「でもわたしの子供はちゃんとしたのが産まれるよ。わたしの卵巣は、Bo型なんだ」 「そうか、奴の血が繋がっていないと考えれば、他人の卵巣というのもいいかも知れ ないな」  ゆるゆるとした坂道を登って行った丘の上。  やがて屋敷が見えてきた。 「ねえ、ねえ。あれがそうなの?」  里美が車窓から身を乗り出して尋ねた。 「そうよ」 「すごーい」  花崗岩造りの荘厳な正門を通って広大な前庭から噴水ロータリーのある車寄せへ。  里美は瞳を爛々と輝かせて雄大な屋敷を見上げている。 「迎賓館みたい!」 「お帰りなさいませ!」  ずらりと並んだメイド達にびっくり顔の里美。 「すごいね」  メイド達の中に見知った者はいなかった。  執事だけが見知っている唯一の人物だった。 「お嬢さま、お帰りなさいませ」  うやうやしく執事の礼をする。  もちろん母親の顔を知っているので、母親似のわたしと来賓の里美を間違えるわけ がない。  どうやらわたしが性転換したことを知らされて、女性として扱う事を命令されてい るようだ。そのためにもわたしが男だったことを知っている古参は暇をだされたよう だ。 「お嬢さまだって……」  里美が、わたしの小脇を突つきながら、囁いていた。  そういえば、子供の頃はお坊ちゃまとか呼ばれていたような気がするが……。どち らかというと、お嬢さまの方が響きが良いね。お坊ちゃまというのは成り金主義とわ がまま坊主というイメージがあるけど、お嬢さまならどこか清楚でおしとやかな雰囲 気がある。 「そちらのお方は?」 「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」  いつも一緒のベッドで寝ているし、別の部屋にすると戸惑うだろうとの配慮だ。 「かしこまりました」 「わたしのお部屋は?」 「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」  弘子とはわたしの母親だ。その部屋ということは、祖父に次ぐ最上位の部屋になる。 つまり正当なる後継者たる地位にあることを意味していることになる。  一人のメイドが前に出てきた。 「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」 「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽に お申しつけくださいませ」  とそのメイドはうやうやしく頭を下げた。 「こちらこそ、よろしく」 「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済 まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」 「わかったわ」  そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。
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2019年4月17日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 磯部京一郎(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(五十一)磯部京一郎  数年の時が過ぎ去った。  特務捜査課の捜査員として、優秀なるパートナーである敬と共に、数々の麻薬・銃 器密売組織や人身売買組織の壊滅という業績を上げて、わたし達の所属する課も警察 庁の中でも確固たる地位を築き上げていた。  相変わらずとして、若い女性と言う事で尾行や張り込みといった捜査には出しては くれないものの、女性にしか携わることのできない事件には、囮捜査官として派遣さ れることは少なくなかった。  基本的に週休二日制をきっちりと取れることは、制服組女性警察官と同等であると 言えた。  五日の勤務のうち一日は、麻薬取締官として目黒庁舎に赴くことになっている。  その一方で例の響子さんは、黒沢先生の製薬会社の名受付嬢として新たなる生活を はじめていた。  性転換によって女性となったことによる戸籍の性別・氏名変更も滞りなく完了。  倉本里美、渡部由香里という新たなる仲間も増えて、張りのある楽しい人生を謳歌 していた。  闇の世界にも顔が利く黒沢先生のおかげで、彼女達は平穏無事に暮らしている。  そんなこんなで、もう心配することもないだろうと考えていた矢先だった。  その黒沢医師から、社長室に呼ばれた。  そこには、見知らぬ老人が同席していた。 「紹介しよう。磯部京一郎さんだ」  磯部? 「まさか、響子さんの?」 「祖父の磯部京一郎です」  と、深々と礼をされた。 「あ、斉藤真樹です」  あわてて、こちらもぺこりと頭を下げる。 「真樹さんは、麻薬取締官とお伺い致しました」  突然、わたしの職業に言及された。 「はい。その通りです」 「実は、甥の磯部健児についてご相談がございまして」  その名前を耳にして、わたしは全身が震えるような錯覚を覚えた。  暴力団を隠れ蓑にして、その裏で麻薬・覚醒剤の密売をしている。  響子さんが人生を狂わされた元凶の極悪人だ。  そして、あの生活安全局長をも影で操り、わたし達をニューヨークに飛ばして抹殺 を企んだ黒幕。  憎んでも飽き足りない、わたし達が日夜追っている張本人。 「おそらく健児についてのことはご存知かと思いますが……」 「はい。麻薬覚醒剤の密売をやってますよね」 「そうです。孫のひろし、いや今は響子でしたね。響子の人生を狂わした、殺してや りたいぐらいの奴です」  まあ、そう思う気持ちは良く判る。  孫と甥とを比べれば、直系子孫の孫の方が可愛いのは当然だ。所詮甥などは、兄弟 の子供でしかない他人に近いものだ。  その上、その可愛い孫を手に掛けたとなれば殺したくもなるだろう。 「その健児が再び響子を手に掛けるかも知れないのです」  え?  冗談じゃないわよ。  せっかく平穏無事な幸せな暮らしを築いているというのに、再び健児の魔の手に掛 かることなんて絶対に許さないから。 「どういうことですか? 詳しく説明してください」  それはこういうことだった。  この磯部京一郎氏は、莫大なる資産を有しているという。  その資産を、孫の磯部ひろし、つまり性転換し戸籍の性別・氏名も女性となった現 在の響子さんに、全額遺産相続させたい。  ところが響子さんは、母親殺しという尊属殺人によって、法定相続人としての資格 を剥奪されている。  どうしても響子さんに遺産相続させたい京一郎氏は、相続人指名を響子さんとした 公正証書遺言状を作成したらしい。  しかし自分が死んで相続が発生した時点で、相続問題で親族間に紛争が起きること を懸念した氏は、親族一同を集めて遺言状の生前公開をすることを決定した。響子さ んに遺産の全額を相続させることを、親族に明言し納得させるためにである。  しかし、京一郎氏の甥である、あの極悪人の磯部健児が、黙って指を加えているわ けがない。  響子さんが遺産相続人となれば、本来自分が遺産相続できるはずだった法定相続額 の全額がなくなってしまう。被相続人の甥には遺留分は認められていないからである。  かつて娘の弘子、つまり響子さんの母親を、覚醒剤の密売人を使って手篭めにし、 その所有資産を暴力団を使って巧妙に搾取してしまったという。  再び同じような手を使って、響子さんを謀略に掛けて陥れ、その相続した資産を独 り占めにするのは目に見えている。  何とかして健児の魔の手から響子さんを救いたい。  そこで、日頃から面識のあった闇の世界にも顔が利く製薬会社社長にして産婦人科 医師の黒沢英一郎氏に相談に来たというのだった。 「……というわけだ。真樹君、何とか協力になってあげられないか」  命の恩人の黒沢医師に頼まれたら断れるわけがない。  幸せに暮らしている響子さんとは関わりたくなかったけど、そうもいかなくなった らしい。  あの健児を放っておく訳にはいかないからだ。  奴を野放しにしていると、響子さんを手に掛けるのは間違いない。これ以上彼女を 悲劇に合わせるわけにはいかない。  奴にはそろそろ幕をひいてもらうとしよう。 「もちろんです。健児にはいろいろと世話になっていますからね。何とかして監獄送 りにしたいと思っていますから」 「そう言ってくれると助かる。麻薬取締官としての君の協力が得られれば、健児を挙 げることができるだろう」 「お願いいたします」  京一郎氏が頭を下げた。
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2019年4月16日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 特務捜査課(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(五十)警察庁特殊刑事部特務捜査課  その朝、麻薬取締部目黒庁舎に赴いたわたしは課長に呼ばれた。 「真樹君。非常に特殊なケースなのだが、君の警察庁への出向が決定した」 「警察庁へ出向……? どういうことですか?」  敬をまみえて、麻薬取締官と地方警察が一致団結して、売春組織&覚醒剤密売組織 を壊滅させたことと、例の生活安全局局長押収麻薬・覚醒剤横流し事件と合わせて、 縦割り行政によらない新しい組織の発足が促されたというのである。  警察庁特殊刑事部特務捜査課。  これが新しく発足した組織名だ。  警察庁はもとより、厚生労働省麻薬取締部・財務省税関・海上保安庁・東京都警視 庁/福祉保険局/知事局治安対策本部などから、麻薬・銃器取締や売春(人身売買)取 締にあたる捜査官が集められた。 「一応階級は巡査部長待遇ということになっている。君は国家公務員採用試験I種行 政の資格を持つ国家公務員だから、本来ならキャリア組としての警部補からスタート しても良いはずなのだが、出向組ということで巡査部長からということになった。ま あ……実情を話せば君が女性ということなんだ。警察というところは、今なお男尊女 卑的な部分があって、女性の配属されるのは交通課と決まっている。そもそも警察官 は初任配属先は地域課もしくは交番勤務と人事規定され、キャリアでも最初は地域課 に配属されるのだが女性警官の場合は原則的に交通課なのだ。実際に危険が伴う部署、 いわゆるおまわりさんと呼ばれる交番勤務などは全員男性だ。一般的な地方警察職員 は地方公務員で、警視正以上になってはじめて国家公務員扱いとなる。つまり資格か ら言えば君は地方警察ならば警視正と同等以上ということになるのだが、いかんせん 麻薬取締部と警察では、その構成員の数が一桁も二桁もまるで違う。警視正と言えば、 警察庁の各警察署長や地方警察本部方面部長にも任命されようかという地位で、その 配下に収まる警察職員は数千人から数万人規模にもなる。そんな地位にいくらなんで も、大学出たばかり麻薬取締官ほやほやの君が就任できるわけがない。双方の構成員 と部下として動かせる人員から考えて、巡査部長待遇が順当という線で落ち着いた。 どう思うかね」  課長の長い説明が終わった。 「巡査部長ですか……」 「不満かね?」 「いえ、そんなことはありません。巡査でも身に重過ぎるくらいです」 「まあ、そう言うな……。国家公務員がいくらなんでも平巡査待遇では、麻薬取締部 の沽券(こけん)に関わるからな。これだけは譲れないというところだ。本来なら警 察大学校卒同様に警部補あたりからはじめてもいいのだがな」  警部補といえば地方警察署の課長クラスである。  わたしとしては、別に平巡査でも構わないと思っている。  何せ前職の時の階級は巡査だったもの。  敬は日本に帰ってきて、研修を終えたと言う事で巡査部長に昇進したけどね。  生死の渕を乗り越え、特殊傭兵部隊で鍛えられたんだから、それだけのお手盛りが あってもいいだろう。  しかしわたしは……。  何もしていない。  先生に救われて斉藤真樹として生まれ変わって、女子大生として気楽に生活してい ただけだから。    なんにしても、警察庁出向か……。  元の鞘に納まるという感じがなきにしもあらずである。 「ああ、それから君の友達の沢渡君も一緒だよ」 「敬もですか?」 「ああ、何せ我々と一緒にこれまでの事件を解決してきた功労者でもあるし、組織改 革を上申して新組織の発足を促した本人だからね」  そうだったわ。  以前からずっと、上層部に上申してきたんだったわ。  それがやっと認められたということ。 「ところで個人的な質問なんだが……」 「何でしょうか?」 「君と彼は、随分親しいようだが」 「ええ、婚約しています」 「そうか、やっぱりね」 「何か問題でも?」 「いやなにね、結婚となると寿退社するんじゃないかと思ってね」 「大丈夫です。結婚しても、この仕事は続けます。もっとも妊娠すれば、出産・育児 休暇を願い出ると思いますけど」 「そうか……。安心したよ。君みたいな優秀な職員を失うのは、局の一大損失になる からね」 「ありがとうございます。そう思って頂けていると思うと光栄です」 「まあね……」  一般の会社なら、育児休暇を好ましく思っていない所も少なくなく、退職を勧めら れたり、復帰しても居場所がなくなっているということも良くあることである。  しかしわたしの所属する麻薬取締部は厚生労働省内の一部局である。  男女雇用均等法やら育児休暇促進委員会とかが目白押し。  「寿退社」という慣用句で、女性を退職に追いやることは不可能だ。 「それで、警察庁へはいつから出向ということになりますか?」 「来週の月曜からだ。その日に直接その足で警察庁へ赴きたまえ」 「判りました」 「それから、新しく君に交付された警察手帳を渡しておこう」 「警察手帳ですか?」 「麻薬取締官としての身分と、警察庁職員としての身分の双方を記してある、特別誂 えの手帳だ。君の今持っている警察手帳と交換してくれ」 「はい」  わたしは、現在持っている麻薬取締官証と引き換えに、その新しい警察手帳を受け 取った。  開いてみると、最初のページは今まで通りの麻薬取締官証と同じものであった。次 のページを開くと懐かしい警察手帳の図案が飛び込んできた。中身の様子は、上部に は顔写真、階級、氏名、手帳番号が書かれた証票、下部には警察庁という名と、POLI CEの文字が入った金色の記章(バッチ)がはめ込まれている。ちなみに大きさは縦10. 8センチ、横6.9センチ。 「なるほど、巡査部長になってるわ」 「これで君は、あらゆる警察犯罪を取り締まることができるようになったわけだ。し っかり心して任にあたってくれたまえ」 「判りました」  警察流の敬礼をしてみせるわたしだった。  今後はそういうことも多くなるだろう。 「もちろん麻薬取締官としての自覚と任務も忘れないでくれ」 「はい」
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特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(五十)警察庁特殊刑事部特務捜査課(R15+指定)  その朝、麻薬取締部目黒庁舎に赴いたわたしは課長に呼ばれた。 「真樹君。非常に特殊なケースなのだが、君の警察庁への出向が決定した」 「警察庁へ出向……? どういうことですか?」  敬をまみえて、麻薬取締官と地方警察が一致団結して、売春組織&覚醒剤密売組織 を壊滅させたことと、例の生活安全局局長押収麻薬・覚醒剤横流し事件と合わせて、 縦割り行政によらない新しい組織の発足が促されたというのである。  警察庁特殊刑事部特務捜査課。  これが新しく発足した組織名だ。  警察庁はもとより、厚生労働省麻薬取締部・財務省税関・海上保安庁・東京都警視 庁/福祉保険局/知事局治安対策本部などから、麻薬・銃器取締や売春(人身売買)取 締にあたる捜査官が集められた。 「一応階級は巡査部長待遇ということになっている。君は国家公務員採用試験I種行 政の資格を持つ国家公務員だから、本来ならキャリア組としての警部補からスタート しても良いはずなのだが、出向組ということで巡査部長からということになった。ま あ……実情を話せば君が女性ということなんだ。警察というところは、今なお男尊女 卑的な部分があって、女性の配属されるのは交通課と決まっている。そもそも警察官 は初任配属先は地域課もしくは交番勤務と人事規定され、キャリアでも最初は地域課 に配属されるのだが女性警官の場合は原則的に交通課なのだ。実際に危険が伴う部署、 いわゆるおまわりさんと呼ばれる交番勤務などは全員男性だ。一般的な地方警察職員 は地方公務員で、警視正以上になってはじめて国家公務員扱いとなる。つまり資格か ら言えば君は地方警察ならば警視正と同等以上ということになるのだが、いかんせん 麻薬取締部と警察では、その構成員の数が一桁も二桁もまるで違う。警視正と言えば、 警察庁の各警察署長や地方警察本部方面部長にも任命されようかという地位で、その 配下に収まる警察職員は数千人から数万人規模にもなる。そんな地位にいくらなんで も、大学出たばかり麻薬取締官ほやほやの君が就任できるわけがない。双方の構成員 と部下として動かせる人員から考えて、巡査部長待遇が順当という線で落ち着いた。 どう思うかね」  課長の長い説明が終わった。 「巡査部長ですか……」 「不満かね?」 「いえ、そんなことはありません。巡査でも身に重過ぎるくらいです」 「まあ、そう言うな……。国家公務員がいくらなんでも平巡査待遇では、麻薬取締部 の沽券(こけん)に関わるからな。これだけは譲れないというところだ。本来なら警 察大学校卒同様に警部補あたりからはじめてもいいのだがな」  警部補といえば地方警察署の課長クラスである。  わたしとしては、別に平巡査でも構わないと思っている。  何せ前職の時の階級は巡査だったもの。  敬は日本に帰ってきて、研修を終えたと言う事で巡査部長に昇進したけどね。  生死の渕を乗り越え、特殊傭兵部隊で鍛えられたんだから、それだけのお手盛りが あってもいいだろう。  しかしわたしは……。  何もしていない。  先生に救われて斉藤真樹として生まれ変わって、女子大生として気楽に生活してい ただけだから。    なんにしても、警察庁出向か……。  元の鞘に納まるという感じがなきにしもあらずである。 「ああ、それから君の友達の沢渡君も一緒だよ」 「敬もですか?」 「ああ、何せ我々と一緒にこれまでの事件を解決してきた功労者でもあるし、組織改 革を上申して新組織の発足を促した本人だからね」  そうだったわ。  以前からずっと、上層部に上申してきたんだったわ。  それがやっと認められたということ。 「ところで個人的な質問なんだが……」 「何でしょうか?」 「君と彼は、随分親しいようだが」 「ええ、婚約しています」 「そうか、やっぱりね」 「何か問題でも?」 「いやなにね、結婚となると寿退社するんじゃないかと思ってね」 「大丈夫です。結婚しても、この仕事は続けます。もっとも妊娠すれば、出産・育児 休暇を願い出ると思いますけど」 「そうか……。安心したよ。君みたいな優秀な職員を失うのは、局の一大損失になる からね」 「ありがとうございます。そう思って頂けていると思うと光栄です」 「まあね……」  一般の会社なら、育児休暇を好ましく思っていない所も少なくなく、退職を勧めら れたり、復帰しても居場所がなくなっているということも良くあることである。  しかしわたしの所属する麻薬取締部は厚生労働省内の一部局である。  男女雇用均等法やら育児休暇促進委員会とかが目白押し。  「寿退社」という慣用句で、女性を退職に追いやることは不可能だ。 「それで、警察庁へはいつから出向ということになりますか?」 「来週の月曜からだ。その日に直接その足で警察庁へ赴きたまえ」 「判りました」 「それから、新しく君に交付された警察手帳を渡しておこう」 「警察手帳ですか?」 「麻薬取締官としての身分と、警察庁職員としての身分の双方を記してある、特別誂 えの手帳だ。君の今持っている警察手帳と交換してくれ」 「はい」  わたしは、現在持っている麻薬取締官証と引き換えに、その新しい警察手帳を受け 取った。  開いてみると、最初のページは今まで通りの麻薬取締官証と同じものであった。次 のページを開くと懐かしい警察手帳の図案が飛び込んできた。中身の様子は、上部に は顔写真、階級、氏名、手帳番号が書かれた証票、下部には警察庁という名と、POLI CEの文字が入った金色の記章(バッチ)がはめ込まれている。ちなみに大きさは縦10. 8センチ、横6.9センチ。 「なるほど、巡査部長になってるわ」 「これで君は、あらゆる警察犯罪を取り締まることができるようになったわけだ。し っかり心して任にあたってくれたまえ」 「判りました」  警察流の敬礼をしてみせるわたしだった。  今後はそういうことも多くなるだろう。 「もちろん麻薬取締官としての自覚と任務も忘れないでくれ」 「はい」
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2019年4月15日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 警視庁組織改編(R15+指定)

 

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(四十九)警視庁組織改編

 

 というわけで、とんでもない展開になってしまったが、勧誘員の情報を得て、警察
と麻薬取締部が結束して、売春組織の壊滅に成功したのである。

 

 それから数ヶ月が過ぎ去った。
 その勧誘員は……。いや、そういう言い方はやめよう。

 

 彼女の名前は、榊原綾香。
 黒沢医師による性転換手術を受けて、完全なる女性として生まれ変わった。
 もちろん完全であるからには、妊娠し子供を産み育てることのできる真の女性とし
てである。
 黒沢産婦人科病院にて女性看護師見習いとして忙しい毎日を送りながらも、正看護
師になるべく看護学校に通っている。
 おだやかな性格で、子供に対してもやさしく、入院している妊婦達からの評判も
上々で、まさしく看護師となるべくして生まれてきたような仕事振りだった。
 そんな働き振りを見るにつけても、性転換を施しすべての罪を許すという、黒沢先
生の決断は正しいと言えるかもしれない。
 例の薬によって、脳の意識改革が行われて、男性脳から女性脳へと再性分化が起き
たと考えられている。もはや心身ともに完全に女性に生まれ変わったのである。
 彼女は性転換されることによって罰を受け、さらに看護師として人の命を守る職に
つくことで、罪を償っている。
 罪を憎んで人を憎まず。
 彼女はもはや一人の善良なる女性に生まれ変わったのである。

 

 ところで、この榊原綾香のこともそうではあるが、黒沢産婦人科病院にはもう一人、
気にしなければならない患者が入院していた。

 

 磯部響子である。
 覚醒剤の犠牲となり、母親殺しから少年刑務所に入り、その後には暴力団の情婦と
して性転換して女性に生まれ変わって生活していたものの、暴力団の抗争事件から捕
らえられて覚醒剤を射たれた挙句に投身自殺した、あの悲劇の女性である。
 綾香の勤務ぶりを視察した後で、話題を切り替える真樹だった。
「響子さんの具合はどうですか?」
「ああ、やっと覚醒剤を体内から除去できたよ。フラッシュバックも起きないだろう。
もうしばらく様子をみたら退院だ」
 フラッシュバックとは覚醒剤特有の再燃現象と呼ばれるもので、大量に飲酒したり、
心理的なストレスが契機となって、幻覚・妄想といった覚醒剤における精神異常状態
が再現されるものである。
→薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ http://www.dapc.or.jp/data/ka
ku/3-3.htm
「良かったですね。もし響子さんに何かあったら、一生後悔ものです」
「会っていかないのかね?」
「いえ……。わたしは麻薬取締官です。わたしの身の回りは麻薬の匂いにまみれ、麻
薬に関わる人間達との抗争の毎日です。そんな世界に生きるわたしが、響子さんのそ
ばにいればいずれ麻薬の災禍が降りかからないとも限りません。遠くから見守るだけ
にした方が、響子さんのためだと思います」
「そうだな……。君の言うとおりかも知れないな。君が麻薬取締官である限り、犯罪
組織と関わらざるを得ない。組織に君の顔が知られることもあるだろう。そうなった
時に響子君がそばにいれば身代わりにされることも起こりうるというわけだ」
「ですから、会わないほうがいいんです。これ以上、響子さんを覚醒剤の渦中に引き
ずり込むことは避けたいのです」
「判った」

 

 それから数ヶ月して、磯部響子は無事に退院し、黒沢先生の経営する製薬会社の受
付嬢として就職。
 ごく普通のOLとしての平和な日々を暮らしているという。
 さすがというか、思春期以前から女性ホルモンの投与をし続けてきたおかげで、ど
こからみても女性にしか見えない美しい顔とプロポーションで、指折りの美人受付嬢
として社内はおろか出入りする業者の間でも評判となっていた。

 

 そしてわたしの方にも大きな変化があった。

 

 その朝、麻薬取締部目黒庁舎に赴いたわたしは課長に呼ばれた。
「真樹君。非常に特殊なケースなのだが、君の警視庁への出向が決定した」
「警視庁へ出向……? どういうことですか?」
 敬をまみえて、麻薬取締官と地方警察が一致団結して、売春組織&覚醒剤密売組織
を壊滅させたことと、例の生活安全局局長押収麻薬・覚醒剤横流し事件と合わせて、
縦割り行政によらない新しい組織の発足が促されたというのである。
 警視庁特殊刑事部特務捜査課。
 これが新しく発足した組織名だ。
 警視庁はもとより、厚生労働省麻薬取締部・財務省税関・海上保安庁・東京都警視
庁/福祉保険局/知事局治安対策本部などから、麻薬・銃器取締や売春(人身売買)取
締にあたる捜査官が集められた。
「一応階級は巡査部長待遇ということになっている。君は国家公務員採用試験I種行
政の資格を持つ国家公務員だから、本来ならキャリア組としての警部補からスタート
しても良いはずなのだが、出向組ということで巡査部長からということになった。ま
あ……実情を話せば君が女性ということなんだ。警察というところは、今なお男尊女
卑的な部分があって、女性の配属されるのは交通課と決まっている。そもそも警察官
は初任配属先は地域課もしくは交番勤務と人事規定され、キャリアでも最初は地域課
に配属されるのだが女性警官の場合は原則的に交通課なのだ。実際に危険が伴う部署、
いわゆるおまわりさんと呼ばれる交番勤務などは全員男性だ。一般的な地方警察職員
は地方公務員で、警視正以上になってはじめて国家公務員扱いとなる。つまり資格か
ら言えば君は地方警察ならば警視正と同等以上ということになるのだが、いかんせん
麻薬取締部と警察では、その構成員の数が一桁も二桁もまるで違う。警視正と言えば、
警視庁の各警察署長や地方警察本部方面部長にも任命されようかという地位で、その
配下に収まる警察職員は数千人から数万人規模にもなる。そんな地位にいくらなんで
も、大学出たばかり麻薬取締官ほやほやの君が就任できるわけがない。双方の構成員
と部下として動かせる人員から考えて、巡査部長待遇が順当という線で落ち着いた。
どう思うかね」
 課長の長い説明が終わった。
「巡査部長ですか……」
「不満かね?」
「いえ、そんなことはありません。巡査部長でも身に重過ぎるくらいです」
「まあ、そう言うな……。国家公務員がいくらなんでも平巡査待遇では、麻薬取締部
の沽券(こけん)に関わるからな。これだけは譲れないというところだ。本来なら警
察大学校卒同様に警部補あたりからはじめてもいいのだがな」
 警部補といえば地方警察署の課長クラスである。
 わたしとしては、別に平巡査でも構わないと思っている。
 何せ前職の時の階級は巡査だったもの。
 敬は日本に帰ってきて、研修を終えたと言う事で巡査部長に昇進したけどね。
 生死の渕を乗り越え、特殊傭兵部隊で鍛えられたんだから、それだけのお手盛りが
あってもいいだろう。
 しかしわたしは……。
 何もしていない。
 先生に救われて斉藤真樹として生まれ変わって、女子大生として気楽に生活してい
ただけだから。
 
 なんにしても、警視庁出向か……。
 元の鞘に納まるという感じがなきにしもあらずである。

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2019年4月13日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 XI

第二章 ミスト艦隊
                 XI  戦闘状態に突入して五分が経っていた。  アレックスはスクリーンを見つめながら、戦況分析の真っ最中というところだった。 「当艦に対する敵艦隊からの攻撃がまったくありません」 「思惑通りだ。これで心置きなく指揮を取れるというものだ」  呟くように言ったことを聞きつけて、副司令が答える。 「そうか……。判りましたよ、提督が敵艦隊に対して国際通信を行った理由」 「聞こう」 「連邦軍にとって提督は、鬼の首のようなもの。捕虜にした者には、最高の栄誉勲章が 与えられると聞きます。それが当艦に攻撃がこない理由です。自分がランドールである ことを知らしめれば、決して攻撃してこないだろう。我が艦隊は少数ですから、拿捕し て捕虜にするのも簡単だと思う。提督がこの艦隊を指揮するのは初めてです。じっくり と指揮を執るには、落ち着いた環境が必要だった。そういうことですね」  さすがに副司令官だけのことはあった。 「考え方によっては自己の保身を優先したようにも取れるんだが……」 「大丈夫です。誰もそんな風には考えません。提督は指揮に専念なさってください」 「ありがとう」  そうこうしているうちにも、味方艦隊は次々と撃沈されていた。 「戦艦ビントウィンド撃沈。巡洋艦ハイネス大破……」  多少の被害は覚悟の上ではあったが、もたもたしていては全滅するのは時間の問題で ある。 「急速接近する艦があります」  目の前のスクリーン一杯に敵艦隊が映し出された。 「斉射しつつ、面舵で交わせ!」 「どうやら接舷して白兵戦で提督を捕虜にしようとしているのでしょう」  最初の艦はなんとか交わしたものの、次から次と襲ってきていた。  単独でならともかく、複数の艦で体当たりされては交わしきれない。 「そろそろだな……。これより敵中の懐に飛び込む。全艦全速前進!」  アレックスが最初から突撃を敢行しなかったのは、味方艦及び敵艦の力量を推し量っ ていたのだ。  特に司令官の人となりを、その戦い方ぶりから判断していたのである。  加速して敵艦隊に向かって進撃するミスト艦隊。  多数に無勢の時は、まともに正面決戦は自滅を早めるだけである。  相手の懐深く飛び込んで乱激戦に持ち込み、あわよくば同士討ちに誘い込む。 「ランドール戦法だ!」  誰かが思わず叫んだ。  アレックスの得意戦法であり、敵艦隊をことごとく葬ってきた有名な戦法である。  その戦いを目の当たりにし、しかも自らが参加している。  兵士達の士気は大いに盛り上がっていく。 「お手並み拝見ですね」 「それは違いますよ。実際に戦うのは配下の将兵達です。指揮官を信じて指令通りに動 いてくれるからこそ作戦は成功します。指揮官のすることは、部下を信じさせることだ けなのです」  両艦隊はすれ違いながら互いに攻撃を加えていく。  後方へ過ぎ去っていった艦は相手にはしない。  前からくる艦のみを各個撃破していくだけである。  機関出力最大で防御スクリーンにほとんどのエネルギーを回して、攻撃力よりも防御 力に重点を置いていた。 「敵艦を撃破することは考えなくても良い。全速力で敵艦を交わしていくのに全精力を 注ぐことに尽力せよ」  早い話が、戦わずに逃げまくれと言っているに等しかった。  領土防衛の戦いなのであるから、敵艦隊を殲滅させずして、逃げるなどとは理不尽な 指令である。  逃げている間に占領されてしまう。  しかし、ランドールが下した指令には、深い熟慮の上に計算され尽されてのものであ ることは、誰しもが良く知っていた。  例えばシャイニング基地攻防戦などが有名であり、ハンニバル艦隊来襲の時もカラカ ス基地を空っぽにした。  十五分が経過した。  連邦軍旗艦には苦虫を潰したような表情の司令官がいた。 「ミスト艦隊は、我々の中心部分に入り込んだ模様です」  両艦隊が全速力で進撃しているので、すれ違いの時間は短かった。  すでに旗艦同士はすれ違いを終えていた。 「どうして討ち果たせん! 敵は我々の五分の一にも満たないのだぞ」  理由は判りきっていたが、尋ねずにはおれなかった。  懐に飛び込まれての乱激戦は同士討ちが避けられない。  砲術士の腕も鈍るともいうものであった。 「すれ違う前には、正面に向き合っていたはずだ。どうして体当たりしてでも、これを 止めんかったのだ」  これも判っていた。  ミスト艦隊は小回りのきく惑星航行用の戦艦が主体であるから、旋回して体当たりを 避けることは簡単であった。  司令は、競走馬と荷役馬と比喩したが、競走馬は真っ直ぐ走ることには得意でも、曲 がりくねった道を走るのは苦手である。  これは戦国時代の城下町の街並み設計に取り入れているものだ。城の防衛のために高 速で騎馬が駆け抜けられないように、城下町には紆余曲折の道を作るのは常道であった。  いかに高速を出せる艦艇でも、ちょこまかと動き回る艦艇をしとめるのは至難の伎で ある。体当たりしようとしても、簡単に交わされてしまう。ただでさえ数度の加速を行 って最大限に達しているのである。軌道変更は困難であった。 「ええい。反転しろ! 反転して奴らの背後から攻撃する」  しかし、その命令が悲劇のはじまりだった。
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2019年4月12日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 初めての経験(R15+指定)

 

特務捜査官レディー・特別編
(響子そして/サイドストーリー)

(四十八)これを着なさい

 

 だが、解き放たれた瞬間だった。
 勧誘員が、猛然と敬に体当たりしてきた。
 隙を見計らって、脱出を試みたようだった。
 しかし……。
「い、いたた……。痛い」
 敬に簡単に腕をねじ上げられてしまった。
 勧誘員は、自分が女性の身体になっていることを、すっかり忘れていたのだ。
 その女性的な華奢な身体では、特殊傭兵部隊時代に鍛えた筋骨隆々の敬を、弾き飛
ばすことすらできなかった。
 腕を取られてもそれを振りほどく腕力さえもまるでない。
 体格も筋力も、そしてその美貌をもして、勧誘員は完全なまでに女性化していた。
「どうやら、まだ自分のことが判っていないようだな。言ったろうが、おまえはもは
やほぼ完全な女性になっているんだよ。あきらめるんだな」
 その言葉に、うなだれる勧誘員。
 もはや女性になるしかない状況なのだと理解したようだ。
「もう、結論は出たな」
 問いかける黒沢医師に対して、ゆっくりとうなづく勧誘員だった。
「ほ、ほんとうに……。完全な女性になれるんだろうな?」
 女性になると決めたからには、やはりまがい物ではない真の女性になりたいと願う
のは当然だ。
「もちろんだ。わたしは産婦人科医だ。女性の身体の事はすべて理解しているし、性
転換手術のことなら、ここにいる真樹が証明してくれる」
 と、突然に言い出した。
「な、何を言い出すんですか? 先生! そのことは……」
 さすがに慌てふためく真樹だった。
 それを知っているのは、黒沢医師と敬、そして両親の四人だけである。
 全くの他人に明かすような内容ではないだろう。
「いいじゃないか。今日からこの娘は……。そう、この娘と言おうじゃないか。私た
ちの仲間となるんだ。言わば真樹とこの娘は姉妹というわけだよ。秘密事はなくして、
仲良くしようじゃないか」
「そんな……。勝手に決めないでください!」
「あはは、さてと……。いつまでも裸のままじゃ、可哀想だな」
 といいながら、戸棚から手提げ袋を取り出した。
「さあ、これを着なさい」
 と勧誘員に手提げ袋を手渡す。
 勧誘員がそれを開けると……。
 出てきたのは、女性用の衣料だった。
 ワンピースドレスにブラやショーツといったランジェリーも揃っていた。
 それを見た真樹が驚いたように言った。
「せ、先生! やっぱり最初から、この人を女性にするつもりだったんですね?」
「あはは……。その通りだよ。私は男は嫌いだからな、男に戻すことは端から考えて
いない」
 女性衣料を手渡されて勧誘員はとまどっていた。
 そりゃそうだろう。
 これまで男として生きてきたのだ。
 例え身体が女性になってしまったとはいえ、いきなり女性衣料を着るには勇気がい
るだろう。
「成り行きでこういうことになってしまったが、判るな?」
 と念を押す黒沢医師だった。

 

 少し考える風だったが、やがてゆっくりとその衣料に手を伸ばす勧誘員だった。
 黒沢医師は、最初から性転換するつもりだった。
 だが、それを知ったところで、今更どうすることもできない。
 男には戻れない。
 黒沢医師にその意思がない以上、これは確定的だ。
 一生をこのまま女性として生きていくしかない。
 ならば、この目の前にある女性衣料……。
 着るしかないじゃないか。
 ブラジャーを手にした勧誘員だったが……。
「どうやって付けるんだ? これ?」
 というような困った表情をしていた。

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2019年4月11日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー これを着なさい(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(四十八)これを着なさい  だが、解き放たれた瞬間だった。  勧誘員が、猛然と敬に体当たりしてきた。  隙を見計らって、脱出を試みたようだった。  しかし……。 「い、いたた……。痛い」  敬に簡単に腕をねじ上げられてしまった。  勧誘員は、自分が女性の身体になっていることを、すっかり忘れていたのだ。  その女性的な華奢な身体では、特殊傭兵部隊時代に鍛えた筋骨隆々の敬を、弾き飛 ばすことすらできなかった。  腕を取られてもそれを振りほどく腕力さえもまるでない。  体格も筋力も、そしてその美貌をもして、勧誘員は完全なまでに女性化していた。 「どうやら、まだ自分のことが判っていないようだな。言ったろうが、おまえはもは やほぼ完全な女性になっているんだよ。あきらめるんだな」  その言葉に、うなだれる勧誘員。  もはや女性になるしかない状況なのだと理解したようだ。 「もう、結論は出たな」  問いかける黒沢医師に対して、ゆっくりとうなづく勧誘員だった。 「ほ、ほんとうに……。完全な女性になれるんだろうな?」  女性になると決めたからには、やはりまがい物ではない真の女性になりたいと願う のは当然だ。 「もちろんだ。わたしは産婦人科医だ。女性の身体の事はすべて理解しているし、性 転換手術のことなら、ここにいる真樹が証明してくれる」  と、突然に言い出した。 「な、何を言い出すんですか? 先生! そのことは……」  さすがに慌てふためく真樹だった。  それを知っているのは、黒沢医師と敬、そして両親の四人だけである。  全くの他人に明かすような内容ではないだろう。 「いいじゃないか。今日からこの娘は……。そう、この娘と言おうじゃないか。私た ちの仲間となるんだ。言わば真樹とこの娘は姉妹というわけだよ。秘密事はなくして、 仲良くしようじゃないか」 「そんな……。勝手に決めないでください!」 「あはは、さてと……。いつまでも裸のままじゃ、可哀想だな」  といいながら、戸棚から手提げ袋を取り出した。 「さあ、これを着なさい」  と勧誘員に手提げ袋を手渡す。  勧誘員がそれを開けると……。  出てきたのは、女性用の衣料だった。  ワンピースドレスにブラやショーツといったランジェリーも揃っていた。  それを見た真樹が驚いたように言った。 「せ、先生! やっぱり最初から、この人を女性にするつもりだったんですね?」 「あはは……。その通りだよ。私は男は嫌いだからな、男に戻すことは端から考えて いない」  女性衣料を手渡されて勧誘員はとまどっていた。  そりゃそうだろう。  これまで男として生きてきたのだ。  例え身体が女性になってしまったとはいえ、いきなり女性衣料を着るには勇気がい るだろう。 「成り行きでこういうことになってしまったが、判るな?」  と念を押す黒沢医師だった。  少し考える風だったが、やがてゆっくりとその衣料に手を伸ばす勧誘員だった。  黒沢医師は、最初から性転換するつもりだった。  だが、それを知ったところで、今更どうすることもできない。  男には戻れない。  黒沢医師にその意思がない以上、これは確定的だ。  一生をこのまま女性として生きていくしかない。  ならば、この目の前にある女性衣料……。  着るしかないじゃないか。  ブラジャーを手にした勧誘員だったが……。 「どうやって付けるんだ? これ?」  というような困った表情をしていた。
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2019年4月10日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 取り引き(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(四十七)取り引き 「男性に戻る限りには、二度とあんな真似をする気が起きないように、罰を受けなけ ればならない」 「罰だと?」 「そうだ。すぐに男に戻しては罰を与えることができない。おまえはその格好のまま 一年の期限付きで奉仕活動をしてもらうことにする」 「奉仕活動だと……?」 「そうだ。奉仕だよ。それも男性相手のな」 「な、なんだって?」 「つまりゲイバーで一年間働いてもらうことにする」 「ゲ、ゲイバーだと!」 「そうだ。女装して酒飲みの男達を接待する仕事だ」 「そこを逃げ出したらどうする?」 「構わないさ。しかし、一生をそんな中途半端な姿で暮らさなければならないぞ。男 でもなく女でもない、そんなおまえが生きていくには、他に仕事はないぞ」 「しかし……」 「無事に一年の勤めを果たしたら、男性に戻してやる」 「ほんとうだな」 「ああ、私は医者だ。信じることだ。というより信じるしかないのがおまえの現状 だ」  現実を突きつけられ、考えあぐねている様子の勧誘員だった。  こんな姿に変えられてしまった今、元に戻るにはこの医者の言う事を聞くしかない だろう。  しかし、男相手に女装して接客するゲイバーのホステスになるしかないのか?  ある日突然に女性に性転換されてしまって、自分がなさなければならない現実を考 えるとき、将来の不安に掻きたてられるのであった。  黙ったまま考え込んでいる勧誘員のその豊かな胸を注視しながら、黒沢医師が次な る段階へと言葉の口調を変えて切り出した。 「なあ、これだけのものを持ったんだ。男に戻るより女性になった方がいいんじゃな いか?」 「いやだ!」 「残念だなあ……。顔も飛び切りの美人だというのに。例え男に戻ってもたぶんその 顔はそのままだろうなあ……」 「な、なに?」 「おや、まだ気が付いていなかったのかい? もう一度じっくりと自分の顔を見つめ てみろよ」  改めて鏡を見つめる勧誘員。 「こ、これは……?」  どうやら今までは巨乳にばかり目が行っていて、顔の方には注目していなかったよ うだ。 「どうだ。きれいだろう? 今時、これだけの美人はいないぞ」 「う、嘘だろう。これが俺の顔だというのか?」 「正真正銘の今のおまえの顔だよ」 「し、信じられない……」  その会話を耳にした真樹が敬に耳打ちする。 「ねえ、わたしと彼とどっちが美人かしら?」  やはり女性としては、美人だと言われた相手が気になるようだ。  特に男だった相手には負けられないという感情があるのだろう。 「そ、そんなこと……比べられないよ」 「あ! やっぱり彼の方が美人だと思ってるんでしょ」 「そうじゃなくて……」 「いいわよ。どうせ、わたしは整形美人だもん。ぷん!」  と膨れ面をしてみせる真樹だった。  そうなのだ。  真樹の顔は確かに誰の目にも美人として映るが、黒沢医師によって死んだ女性そっ くりに整形されたものだった。  そして方や、性転換薬によって変貌した美人。  果たしてどちらが真に美人と言えるものなのか。  敬が答えに窮するのも当然と言えるだろう。 「信じられないだろうが、今見ている通りに現実だ。顔だけではなく、体格もまんま 女性そのものだよ。ほんとに……、まさかこの薬が、ここまでほぼ完璧に女性化させ るとは、私もこの目で見るまでは、とても信じられなかったよ」 「お、男にする薬はないのか?」 「ないな!」  きっぱりと断言する黒沢医師。勧誘員の表情が暗くなる。 「この薬の開発者は、男性から女性への性転換を可能にする薬剤の研究をしてはいる が、その反対の女性から男性への薬の開発研究する意思は毛頭ないからだ。つまり… …それがどういうことかというと……」  と、ここで一旦言葉を止めて、勧誘員の身体を嘗め回すように観察する。  勧誘員に自己判断を促しているようだった。 「つまり……なんだよ。ま、まさか……」  おそらく自分でも結論に達しているのだろうが、認めたくない感情から尋ねずには いられないといったところだろう。 「そう……。その、まさかだよ。おまえは、生涯その女性の身体と言う事だよ」 「嘘だろ?」 「物体というものは、大きいものを小さくするのは簡単だ。氷像みたいに削って小さ くすればいいのだからな。だから筋骨隆々だった身体が、こんな風に華奢でしなやか な身体にするのも簡単というわけだ。だが、一旦小さくしてしまったものを、元の大 きさにするのは不可能だ。それくらいは判るだろう?」 「い、いやだ。そんなこと……。そうだ! さっき男性ホルモンで元に戻れる言った じゃないか。あれは嘘なのか?」 「嘘ではないが……。ここまでほぼ完全な体型に女性化してしまうと、完全な元の男 性に戻ることは不可能だ。今さっき言った通りなのだが、例え男性ホルモンを飲んだ としても、骨格までは変えられないということだ。せいぜい筋肉がついてくる程度の ものだ」 「も、戻れないのか?」 「ああ、戻れないな。……なあ、この際男性に戻るのはあきらめて女性になってしま わないか? 完全なる女性にしてやるぞ。もちろん手術の費用はただにしてやる。女 性になったからには、これまでの罪はすべて水に流してやろうじゃないか。男性とし て行ってきた過去は一切無罪放免にして、女性として何不自由なく暮らしていけるよ うに、ちゃんとした仕事も斡旋してやるぞ。だが、元の男性に戻るというのなら、し かも不完全な身体のままだ、罪を償わなければならない。どうだ? 男性に戻って罪 を償うか、女性に生まれ変わって新しい人生を踏み出すか。男性といってもおかまみ たいな男性にしか戻れないが、女性になればその美貌を活かしてファッションモデル にすらなれる」  勧誘員は黙り込んでしまっていた。  そりゃそうだろう。  たとえ元の男性に戻っても、身体はほとんど女性並みでおかま扱いされるのは必至 である。そしてどんな罪の償いをさせられるか……。この黒沢医師の性格を推し量っ てみるにつけ、とんでもないような苦しい罰が待っているような気がする。  だが、女性になることを選択すれば、この豊かな乳房と美貌で黒沢医師の言うとお りの薔薇色の人生が待っているかも知れないのだ。そして無罪放免され仕事も紹介し てくれるという。  どう考えても、答えは一つしかないじゃないか……。  勧誘員は、じっと考え込んでいる。  その表情を見つめ柄、にやにや笑っている黒沢医師だった。 「ねえ、先生ったら……。女性への性転換ばかりすすめているけど、元の男性に戻す つもりはないんじゃない?」 「ああ、たぶんな。先生の悪い癖がまたはじまったというところだ」 「可哀想ね。どうやら女性になるしかないみたい」 「だが、あの格好のままだとしたら、男に戻ってもなあ……。笑い種だ」 「そうね……」 「か、考えさせてくれないか」  ついに、勧誘員が折れてきた。  さすがに、黒沢医師の性転換薔薇色人生攻撃? を畳み掛けられては、承諾するよ りないと結論に至ったようだ。  ただもうしばらく考える時間が欲しい。  そういうことのようだ。 「いいだろう。二日待ってやる」 「なあ、せめてこの格好から解放してくれないか?」  勧誘員は診察台に縛られている。  その状態で二日もいることは我慢の限界を超える。 「そうだな……」  というと、敬の方を向いて言った。 「解くのを手伝ってくれ」 「いいですよ」 「悪いな」 ポチッとよろしく!
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2019年4月 9日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 巨乳なる姿(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定) (響子そして/サイドストーリー)
(四十六)巨乳なる姿  翌日となった。  真樹は敬を連れて、早速黒沢医師の下へと急行していた。 「先生! あの男はどうなりました?」 「早速来たな。見てみるか?」 「もちろんです」  というわけで、昨日の場所に向かう。  例の産婦人科用の診察台に括り付けられたままの勧誘員はまだ目覚めていなかった。 「どれどれ、見るか」  と、診察台に近づいて勧誘員の診察をはじめる黒沢医師だった。 「台に縛り付けたままにしていたのですか?」 「ああ、逃げられたくないからな。完全独房の覚醒剤患者用リハビリ病室というのも あるが、どうせまたこれに乗せなきゃならんから、二度手間は面倒だ」 「で、どうなんですか?」 「ふふふ。面白いことになっているよ」  勧誘員の上着がはだけられて、胸が露出していた。 「こ、これは……」  そこにはまさしく豊かな胸が形成されていた。  それもFカップはありそうな巨乳サイズだ。  普通の日本人は仰向けに寝たりすると、乳房がのっぺりと扁平状態になってしまう ものだが、これはまあ……張りがあって天を向いて、豪快なくらいに山形になった ドーム上の乳房を維持していた。 「あれから、豊胸手術をしたんじゃないですよね」 「本物の乳房だよ。手術なら一晩では治らない縫合痕ができるはずだろが」 「まあ……そうですが。しかし、たった一晩でこんなに大きな胸ができちゃうなんて 信じられないわ。どんな薬剤なのですか?」 「私の製薬会社の新薬開発研究所の所員が開発したものでね。ハイパーエストロゲン とスーパー成長ホルモンというものが調合されている」 「どちらも女性化には必須のホルモンじゃないですか」 「まあな……。実はその研究員は、君と同じ性転換手術を行った最初の女性なんだ」 「性転換……してるのですか?」 「ああ、彼女は性転換をテーマにした新薬を開発していてね。MTFの人々の気持ち は身に沁みて感じているから、一人でも多くの患者を救いたいと、実に真剣に日夜取 り組んでいるよ。で、臨床試験直前にまでこぎ着けた新薬の成果がこれだ」  と、勧誘員を指差す。 「へえ、面白い話ですね。確かに一晩でこれだけの胸が出来ちゃうなんて、すばらし いじゃないですか。人体実験されたこの人には悪いですけど」 「天然痘の予防方法の種痘法の効果を確かめるために、当時下僕だった8才のジェー ムズ・フィップスという父親のいない子供(自分の子供という説は誤りであり、その 効果を確認した後に自分の息子のロバートに摂取したというのが正しい)に牛痘摂取 したというジェンナーのように、何事にも誰かが犠牲にならなければならない。たま たま、悪事を働いたこいつに実験台になってもらったわけだ」  話し声や黒沢医師に胸を触れているせいか、勧誘員が目を覚ました。 「ん……ん?」 「どうかね、気分は?」 「お、おまえは!」  一瞬として、自分の身に起きていることを理解できなかったようだが、昨日のこと にすぐに気がついて叫んだ。 「俺に、一体何をしたんだ!」 「おや、気がつかないようだ。じゃあ、これならどうかな」  と言いながら、その豊かな胸を掴んだ。 「これを見たまえ。おまえの胸だよ」  寝てていても張りのある巨乳である。目の前にあるそれが見えないわけがない。 「こ、これは……!!」  さすがに事態を飲み込まざるを得ないようだった。 「見事なものだろう。おまえの胸にできた本物の乳房だよ。これだけ大きな、いや巨 乳というべきかな……。これだけのものはそうは見られないぞ。どうだ、嬉しい か?」 「誰が、嬉しいものか?」 「納得していないようだな」 「当たり前だ!」 「うむ……じゃあ、これならどうかな」  というと計器を操作する。  天井に固定されていたとある器械が、かすかな音を立てて降りてくる。 「鏡だよ。おまえの位置から、自分の姿を良く見ることができるぞ」  やがて鏡が静止して、診察台の勧誘員の全身像を写した。  はだけられたシャツの胸から、大きく張り出した巨乳に釘付け状態になっている勧 誘員。 「さてと、これだけじゃまだ。信じられないだろう」  というと、洋裁用の大きな鋏を取り出して、勧誘員の服を切断しはじめた。大やけ どを負った患者の衣服を切り裂くために用意してあったのだろう。やけどを負うと体 液で衣服が皮膚に張り付いて、衣服を脱がそうとするとべろりと皮膚まで剥がれてし まう。それを避けるために癒着していない部分を選んで切り裂いていくための鋏であ る。  とにもかくにも診察台に縛り付けている者の衣服を剥ぐには切り裂くしかない。 「な、何をする!」 「鏡を見ているんだな。面白いことになっているぞ」  やがて上半身は露になった。  驚いたことに、その上半身は男性ではない、撫で肩の細い体格をした明らかに女性 的な骨格になっていたのである。 「す、すごい!」  真樹が思わず声を上げた。 「どうだ。どこから見ても女性にしか見えないだろう?」 「ええ、本当にあの勧誘員なのですか?」 「別人ではないよ。当の本人そのものだ」  その本人は変わり果てた姿に茫然自失となって言葉を失っていた。 「たった一日でこれですか?」 「私もこの目で見るまでは信じられなかったよ。何せ、この薬を使ったのはこの男が はじめてだからな。一体どうなるかとね。さてと……下半身はどうなっているかな」  黒沢医師は鼻歌交じりで、ズボンを切り裂きに掛かった。  科学者的な探究心で目が輝いていた。 「何か今日の先生……。怖いくらいね」  真樹が敬に小声で囁く。 「ああ、まるでマッドサイエンティストだ」 「言えてる」  確かに、性転換に関わることとなると目つきが異常に鋭くなる黒沢医師だった。ま るで自分の世界に没頭したように夢中になってしまう性格を持っていた。 「どうですか?」  真樹が覗き込む。 「残念だが、完璧な性転換とまではいかなかったようだ」  とその股間を指差す。  そこには男性特有のものが残存していた。 「ありゃりゃ。可愛い♪」  まあ、確かに男性自身であったが、子供くらいに小さくなっていたのである。 「ここまでが限界のようだ。内性器がどうなっているか調べる必要があるな」  と勧誘員の方に振り向いて、話しかける。 「おい、呆然としてないで、そろそろ自分の現状を見つめて、今後のことを考えてみ たらどうだ?」 「ど……、どうしろというのだ?」  やっとのことで言葉を搾り出したという感じだった。 「まあ、不完全だが……おまえはもはや、今のままではまともな男としては生きられ ないと言う事だ」 「嘘だ!」 「どうだ。この際、この股間のものも取り去って、今すぐ完全な女性にしてやろう か? おまえが望めば今すぐにでもできるぞ」 「じょ、冗談じゃない。女になんかなりたくない」 「そうだなあ……。このまま女性にしてしまって、どっかの売春組織に売り飛ばすこ ともできるぞ。生きている限り抜け出せないような所がいいだろう」 「な……。や、やめてくれ!」 「これだけ、大きな乳房ならひっきりもなしに客が付くかも知れないな。もちろん、 おまえにはそれを拒絶することはできない。毎日毎日、より多くの男に抱かれなけれ ばならないというわけだ。身体を壊すのもそれだけ早いと言う事だ」 「い、いやだ……」 「身体を壊して使い物にならなくなった売春婦の行き着く末は……。おまえなら知っ ているかも知れないが……」  勧誘員の言葉には耳を傾けることなく、売春婦にされ残酷な日々を暮らす惨状を、 たんたんと語り続ける黒沢医師だった。 「やめてくれ!」  突然に大きな声を張り上げて黒沢医師の言葉を遮る勧誘員。 「た、たのむ。昨日も言ったように、なんでも言う事を聞く。アジトのことも話す。 たのむから女にするのはやめてくれ!」 「そうか……女にはなりたくないか……。残念だな」  というと勧誘員に微かな安堵の表情が浮かんだ。 「仕方ないな。おまえが心を入れ替えて、善人の道に入るというのなら、元の男性に 戻してやることもできるのだが……」 「も、元に戻れるのか?」  急に明るさを取り戻す勧誘員だった。 「ああ、今ならまだ間に合う。男性ホルモンを飲めば、時間は掛かるかもしれないが、 元に戻ることができるだろう。しかしこのまま放って置いて時間が経てば、さらに女 性化が進んで手の施しようがなくなる」 「た、頼む! 元に戻してくれ。男性ホルモンといったな。それをくれ!」 「それには条件がある! もちろんおまえの組織のアジトを吐いてもらう以外にな」  と険しい表情に変わる黒沢医師だった。 「それは……?」  ごくりと唾を飲み込んで黒沢医師の次なる言葉を待つ勧誘員だった。
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2019年4月 8日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 性転換薬(R15+指定)

 

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(四十五)性転換薬

 その勧誘員を運び込んだ部屋は、産婦人科で使われるあの診察台のある部屋だった。

「手伝ってくれ。こいつを診察台に乗せるんだ」
 言われるままに勧誘員を診察台に乗せるのを手伝う二人。
「そうしたら、こいつの手足を台に縛り付ける」
 両腕を台に縛りつけ、両足を足台に乗せた状態にして、動けないように固定する。
「よし、準備完了だ。目を覚まさせよう」
 薬品棚から瓶を取り出して、ガーゼに含ませている。
「気付け薬ですか?」
「そういうこと」
 そのガーゼを勧誘員の鼻先に近づけると……。
「ううっ!」
 といううめき声を上げて目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?」
 開口一番、ありきたりな質問だった。
 まあ、それ以外には言いようがないだろうが。
 そして診察台に固定されていることに気づいて、縛られている状態から抜けようと
して盛んに身体を動かしていた。
 しかし無駄な行為だった。
「とある病院だよ」
「俺を、どうするつもりだ?」
「貴様が売春婦の斡旋業をしていることは判っているのだ。若い女性を『アイドルに
してあげよう』とか言葉巧みに誘い込んで、強姦生撮りビデオを撮影していた。そし
て、その後には売春組織に売り渡していたこともな」
「そ、それは……」
 図星を言い当てられて言葉に窮する勧誘員。
「これまでに侵した罪を償ってもらうことにする」
「な、何をするつもりだ?」
「強姦された挙げくに売春婦にされてしまった罪もない女性たちの苦しみをおまえに
も味わってもらうことにする」
「どういうことだ」
「おまえを女に性転換して、売春婦として一生を惨めに生きてもらうのさ」
「性転換だ……。売春婦だと? 馬鹿なことを言うな」
「信じたくもないだろうがな……」
 と言いながら再び薬品棚から別な薬剤の入ったアンプルを持ち出してくる黒沢医師。
「さて……。これが何か判るか?」
 アンプルを取り出して、その中の薬剤を注射器に移している。
「な、なんだ?」
「究極の性転換薬だ」
「性転換薬だと? 嘘も休み休み言え!」
「信じられんだろうな。だが、明日の朝になれば真実かどうか判る。その目で確認す
るんだな」
 その声は相手を脅すには十分過ぎるほどの重厚な響きを伴っていた。
「や、やめてくれ!」
 診察台に縛り付けられて、どこからともなく漂ってくる薬剤の匂い。明らかに病院
の中だと判る場所。
 そんな所で言われれば、さすがに本当なのかと思い始めているようだった。
「た、たのむ。何でも言う事を聞く。組織のことも喋る。おまえら警察だろう?」
 勧誘員の声は震え、懇願調になっていた。
「無駄だよ。お前の運命は決まってしまったんだ」
「本当だ。嘘は言わない。組織のことを喋る。おまえらそれが知りたいんだろう?」
 しかし、冷酷な表情を浮かべて、押し殺すような声の黒沢医師。
「諦めるんだな」
 そいういうと、注射を勧誘員の腕に刺した。
「やめろー!」
 黒沢医師が止めるはずもなかった。
 注射器のシリンダーが押し込まれ、薬剤が勧誘員の体内へと注入されていく。
「い、いやだ……やめて……くれ」
 勧誘員の声が途切れ途切れになり、そしてそのまま意識を失ってしまったようだ。

 

「どうしたんですか?」
 真樹が近づいて尋ねる。
「薬剤の中に睡眠薬を入れておいた。明日の朝まではぐっすりだ。逃げられないよう
に、このままの状態で置いておく」
「睡眠薬? 性転換薬じゃなかったのですか?」
「睡眠薬も入っているということだ。性転換薬というのは本当だ」
「冗談でしょう?」
 真樹は麻薬取締官であると同時に薬剤師でもある。
 現在市場に流通している薬剤のことならすべて知っている。
 性転換薬など、許認可されてもいなければ、開発されたという噂すら聞いたことも
ない。
「私の運営している会社は知っているだろう?」
「もちろんです。医者は副業、本職は薬剤メーカーの社長さんですよね」
「その通りだ」
「まさか、開発に成功されたのですか?」
「いや、奴に射ったのは試験薬だ。人間に投与しての臨床試験に入っていない」
「まさか、この男で人体実験を?」
 敬が核心に触れるように言った。
 意外なところで他人の心を読み取ることがある。
「あはは、その通りだ。何せ、臨床試験しようにも、出来る訳がないだろう? 女に
なりたいという人間は数多くいても、どうなるかも知れない怪しげなる薬を試してみ
ようという人間はいないさ。もっと確実に性転換できる手術が発達しているからな」
「なるほど……」
「明日の朝っておっしゃってましたけど……」
「ああ、動物実験から類推するに人間なら一晩で可能なはずだ」
「本当にできるのでしょうか?」
「だから、人体実験だよ。明日が楽しみだ」
 といって笑い出す先生だった。
「そんな……」
「まあ、興味があって成果を見たいなら明日来てみるんだな。成功か失敗か、いずれ
にしても面白いものが見られるはずだ」
「見に来ます! 乗りかかった船ですよ。最後まで見届けたいです」
「いいだろう。明日の午前九時にきたまえ。囮捜査のことで、明日も出勤日ではない
のだろう」
「はい。明日の九時ですね。必ず参ります」

 

 というわけで、奇妙なる性転換薬というものの存在を知り、もっと早くこれが完成
していて自分がそれを使うことが出来ていたら……。
 心底そう思う真樹だった。

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2019年4月 7日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 V

 

 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌

 V エースパイロット

 

「すげえ!」
 ストライク・ファントム戦闘機のコクピットから、ミネルバの状況を目の当たりに
したパイロットが驚く。
 パイロットの名は、カッシーニ・オーガス曹長。
 あの撃墜王のジミー・カーグ中佐に戦闘の手ほどきを受けたエースパイロットであ
る。
 端末から指令が届く。
「艦載機は敵戦艦に対し、攻撃開始せよ」
 その指令に従うように操縦桿を握り締めるオーガスだったが、引き続いて入電が入
った。
「オーガス曹長は、ただちに帰還せよ」
 出鼻をくじかれたような指令に、
「え? どういうことですか。敵艦の迎撃に入るんじゃないですか?」
 意外な命令といった感じで確認する。
「迎撃は、他の艦載機にまかせてください。曹長は帰還です」
「納得いかないなあ……」
 うだうだと言っていると、相手が代わってスピーカーががなり立てた。
「馬鹿野郎! おまえは新型モビルスーツの搭乗員だ。ここで撃墜されるわけにはい
かないんだよ」
 発進前に甲板に陣取っていた、モビルスーツパイロットで戦闘班長のナイジェル中
尉の声だ。
「新型っていっても、機体を搬送していた輸送艦が敵揚陸部隊に捕獲されてしまった
というじゃないですか。肝心の機体もないのに、パイロットも何もないじゃないです
か」
「機体については、メビウスの特殊部隊が奪還作戦に入っている。だから今後のため
にもファントムを失うわけにはいかないんだ」
「ファントムですかあ?」
「当たり前だ。そのファントムは新型機にドッキングしてコクピットとなる大事な部
品でもある。パイロットの補充はできるが、ファントムは補充がきかん」
「きついなあ……」
「いいから、戻って来い! 命令だぞ」
「へいへい。戻ればいいんですね、判りましたよ」
 言いながら乱暴に通信機を切るパイロットのオーガス曹長。
 ユーターンしてファントムがミネルバへ戻っていく。

 

 艦載機発着場。
 ファントムが着陸して、オーガスが機体から降りてくる。
 そしてパイロット待機所に戻るやいなや、ナイジェル中尉に詰め寄る。
 中尉は、愛機のモビルスーツの燃料・弾薬補給を待つ間に、自分自身の燃料補給中
だった。
 戦闘中のために、ペースト状の食料を詰めたチューブ式の携帯食料を食していた。
「納得できませんよ!」
 憤懣やるかたなしといった様子で、中尉に食い下がるオーガス。
「まあ、そういきり立つな。血圧が上がるぞ」
「血圧が上がるのは中尉じゃないですか。納得いく説明をしてください」
 食していた携帯食料をカウンターに置きながら、質問に答えるナイジェル。
「知ってのとおり、この艦にはおまえの他に三人の新型のモビルスーツパイロット候
補生がいる。もちろん自分もその中に入っているがな。しかしながら」
「肝心のモビルスーツがない!」
「そのとおりだ。当初の予定では、タルシエン要塞から護送船団によって運ばれてく
る予定だったのだが」
「敵の陣営に横取りされてしまいましたよ。その護送船団の指揮官は艦長殿ですよ
ね」
「まあな……。背後から敵艦隊が押し寄せている状態で、本星にまで無事に輸送して
きたことは評価に値すると思うがな」
「しかし反面、敵に最新鋭のモビルスーツを与えたことになりませんか? あのフ
リード・ケースン中佐が開発し、わざわざ送ってよこしたものです。ただのモビル
スーツであるはずがありません。その機動性能、戦闘能力、すべてにおいて現行のモ
ビルスーツの性能を凌駕しているに違いないのです」
「ほう……。なかなか鋭い判断だ」
「それを奪われてしまったんですよ。これが落ち着いていられますか?」
「それだ! 近々、その最新鋭のモビルスーツを奪回する作戦が発動するらしいの
だ」
「奪回作戦ですか?」
「そうだ。しかも、その作戦に我がミネルバも参加するらしい。何せそのモビルスー
ツ専用の整備・補給システムなどが装備されているのが当艦だからな。つうか……、
このミネルバに搭載することを前提として開発されたと言ってもよい機体だ。最新鋭
のモビルスーツと最新鋭のこのミネルバが揃ってこその【メビウス】旗艦としての位
置付けがあるというわけだ」
「その奪回作戦はいつですか?」
「そうだな……」
 と言いかけたところで、
「ナイジェル中尉。弾薬の補給が完了しました。すみやかに出撃してください」
 艦内放送が中尉の出撃指令を伝えていた。
「おっと。将来の話よりも、まずは目の前の敵を叩くのが先だ。今の話は、戦闘が終
わってからにしよう」
「で、その間。自分は何をしていればいいんですか?」
「飯を食って、寝ていろ!」
「寝……。戦闘中だというのに、眠ってなどいられませんよ」
「馬鹿者が! 眠ることも大事だぞ。出撃しないものは体力の回復と温存に務める。
これもパイロットの仕事のうちだ」
「わっかりました! 寝ていりゃいんですね」
「そういうことだ」
 携帯食料をカウンターに戻して、そばに置いてあったヘルメットを取り上げ、
「それじゃ、行ってくる。殊勝な気持ちが少しでもあるのなら、みんなの無事を祈っ
ていてくれや」
 と右手を軽く上げて、発着場へと向かっていく中尉だった。
「へいへい。いってらっしゃい」
 後姿を見送りながら、
「空を飛べない陸戦用モビルスーツでどう戦うつもりですかね……」
 と、呟きにも似た吐息をもらすオーガスだった。

 

 艦載機発着場。
 モビルスーツに乗り込み機器を操作しているナイジェル中尉。
『ナイジェル中尉は、甲板にて近寄る戦闘機を撃墜してください』
 通信機器より指令が入電する。
『了解した。甲板にて敵戦闘機を撃滅します』
 飛翔することのできない陸戦兵器には、動かない砲台としての役目しかなかった。
「ま、やるだけのことをやるだけさ」
 苦笑いしながら、
「さて、行くとしますか」
 操縦桿を握り締めて、ゆっくりと機体を動かして、甲板に出る昇降エレベーターに
乗る。
「ナイジェル、出る!」
 通信機に
『了解。エレベーターを上げます」
 ゆっくりと上昇するエレベーター。
 やがてナイジエルの視界に飛び込んできたのは、勇躍として迫りくる敵戦艦の姿で
あった。
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2019年4月 6日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 ミスト艦隊 X

第二章 ミスト艦隊
                 X  連邦軍旗艦。  ミストを左舷後方に見る位置に、隊列を組んでいるミスト艦隊。 「敵本隊は、ミストの前方、十時の方向」 「取り舵十度! 敵艦隊に向かえ!」 「全艦取り舵十度! 進路変更します」  ゆっくりと方向転換をはじめる艦隊。  巨大惑星の影響だろうか、艦体がミシミシと音を上げていたが、艦橋要員達は軽く考 えていた。  この時、艦の異常を真剣に受け止めて、対処しようとしてる者たちがいた。  機関部の要員である。  方向転換と同時に、急激に機関出力がダウンしてしまったのである。 『おい、機関出力が落ちているぞ。すぐさま上げてくれ』  さっそく艦橋からの催促がかかる。 「了解! 出力を上げます」  機関出力が上げられ、機動レベルを確保したものの、エンジンは異常音を立てていた。 やがて方向転換が完了してエンジンの負担が軽くなって異常音は止まったが、 「これはただ事ではないぞ」  誰しもが感じていた。  外の状況や艦橋の様子などがまるで見えない機関部には、ただ上から命令されて出力 を上げ下げするしかない。  機関長のところに数人の機関士が集まってきていた。 「巨大惑星の影響に間違いありません」 「そうです。カリスの強大な重力に艦が引き込まれていると思われます」 「私もそう思います。上に意見具申なさった方が……」  だが機関長は意外な発言をした。 「君達は艦内放送を聞いていなかったのか? 上はランドール提督を捕虜にしようとし ているのだ。いいか、宿敵サラマンダー艦隊のランドールだぞ。奴を捕らえれば、聖十 字栄誉勲章間違いなし、報償は思いのままで一生を楽に暮らしていけるはずだ。例えエ ンジンが焼け切れたとしても全力で追いかけるのは、判りきったことではないか。言う だけ無駄だよ」 「やっぱり……ですかねえ」 「外がまるで見えない鉄の箱の中で、一生を終えるのはご免ですよ」 「俺達には選択の余地はない。上に指示に従うまでだ。さあ、配置に戻りたまえ」  諭されておずおずと自分の部署に戻る機関士達だった。  その頃、機関部要員の気持ちもお構いなしの艦橋では、ランドール捕虜作戦の真っ最 中であった。 「ランドールの乗艦を特定しろ。そして攻撃目標から外すのだ」 「了解」  オペレーターが機器を操作して、ミスト艦隊の各艦をスキャニングしはじめた。  やがてスクリーン上のミスト艦隊の中に赤い点滅が現れた。 「ランドール提督の乗艦しているものと思われる旗艦を特定しました」 「よし、攻撃目標から外せ」 「了解。戦術コンピューターに入力して、攻撃目標から外します」 「後方から、別働隊が追い着いてきました」 「構うな。今は正面の艦隊に集中しろ」  司令の脳裏にはランドールしかないという風だった。  聖十字栄誉勲章が目の前にぶら下がっているのだ。  二階級特進も夢ではなかった。  鼻先に吊るされたニンジンを追いかける馬のようなものである。
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2019年4月 5日 (金)

性転換倶楽部/響子そして 縁談(R15+指定)

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定 この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十二)縁談  わたしも泣いていた。 「わたし、女になった事後悔してないよ。秀治という旦那様に愛されて幸せだったよ。 わたしは、身も心も女になっているの。だからおじいちゃんが悲観することは、何も ないのよ」 「そうだよ。おじいさんは、悪くはないよ」  秀治が跪き、祖父の肩に手を置いて言った。 「女にしたのが悪いというなら、この俺が一番悪いんだ。刑務所で、ひろしを襲わせ るように扇動したんだからな。しかし、俺は女らしくなったひろしに惚れてしまった。 女性ホルモンを飲ませ、性転換させてしまったのも全部俺のせいだ。もちろん俺はそ の責任は取るつもりだ。生涯を掛けて、この生まれ変わった響子を守り続ける。そう 誓い合ったから死の底から這いあがってきた。別人になっても俺の気持ちは変わらな い。な、そうだろ? 響子」 「はい」 「どうやら君は、いずれ響子が相続する遺産を狙っているような人間じゃなさそうだ な」 「おじいちゃん! 秀治はそんな人じゃありません」 「判っているよ。今まで、お母さんやおまえに言い寄ってくるそんな人間達ばかり見 てきたからな。懐疑的になっていたんじゃ。だが、彼の態度をみて判ったよ。真剣だ ということがな。まあ、たとえそうだったとしても、響子が生涯を共にすると誓い合 った相手なら、それでもいいさ。儂の遺産をどう使おうと響子の勝手だ」 「遺産、遺産って、止めてよ。おじいちゃんには長生きしてもらうんだから」 「あたりまえだ。少なくとも、曾孫をこの手に抱くまでは死なんぞ」 「もう……。おじいちゃんたら……」  ゆっくりと祖父が立ち上がる。腰が弱っているので、わたしは手を貸してあげた。 「秀治君と言ったね」 「はい」 「孫の響子をよろしく頼むよ」 「もちろんです。死ぬまで、いや死んでもまた蘇ってきますから」 「やだ、ゾンビにはならないでよ」 「こいつう……」  秀治に額を軽く小突かれた。  わたしの言葉で、部屋中が笑いの渦になった。 「あ、そうだ。遺産って言ったけど、わたしには相続権がないんじゃない? 法定相 続人のお母さんをこの手で殺したんだもの」 「遺言を書けばいいんだよ」 「あ、そうか」 「儂の直系子孫は、娘の弘子の子であるおまえだけだ。遺産目当ての傍系の親族にな んかに渡してたまるか。まったく……第一順位のおまえの相続権が消失したと知って、 有象無象の連中がわらわら集まってきおったわ」 「でしょうね。お母さんが離婚した時も、財産目当ての縁談がぞろぞろだったもの」 「とにかく、今夜親族全員を屋敷に呼んである。やつらの前で、公開遺言状を披露す るつもりだ。儂の死後、全財産をおまえに相続させるという内容の遺言状をな。だか ら屋敷にきてくれ、いいな」 「わたしは、構わないけど。女性になっているのに、大丈夫なの? 親族が納得する かしら。それに遺留分というのもあるし」 「納得するもしないも、儂の財産を誰に譲ろうと勝手だ。やつらに渡すくらいなら、 そこいらの野良猫に相続させた方がましだ。それに遺留分は被相続人の兄弟姉妹には 認められていないんだ。遺留分が認められている配偶者はすでに死んでいるし、直系 卑属はおまえしかいない。遺言で指名すれば、全財産をおまえに相続させることがで きるんだ」 「へえ……そうなんだ。でも、やっぱり納得しないでしょね。貰えると思ってたのが 貰えないとなると」 「だから、儂が生きているうちに納得させるために生前公開遺言に踏み切ったのだ」 「さて、みなさん。全員がお揃いになったところで、もう一度はっきりと申しましょ う」  社長が切り出した。全員が注目する。 「響子さん、里美さん、そして由香里さん。三人には、承諾・未承諾合わせて真の女 性になる性別再判定手術を施しました。それが間違いでなかったと、わたしは信じて おります。もちろん秀治君の言葉ではないが、将来に渡って幸せであられるように、 この黒沢英一郎、尽力する所存であります。わたしは、三人を分け隔てなく平等にお 付き合いして参りました。今後もその方針は変わりません。そこで提案なのですが、 三人同時に結婚式を挙げてはいかがでしょうか? もちろん里美さんの縁談がまとま り次第ということになります」 「賛成!」  里美が一番に手を挙げた。そりゃそうだろうね。 「しかし俺達の日取りはもう決まってるんだぜ」  と、これは英二さん。 「延期すればいいわよ。あたしも賛成です。あたしだけ先に挙式するの、本当は気が 退けていたんです。三人一緒に式を挙げれば、何のわだかまりもなくなります。だっ てあたし達仲良し三人娘なんですから。いいわよね、英二さん」 「ま、まあ、おまえがいいというなら……英子の発案でもあるし」  相変わらず英二さんは、由香里のいいなりね。  で、わたしはと言うと……。 「わたしも、秀治さえよければ、三人一緒で構いません」 「ああ、俺はいつだっていい。明人として、一度は祝言を挙げているから」  というわけで三人娘の意見は一致した。 「それでは、親御さん達は、いかがでしょうか?」 「わたし達は構いませんよ。どうせ縁談が決まるのはこれからです。反対にみなさん にご迷惑をかけるのが、心苦しいくらいです」 「儂も構いませんよ。秀治君の言った通りです」  というわけで、わたし達の三人同時の結婚式が決定した。
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2019年4月 4日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 去勢手術(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(四十四)去勢手術  黒沢医師の言ったあそことは、黒沢産婦人科病院の地下施設である。  いわゆる闇病院として非合法的な治療を行っている。 「お、重いよお」  男達を運ぶのを手伝われる真樹。  敬が上半身を支えて、真樹が足を持って、黒沢医師が持ってきた患者用移送ベッド に乗せている。真樹に万が一のことがあった時のために用意していたようだ。 「なさけないなあ……。これくらいで根を上げるとは」 「なによお。わたしは女の子なのよ、少しは気遣ってよ」  幼少の頃から女性として暮らしてきた非力な真樹にはつらいものがあった。  体格は完全に女性の身体つきをしているのだ。  筋肉よりも脂肪の方が多く、腕を曲げてみても二の腕に力こぶすらできない。 「へいへい。確かに女の子でしたね」  敬もそのことは良く知っているが、ふざけて言っているのである。 「もう……」  ふくれっ面を見せる真樹。 「おいおい。いちゃついてないで、早く運んでくれ」  黒沢医師がせっついている。 「いちゃついてないもん!」 「判った。判ったから早くしてくれ」  ともかく部屋から地下駐車場までの間を、四人分都合四回もエレベーターの昇降を 繰り返す。途中数人の通行人と鉢合わせたが、こういう所に出入りする人間は、事な かれ主義のものが多いので、いぶかしがりながらも黙認するように態度をみせて、そ れぞれの目的の場所へと移動していく。最悪となれば、二人が持っている警察手帳を 見せればいいのだ。  地下駐車場には、黒沢医師の助手が救急車で迎えに来ていた。 「よし。無事に運び終わったな」  何とか男達を救急車に乗せ終わった。 「それじゃあ、先生。わたしはここで帰ります」  美智子が別れることになった。  真樹の救出を終えたところで用事は済んでいた。 「悪かったね。こいつらからアジトを聞き出したら、またお願いするかもしれないの で、その時はよろしく」 「判りました。麗華様にはそう伝えておきます。では」  レース仕様の重低音のエンジンを轟かせながら、美智子の運転するスーパーカーが 立ち去っていった。 「それじゃあ、私達も行くとしよう」  黒沢医師の言葉を受けて、男達と一緒に救急車に乗り込む。  前部の運転席には助手と先生とが座り、後部の救急治療部に適当に寝転がせた男達 と敬と真樹が乗り込んだ。 「狭いわ」 「我慢してくれ。すぐに着くから」  救急車である。  当然サイレンを鳴らしながら走り出す。男達が目を覚ます前に目的地に到着しなけ ればならないからである。  赤信号を注意しながら走りぬけ、混んでいる道も反対車線を難なく走り続けていく。  そしてものの十数分で目的地に到着したのである。 「さすがに救急車だわ、早いわね。急用があったら乗せてもらおうかしら」  事も無げに真樹が言うと、敬がたしなめるように答える。 「あのなあ……。無理言うなよ」 「言ってみただけじゃない」 「お帰りなさいませ」  病院に勤務する医師や看護婦が出迎えていた。 「先生、手術の準備は完了しています」 「よし。男達を降ろして中へ運び入れる。裸の二人とこいつは睾丸摘出して、例の場 所へ移送してくれ」 「判りました」  先生が指示したのは男優二人とカメラマンだった。  どうやらここにいる医師団によって分業で同時に手術するようだ。 「たまたま……取っちゃうんですか?」 「ああ、これまでの悪行の罪を償ってもらう。盗聴していた会話を聞いていれば、罪 のない素人の女性を無理矢理強姦生撮りAV嬢に仕立て上げたり、散々な酷いことを 重ねていたようだからな」 「例の場所ってどこですか?」 「決まっているだろう。玉抜きした人間の行き着く場所は一つだよ。裏のゲイ組織で 働いてもらうのさ。まあ、よほどのことがない限り、そこから出ることはできないだ ろう」 「ちょっと可哀想ね」 「同情かね。敬が飛び込まなければ、こいつらに犯されていたんだぞ」 「そ、それは……」  言葉に詰まる真樹。  法の番人の警察官として、ちゃんと裁きに掛けるのが筋だと思っているからである。 このような私刑というべき行為は許されていないのではないか……。 「私は、こいつを担当する」  指差したのは、真樹をあの雑居ビルに連れ込んで、AVビデオを撮ろうとした勧誘 員だ。男達のリーダー的存在だった奴。 「やっぱり、たまたま取っちゃうのですか?」 「いや、こいつには別の手段を使う。何せ、売春組織のことを洗いざらい吐いてもら わなければならないからな。組織のことを知っているのは、こいつだけだろうから な」 「どんな手段ですか?」 「まあ、見ていたまえ」  そう言って、含み笑いを浮かべたかと思うと、勧誘員を乗せた移送台を押して病院 の中へと入っていった。  真樹と敬もその後に続いて行く。
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2019年4月 3日 (水)

性転換倶楽部/響子そして 磯部京一郎

 

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定

この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十一)磯部京一郎

 

「それから響子君には、会わせたい方がもう一人おられる」

「会わせたい?」

「秀治君お連れして」

「わかりました」

 秀治は、隣室の応接室に入っていった。

 そして連れて出て来たのは、

「お、おじいちゃん!」

 わたしの祖父だった。

 祖父の娘でありわたしの母親を殺したという後ろめたさと、女になってしまったと

いう理由で、仮出所以来も会う事ができなかった。

「ひろし……いや、響子。苦労したんだね」

「おじいちゃんは、わたしを許してくれるの?」

「許すもなにも、おまえはお母さんを殺しちゃいない。覚醒剤の魔手から救い出した

んだよ。あのまま放置していれば、生前贈与した財産のすべてを吸い尽くされたあげ

くに、売春婦として放り出されただろう。それが奴等のやり方なんだ。いずれ身も心

も廃人となって命を果てただろう。おまえは命を絶って、心を救ったんだ。お母さん

は、死ぬ間際になって、母親としての自覚を取り戻せたんだ。おまえを恨むことなく、

母親としての威厳をもって逝ったんだ。もう一度言おう。おまえに罪はない」

 母親の最後の言葉を思い出した。

 ご・め・ん・ね

 ……だった。

 助けて、とは言わなかった。

 殺されると知りながらも、覚醒剤から逃れるために敢えて、その身を委ねたのだ。

息子に殺されるなら本望だと、母親としての最後の決断だったのだ。

「おじいちゃん……。そう言ってくれるのは有り難いけど……。わたし、もうおじい

ちゃんの孫じゃないの。見ての通りのこんな身体だし、たとえ子供を産む事ができて

も、おじいちゃんの血を引いた子供じゃないの」

「倉本さんのお話しを聞いていなかったのかい? 臍の緒で繋がる。いい話しじゃな

いか。おまえは儂の孫だ。間違いない。その孫から臍の緒で繋がって生まれてくる子

供なら、儂の曾孫に違いないじゃないか。そうだろ?」

「それは、そうだけど……」

「おまえが女になったのは、生きて行くためには仕方がなかったんだろう? 儂がも

っと真剣におまえを弁護していれば、少年刑務所になんかやることもなかったんだ。

女にされることもなかった。娘が死んだことで動揺していたんだ、しかも殺したのが

息子と言うじゃないか。儂は、息子がどんな思いで母親を手にかけたのか思いやる情

けもなく、ただ世間体というものだけに縛られていた。弁護に動けなかった。おまえ

が少年刑務所に送られてしばらくしてからだった。本当の殺害の動機が判ったのはな。

おまえの気持ちも理解できずに世間体しか考えなかった儂は……。儂は、親として失

格だ。許してくれ、ひろし!」

 そう言うと、祖父は突然土下座した。

 涙を流して身体を震わせていた。

「おじいちゃんは、悪くないわ」

 わたしは駆け寄って、祖父にすがりついた。

「済まない。おまえを女にしてしまったのは、すべて儂の責任なんじゃ……」

 もうぽろぽろ涙流していた。

「そんなことない、そんなこと……」

 わたしも泣いていた。

「わたし、女になった事後悔してないよ。秀治という旦那様に愛されて幸せだったよ。

わたしは、身も心も女になっているの。だからおじいちゃんが悲観することは、何も

ないのよ」

「そうだよ。おじいさんは、悪くはないよ」

 秀治が跪き、祖父の肩に手を置いて言った。

「女にしたのが悪いというなら、この俺が一番悪いんだ。刑務所で、ひろしを襲わせ

るように扇動したんだからな。しかし、俺は女らしくなったひろしに惚れてしまった。

女性ホルモンを飲ませ、性転換させてしまったのも全部俺のせいだ。もちろん俺はそ

の責任は取るつもりだ。生涯を掛けて、この生まれ変わった響子を守り続ける。そう

誓い合ったから死の底から這いあがってきた。別人になっても俺の気持ちは変わらな

い。な、そうだろ? 響子」

「はい」

「どうやら君は、いずれ響子が相続する遺産を狙っているような人間じゃなさそうだ

な」

「おじいちゃん! 秀治はそんな人じゃありません」

「判っているよ。今まで、お母さんやおまえに言い寄ってくるそんな人間達ばかり見

てきたからな。懐疑的になっていたんじゃ。だが、彼の態度をみて判ったよ。真剣だ

ということがな。まあ、たとえそうだったとしても、響子が生涯を共にすると誓い合

った相手なら、それでもいいさ。儂の遺産をどう使おうと響子の勝手だ」

「遺産、遺産って、止めてよ。おじいちゃんには長生きしてもらうんだから」

「あたりまえだ。少なくとも、曾孫をこの手に抱くまでは死なんぞ」

「もう……。おじいちゃんたら……」

 ゆっくりと祖父が立ち上がる。腰が弱っているので、わたしは手を貸してあげた。

「秀治君と言ったね」

「はい」

「孫の響子をよろしく頼むよ」

「もちろんです。死ぬまで、いや死んでもまた蘇ってきますから」

「やだ、ゾンビにはならないでよ」

「こいつう……」

 秀治に額を軽く小突かれた。

 わたしの言葉で、部屋中が笑いの渦になった。

「あ、そうだ。遺産って言ったけど、わたしには相続権がないんじゃない? 法定相

続人のお母さんをこの手で殺したんだもの」

「遺言を書けばいいんだよ」

「あ、そうか」

「儂の直系子孫は、娘の弘子の子であるおまえだけだ。遺産目当ての傍系の親族にな

んかに渡してたまるか。まったく……第一順位のおまえの相続権が消失したと知って、

有象無象の連中がわらわら集まってきおったわ」

「でしょうね。お母さんが離婚した時も、財産目当ての縁談がぞろぞろだったもの」

「とにかく、今夜親族全員を屋敷に呼んである。やつらの前で、公開遺言状を披露す

るつもりだ。儂の死後、全財産をおまえに相続させるという内容の遺言状をな。だか

ら屋敷にきてくれ、いいな」

「わたしは、構わないけど。女性になっているのに、大丈夫なの? 親族が納得する

かしら。それに遺留分というのもあるし」

「納得するもしないも、儂の財産を誰に譲ろうと勝手だ。やつらに渡すくらいなら、

そこいらの野良猫に相続させた方がましだ。それに遺留分は被相続人の兄弟姉妹には

認められていないんだ。遺留分が認められている配偶者はすでに死んでいるし、直系

卑属はおまえしかいない。遺言で指名すれば、全財産をおまえに相続させることがで

きるんだ」

「へえ……そうなんだ。でも、やっぱり納得しないでしょね。貰えると思ってたのが

貰えないとなると」

「だから、儂が生きているうちに納得させるために生前公開遺言に踏み切ったのだ」

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2019年4月 2日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 手を上げろ!(R15+指定)

 

 

特務捜査官レディー

(響子そして/サイドストーリー)


(四十三)手を上げろ!

 きしきしとベッドが鳴る。

 男優がすぐ間近に近づいてくる。

 さすがに心臓が早鐘のように鳴り始める。

 あ……ああ。

 捜査のための囮とはいえ、やはり後悔の念がまるでないとは言えない。

 ごめん、敬……。

 貞操を汚されることにたいして、敬には許してもらいたくも、もらえるものではな

いだろう。

 ごめん、敬……。

 何度も心の中で謝り続けていた。

 

 そしてついに男が身体の上にのしかかってきた。

「おい。頬を引っ叩いて目覚めさせろ。眠っていちゃ、いい映像が撮れねえよ」

 カメラマンが忠告する。

「判った」

 ちょっとお、わたしは敬はおろか、母親にだってぶたれたことないのよ。

 

 その時だった。

 部屋の扉がどんどんと叩かれたのだ。

「なんだ?」

 一斉に扉の方に振り向く男達。

 そして次の瞬間。

 扉がバーン! と勢い良く開いて……。

 敬だった。

「何だ! 貴様は?」

「おまえらに答える名前はない」

 と背広の内側から取り出したもの。

 拳銃だった。

 え?

 敬、それはやばいよ。

 ここはアメリカじゃないのよ。日本なのよ。

 取り出したのはS&W M29 44マグナムだ。

 敬の愛用の回転式拳銃である。

 その銃口が男達に向けられている。

 さすがに男達も驚き後ずさりしている。

「か弱き女性に手を掛ける極悪非道のお前達に天罰を加える」

 と、問答無用に引き金を引いた。

 一発の銃声が轟いた……。

 ……はずだったが、銃声がまるで違った。

 実弾はこんな音はしないだが……。

 振り向いてみると、裸の男優の胸が真っ赤に染まっている。

 驚いている男優、そしてそのまま倒れてしまった。

 それを見て、他の男達が怯え震えながら、

「た、助けてくれ!」

「い、命だけは」

 と土下座して懇願している。

 つかつかと男達に歩み寄っていく敬。

「この外道めが」

 と、軽蔑の表情を浮かべ、当身を食らわして気絶させてしまった。

 そして、

「おい、真樹。大丈夫か?」

 と声を掛ける。

「大丈夫も何も……。計画が台無しじゃない」

 ベッドから降りながら、敬に詰め寄る。

「もう……。これじゃあ、こいつらからアジトの情報を得ることができなくなったじ

ゃない。せっかくわたしが囮となって潜入した意味がないわよ」

「だからと言って、真樹が犯されるのを黙ってみていられると思うか? おまえだっ

て俺のそばで他の男に抱かれたいのか?」

「それは……」

 急所を突いてくる敬。

 ここで肯定したら関係がまずくなるのは間違いない。

 声がかすれてくる。

「で、でも……。アジトが判らなくなったわ」

「それなら何とかなるだろう」

 と、後ろから声が掛かった。

 振り返ると、黒沢医師がのそりと部屋に入ってくる。

「先生。それはどういうことですか?」

「説明は後だ。ともかくこいつらを私の仕事場に連れて行く」

「仕事場って……。あそこですか?」

「そう……。あそこだ」

「判りました」

「ともかく目を覚まさないように、麻酔を打っておこう」

 と、手にした鞄を開いている。まったく……用意周到なドクターだ。

 それにしても男優はどうしたんだろう?

 敬の撃ったのは実弾じゃない。

 明らかにペイント弾だった。

「この人はどうしたの? ペイント弾が当たっただけでしょう?」

 胸を真っ赤にして倒れている男優を指差して尋ねる。

 それに先生が答えてくれた。

「ああ、撃たれて真っ赤な血のようなものを目にすれば、誰だって本当に撃たれたも

のと勘違いする。ショックを起こして気絶しても無理からぬことだろう」

「そんなものでしょうか?」

「ああ、銃口を向けられただけでも怯えてしまうくらいだからな」

 やがて麻酔注射を射ち終えた男達を運び出すことなった。

 奴らが乗ってきた車を探し出して分乗して、あそこへと向かうのだ。

 先生は一体何をしようというのだろうか……?

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2019年4月 1日 (月)

性転換倶楽部/響子そして お見合い話(R15+指定)

 

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定

この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


 

(二十)お見合い話

 

「あのお……。お取り込み中、申し訳ありませんけど、わたし達は何で呼ばれたんで

しょうか?」

 里美が口を開いた。

「ああ、あなた達の事すっかり忘れていたわ。あはは」

「もう……。ひどいです。でも恋人同士感動の再会の場面に居合わせて良かったです」

「あなた達を呼んだのは、この二人の結婚式を由香里と一緒に挙げようと思ってね」

「え?」

 わたしは驚いた。

 明人……じゃなくて、秀治と結婚式?

 すると秀治がわたしの肩に手を乗せて言った。

「昔の俺、つまり明人と響子は祝言を挙げたけど、婚姻届は出していない。おまえの

戸籍は男だったからな。しかし今のおまえは女になってるし、俺は柳原だ。だから改

めて結婚式を挙げて正式に結婚しようと思う。もちろん婚姻届を出してな。いいだろ?

響子」

「ええ、秀治がそういうなら」

 嬉しかった。

 もちろん反対するわけがない。

 秀治の本当の妻になれるのだ。願ってもないことだ。

 また涙が溢れて来た。

「というわけで、お願いします。響子との結婚式を、英二さんと由香里さんと一緒に

挙げさせてください」

 秀治が頭を下げた。

 他人に頭を下げるなんて、明人だったら絶対にしなかった。組織の力でねじ伏せて

従わせていた。しかし、今は柳原秀治という一介の人間でしかない。

「もちろんですよ。ねえ、英二、構わないでしょ」

「あ、ああ。おまえが良ければな」

「一緒に幸せになりましょう。響子さん」

 由香里がわたしの手を握って微笑んでいる。

「ありがとう、由香里。一緒に」

 

「あの……。わたしには? お見合いの話しはないんですか?」

 里美が遠慮がちに質問している。自分だけのけ者にされたくないみたいだ。

「ああ、ごめんなさい。今、英二と検討しているからもう少し待ってくれる?」

「じゃあ、いるんですね? お見合いの相手」

「いますよ。取引先の社長のご子息でね。素敵な方よ。受付けやってるあなたにぞっ

こんでね。父親を通じて社長だった時の、あたしに縁談を持ち掛けてきたのよ。ただ、

あたしがこんなになって、前社長失踪ということになっちゃったから、今中断してる。

でね、英二にもう一度、先方にこちらから話しを持ち掛けているところよ」

「やったあ! わたしも結婚できるのね。できればわたしもお姉さんと一緒に結婚式

挙げたいな」

「それは無理よ」

「どうして?」

「あなたにはご両親がいるじゃない。まずその説得が先なんじゃない? 女性に生ま

れ変わったこと、まだ話していないんでしょ?」

「そうだった……」

「あたしはね。みんなに幸せになってもらいたいの。誰からも祝福されて結婚しても

らいたい。親がいるなら式にも出席して欲しい。わかるでしょ。だから里美はご両親

に会って今の自分を正直に話すのが先決よ。そうしたら、その人を紹介してあげるわ」

「でも……。説得できるかな……。それにわたしが息子だったなんて信じてくれるか

しら」

 里美が、泣きそうな顔をしている。

 そんな顔を見るのはわたしだって辛い。

 里美は、元から十分女性として通用するほどのきれいな顔していた……らしい。直

接見たわけじゃないから……上に、ハイパーエストロゲンで、今では同じ女性でさえ

ため息を覚えるほどの社内一の美人受付嬢になっている。そんなにも美しい女性が目

の前に表われて、あなたの息子です、と告白されてもとうてい信じてくれないだろう

と思う。

 わたしと由香里が、段階的に女性への道を踏んできたのに対し、里美はいきなり突

然女性ですものね。未だに男性と女性の境界線にあって、完全には女性には成りきっ

ていない。それが両親への告白に踏み切れないジレンマになっているみたい。

 はやく割り切って、精神的にも完全な女性になってしまえばいいのにね。

 英子さんも罪なことしたものね。

「いいわ。わたしが一緒に、ご両親のところに付いていってあげる。真実を告白しま

しょう」

「いいの?」

「あたりまえよ。妹一人だけで行かせるわけにはいかないわ」

「ごめんね。本当はあたしも付いていってあげたいけど、あたしの両親と親族との打

ち合わせがあるから……」

「ありがとう、由香里。気持ちだけで十分よ。わたしは、お姉さんさえ付いて来てく

れれば大丈夫だから」

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