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2018年6月

2018年6月30日 (土)

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動? 沢渡夫婦来訪

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?

(三)沢渡夫婦来訪  数日後。  梓が書斎で、AFC(Azusa Foundation Corporation)より届けられた稟議書に目を通 している時だった。  麗華が来訪者を伝えにやってきた。 「お嬢さまに、ご面会をと来訪された方がいらっしゃいます」 「ここに直接?」 「その通りです」  世界最大の財閥グループであるAFCの代表の梓に面会を通すためには、最低でも一年 は掛かると言われている。  まずはAFCに面会伺いを通してからである。  ここに直接来たのは、梓のことを何も知らない人物だろう。 「本来ならアポイントのない面会者は門前払いなのですが……」 「どちらさん?」 「はい。沢渡建設の代表取締役、沢渡夫妻です」 「沢渡建設? ああ、慎二君の……」 「ご存知でしたか?」 「ああ、嫌というほど知っているわよ」  さんざん不良扱いされ、馬鹿にされたのだ。  一種恨みとも思えるような感情が湧き起こる。  ちょっと悪戯っ気を出してみよう。 「いいわ、通してください」 「よろしいのですか?」 「ええ。VIP待遇、国賓クラス扱いでお願いします」 「国賓クラス?」 「ええ、ちょっとばかしね……」 「かしこまりました」  早速屋敷中に梓の指示が伝達される。  国賓クラス。  それは屋敷中の者を総動員してお出迎えすることを意味する。  メイド達はおろか調理人・庭師・運転手など全員が勢ぞろいする。  総勢百名以上にもなる壮観さである。  居並ぶ従業員を前にして麗華が訓示を述べる。 「非常に稀なことではあるが、本日は国賓クラスのお客様をお出迎えすることになった」  あちらこちらで、くすくすと声を殺すような笑い声が聞こえる。  国賓クラスが当日突然に訪れることなどあり得ない。国政のスケジュールを十分に配慮 して、最低でも半年以上も前には予定を組んで置かなければならないはずである。  今回の国賓クラス来訪の件は、梓お嬢さまの気まぐれか茶目っ気によるものだと、誰し もが予測できるものであった。 「お嬢さまのお名前を汚さないように、十二分に注意して丁重にお出迎えするように」 「はい! かしこまりました!!」  一斉に声を揃えて返事をする一同。  例え冗談や茶目っ気と判っていても、お嬢さまのご指示となれば、それに従うまでであ る。  仕事は真剣勝負。  国賓クラスのご来訪者として丁重にお出迎えするまでである。  やがてリンカーンに前後を挟まれて沢渡建設社長夫妻の乗るベンツがやってくる。  いかにベンツとて、リンカーンと比べられたらまるで貧弱そのものである。  車寄せにベンツが到着すると、早速車係の者が寄ってドアを開け、沢渡社長夫妻の降り るのを手助けした。  居並ぶメイド達や従者に圧倒される沢渡社長夫妻。  これだけの大歓迎を受けたのは初めてのことであろう。  いや、一生掛かってもお目にかかれない光景かも知れない。  麗華が歩み出てくる。 「いらっしゃいませ、沢渡様。お持ち申しておりました。この屋敷の総責任者の竜崎麗華 でございます」 「こ、こちらこそ。突然の来訪なのに、快く面会をお許しくださいまして感謝しておりま す」 「運がよろしかったのですよ。本日のお嬢様はすこぶるご機嫌麗しく、お会いいたしまし ょうとのご快諾でした。ほんとうにこんなことは非常に稀なことでございます」 「そ、それはどうも……」  案内されて玄関ロビーへと入り、きょろきょろと当たりを見回す沢渡社長夫妻。  並べられた調度品の豪華さはもとよりのこと、天井の高さが半端でなかった。一般住宅 でいえばゆうに三階くらいに匹敵する高さがあり、豪華なシャンデリアがぶら下がってい る。 「エレベーターにお乗りください」  真条寺家の邸宅は三階建てであるが、階層ごとの高さが半端ない。階段を歩いて昇るな ど狂気の沙汰といっても過言ではない。ゆえにエレベーターが設置されていた。もちろん 主人・客人用と従者用との二種類ある。  エレベーターを三階で降りてまっすぐ歩いたところにあるのが正面中央バルコニーであ る。  正面中央バルコニーからは、屋敷内の眺望が一目で見渡せる。  正面玄関から車寄せへと続く広大な前庭。至るところで噴水が水飛沫を上げているのが いかにも涼しげである。  バルコニーの中央に置かれた大理石のテーブルと椅子のセット。  梓が腰掛けて紅茶を飲んでいる。  それを見守るように、バルコニー入り口に二名、手摺よりに二名、そして梓の側に一名 という配置で専属メイド達が立っている。 「う、美しい。美しすぎる。しかも全身から漂う気品の良さは一体……」  ティーカップを手に持ち、茶をすする仕草は、上品このうえなくまるで隙がない。上流 階級に育ったものだけが持つ、まさに本物のお嬢さま。そんな梓の雰囲気を感じ取ったの か、沢渡社長夫妻はしばし茫然と見とれていた。 「その節は突然お邪魔いたしまして、ご迷惑をおかけいたしました」  先に声を掛けたのは梓だった。 「い、いえ……。こちらこそ、大変失礼なことを致しまして」  冷や汗を拭きながら弁解する沢渡社長。 「ほんとに……いえねえ。慎二の連れてくる友達といったら不良ばかりでしたでしょ。で すからつい……同類かと思い違いいたしまして……」  夫人の方も、見苦しいほどの言い訳を続けている。  そこへワゴンを押してシェフ姿のコックがやってきた。 「お座りくださいませ。まあ、お菓子でもいかがですか?」  シェフは、大皿に盛られたお菓子をそれぞれに取り分けていた。 「このシェフは、パリのダロワイヨで三年、ジェラール・ミュロで二年修行したパティシ エ(お菓子職人)で、フランス本国の最優秀パティシエ賞も受賞しています」  ダロワイヨの定番スイーツのマカロンである。  外側がカリッとしていて中が柔らかく、香り豊かでとろけるような中身のマカロン。 バートダマンド(アーモンドとシロップのペースト)をベースにメレンゲを加えて作られ ている。  マダガスカル産のヴァニラを利かせたヴァニーユ(Vanille)。シトロンをベースにメレ ンゲ、クリームを加えたシトロン(Citron)など、六種類ほどが用意されていた。 「最高級抹茶を使用して和風に仕上げましたテ・ヴェール(The vert)です」  とのシェフの説明とおりに、薄緑色したマカロンからは微かに抹茶の香りが漂ってくる。  一口放り込めば、舌をとろけさせるような甘美な余韻が口一杯に広がる。  作ってからほとんど時間が経っていないから、味も香りも濃厚である。  それに引き換え、沢渡家で出されるお茶菓子はすべて菓子屋から買ってきたものである。  しかしここでは、シェフ自らが腕によりを掛けて自家製したものが出される。  レベルがまるで違っていた。  お茶菓子でこうなのだから、ディナーとかの本格的料理になるともう想像すらできなく なる。  映画などで王侯貴族たちの食事風景が描写されるが、たぶんあれくらいの豪勢さになる のだろう。  とんでもないほどの場違いなところへやってきてしまった。  夫妻に後悔の念が湧き起こっていた。 「それで、今日のご来訪はどのようなご用向きなのでしょう?」  梓が見透かしたように尋ねる。 「あ、はい。うちの馬鹿……。いえ、息子の慎二とお知り合いのようですので、親として ご挨拶に伺った次第です」 「ああ、慎二さまですね。日頃からお友達としてお付き合いさせていただいております。 不良に絡まれているところを救っていただいたり、とてもやさしくて親切なお方ですわ」  梓の言葉に、メイド達の表情が歪む。  笑い出すのを必死で堪えているのである。  あの慎二君が、やさしくて親切?  粗暴で身勝手で喧嘩っ早いというのなら判るが……。  たぶんそう考えているのであろう。 「は、はあ……。そうでございますか。慎二がそのような事を」  梓は慎二の悪いところは一切触れないで、良い面ばかりを強調して褒め称えた。  さすがの沢渡夫妻も、ただ頷くばかりであった。  そうこうするうちに、沢渡夫妻の様子に変化が見られるようになった。  そろそろ、おいとまする時間なのだが、切り出せないでいるという感じ。

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2018年6月29日 (金)

銀河戦記/鳴動編 第十八章・監察官 IV

第十八章 監察官

                 IV  提督が軍法会議に掛けられるという情報は逸早く艦隊全員の知るところとなった。  言うことを聞かないアレックスに業を煮やし、どんな暴挙にでるかも知れないと、 交代で監察官の行動を監視しはじめた士官達もいる。  監察官もそんな動きを察知してか、用意された部屋からは一歩も出ることはなかっ た。  監察官の忠告を無視して、アレックスの基地からの一時撤退の準備が開始された。  とにもかくにも、一番の難問となるのは、一億二千万人にも及ぶ住民の避難方法で ある。敵はすでに進撃を開始しており、時間の切迫した中で、いかにすべての住民を 一人残らずもよりの惑星に移送するかという算段を、考えださねばならない。  それはかつてスティール・メイスンが、ミッドウェイ宙域会戦において、撤退する 連邦第七艦隊を追撃する共和国同盟軍第五艦隊を、バリンジャー星住民を全員避難さ せた上で惑星を自爆させ、第五艦隊を壊滅に追いやったあの時と状況が酷似している と言えた。 「シャイニングを完全放棄するなら、メイスンがやったように自爆させてしまうのも 一興なのだが。二番煎じでは面白くないからな」  独立遊撃艦隊所有の輸送艦は無論のこと、近在の基地に逗留する輸送艦が借用され て、シャイニングに集められて、住民の移送にあてられた。  そして住民の説得であるが、これはわりかしすんなりと解決した。元々シャイニン グは最前線を防衛する軍事基地として開発された惑星であり、住民のほとんどが軍部 関係の将兵と技術者及びその家族であったからである。軍属となれば、命令には逆ら うことはできない。  フランソワ・クレールの立てた撤退計画に従って、事は順調に捗っていた。各地の 軍港から、ひっきりなしに輸送艦が発着を繰り返しており、軍港への道には撤退命令 を受けた住民達の群れが続いている。 「パトリシア。一般住民の撤退は、捗っているか」 「はい。すでに八割がたほど、後方の近隣惑星に分散移送を完了しています。残る住 民も明後日までには、移送を終えるでしょう」 「ふむ。予定通りだな」 「しかし、貴重品以外は持ち出し禁止で、燃料・弾薬や物資までそっくりそのまま残 していくというのはどういうことですか? 物資を引き上げる時間は十分あるはずで す。基地を明け渡した上に、物資のおみやげまでつけて、基地の設備も破壊せずに敵 に差し出す必要はないと思いますが」 「作戦を完璧に演出するためだよ」 「と申しますと?」 「遠路はるばるやってきた艦隊が一番欲しがるものはなんだ?」 「燃料・弾薬です。そして将兵達には食糧が必要です」 「その通りだ。喉から手が出るほど欲しいものが基地にあるとわかればどうする?」 「当然、上陸して……あ! そうか、わかりましたよ」 「言ってみろ」 「はい。もし基地に何も残っていなければ、敵は通信機能だけ残して、ここを放って おいて艦隊を前進させるかも知れません。燃料・弾薬に物資、そして完全に機能する 基地の設備までもを与えることで、敵艦隊を完全に足留めする。そういうことです ね?」 「そうだ。すべてを残しておくことで、いかにもあわてふためいて脱出したのだと敵 に思わせられるだろう。油断もするし、敵は安心してこの地に留まってくれるという わけだ」 「素晴らしい作戦です」 「巧くいくといいんだがな」 「大丈夫ですよ」    技術将校でコンピュータプログラマーのレイティ・コズミック大尉から報告があっ た。 「提督。準備が完了しました」 「ご苦労さま」  アレックスはそう言うとパトリシアに向き直った。 「敵艦隊の位置は?」 「はい。37・8光秒の位置に達しました」 「そうか。そろそろ我が艦隊も撤退するとしようか」  アレックスはパトリシアに目配せすると、 「総員に退去命令を出してくれ」  静かに艦隊の撤退命令を下令した。 「はい」  それを聞いて、撤退開始の予定時間に合わせて艦橋に姿を現していた監察官が発言 した。 「提督、お考えは改まらないと考えてよろしいですね」  最後通牒ともいうべき警告のような響きのある口調だった。 「ああ、変わらないな」 「仕方ありませんね……」  というと、やおら腰からブラスターを引き抜いて、アレックスに向けて構える。 「きゃー!」 「提督!」  一斉に悲鳴があがる。 「騒ぐな!」  監察官が怒鳴り散らす。 「その通りだ。みんな動くんじゃない。軽はずみな行動はするな」  アレックスも静止する。  監察官が容赦なく発砲することは目に見えていたからである。  自分の職務を果たすためなら平気で人を殺すだろう事は容易に推測できる。 「提督のおっしゃるとおりですよ。死にたくなかったら動かないことです」  その時監察官の背後に控えていたレイチェルが艦内放送を担当しているオペレー ターに合図を送った。それに応えるように、監察官に気づかれないようにそっと艦内 放送のスイッチを入れる放送オペレーター。  食堂や居住区にある艦内TVに、艦橋の現況が流され始めた。

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2018年6月28日 (木)

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動? 成金主義

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?

(二)成金主義  医者の所に立ち寄った後、沢渡家に着いた。  梓と絵利香は、その威容さに驚いた。  ごく普通の家庭かと思っていたそれは、とんでもないくらいに広い屋敷だったのである。 「ほんとにここが慎二君の家?」 「ああ、そうだよ。建設会社社長が金に明かせて建てた成金主義まるだしの屋敷さ。とは いっても、梓ちゃんや絵利香ちゃんの屋敷に比べれば猫の額ほどもないけどね。まあ、そ れでも人並み以上なのは確かさ」 「でも、慎二君の日頃の生活からは、とても想像できないわね」 「家出して自活しているからね。一応、アパート暮らしの貧乏生活さ」 「どうして、家出なんかしているの?」 「言っただろう? 成金主義だって。ちょっと金があるからといって、鼻持ちならない態 度なんだよ。女中さんなんか雇って上流社会気取りでいる」 「それで家出を?」 「まあね。この家に暮らす限りには上流社会的な生活を強要されるからね。不良としての 俺にとっては住みにくい家だってことさ」 「でも、お小遣いとかたくさん貰っていたんじゃない? それが今は、アルバイトしても 生活費にことかく日々」  ここ最近のガソリン代の高騰で、自慢のバイクに乗らずにもっぱら自転車という状況が それを示していた。 「よけいなお世話だよ」  それから応接室に案内された二人。  お茶が出されて、手をかけようとした時、部屋の外で声がした。  ここの主が帰ってきたようである。  近藤が素早く動いて、出迎える。  開いたままのドアから、主の姿が見える。  こちらを振り向いた主。  梓達を認めて、突き放すように答える。 「よけいな客には、茶菓子は出さんでいいと言ったはずだぞ」  これ見よがし、わざと聞こえるように近藤を叱る父親だった。 「いえ、この方たちは、怪我したおぼちゃまを介抱してくださいましたのです」 「怪我?」 「はい」 「ふん! また喧嘩したのか。しようがない奴だ」 「そうは言われましても」 「構わん、適当にあしらって早く追い出せ」  まるで泥棒猫に入られたような口調であった。  憤慨する梓達。  これでは出されたお茶にも手を出すわけにもいくまい。 「ひどい言われようね」 「客扱いしていないよ」 「人扱いすらしていないよ」 「不良の俺が連れてきた友達だから、同様に不良だと思っているんだよ。たかりに来たぐ らいにしか思っていないよ」 「そうみたいね」 「お邪魔なようだから、帰りましょう」 「そうね」  携帯電話を取り出して、麗華に迎えに来るように伝える梓。  携帯の電波を逆探知すれば、場所は判るようになっている。  立ち上がる梓達。  歓迎されていない以上、いつまでも応接室にいるのは気分が悪い。  屋敷の外で待つことにする。  高級外車のベンツがやってくる。  中には中年女性が乗っており、梓達を訝しげに見つめながら、慎二の姿を見出して窓を 開けて尋ねる。 「慎二じゃないか。どうせ金の無心にきたのだろう? どうせ、そこの女達と遊びにいく 金だろ」  切り出した言葉がまた聞き捨てならぬものだった。  まったく夫婦揃って、金持ちを鼻に掛けて嫌味たっぷりである。  慎二が家出する理由も納得できる。  そこへファントムVIがすべるようにやって来て止まる。 「お待たせいたしました」  運転手の白井が出てきて、後部座席のドアを開けて招き入れる。 「どうぞ、お嬢さま。絵利香さまもご一緒に」 「ありがとう」  さんざん不良扱いされていた梓は、見せつけるようにお嬢さまぜんとした優雅な動きで 乗り込んでいく。  絵利香も同様にしずしずと乗り込む。  沢渡夫人は、ファントムVIの威容さに目を見張るばかりだった。  車のことはあまり知らなくても、その概容からとんでもない高級車であることは、いや でも判る。  今ではちょっと金を出せば誰でも買えるベンツなどとは比べ物にもならない。ちょっと やそっとでは手に入れられない代物だとも判る。  英国製、ロールス・ロイス・ファントムVI。BMWの傘下に入る以前の、モータリ ゼーション華やかりし全盛の頃、1960年代往年の名車である。  全長6045mm、全幅2010mm、車高1752mm、全重量2700kg、水冷V8エンジン6230cc。ロー ルス・ロイスの方針でエンジン性能は未公表のため不明だが、人の背の高さをも越えるそ の巨漢は、周囲を圧倒して、道行く人々の感心を引かずにはおかない。  その巨漢に圧倒されないものはいない。  唖然として、梓達を見つめている沢渡夫人。 「今夜は、近藤の顔を立ててここに泊まるが、明日にはアパートに戻るよ。ここは居づら いからな」 「学校で会いましょう」 「さよなら」 「ああ、さよならだ」  ファントムVIがゆっくりと動き出す。  五十年近く経っているというのに、非常に静かなエンジン音は、日常の整備が良くなさ れている証拠。  オークションに出品すれば、一億円という値が軽く提示される代物である。  やがてファントムVIは沢渡家を後にした。  居残った慎二と沢渡夫人。 「今の女の子達は誰なの?」 「なあにあんたが想像した通りのズベ公だよ」 「そんなことないでしょ。ロールス・ロイスでしょ、あの車」 「そうだよ」 「どこかの大金持ちなんでしょ?」 「大金持ち? そんなレベルじゃないよ。雲の上に住んでるからね」  きょとんとしている沢渡夫人だった。  口で説明しても、理解できるような内容ではない。

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2018年6月27日 (水)

銀河戦記/鳴動編 第十八章・監察官 III

第十八章 監察官

                 III 「今日の作戦会議はこれまで。解散する」  一同が立ち上がってぞろぞろと退室をはじめる。  その時だった。 「お待ちください!」  旗艦サラマンダーに同乗している、統合本部より派遣されてきている監察官が異議 を唱えた。 「シャイニング基地を放棄などもっての外です。監察官として指令の撤回を進言しま す」  共和国同盟軍の正規の艦隊には、統合本部直属の監察官を同乗させなければならな いという規則があった。提督が命令を遂行しているか、独断専行や反乱といった同盟 に不利益な行動を犯していないかなどを監視のために派遣されているのであった。 「それでは、監察官殿には何か妙案でもあると言うのですか?」 「あるわけないだろう。私は作戦参謀ではない! 統合本部よりの命令が正しく実行 されているかを監視するために派遣されているのだ」 「で、統合本部よりの命令とはどういうものかをお伺いしたい」 「何をふざけたことを言っているのだ!」 「確認のためです。第十七艦隊に与えられた命令とは?」 「無論。シャイニング基地の死守することだろう」 「それでは死守すればよろしいのでしょう? そのための一時的な撤退です」 「だめだ、だめだ! 例え一時的にもシャイニング基地を放棄することは認めない ぞ」 「あなたは第十七艦隊だけで敵の三個艦隊を撃滅できるとお考えですか?」 「私にとっては、そんなことはどうでも良い。命令を遵守させること、それが私に与 えられた任務だ。それ以外には考えることなど必要ない!」 「つまり敵の三個艦隊と正々堂々と戦い、討ち死にしろと仰るのですか?」 「死守できないならそうなるというだけだ」 「つまりあなたも監察官として同乗し、華々しく散るというわけですな」 「仕方あるまい。最後まで提督を観察する。それが私の任務だ」 「涙ですね。あなたにとっては、殉職することが名誉ですか?」 「そうだ。軍人として生きる者として命令を遵守することが最上の誇りだ。そして命 令を守らせることもな」 「私には詭弁としか思えませんね。無駄死にほど馬鹿馬鹿しい行為はないと思ってい ます。あなた自身はそれで満足でしょう。しかしその命令に就き従い死んで行く将兵 達のことを考えたことがありますか? 彼らには家族があるし恋人もいる。その人々 の悲しみを考えたことがありますか?」 「殉職すれば名誉の戦死として特進が与えられるし、家族には遺族恩給が出る」 「死んで昇進して浮かばれると思いますか? 家族には恩給よりも生きて無事に帰っ てきてくれることのほうがどんなに嬉しいか知らないのですか?」 「話にならないな。君は軍人としての気質に欠けているようだ」 「死ねと言われて喜んで死出の旅に立つのが軍人気質ですか。そんなの糞食らえで す」 「提督、お下品ですよ」  じっと提督と監察官との言い合いに耳を傾けていた一同であるが、さすがに言葉が 乱暴になってきたアレックスをレイチェルが諌める。 「ああ、悪いな。つい興奮してしまったよ」 「ふんっ! 一日の猶予を与える。それまでに撤退命令を撤回するんだ。いいな」 「一日あれば敵艦隊はすぐそこまで迫ってきますよ。そんな余裕はありません」 「とにかく一日間だ!」  そういうとすたすたと艦橋を立ち去って行った。  早速一同がアレックスの元に駆け寄ってくる。 「何なんですか、あいつは? そんなにわたし達を殺したいのですか?」 「自己陶酔の境地ですよね。あれは、何言っても無駄ですよ」 「それでどうなさるおつもりですか?」 「聞くまでもないだろう。監察官が何と言おうとも撤退する。それだけだ」 「監察官は統合本部に連絡しますよ。提督は命令違反を犯したとのことで軍法会議必 至です」 「それは当然のことだ。しかし部下達の命には代えられない。私一人が罰せられれば 済むことだ」 「しかし、提督……」 「これは命令だ。それとも君達も司令に対して命令違反を犯すつもりか?」 「いえ。そんなことはありませんが」 「なら、答えは一つだろう」 「ですが……」 「作戦会議を解散する。ご苦労だった」  そういい残してアレックスは会議室を退室していった。  一同はアレックスの考えに感嘆しながらも、その行く末を心配していた。 「このままだと、例え作戦が成功してシャイニング基地を防衛しても、提督は確実に 軍法会議だよ」 「一旦撤退した後で、再び奪還してみせると言っているのに、どこがいけないのよ」 「そうだよ。結果よければすべて良しじゃないのか?」 「ニールセンの野郎の陰謀だよ。あいつにとって結果じゃなくて、提督が命令に逆ら うことが狙いなんだよ。これ幸いと軍法会議に掛け、提督を抹殺しようとしているん だ」 「間違いないわね」 「第十七艦隊を救うために、一人軍法会議になる覚悟をしている提督だというのに、 俺達には何もできない」 「一体どうすりゃいいんだよ。敵艦隊はすぐそこまで迫っているというのに……」  頭を抱えていくら考えても答えを見出せない一同であった。

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2018年6月26日 (火)

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動? おぼっちゃま?

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?

(一)おぼっちゃま?  繁華街を歩いている慎二がいる。  と、わき道から女性の悲鳴。  何事かとわき道へと歩いていく慎二。  女性が困っていたら助けるのが男の信条。  そこには一人の女性が数人の不良グループに絡まれていた。 「助けてください!」  慎二に気がついた女性が助けを求める。 「おらあ! おまえ達何をしているか」  声を荒げて不良グループ達に近づいていく慎二。  ところが一歩踏み出した瞬間に後頭部に激しい痛みを覚えた。  地面にどおっと倒れる慎二。 「やったぜ!」 「大丈夫なの? 死んだんじゃない?」 「これくらいじゃ死なないよ。石頭だからな」 「でも、動かないじゃない」  女性の声も聞こえる。  その語り具合からして仲間だったようである。 「ちょっと脳震盪を起こしているだけさ。すぐに気が付くさ」 「気が付かれる前にやっちまおうぜ」 「おうよ。まともに戦って勝てる相手じゃないからな」  よってたかって倒れている慎二に夢中で蹴りを入れる不良グループ達。  慎二は気絶していても本能的に急所を庇っていた。  その頃。  同じ繁華街を二人仲良く徒歩で帰宅する梓と絵利香。  ふとわき道に視線を向けた絵利香が気が付く。  路上に倒れている男がいる。 「ねえ、あれ慎二じゃない」 「ん……そうみたいだね」  急いで慎二の所に駆け寄る二人。 「おい。こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」 「それが地面に倒れている者に掛ける言葉かよ」  倒れたまま声を出す慎二。 「いや、おまえがやられるなんて信じられなかったからな。寝ているんじゃないかと」 「ひどいやつだな」  と、ゆっくりと起き上がる慎二。 「また喧嘩したのかよ。懲りないやつだな。で、今日は何人が相手だ」 「喧嘩じゃねえ。闇討ちにあったんだよ。でなきゃ負けやしない」 「女でもいたか?」 「ああ、いたな」 「ええ格好しようとして油断したんだろ」 「かもしれねえ」 「立てるか?」 「ああ……」  と立ち上がろうとする慎二だったが、わき腹を押さえて蹲ってしまった。 「無理するな。肩を貸してやる」  慎二の両肩を左右から梓と絵利香が抱きかかえるようにして、立ち上がらせる。 「すまねえな。無様なところを見せてしまって」 「なあに、おまえにも人並みなところがあると知って安心したよ」  慎二の手が丁度梓の胸元あたりでぶらついている。  ちょっと手を曲げれば胸を触ることができる位置にある。  そのことに梓と慎二は、ほとんど同時に気がついていた。  もんもんとする慎二だが、梓もその気配を感じ取ったのか、機先を制するように言った。 「おい。どさくさに紛れて胸を触るなよ」 「だ、誰が、触るもんか」 「ふん。どうだか。ちょっとでも触れてみろ、絶交だからな」  その時、背後で車の停まる音がしたかと思うと、 「慎二おぼっちゃまじゃないですか」  という声が聞こえた。  三人が振り向くと、黒塗りのクラウンから運転手が降りて来る。 「近藤!」 「やっぱり、慎二おぼっちゃまでしたか」  慎二と近藤と呼ばれた運転手のやりとりを聞いていた梓だったが、腹を抱え涙流して笑 い転げだした。 「おぼっちゃまだって、きゃははは」 「なんだよ。俺がおぼっちゃまと呼ばれておかしいか」  言われてじっと慎二の顔を見つめる梓。 「似合わん」  きっぱりと言い放つ。 「誰も乗っていないようだが……」 「はい、お客様をご自宅へお送りしての帰りですので」 「どうでもいいけど……。いつまで、わたし達に肩車させておくつもり?」 「ああ、これは申し訳ありませんでした。お坊ちゃま、車にお乗りください。お医者のと ころにお連れします」  といいながら、二人の手元から慎二を抱きかかえるようにして後部座席に座らせた。 「お医者さまのところに寄ってから、ご自宅に向かいます」 「お嬢様方もお乗りください。ご自宅までお送りします」 「それよりも、慎二君の家に案内していただけないかしら」 「そうそう、友達なんだから家くらいは教えてもらいたいわね」 「お坊ちゃま、いかがいたしますか」 「案内してやれよ。成金主義の邸宅を見せるのも一興だ」 「成金主義?」 「行けば判る」 「あ、そう……」

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2018年6月25日 (月)

銀河戦記/鳴動編 第十八章・監察官 II

第十八章 監察官

                 II 「あの……発言してよろしいでしょうか?」  パトリシアの副官として傍聴していたフランソワが発言の許可を打診した。彼女に は発言権は本来ないのであるが……。 「かまわない。言いたまえ」 「では……」  フランソワが前に進み出て、自分が考えていた作戦を披露した。 「三個艦隊とまともに戦ってはこちらに勝ち目はありません。この際、シャイニング 基地は、参謀長のおっしゃられた通りに放棄して撤退しましょう」 「馬鹿な。基地を放棄しては指令無視になる。この基地を取られれば、同盟侵攻の拠 点とされて、戦争に負けてしまうんだぞ。だからこそ、敵に渡さない作戦を練るため、 我々が頭を悩ましているんじゃないか」 「最後まで聞いてください。ただ放棄するのではなく、ついでに置き土産を敵にプレ ゼントします」 「置き土産?」 「はい。この基地の管制システムに細工しておくのです。わざと敵に占領させておい て、遠隔操作で基地をコントロールするのです。地上ミサイル制御、対空管制システ ム、すべてをこちらで操作。そして敵を混乱させて撃滅に至らせます」 「ちょっとまて。それは提督が、士官学校時代の模擬戦闘で使った作戦ではないか」 「その通りです。レイティ・コズミック大尉ならシステムの細工は簡単でしょう」 「そううまくいくものだろうか」  誰ともなく呟きの声が漏れる。 「フランソワ、君は本気でその作戦が成功すると考えているのか」 「もちろんです。敵が提督の士官学校時代の作戦まで、知りうるはずがありませんか ら。我々の策略に気付く可能性は低いといえます」 「そうか……」  アレックスは微笑みながら一同を見回していた。  その時インターフォンが鳴った。 「レイティ・コズミック大尉から至急の連絡です」 「回線をこちらにまわしてくれ」 「はい」  スクリーンにレイティの姿が現れた。 「提督。基地の管制システムの改良プログラム、ヴァージョン2のインストール完了 しました」 「ヴァージョン2?」 「はい。基本プログラムは前回のものを改良したものを使用していますので」 「で、敵に見破られる懸念は?」 「それは有り得ないでしょう。よほど同盟のシステムに熟知したものか、天才ハッ カーでもない限りは」 「なら、大丈夫だな。ご苦労だった。引き続き万全を期してのバグつぶしをやってく れ」 「わかりました」  レイティの姿がスクリーンから消えた。 「提督……今のお話しは?」  一同がアレックスに注目した。 「提督も意地が悪い。すでに計画をご自分で練っておられながら、私達にも作戦を出 させるなんて」  フランソワが抗議の声を上げている。部下の意見を聞きだそうとする、アレックス の常用的言葉の言い回しなどのことをまだ知らないからである。 「決めていたわけではない。私の作戦はいわゆる最後の保険というやつさ。皆の意見 を聞いたうえで、そっちの方がよければそれでよし。といって一秒を争う作戦におい ては、皆の意見を聞いてからでは間に合わなくなるので、先行投資させてもらっただ けさ。レイティといえど、基地全体の管制システムを改良する時間が必要だからだか らな。第一私がすべて考えて実行するのであれば参謀はいらないし、一人の人間の考 えることには限界がある。常にディスカッションして良いところを取り上げ、悪いと ころを訂正しなおす。誰だって完璧な人間ではないんだ。納得のいかない作戦なら、 いくらでも訂正意見をのべてくれたまえ」 「どうやら、提督はご自身の作戦をお持ちのようですね。聞かせていただきません か」 「そうですよ。我々の意見は出尽くしたようですし、フランソワの述べた作戦をお考 えだったようですが……」 「先のパトリシアの作戦は、敵に占領させないように行動しなければならないから無 理がでてくる。ならばいっそのこと占領させてしまって、後から十分作戦を練ってか ら奪還を計ったほうがいい。敵は基地を確保しようとするだろうから、援軍が到着す るまで待たねばならず、動くことができない。つまりは我々が引き返してくるにも、 交代で休息をとることができる時間的余裕があるというわけだ。弾薬や燃料の補給だ ってできる。そして敵はちゃんといるべきところで待っていてくれる」 「そうか、そこでフランソワの考えた作戦をもってあたれば」 「そういうことだ」 「決まりです。その作戦でいきましょう」 「そうだ。提督、俺も賛成しますよ」 「提督。どうやらみんなの総意が一致したようですね」 「よし、フランソワ。君が詳細を煮詰めて、至急作戦立案としてまとめてくれたま え」 「わ、わたしがですか?」 「その通り」 「は、はい」  肩をぽんと叩くものがいた。振り返ってみるとパトリシアであった。 「作戦立案、よろしくね」 「お姉さま……」 「大丈夫、あなたならできるわよ」

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2018年6月24日 (日)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 守護霊

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(九)守護霊  それは、梓お嬢さまが生まれて間もない頃のお話でした。仕事の都合上で日本に来てい た渚さまは、休暇を軽井沢の別荘で過ごしていました。梓さまのお守りとして、わたしも 一緒に来ていました。ある夜のこと、梓お嬢さまが夜泣きをして、いっこうに泣き止みま せんでした。どうにかしてあやそうと、梓お嬢さまを抱えて、別荘の周りを散歩していま した。  見知らぬ老人が立っていて、こちらをじっと眺めていて、声を掛けようとしたら森の中 に溶けいるように消えてしまったのです。  いつのまにか梓お嬢さまは泣き止んでいて、老人の消えた森の中をじっと見つめていた のです。  不思議なことに、梓お嬢さまも楽しそうに、きゃっきゃっとはしゃいでいました。  その夜からです。  梓お嬢さまに付きまとうように、その老人が出没するようになったのです。  梓お嬢さまのお部屋から笑い声が聞こえたかと思うと、ベビーベッドのそばにその老人 が佇んでいて、やさしそうにお嬢さまをじっと見つめていました。しかし私が声を掛けよ うとすると、たちまちのうちに消えてしまいます。  幽霊?  私は、渚さまに事の次第を報告して、善処策を考えていただこうと考えました。 「その老人は、梓に何の危害も与えないのね」 「はい。じっと見つめているだけです。微笑んでいるようにもみえました。お嬢さまも全 然怖がらずに楽しそうにしていました」 「そう……。なら、心配いらないわ」 「どうしてですか? 幽霊なら、いつかお嬢さまに危害を与えるかも知れないじゃないで すか」 「そうね……。ちょっと、待って」  というと、渚さまは書棚の前に立つと、古びた写真集を取り出してみせました。  写真集のページを捲って、とある写真を指差しておっしゃいました。 「もしかして、その老人って、この写真の人に似ていませんでしたか?」  白黒のかなり傷んだ写真でしたが、その顔はまさしくあの老人にそっくりでした。  そう答えると、 「やっぱりね。この方は、わたしの祖父よ」 「ご祖父? でも、あの老人は、もっと昔の方のように見えましたが……。そう江戸時代 の武士のような姿をしていました」 「そうかも知れないけど、顔はそっくりだったでしょ? 血が繋がっていますからね」 「は、はい」 「いつの時代の人かは判らないけど、真条寺家のご先祖さまには違いないらしいのよ。だ から、祖父と瓜二つのお顔をしてらっしゃるの」 「でも、どうして?」 「この別荘を建てるために、土地を造成したでしょ。その際に祠を潰したせいで、多くの 霊がさ迷いでてきたらしいの。ご先祖さまも、静かに眠っていたところを起こされて出て きたのね。でも、それが自分の直系の子孫だと判って、見守ることにしたんじゃないかし ら」 「そうなんですか……」 「実はね、わたしも幼少の頃に、見知らぬ老人が佇んで見守っていたという話を聞いたこ とがあるの。あのご老人、子々孫々に渡っての守護者みたいになっているらしいわ」 「渚さままで……」 「だから、心配要らないの。見守っていてあげましょう」 「判りました」 「というわけで、梓さまにはご先祖様の霊が憑いているらしいのです」 「今もかしら?」 「たぶん……」 「でも、見たことがないわね」 「お守りとして梓さまをみていた頃の私は、まだ子供でしたし、梓さまも乳飲み子でした から、純粋な気持ちで【霊的なる者】を見る能力が備わっていたと思います。しかし年を 経るごとに、その能力も失われていったのでしょう」 「ふうん……。もう、無邪気な子供じゃないというわけね」 「あいにくでございますが……」  そういうと、ふっとロウソクを吹き消した。  生々しいほどの幽霊談を聞かされて、クラスメート達の口からは次の話題が出てこなか った。  自然消滅するように百物語もお開きになった。  結局その夜は停電が回復することなく夜を明かすこととなった。  嵐の夜が明けた朝。  谷間から立ち上る霧に包まれていた。  しっとりと濡れた草花の間を散歩する梓。  誰かに見つめられているような気がして振り向くと、見知らぬ老人がこちらをじっと見 つめていた。 「あなたは?」  梓は直感した。  ご先祖様の霊ではないかと……。  梓が声を掛けると、老人は静かに微笑んで森の中に溶けいるように消えた。 「あれが、ご先祖様か……」  背後から声が掛かった。  驚いて振り向くと慎二が立っていた。 「ご先祖様って……。見えたの?」 「ああ、見えたよ。麗華さんの言うとおり、ご老人だったな」 「そう……」  梓は、何か因縁めいたものを、慎二の中に感じた。  そういえば、危機一髪という時には、必ず慎二が現れて命を救ってくれていたような気 がする。   最初の交差点での事故。    事件当時には、慎二も現場にいて目撃したらしい。   太平洋孤島不時着事故。    慎二が密航したおかげで、コースがずれて孤島に不時着。そうでなければ太平洋の 海の中に沈んでいたという。   研究室地下火災事件。    まさしく燃え盛る炎の中に飛び込んでの命がけの救出劇は涙ものである。  もしかしたら、慎二の中に老人の霊が取り付いていて、守護霊として慎二を通して見守 ってくれているのかもしれない。  老人の姿が見えるというのも、そのせいかも知れない。  慎二が守護霊?  思わず含み笑いしてしまう梓だった。 「なんだよ、急に笑い出してよ。俺にも見えたのがおかしいのかよ」 「いや、そんなことはないぞ」 「ならなんだよ」 「何でもないよ。それより、今日から空手部の合宿がはじまるぞ。ビシビシ鍛えてやるか ら覚悟しろよ」 「いきなりかよ。お手柔らかに頼むぜ」 「さあ、そのためにも腹ごしらえだ。朝飯にするぞ」 「おうよ。五人前くらい食ってやる」 「好きにしろ」  仲良く連れ立って別荘へと戻る二人だった。 第五章 了

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2018年6月23日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第十八章・監察官 I

第十八章 監察官

                 I  アレックスは敵艦隊の新たなる情報を得て、幕僚達を集めて基地防衛の作戦につい て協議することにした。 「さて、以前にも話したとおりだが、連邦軍の総攻撃の詳細が判明した」  その後をレイチェルが補完する。 「その総数は八個艦隊におよび、うち二個艦隊がフランク・ガードナー提督の守るク リーグ基地へ。このシャイニング基地には三個艦隊が向かっているという情報がはい りました」 「三個艦隊!」 「とても数では太刀打ちできない」 「でも提督なら……」  作戦会議初参加のフランソワが言いかけたが、 「馬鹿ねえ。奇襲攻撃で背後を襲うのではないのよ。カラカス基地からシャイニング 基地に至る間に奇襲を掛けられるような要衝となる地域は存在しないわ。防衛戦とな れば正面決戦とならざるをえないでしょ。つまりは数が物をいうのよね」  とジェシカがたしなめる。 「そうなんですか?」 「それでよくも首席卒業できたわねえ。まさかカンニング常習犯ということでもない わよねえ」  新人いびりが好きなジェシカだった。 「う……。ひ、ひどい」  今にも泣き出しそうなフランソワ。 「ジェシカ先輩。新人のいじめはやめてください」 「あらん。楽しみにしているのに……」 「おい。作戦会議中だぞ」  そんなやりとりに粛清を促すゴードン。 「ところでカラカス基地の方は、どうなのですか」  カラカス基地方面の守備を任されているカインズが尋ねた。自分の管轄する基地が どうなるかを知りたいのは当然であろう。 「今の所そちら方面に向かったという情報は得られていない」 「カラカスは銀河乱流の中洲に取り残された恒星系です。そこから共和国同盟に進撃 するには、航行不可能な宙域で囲まれた隧道を通らねばなりません。テルモピューレ 宙域会戦で手痛い敗北を喫した経緯から、無理してそこを通過する危険を冒すことは しないと思われます。結局シャイニング基地方面に転進しなければならない。だった ら最初からシャイニング基地を攻略したほうが得策です。それに軌道衛星砲というや っかいな代物で武装されているからでしょう。たかが無人の装置にたいして多大な被 害が想定できる作戦に艦隊を派遣するわけにはいかないでしょう」  パトリシアが自分の考えを述べた。  これまでの連邦側の行動体系から導かれる方程式から、さらなる推論を加えて熟慮 された答えは誰しもが納得した。 「パトリシアの考えは九割は正しいと言えるだろう。残りの一割にかけてカラカス基 地を陥落させて隋道を強行突破して進撃しないとも限らないが、それを阻止する手立 ては我々にはない。シャイニング基地だけで手一杯だ。両基地のどちらかを選択する となれば、より戦略的価値の高いシャイニングに決まっている」 「それで、残る三個艦隊は?」 「あ、それは補給のための輸送ルート確保や、惑星攻略部隊そして占領後の基地確保 などの後方作戦部隊のようですね」 「どうやら連邦は本気のようだな。後方支援部隊まで連れてきていることは、確実に 基地を陥落して拠点とし、共和国同盟に進軍する戦略だ」  敵側の動静がほぼ確定された。  次に考えるべきことは、味方がどうこれに対処するかである。 「さて、どうしたものかねえ。困ったものだ」  アレックスは呟くが、それが単なる口癖であり、少しも困っていないだろうと推測 する一同であった。すでに作戦の概要を固めているようだ。  しかしだからといってすぐには公表しないアレックスであった。何のために作戦会 議を招集したのか、意味をなさなくなるからである。部下の考えの中にも自分の考え たことよりも優れたものがあるかも知れない。だから、まずは部下の意見から先に発 表させるというのが常だった。  無論、ゴードンたちも重々承知のことだった。  参謀長であるパトリシアが口火を切った。 「こうしてはどうでしょう。ここは一端退いて、クリーグ基地の援軍に回ります。そ れだと丁度二個艦隊同士の決戦となりますし、たぶん敵も我々が援軍に来るなんて知 る由もないでしょうから、敵の背後を突くこともできるでしょう。さすれば敵を壊滅 させることも可能かと。その後でガードナー提督の艦隊と合わせて二個艦隊で、シャ イニング基地に戻って三個艦隊と対峙します。この場合防衛にたつのは敵側、攻撃側 のこちらには作戦的には有利に運べます」 「確かにそうかも知れない。しかし、長距離を往復して休む暇なく戦闘に駆り出され る兵士達の疲労度のことを失念しているな」 「そうか。最初に同数の敵と戦って、休む間もなく引き返して数で優る敵と再び戦わ なければならない……心理的にとてもまともに戦える状況ではありませんね」 「クリーグ基地での一戦目はともかく、シャイニング基地での戦闘は最悪の環境にな る」 「だめですか……」 「いや、作戦の主旨は要点を突いて巧妙だ。諦めるのはまだ早い。もっと練りあげれ ば何か解決策があるかもしれない」 「はい」 「参謀長の意見は再検討ということで、他に案があるものはいないか」  アレックスは一同を見回すが、頭抱えたまま動く気配はなかった。 「うむ……やはり、難しいか」  一同、言葉に詰まっていた。

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2018年6月22日 (金)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 怪談話その2

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(八)怪談話その2  自分の前のローソクを吹き消す梓。  一瞬暗がりが広がったように感じた。 「どこかで聞いたような……」 「ありそうな話ではあるわね」 「うんじゃ、今度はわたしね」  と名乗り出たのは相川愛子であった。  昔々、若者が山道を歩いていると、道端でじいさんがうずくまっているのに出会った。 「どうしたんですか?」  心配になって声を掛けると、 「持病の癪が出て、難儀しております」 「それはお困りですね。お家はどちらですか? お送りいたしましょう」  というと若者は、じいさんを背負って家まで届けることにした。 「これはご親切に、ありがとうございます」 「お一人でお住まいなんですか?」 「息子がおったんじゃが……」 「息子さんがおられたんですか?」 「そうじゃ。でもね……」 「でも……?」  若者が聞き返した途端だった。  突然、じいさんの身体が重くなってきた。  それはそれは、あまりの重さに若者は歩けなくなり、その場に片膝ついてしまった。 「でもね。ある人に騙されて、知らずに息子を食ってしまったんだよ」 「食べた?」 「知らなかったとはいえ、これがまた、飛び切りにおいしくてね」 「まさか……」 「人の肉のおいしさを知ったんじゃ。以来こうして旅人を襲っては食らっておる」 「た、助けて!」  じいさんは、若者の首を噛み切って殺してしまった。そして小屋に持ち帰って人間鍋に してたべてしまっとさ。 「おしまい」  というと愛子は自分のローソクを吹き消した。 「梓ちゃんの話の亜流だね。まあ、良しとしましょう」  ほんの少し昔。  この別荘ができる前のお話です。  小さな墓地がありました。  この近所の人々の噂では、旅の途中で行き倒れてしまった人々を葬って、祠を建てて供 養したと言われています。  中には、人食い爺や人食い婆の犠牲になった人も混じっていたとも言われています。  その場所は、眺めのよい景勝地で、軽井沢の街並みが一望の元に見渡せる好位置にあり ました。  これに目を付けた不動産会社が、土地の所有者に別荘開発を持ちかけました。  当時の所有者である真条寺家は、これは良いとばかりに別荘建設に応じました。  さっそく不動産会社から派遣された一級建築士が現地調査と測量を行いました。  祠の存在にも気づいていましたが、邪魔だからと無断で潰してしまったのです。  墓地も祠のあった場所もきれいに整地され、やがて別荘建設がはじまりました。  ところが建設現場では奇妙な事件や事故が相継いで起こったのです。  一級建築士が現場監督として赴任していましたが、原因不明の高熱に襲われ三日三晩苦 しんだ挙句に死んでしまいました。  二階に上げていた建築資材が、いきなり落下して、真下にいた大工が大怪我を負ったり、 広範囲に土地が陥没して下から数多くの人骨が出てきたりした。  祠を潰した祟りだ!  という声が上がって、大工達は祠を再建して、改めて供養をすることにした。  すると、その日から異変が起こらなくなり、別荘は無事に出来上がったという。 「というような、お話があります」 「なんだよ、麗華さん。いつの間に参加していたんだよ」 「いえね。自分が聞いた話が丁度いいんじゃないかと思いましてね」 「話が終わったんなら、ローソクを消したら?」  麗華は不気味に微笑みながらも、ローソクを吹き消そうとはしなかった。 「いえ。実はこの話は後日談がありましてね……。祟りはまだ続いていたのですよ」 「嘘でしょ?」 「嘘ではありません」

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2018年6月21日 (木)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 IX

第十七章 リンダの憂鬱

                 IX  さすがに情報参謀のレイチェルだと実感したフランソワであった。自分の素性のす べても把握されているんじゃないかしらと少し不安にもなる。がどうなるでもなし、 取りあえずは意外な提督の素性を知ったことを胸にしまって置くことにした。  フランソワとレイチェルが小声で囁きあっている間、レイモンド曹長は顔を赤らめ その時の状況を思い起こしているようだった。  頭を掻きながら謝るレイモンド。 「そ、そうでしたか……その件では申し訳ありませんでした」 「それはいい、もう済んだことだ。質問を続けたまえ」 「あ……は、はい」  敵艦隊の来襲を告げられて緊迫感に押し潰されそうだった乗員達だったが、二人の やりとりですっかりリラックスしてきていた。  それはアレックスが場の雰囲気を和ませようと、とっさに機転を利かした話題転換 だったのである。 「たった今、三個艦隊もの敵艦隊が押し寄せてきていることを伺いました。提督はい かがなされるおつもりですか? この後参謀達を交えて具体的な作戦を練られると思 いますが、作戦会議においては事前に提督ご自身の考えをいつも用意していると聞き うけております。今回の場合も、すでに作戦の概要をまとめておられるのではないで すか? できればこの場で率直なご意見をお伺いできないでしょうか?」  別の乗員が乗り出すようにして尋ねる。 「徹底抗戦ですか? 策略を巡らしての奇襲ですか? それとも撤退しますか?」  他の乗員達も思いは同じようで、聞き漏らさないようにと聞き耳を立てているよう であった。 「残念だが、今はまだ君達に言えることは何もない。不確かなことをここで言っても 不安を駆り立てる結果となるだけだからだ。いずれ作戦が本決まりになれば、君達に 発表するからそれまでおとなしく待っていてくれたまえ」 「提督のことを、私達は信じております。提督が何時如何なる時も私達のために、精 進努力してらっしゃることも重々承知しております。しかしこの情勢下にあっては、 少なからず不安を抱いております。せめて、攻めるのか守るのかだけでも知ることが 出来れば、安心して枕を高くして眠れるというものです」  枕を高くして眠るという言葉が、宇宙でどれほどの意味があることなのかを理解し て使ったのではないだろうが、本人にしてみればぐっすり眠れるという単純な意味合 いだろうと思う。 「曹長、提督をこれ以上、困らせないでください。いずれ作戦は発表されます。おと なしく待っていてあげてください」  レイチェルがやんわりとたしなめた。  こういった場を収めるのは、レイチェルの得意であった。乗員達の間のもめごとや 騒乱を丸く治めることも主計科の任務の範疇に入っている。  憧れの的でもあるレイチェルに、そう言われればおとなしく引き下がるよりなかっ た。  女性士官達だけでなく、男性士官達の間でもレイチェルの人気は抜群だったのであ る。  やがて食堂内は、いつものざわめきが戻り始めていた。  アレックスを信じ、すべてを任せよう。  絶大なる信頼関係に裏打ちされた上官と部下達との心温まる食堂での一件であった。 「ところでレイチェル」  アレックスが小声で囁く。 「リンダの事、ありがとう」 「いいえ。どう致しまして」  第十七章 了

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2018年6月20日 (水)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 怪談話その1

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(七)怪談話その1  むかしむかし、年老いたじいさんと親孝行の息子が、深い森にキノコ採りにやってきた とな。  じいさんはキノコ採りの名人だったがのお、もういい加減に年だて、山登りもつろうな ってのお、そろそろ引退じゃとキノコの生えている場所を、息子に伝授しようと考えたの じゃ。  二人は連れ立って深い森に分け入って、キノコ採りに夢中になっておった。 「これがマイタケじゃ。毎年この場所に生えるから覚えておくんじゃぞ」 「わかった」 「ほれ、次はホンシメジじゃ。ただのシメジとは違うぞよ。味も香りもマツタケ以上じ ゃ」 「へえ、そうなんだ」 「ほれ、そのマツタケはここに生えている。赤松の根っこに輪を描くように生えるんじゃ よ。しかも、年を経るごとに輪は少しずつ広がっていくから、去年あった場所に生えてい るとは限らんからの」  という具合に、秘密の場所を次々と教えていたんじゃ。  たくさん採って籠いっぱいになった。 「そろそろ、これくらいで、いいんじゃない?」 「そうじゃのお。いっぺんに教えても、場所を忘れてしまうじゃろうからな」 「そんなことはないと思うけど」  二人は帰り支度をはじめたんじゃが、 「はて……」 「どうした、じいさん」 「帰り道がわからん」 「ええ!」  じいさんは、息子に教えることばかり考えていて、帰り道のことを忘れておった。 「来た道を逆にたどれば帰れるんじゃない?」 「それがのお……。どこをどう通ってきたか、とんと覚えておらん」 「じいさん。もうろくする年じゃないだろ」  息子も息子で、キノコ採りに集中していたから、帰り道を覚えておこうということはし なかったのじゃ。  深い森の中、あてどもなくさ迷い歩く二人じゃった。  やがて日が沈んで、深い森に夜の帳が舞い降りてくる。  歩きつかれて、ほとほと困っていると、 「じいさん、山小屋がみえるよ」 「山小屋? そげなこつなか。こんなやまん中に山小屋なんか」 「だって、ほら。あそこ!」  息子が指差す方向に、確かに古びた山小屋があった。誰か住んでいるのか、開いた窓か ら煙が出ておった。 「今夜一晩泊めてもらおうよ」 「そうじゃなあ……。仏様の導きかのお」  二人は山小屋に急いだと。 「ごめんください」  と、声をかけると、 「どなたかいの。こんな夜分に」  中から老婆が出てきた。 「実は道に迷ってしまって、今夜一晩泊めてくれませんか」  と、正直にお願いをしたのじゃ。 「それは、それは、お気の毒に。どうぞお入りになってけれ」 「ありがとうございます」 「大した料理は出せねえが、夕食でもどうかね」 「ああ、それでしたら。丁度、ここにキノコがあります」  といって森で採ったキノコを差し出した。 「ほう。これはマイタケでねえか。ホンスメジもあるでよ」  一夜の宿にたどり着き、キノコ鍋をたらふく食べた二人は、疲れもあって急に眠気が襲 ってきた。 「今夜はゆっくりおやすみなせえ」  ぐっすり眠ったかと思った朝。  じいさんが目を覚ますと、隣にねていたはずの息子がおらんじゃった。 「息子がおらんとよ、知らねえかね」  と婆さんにたずねると、 「なんやら朝早く出て行ったげなよ」 「なしてな?」 「知らんこつよ」  と言いながらも湯気の立つ鍋から汁をよそおって差し出した。 「朝飯じゃけん、はよ食べな」  汁椀からはおいしそうな香りが立ち上っていた。 「おお、肉がはいっとるわな」 「今朝早く、なじみの猟師が猪を撃ったからつうて置いてったげな。で、猪鍋にしたんさ。 ほれ、うまいぞよ」  じいさんは目の前に差し出された汁椀を一口すすると、 「う、うめえ! こんなうまい汁は食ったことがねえだ」  感激しておかわりまでしてしもうたと。 「そうかい、そうかい」  ばあさんの口元がにやりとゆがんだように見えたげな。 「ほれ、わし一人じゃたべきれんじゃて。わけたるから持って帰れや」  といって、猪の肉を葛篭に入れて渡してくれたとよ。  じいさんはお礼を言って、その葛篭を背負って家に帰ったと。  して、家でその葛篭を開けて腰を抜かしたとよ。  猪肉かと思ったのは、切断された人間の足や指が入っていたんだがね。  それはまさしく自分の息子の変わり果てた姿じゃった。  知らなかったとはいえ、息子の肉をおいしいと口の中に入れた。  じいさんは良心の呵責に気が狂ってしまったと。  以来、森にさ迷いこんだ旅人を山小屋に誘い込んでは食べてしまうという、人食い爺に なってしもたとよ。

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2018年6月19日 (火)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 VIII

第十七章 リンダの憂鬱

                VIII 「諸君、そのまま聞いてくれ」  と一言置いてから、静かに言葉を紡いでいく。  食堂は静まり返り、提督の話を聞き漏らさないようにと、耳を澄ましていた。 「すでに諸君らも聞いていると思うが、連邦の艦隊がついに出撃を開始した」  ざわざわとどよめきが沸き起こる。  とうとう来たかというため息が漏れる。 「このシャイニング基地には三個艦隊が押し寄せていることが判明した。しかしだか らと言って、恐れおののき、慌てふためくことだけはしないで貰いたい。今後の作戦 は、これから参謀達と協議して決定するが、すべてを私と配下の有能なる指揮官に委 ねて欲しい。私には君達の生命を守り、家族の元へ送り届ける義務がある。無駄死に するような戦いに誘い、悲惨な結果となるようなことは決してしないから安心してく れたまえ。そしていざ戦いとなった時は、己の能力のすべてを引き出してそれぞれの 任務を全うして欲しい。諸君の健闘を期待する。以上だ」  ざわめきが去り、静けさが食堂を覆いつくした。事の重大さに動くものはいなかっ た。  それぞれにアレックスの語った内容を吟味しているのであろうか。 「さて、食事だ」 「え? すぐにでも作戦会議を招集するのでは?」 「それは食事の後だ。戦闘の前にはちゃんと腹ごしらえしなくちゃな。それも軍人の 責務だ」 「はあ……そういうものでしょうか?」 「そうだよ。食べられる時に食べておくもんさ」 「わたしもご一緒してよろしいですか?」 「ああ、かまわんよ」  放送を終えて、テーブルに戻ろうとした時だった。 「提督。質問があります」  一人の下士官が勢い良く手を挙げて立ち上がった。 「何かね。アンドリュー・レイモンド曹長」 「え?」  いきなり名前と階級を当てられてびっくりしているレイモンド曹長。 「提督は、どうして一介の下士官である自分の名前をご存知なのですか?」  本来の質問の前に、確認してみる。 「作戦大会議に召集されたにも関わらず寝坊して遅刻し、罰として会議室の後方で立 たされた上に、居住区の男子トイレ全部の清掃を命じられた君の事は忘れるはずがな かろう」  食堂に大爆笑が湧き上がった。 「そ、そんなことまで覚えてらっしゃるのですか?」 「遅刻してきたのは君だけだ。しかもぐっすり眠っていたなんて、よほどの図太い精 神を持っていると感心していたのだ。それで覚えていた」  食堂のあちらこちらから、くすくすという笑い声が聞こえている。  便所掃除をさせられている当人をからかったりした者もいるだろう。しばらく艦内 の話題の人となっていた。そんな思い出し笑いが続いている。 「提督って意外と物覚えがいいんですね」  フランソワがレイチェルに囁いている。 「あら、知らないの?」 「何がですか?」 「提督の記憶力は艦隊随一なのよ。一度覚えた将兵の顔と名前は絶対に忘れないわ」 「え? お姉さまが一番じゃなかったんですか」 「一応そういうことになってるだけ。記憶力はパトリシアの十倍以上は軽くあるんじ ゃないかしら」 「う、うそでしょ?」 「計算能力でも、艦隊一と言われているジェシカをはるかに凌いでいるのよ。類まれ なる記憶力と計算処理能力があってこそ、不時遭遇会戦での突然の敵艦隊との戦闘が 起こっても、あれだけの完璧な作戦を考え出し、見事な勝利へと導いてくれることが できるのよ」 「知りませんでした」 「いいこと、この事は他言無用よ。提督はご自身の自慢話になるようなことはあまり 公表されたくないらしいの。艦隊参謀長の副官であるあなただから教えてあげたのだ から」 「判りました」

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2018年6月18日 (月)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 大停電

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(六)大停電  その夜、軽井沢一帯は激しい雷雨に見舞われた。  折りしも遊びに来ていたクラスメート達にとっては、はじめて経験する豪雨だった。  梓たちは、リビングでくつろいでいたが、窓に打ち付ける大きな雨音に打ち消されて、 会話の声も届かない。  そして突然の停電。  一瞬真っ暗闇となったが、すぐにバッテリーによる非常灯に切り替わった。 「停電ね」  非常灯の薄暗い部屋の中、成り行きを見守るしかない一同。 「大丈夫よ。もうじき自家発電機が動きだすわ」 「自家発電機があるのか」 「落雷による停電は日常茶飯事みたいなもの。しかも一度停電すると、二三日は復旧しな いこともある。だから自家発電機が必要なのさ」  だが、五分経っても停電は復旧しなかった。  別荘内をメイド達が火の灯ったローソク片手に、行き来している。別に驚いた風でもな く、いつものことといった表情であった。 「どうしたのかしら?」  その時、電話が鳴った。 「停電なのに、電話機が使えるのか」 「バッテリーが内臓されていますし、回線が切断されていなければ通じます。でも、これ は内線みたいですね」  おもむろに麗華が送受機を取る。 「機械室からです」  梓邸の地下には、機械室が設置されていた。  停電時の給電を担う自家発電装置、調理室や各部屋のシャワー・風呂そして冷暖装置に 温水を供給するボイラー室などがあり、それぞれに国家資格を持った技術者が待機してい る。 「電機技師が、まだ帰ってきていない?」  内線による連絡によると、電機技師が街へ用事で出掛けたものの、途中の道ががけ崩れ にあって帰れなくなったというものだった。  電気技術者がいなければ、自家発電装置の始動もままならなかった。 「がけ崩れ?」 「はい、電話回線も切断されたらしく不通です。衛星電話から連絡がありました」 「つまりこの別荘は孤立してしまったということ?」 「そういうことになりますね」 「じゃあ、自家発電は無理?」 「電機技師による通電試験を行わないと危険ですから……。無理です」 「しようがないなあ……」  バッテリー供給による非常灯も次第に暗くなって、やがて真の闇夜がやってくる。  この別荘は都会から遠く隔たれた森深い山間部の中にある。  隣の別荘は何キロも離れていて遠く、周囲には街灯一つなし。例えあったとしても停電 では同じことである。  雷雨はさらに激しさを増し、嵐の様相を呈してきていた。  テラス窓の前に佇んで、外の様子を伺っている相沢愛子。 「しかしこんな夜には幽霊がでてもおかしくないかもね」  と、梓が呟くように応えた。 「出るわよ」 「え?」  喉の奥底から搾り出すように声を出す梓。 「実は、この別荘が立つ前は……」 「いや! 聞きたくないわ」  絵利香が耳を塞いだ。 「あはは、絵利香は、幽霊とかオカルトとかいった話しが苦手なのよね」 「百物語をしようよ」  慎二が提案した。  すると、 「うん。やろうやろう」  と、賛同の声があがった。  青くなる絵利香。  メイドに人数分のローソクを用意させて、じぶんのテーブルの前に立てた。  ローソクの揺れる炎に照らされて、各自の表情が不気味に変化する。 「それじゃあ、あたしからね」  梓が一番乗りした。

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2018年6月17日 (日)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 VII

第十七章 リンダの憂鬱

                VII 「どうぞ、メニューです」  ウェイトレスよろしく、アレックスの目の前に、すっとメニューを持った手が差し 出された。  無意識にそれを受け取り、ページを開くと、料理メニューではなかった。 「何かね、これは?」  ふと視線をあげて、メニューを差し出した本人を見ると、 「提督の体力トレーニングメニューです。それとこちらがフランソワの分です」  艦長のリンダだった。その隣にはウェイトレスが控えている。 「な、なによこれ?」  メニューを見るなり悲鳴のような声を出すフランソワ。 「今までの二倍の基礎筋トレーニングに、肺活筋の強化トレーニング……」 「こっちは、脚力と腹筋トレーニングが増えているな」 「お二人とも、トレーニング不足とという健康診断が出ております。それに基づきト レーナーと相談して、運動メニューを決定いたしました。艦内に居住するすべての将 兵の健康管理を取り仕切るのも艦長の任務の一つです。どうかご理解くださいませ」 「判った……納得いかないが納得するしかないようだ」  艦長としての責務を果たそうとしてるリンダには従うしかないと判断するアレック ス。警報が出てから自分の持ち場へ、急ぎ馳せ参じる運動能力を維持しなければ、自 分の役目を果たすことができないのは必至である。それが全艦隊の運命を左右する指 揮官たる者なら当然の責務の一つである。命令を下すべき指揮官が遅れれば、指揮統 制も乱れ混乱する。  積極的な行動に出たリンダ。 「そうか……レイチェルが動いてくれたようだな。将兵達の心を掴み揺り動かせる才 能。さすがにレイチェルだな」  感心しきりのアレックスだった。 「ありがとうございます。それではこちらが今日の料理メニューです。鯛の香草風味 焼き、あさりと春野菜のクリームソースがお奨めです」 「そうか、それを頂くとしよう」 「あたしもそれでいいわ」  アレックスが承諾したので、おのずと自分も従わざるをえなくなったフランソワ。 つっけんどんに答えていた。 「お二人とも、鯛の香草風味焼き春野菜のクリームソースでよろしいですね?」  ウィトレスがメニューを確認する。 「ああ、よろしく頼む」  と言いながらIDカードを差し出すと、ウェイトレスが持っているカードリーダー に差し込んで、メニューを打ち込んでいる。これで厨房への調理指示と、給料天引き が自動的になされる。  ここの食堂のようなファミリーレストラン風なシステムを採っているのは、第十七 艦隊だけである。他の艦隊の食堂は、日替わりでメニューが決められていて、選択の 余地がなかった。自慢のシステムであるが、このシステムを考案し採り入れたのが、 主計科主任であるレイチェルであった。コンピュータ技師のレイティー及び厨烹科の ナターリャ・ドゥジンスカヤ料理長と共に、システムと携帯端末の設計開発を行った。  ランジェリーショップの経営、女性士官制服制定委員会などと、レイチェルは常日 頃から気を配って、メンタルヘルスケアを実践していた。  このような乗員にやさしいレイチェルに対し、女性士官達は憧れをもって接してお り、艦内における意見具申などはすべてレイチェルに届けられていた。  そのレイチェルが食堂に入ってきた。  士官達の敬礼を受け流しながら、アレックスの姿を見つけると、一直線に歩み寄っ てくる。 「提督。お食事中のところ申し訳ありません」  と辺りを気にしながら話しかける。一般の将兵達には聞かせたくない内容のようだ。 「ここで、構わん。報告してくれ」  気を遣っているレイチェルだったが、そう言われては仕方がない。 「はい、では。報告致します」  姿勢を正して報告をはじめるレイチェル。 「バーナード星系連邦のタルシエン要塞から敵艦隊が出撃を開始しました。二個艦隊 がクリーグ基地へ、三個艦隊がシャイニング基地に向かっています。その他、占領機 動部隊や後方支援部隊を含めて、総勢八個艦隊です」 「そうか……最初の情報どおりというわけだな」 「その通りです」 「判った、ご苦労だった。引き続き情報の更新を頼む」 「かしこまりました」  それから少し考えてから、 「レイチェル。今ここにいる全員に待機命令を出してくれ。外に出ないように」 「判りました」  足早に食堂前方に移動するレイチェル。 「フランソワは、食堂にある艦内放送をセットし、全艦放送の手配を取ってくれ」 「はい!」  同様に、食堂後方にある放送施設に掛けて行くフランソワ。  レイチェルが大声を張り上げて、食堂にいる全員に伝える。 「みなさん。お静かにお願いします。これから提督のお話があります。食堂から出な いようにしてください」  何事かと、レイチェルやアレックスに注目する一同。  その間に放送室にたどり着いたフランソワが、艦橋にいるパトリシアに連絡する。 『艦橋。ウィンザー少佐です』 「あ、先輩。食堂の艦内放送システムを全艦隊放送に流してください。提督からのお 話があります」  ディスプレイにパトリシアが現れると同時に話しかけるフランソワ。 「判りました。全艦放送の手配をします」  パトリシアにもレイチェルの報告が届いているのであろう。アレックスの意図をす ぐさま理解して、全艦放送の手配をはじめた。  つかつかと歩いて食堂の一番前に来るアレックス。  食堂の職員がマイクスタンドを運んできて、アレックスの前に立ててから小声で言 った。 「接続は完了しています。どうぞお話ください」 「判った」  アレックスはマイクを軽く叩いて、改めて接続が完了しているのを確認し、深呼吸 してから話し出す。

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2018年6月16日 (土)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 乗馬クラブ

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(五)乗馬クラブ  翌日のこと。  梓付きのメイド達四人を前に訓示をたれている麗香。 「今日と明日の午後、昼食後から夕食前を自由時間にします」 「本当ですか?」  満面に笑顔を見せて飛び上がるように喜ぶメイドたち。 「お嬢さまの御厚意です。お嬢さまのおやさしい心使いを忘れないように、真条寺家のメ イドとしての規律を守って、羽目を外さずに行動しなさい」 「はーい!」 「あなた達が遊んでいる間にも、別荘勤務のメイド達が汗水流して働いていることを忘れ ないでください」  真条寺家のメイドには二種類の職種があった。  麗華や明美達が梓専属のメイドとして働いているように、主人の身の回りのお世話をす る職種。  部屋の掃除や給仕・洗濯といった屋敷内での日常業務を担っている、屋敷付きの職種と である。  屋敷付きのメイドは、夜勤を含めて三交代で勤務時間がはっきりしている。基本的に週 休二日制で、長期休暇もある。ごく普通のサラリーマンと何ら変わりはない。肉体労働で はあるがきちんと休みがあるので疲労が溜まることはない。  一方の専属メイドは、仕えている主人に常に付き添って行動するために、勤務時間が明 確に決められていない。夜討ち朝駆けだったり、いきなり海外へ渡航しちゃうこともある。 主人との軋轢もあって、精神的ストレスに責め苛むこともしばしばである。それも主人次 第ということで、梓のような心優しい人間に当たれば悪いことなしである。ちゃっかりと 旅行気分を味わえたりするわけである。  屋敷付きメイド主任の神楽坂静香に声を掛ける麗華。 「静香さん。お手数かけますね」 「いいえ。お気になさらなくて結構ですわ。あの娘達がお嬢さまのお世話をしながら、ど んなに大変な思いをしているかわかりますから。厳格な礼儀作法を守りながら、常日頃か ら気配りを絶やさずにお嬢さまの身の回りのお世話をする。別荘勤務が忙しいのは、お客 様がいらした時だけですけど、あの娘達は毎日ですからね」 「ありがとう。そう言って頂くと助かります」  数時間後。  とある牧場の乗馬クラブに梓と絵利香の姿があった。  乗馬に興ずる梓と絵利香。  馬の動きに合わせて見事な手綱捌きをみせていた。  アメリカ仕込みの腕前は本物だった。  牧場を軽やかに闊歩しながら、存分に乗馬を楽しむ二人だった。  それにしてもいつも梓にべったりの慎二の姿が見えないのが不思議だった。  その頃、慎二はメイド達と一緒に行動していた。  牧場の付帯設備である購買部の土産物屋の中をうろついていた。 「慎二さん。今日はお嬢様と一緒じゃないんですか?」  美鈴が首を傾げるように尋ねる。 「ほんとですよ。いつも一緒なのに」 「そうそう」  明美とかほりも同意見のようだ。 「まさか、乗馬が苦手だとか……」  恵美子に至っては、疑心暗鬼な表情。 「みなさん、そんなに責めちゃだめでしょ」  土産を手に品定めしていた美智子がたしなめた。 「まあ、いいさ。ほんとのことだからな」 「ええ? ほんとうなのですか?」 「ああ、以前馬に乗ろうとして蹴られた。それでも強引に乗ったら、急に駆け出して振り 落とされて腰を痛めたよ」 「暴れ馬だったんですか?」 「観光牧場のおとなしい馬だよ。どうも俺は馬が合わないようだ。喧嘩ばかりしているか ら、殺気を感じているのかもな」 「今の慎二様からは想像もできませんけど……」 「あ、ははは。梓ちゃんの前ではいい子ぶっているだけだよ。本性は荒くれ者さ」  確かに【鬼の沢渡】と呼ばれ恐れられていた頃に比べれば、まるで天使のような人格と 言えるだろう。  梓と出会って人格的に成長したというべきか。 「慎二さん。このソフトクリームおいしいですよ」  店頭販売していたソフトクリームを頬張りながら勧めている美鈴。 「そうか? そいじゃ、俺もひとつ」  といって、同じものを買って食べ始める慎二。 「うん。うまい!」 「でしょ」 「絞りたてのミルクから作るから、味が濃厚なのよね」 「牛乳もそうだけど、一般の市販の乳製品ってのは高温加熱殺菌するから、成分が変質し てしまってどうしても味が落ちてしまうんだよね」 「ここで売っているのは、低温で長時間殺菌しているらしいよ。だから味も濃厚なのね」  ところで美智子たちにとって慎二は、主人の親友であり客人である。丁重に挨拶を交わ し、言葉使いを選ばなければならない立場のはずであった。  にも関わらず慣れ親しい会話を続けているのには、慎二の人柄によるところが大きいだ ろう。決して客人という態度を表さずに、常日頃から友人とでも接しているようであった。  梓もまた、メイド達と慎二との係わり合いを微笑ましいものとして、注意することはな かった。だいたいからして梓自身、慎二を客人と思っていないからだ。  このひととき、自由時間を楽しんでいた。

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2018年6月15日 (金)

銀河戦記/鳴動編 第十六章 リンダの憂鬱 VI

第十七章 リンダの憂鬱

                 VI  それから数時間後。  アスレチックジムでの体力トレーニングを終えたというのに、一人ベンチに腰掛け て思慮深げな表情のリンダがいる。  そこへ人探し風なレイチェルがやってくる。リンダを目ざとく見つけて歩み寄って くる。 「どうしたの悩み事?」  やさしく語りかけるレイチェル。 「あ……ウィング少佐」 「レイチェルでいいわよ。今は非番だから。汗をかいた後だというのに、こんなとこ でじっとしていると風邪をひくわよ」 「そうですね……」 「心にわだかまりがあるなら相談に乗るわよ」 「はあ……。会うたびにすぐ口論になる人がいて、どうしたら仲良くなれるかと思っ て……」 「思ってはいるのね」 「ええ……思ってはいるんですけど。艦長として、どうしたら信頼関係が築けるので しょうか?」  そうか、仲良くしようと考えてはいるんだ。  しかも艦長としての責務も忘れてはいない。  改めてリンダの心境を垣間見るレイチェルだった。  やはりここは、反省し悩んでいるリンダの方に、助け舟を出すのが利に適っている と判断した。 「艦長としての責務を全うしていれば信頼関係も自然に身についてくるものよ」 「そうでしょうか? 例えば足の遅い上官についてはどうすればいいんでしょう か?」 「フランソワの事ね」  ここで改めて相手のことを持ち出すレイチェル。 「階級はあなたの方が上じゃない」 「いえ。戦闘や訓練の際には、戦術士官(Comander officer)の徽章(職能胸章)を 付けてるフランソワの方に、指揮権や命令権の優先が与えられますから」 「でもね。あなたは艦長として、艦内における将兵達の用兵はもちろんの事、健康管 理をも任されているわ」 「健康管理?」 「体力トレーニングよ」 「それが何か?」 「意外と鈍いのね。足が遅いのは体力・筋力が衰えているせいです。艦内で勤務する 乗員にはすべて体力トレーニングが義務付けられており、その運動メニューの決定権 も艦長が持っています。足が遅いと感じたならば、足を早くする運動メニューを用意 してあげればいいのよ。ただ、フランソワだけだと意地悪していると思われるかも知 れないから、もう一人足の遅い方がいるからそれと一緒に提出するといいわね。もち ろんそれは提督のことだけどね。この際一緒に鍛えてあげなさい」 「なるほど! そういうことかあ!」  合点! 納得いったリンダだった。 「あなたは、相手が戦術士官であり、提督と近しい間柄にあることから遠慮している みたいだけど、もっと自分の立場に誇りと自信を持ちなさい。階級が下の者に対して は厳粛たる態度で臨むべきです。遠慮は一切考えないことです」  リンダの表情に明らかなる変調が表れた。艦長として凛々しく誇りある責務に改め て邁進するという感情が見られるようになったのである。 「ありがとうございます。色々と参考になりました」  深々と礼をして足早でアスレチックジムを駆け出していくリンダであった。 「ふふ……。少しは役に立ったようね」  食堂にフランソワを連れてアレックスが入ってくる。  アレックスに気づいた全員が、一旦立ち上がって敬礼をしている。 「提督、あそこの席が空いてますよ」  フランソワが指差す空いた席に移動するアレックス。 「一つお聞きしてよろしいですか?」  アレックスが先に椅子に腰を降ろすのを見届けてから、自分も座りながら尋ねるフ ランソワ。 「何かね?」 「提督やお姉さま達は、上級士官専用の食堂がありますのに、どうして一般士官用の 食堂で食事をするのですか? 」 「それじゃあ、隊員たちの様子が判らないだろう」 「どういうことですか?」 「人間、食事とか就寝前とか、リラックスしている時には、本音が出やすいものだ。 部下の精神状態がどのようになっているか、士気の低下や食欲の低下を起こしている 者はいないか、緊張しすぎている者はいないか、などあらゆるメンタルヘルスケアチ ェックを行うのも、上官の任務だよ。人知れずにね」 「でも、そういうことは衛生管理部門の役目ではないですか?」 「報告を聞いて鵜呑みにするだけでなく、直に自分の目と耳でチェックする。それが 本当の指揮官たる裁量のあり方だと、私は思っているのだよ。そうは思わないかね」 「はあ……何となく理解しました」 「まあ、考え方は人それぞれだな。厳粛な上下関係をはっきりさせるために、食堂は もちろん居住ブロックの区分けさえしている人もいる」 「あのお……それが普通だと思いますけど」 「そうか?」 「そうですよお」

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2018年6月14日 (木)

続 梓の非日常/第五章 別荘にて 渓流釣り

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(四)渓流釣り  それから数時間後。  書斎で勉強をしている、梓と絵利香。窓の下には、白井と慎二が、釣り道具をRV車に 積み込みながら、談笑している姿が見える。  やがて二人が乗ったRV車は軽いエンジンを上げて、魚釣り場である渓流へと向かった。  森を抜ける涼しい風が、二人のふくよかな髪をなびかせている。 「んーっ」  梓が両手を広げて伸びをしている。 「ちょっと休憩しようよ」 「そうね」  テラスに移動して、ガーデンテーブルに腰掛けて深緑を眺める二人。テーブルの上には グラスに注がれたジュースが二つ。その傍らに立つメイドが一人。 「今頃慎二君、どうしてるかしら」 「おっちょこちょいだからね。川に落ちてずぶ濡れになってるかも」  丁度同時刻。  川に落ちて濡れ鼠の慎二がいた。  河川敷きにはRV車が止まっている。 「だから、そこは滑るから気をつけてと言ったじゃないですか」 「いや、なんというか……足を誰かに引っ張られたような気が……」 「はは、河童でもでましたかな」 「出るの?」 「何が?」 「あのなあ、おっさん。おちょくるなよな」 「冗談はさておき、着替えたら?」 「いや。放っておいても乾くさ」 「一応忠告しておきますけど。お嬢さまは臭い奴はお嫌いですからね。ま、女性ならみな そうでしょうけど」  あわてて服の匂いを、くんくんと嗅いでいる慎二。 「はは……やっぱ、臭いかな。といっても着替えは部屋に置いてきちゃったから」 「帰ったらすぐに着替えるんですね」 「そうしよう」  言いながら釣りのポイントを探しながら移動する慎二。  大きな岩が川面に張り出している所で、 「ここらあたりがいいかな……」  と、釣り道具を岩場の上に降ろした。 「いい場所を確保しましたね」 「そうかな……。でも、代わってあげないよ」  岩場が川の流れをかき乱し、釣り人の姿をも隠して気取られない。  絶好の釣りポイントといえるだろう。 「いいですよ。私はあちらの岩場にしますよ」  と、移動していく白井だった。  それぞれに釣り場を確保して、早速釣りをはじめるかと思いきや……。  餌がない!  慎二は少しも慌てず、離れた場所の川べりの石や岩を引き剥がして何かを探している風 だった。  釣り餌となるカゲロウなどの水生昆虫を集めていたのである。  魚の食いを良くするには、普段から食しているはずの身近な餌が一番なのである。  ある程度餌が集まったところで、おもむろに岩場に戻って腰を降ろして釣りをはじめた。  針先にカゲロウを取り付けて、竿を小刻みに動かしてポイントを動かしながらフライフ ィッシングを楽しむ。 「なるほど、慎二君は渓流釣りの経験があるようですね」 「おだてても何もでないぜ」 「そういうつもりはないですが……」  それから二人は分かれて黙々と釣りをはじめた。  静かな時間が過ぎてゆく。  別荘に残った梓と絵利香。  勉強を予定通りに済ませて、自室でくつろいでいる。  絵利香は読書、梓はTVでビデオ鑑賞中である。  外の方からRV車のエンジン音が響いてくる。 「慎二君が帰ってきたようね」 「出迎えてやるとするか」  立ち上がって玄関先に向かう二人。 「どうだい、大漁だぜ」  と、クーラーボックスを抱え挙げてみせる慎二。 「おまえにしては上出来じゃないか」 「あたぼうよ。おかずに塩焼きにでもして出してもらおうか」  言いながら、メイドにクーラーボックスを手渡す慎二。  くんくんと、慎二の身体を嗅いでいる梓。 「おまえ、川に落ちたろ」 「なんでわかるんだ」 「やっぱり落ちたんだ。きゃははは」  慎二を指差し、高笑いする梓。 「もうじき食事だ。シャワー浴びて着替えろ。脱いだ服はメイドに渡せば洗濯してくれる。 臭い奴は、きらいだ」  と言って、ぷいと背中を見せて別荘の中に入っていく梓。 「あ、明美さん。慎二君に、部屋を用意してあげて」 「かしこまりました」  昼食。  何故か慎二の前の皿だけ山盛りになっている。 「象並みに食らう奴だから、特別に量を増やしてもらったんだ」 「それはどうも」 「……なんだかんだいっても、慎二君のことちゃんと考えてやってるのよね。梓ちゃん。 最初の頃は問答無用で叩き出していたのに。部屋まで用意してあげて……」

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2018年6月13日 (水)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 V

第十七章 リンダの憂鬱

                 V 「君達は、この数字を見てどう思うか? 率直な意見を述べてみよ」  いつになくきびしい表情で質問をするアレックス。 「軒並み完了時間が遅れているのは、今年の士官学校卒業者を加えての不慣れな環境 によるのではないでしょうか」 「どうかな、シルフィーネは六秒も早くなっているじゃないか。確かに不慣れな者が 多いのは確かだが、指導しだいということではないかな」 「スザンナが着任早々から、メイプルを指導してということですね」 「そうだろうな。とにかく、今回の訓練の成果に関しては、あえてどうこうしようと するつもりはない。ただ旗艦たるサラマンダーが問題だな」  ため息をつくアレックスにパトリシアが説明を加える。 「やはり航空母艦の指揮と戦艦の指揮には大きな違いがありますから、それが影響し ていると思われます。原子レーザー砲や各種砲塔などの火力兵器を多数搭載した戦艦 と、フライトデッキを装備し艦載機の離着陸を主任務とする航空母艦、艤装がまるで 違いますからね」 「まあな、しかし空母の方が戦闘配備には時間が掛かるものだ。それを差し引いても ……やはり遅いと言えるんじゃないか?」 「そう言わざるを得ないのは事実ですね」  再び大きくため息をつくアレックスだった。  新人というものは、ベテランには気づかない多様な障害が付きまとうものだ。それ を理解しないで頭ごなしに叱責することは避けなければならない。本来あるべき向上 心をくじき、才能の芽を摘んでしまうこともありうるからである。 「とにかく旗艦がこれでは、他の艦艇に対する示しがつかない。レイチェル、済まな いが相談に乗ってやってくれないか。任務遂行に際して障害となってことを取り除い てやってくれ」  主計科主任であるレイチェルに、メンタルヘルスケアを依頼するのは当然と言えた。  情報参謀として多忙なはずなのに、主計科主任をも兼務するレイチェル。  その多才な能力をもって、アレックスの絶大なる信頼を受け、それに十分に応えら れるレイチェルだった。 「判りました。最善を尽くします」  食堂の掲示板に、例の艦艇ごとの戦闘配備完了時間の順位が張り出されている。  競争心を煽って少しでも時間短縮するのではないかとの参謀の意見を取り入れての ことだった。  掲示板を見つめながら会話する将兵達。 「我が艦隊の旗艦、しかも連邦を震撼させる名艦たるサラマンダーが、最下位だなん て問題じゃない?」 「そうなんだけど……一人、遅刻してきた人がいたから」  その場にいたリンダが呟く。 「何よ。あたしのこと言ってるの?」  フランソワもいた。リンダの呟きが聞こえたのか、息巻いている。 「言ったわよ。先輩方が全員揃った後に、新入りが遅れて到着するなんて、気が入っ てない証拠よ」 「気が入ってないですって? あたしのどこが気が入ってないのよ」 「一番遅れてくることが、気が入ってない証拠じゃない。新人なら新人らしく、いの 一番に艦橋入りするものよ」  レイチェルから食堂の一件の報告を受けて考え込むアレックスだった。 「どうも犬猿の仲というのがぴったりな雰囲気になってきています。食堂の件以外に も、いろいろと衝突しているようです」 「旗艦の新艦長と、艦隊参謀長付副官という、誇りと責任感からくるものだろう。ど ちらもそれ相応のプライドを持っていることが問題だ。片や新人には好き勝手にはさ せないという思い、もう片方は戦術士官として戦闘時には優先権を与えられるという 制度からくるもの。それぞれの思いが交錯して火花を散らしている」 「プライドというものは、すべからくいざこざをもたらします」 「ああ……。結局のところ、共和国同盟の複雑な階級制度に問題があるんだよな。戦 術士官などという職能級がね」 「その通りです。いざこざが起きるのは、当然戦闘態勢時ではありません。一般士官 とはいえ、リンダの方が階級は上位ですから、フランソワが楯突くのは筋違いという ものです」 「複雑な女性心理というのも働いているのかも知れないしな。パトリシアやジェシカ にも協力してもらいたいところだが、あまりにも近すぎるから私情に駆られることも あるかも知れない。ここは中立の立場からレイチェルに依頼するしかない。頼むよ」 「それは構いませんが、いくら中立といっても、明らかにフランソワに分が悪いです からね」 「任せるよ」  レイチェルもアレックスの依頼を断るわけにはいかなかった。  何せ迫り来る敵の大艦隊のことで手一杯なはずのアレックスのこと、個別の乗員の 痴情の縺れ的な問題に関わっている暇はないのである。

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2018年6月12日 (火)

続 梓の非日常/第五章 別荘にて お邪魔虫再び

続 梓の非日常・第五章・別荘にて

(三)お邪魔虫再び  梓達が別荘に戻り、食堂に入ると慎二が先に食事を取っていた。 「遅かったじゃないか。先に食ってるぜ」 「おいこら。どうして貴様がここにいる。貴様がこっちに来るのは三日後。クラスメート と一緒のはずだろ」 「いいじゃんかよ。家からずっと自転車こいでやってきたんだから」 「じ、自転車だと?」 「ああ、さすがに疲れたよ」 「自慢のバイクはどうした?」 「ガス欠だ! 最近やたらガソリンが高いだろう。あのバイクはやたらガスを馬鹿食いす るのでね。バイト代が追いつかなくて、乗るに乗れねえ状態だ」 「あんな図体のデカイのに乗ってるからだ。ガソリンを撒き散らしているようなもんじゃ ないか。50ccのバイクにしたらどうだ?」 「ふん! 武士は食わねど高楊枝だ。原チャリになんか乗れるもんか」 「それで、自転車かよ」 「足腰の鍛錬にはいいぜ」 「呆れた奴だ」 「それにしても、朝からフランス料理とは、さすがブルジョワ。さしずめ絵利香ちゃんと ころなら、会席料理でも出るのかな」  絵利香の家は、戦国時代から綿々と続く旧豪族の家系であり、その広大な屋敷は国指定 重要文化財にも指定されようかというほどの寝殿造りである。  自分の名前が出たので答える絵利香。 「そうでもないわ。ごく普通だと思うわ。刺身・煮物・焼き魚、そして味噌汁ってところ かな。基本的に一汁三菜よ」 「へえ、そうなんだ……。やけに庶民的だな。で、俺は基本的にカップラーメンだ。雲泥 の差だな」 「カップラーメン? まさか毎日食べているんじゃないだろな」 「悪いか! 毎日だよ」 「病気になるわよ。塩分取りすぎで糖尿病とかね。最近は太っていなくても糖尿病という 人が増えているらしいから」 「大丈夫だ、こいつが病気になるはずがないさ。逆に塩分足りないくらいだ。血の気が多 いからな」  さほどの心配もしていない様子の梓だった。  会話の間も、ナイフとフォークを休みなく動かして、食事を口に運んでいる慎二。洋式 の食事作法に慣れていないようで、その動きはぎこちない。 「それにしても、これだけじゃ。足りないな」  目の前の料理を平らげて不満そうであった。  彼にとっては、質より量ということである。  フランス料理など腹の足しにもならないという感じであった。 「あたし達の後で、遅番のメイド達が食事するから、握り飯でも作ってもらえ」 「はん。ならいいや。それまで何するかな」 「おい、皿にソースが残ってるじゃないか」 「ソース?」 「フランス料理はソースが命なんだよ。シェフはソース作りからはじめる。ソースも残さ ず頂くのが、シェフへの心使いというものだ」 「ソースね……」  というと、皿を持ち上げてぺろりと舌で舐めてきれいにした。 「あ、こら。なんて事をする。礼儀知らずだな。ソースは、こういう具合にパンに滲みこ ませて頂くんだよ。正式な晩餐でなければな」  慎二に手本を見せてやる梓。 「判ったよ。こんどからそうすることにするよ」 「なんだよ。まだ、食事をたかるきかよ」 「悪いか。一人ぐらい増えたって、少しも家計に響かないだろ」 「響くね。おまえがいると食料貯蔵庫が空になる」 「よく言うよ」  二人とも仲たがいしているような口の聞き方をしているが、反面的に相手の反応を見て 楽しんでいると言った方が良いだろう。喧嘩するほど仲がいいというところ。  食事を終えて立ち上がる梓。 「さてと……。いつまでもおまえに関わってもいられない」 「おい。どこ行くんだ」 「午前中は、書斎で勉強だよ」 「勉強? わざわざ軽井沢に来て勉強かよ」 「可愛いだけの馬鹿女にはなりたくないのでね」 「俺は勉強は嫌いだ。付き合ってられねえ。せっかく避暑地に来たってのによ」 「白井さんが、渓流釣りに出かけるから、釣り道具を借りて一緒にいけば?」 「渓流釣りか……それもいいかもね」

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2018年6月11日 (月)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 IV

第十七章 リンダの憂鬱

                 IV  フランソワが艦橋にたどり着いたときには、他の乗員達は全員配置につき終わった 後だった。 「フランソワ。遅いわよ」  当然というべきか、遅刻をパトリシアに叱責されてしまう。 「申し訳ありません」  平謝りするしかないフランソワであった。  艦橋内を見渡してみると、すでにランドール提督は指揮官席についていた。 「シルフィーネ、戦闘配備完了しました。続いてウィンディーネ、ドリアード、そし てセイレーン。戦闘配備完了しました」  次々と戦闘配備完了の報告が入ってくる。  やや遅れて、 「提督。旗艦サラマンダー、総員戦闘配備完了しました」  リンダが立ち上がって申告する。 「よし! そのまま待機せよ」 「了解。待機します」  アレックスは後ろを振り向いて、情報参謀として傍に控えているレイチェルに話し かける。 「どうだ、レイチェル。計測の方は?」 「三分二十秒です」 「うーん。遅いな……スザンナは、二分四十五秒で完了させたんだがな」 「条件は、ほぼ同じのはずです」 「そうだな……せめて三分以内でないとな」 「しかし、新人も大勢配属されていますから、単純な比較はできません」  レイチェルが進言する。 「そうなのだが、今後の訓練の指標にはなる」 「全艦、戦闘配備完了しました!」 「そのまま待機せよ」  と指令を出して、レイチェルを見つめるアレックス。 「提督。全艦の戦闘配備完了時間のデータが揃いました」 「よし。ご苦労だった」  と言いつつ正面に向き直って、 「全艦の戦闘配備命令を解除、通常任務に戻せ。全艦放送を用意してくれ」  通信オペレーターに指示する。 「全艦隊の諸君。いきなり予告なしの訓練に戸惑ったことと思う。しかし敵は予告な しに襲ってくるものなのだ。今回の訓練で慌てふためいた者はいなかったか? 配置 につくのに手間取った者はいなかったか? それぞれ思い当たることがあるならば、 これを反省して次回にはよりスムーズに動けるようにして貰いたい。何時如何なる時 も万全の体制が取れるように、常日頃から十分すぎるほどの訓練を重ねておかなけれ ば、いざという時に慌てふためいて各自の能力を発揮できないこともありうるのだ。 今回はこれで訓練を終わるが、今後も予告なしに戦闘訓練を行うので十分訓練を積み 重ねておくように。総員ご苦労だった。なお、各部隊指揮官(LCDR)及び準旗艦 艦長は、サラマンダー第一作戦司令室に直ちに集合するように。以上だ」  数時間後、第一作戦司令室に集合した将兵に対し、緊急戦闘訓練に際しての、各艦 の戦闘配備完了時間が発表された。  旗艦・準旗艦だけを拾ってみると、 艦名 指揮官 今回 平均 シルフィーネ ディープス 二分四十九秒↑ 二分五十五秒 ウィンディーネ ゴードン 二分五十四秒↓ 二分五十二秒 ドリアード カインズ 二分五十四秒↓ 二分四十八秒 セイレーン ジェシカ 三分二秒  ↓ 三分一秒 セラフィム リーナ 三分五秒  ↑ 三分七秒 サラマンダー アレックス 三分二十秒 ↓ 二分四十五秒 ノーム(実験艦)フリード(技師)四分三十秒 データなし  と並んでいるが、アレックスが望む三分以内を実現しているのは、ロイド中佐以下 ゴードンとカインズの三艦だけという結果が出た。ロイドのシルフィーネが一位を取 ったのは、副指揮官として乗艦しているスザンナの手並みだろうと思われる。サラマ ンダーと同型艦のシルフィーネだからこそであり、艦長のメイプル・ロザリンド大尉 を懇切丁寧に指導していたのだろう。これだけの短期間でここまでの成果を出したの も、その指導力にあるのだろう。アレックスが見抜いたとおり、ただの艦長で終わる ような、並みの士官ではないことを証明していた。  なお、ノームはカール・マルセド大尉が乗艦して準旗艦となっていたが、現在は技 師のフリードが乗艦して、日夜さらなる改良のためにエンジン及び制御システムをい じくっているので、現在では準旗艦を外されて実験艦扱いとなっている。またセイ レーンとセラフィムは、艦載機群を直接指揮するジェシカと、空母艦隊を指揮する リーナとそれぞれ分業しているので、両艦とも準旗艦扱いとなっている。また両艦の ような空母の場合は、艦載機にパイロットが乗り込んで、全機発進準備完了となるま でが計測されるので、艦艇の種類別では時間が余計にかかる。  サラマンダーが残念な結果に終わったのは、艦長が新任であったこともあるが、そ れ以上に旧第十七艦隊を併合したせいでオペレーターが数多く異動されて刷新してい たせいもある。

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2018年6月10日 (日)

続 梓の非日常/第五章 別荘にて 湧き水

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(二)湧き水  朝露にしっとりと濡れる草花生い茂る小路。せせらぎの音に耳を澄ましながら、そ ぞろ歩く梓と絵利香。やがて小路は下り坂となって朝の冷気に霧立つ川辺に到達する。 サンダルを片手に持ち、裸足で川面を岩伝いに渡る梓と、心配そうに見つめる絵利香。 「危ないよ、梓ちゃん」 「平気よ、こんな岩なんか」  驚いた岩魚が飛び跳ねて水飛沫があがり、岩を飛び越えるたびに揺れる長い髪が、 きらきらと朝の日差しを浴びて美しく輝いている。 「絵利香ちゃんもおいでよ。とってもおいしい湧き水があるんだよ」  さわやかな笑顔を返しながら、渡り終えた梓が手招きする。 「でも……わたし、運動神経鈍いから」 「大丈夫よ。少し下流に丸木橋があるから。ほら、あそこ。見えるでしょ」  と指差す方向に、両岸にしっかりと固定された丸木橋があった。 「もう、それを早く言ってよ」  ゆっくりと丸木橋の方へ歩きだす絵利香。  橋は日常的に清掃されているのか、上面の苔が丁寧に削ぎ落とされ、渡る人々の足 元を確かなものとしていた。橋のたもとからは、別荘の方へと向かうもう一本のなだ らかな小路が続いている。  絵利香が橋を渡り終えたかと思うと、 「はい、通行料をいただきます」  といって、右手を差し出す梓。 「なに?」 「だって、この橋はあたしの別荘で懸けているんだもん。湧き水のところまで行くた めにね」 「あのねえ……」 「はは、冗談よ」 「そっかあ……、ということは、この辺一帯も梓ちゃんちの所有なのね」 「あたり。山や谷全体そっくりがあたしんち。きのこ取りや山菜摘み、渓流釣りにく る人達もいるけど、一応自由に取らせてあげてるんだ。独り占めはいけないもんね。 そんなことより、早く湧き水のとこに行きましょ。傾斜のある小路を歩き続けて、喉 がかわいちゃった」 「そうね。わたしもよ」 「こっちよ」  絵利香の手を引いて歩きだす梓。木洩れ日が地面に影を落とす川辺を、手をつない で小走りに湧き水のところへと向かう二人。空を仰げば、朝日を受けた山々に上昇気 流をとらえた鳶が、ゆっくりと旋回しながら谷間を滑空している。 「足元注意してね。滑りやすいから」  苔に足を取られないようにしながら、茂みをかき分けていくと、眼前に大きな岩場 が広がっている場所に出る。 「ここよ」  と梓が指し示す場所、岩の隙間からちょろちょろと清水が湧き出ていた。  梓が湧き水に両手を差し入れて飲みはじめた。 「ああ、生き返るわ。絵利香ちゃんも飲んでみなよ、おいしいよ」  ポシェットから取り出したハンカチで口元を拭いながらすすめる。 「大丈夫?」  自然の湧き水など飲んだことがないのであろう、絵利香はおそるおそる手を水に差 し入れた。台所の蛇口を捻れば水が出る。そんな生活に慣れ親しみ、自然からの恵み を享受することを忘れた都会人には、無理かなる反応である。 「わあー。冷たいね」 「大丈夫よ、飲んでみて。定期的に水質検査もしているから」  両手ですくうようにしてして湧き水を口に含む絵利香。そして喉元がこくりと動い て、冷たく清涼な水の刺激が喉を潤していく。 「おいしい!」 「でしょでしょ。消毒用の塩素はもちろん入ってないし、天然ミネラル豊富だから ね」 「うん。コンビニなんかで売ってる天然水とまるで違う。ほんとの本物なのね」  といいながら口元をハンカチで拭っている。 「上水道が通じるまでは、飲み水はここから汲んで運びあげていたらしいよ。毎日、 大変な作業だったでしょうね。今でも料理に使うために必要量は汲んでいるみたいだ けど」 「ああ、それで橋が懸けてあったのね」

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2018年6月 9日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 III

第十七章 リンダの憂鬱

                 III  食事休憩中のパトリシアとフランソワ。 「お姉さま、お願いがあります」 「なに」 「お姉さまと同室になるようにしていただけませんか」 「あなたと同室?」 「はい」  婚約者としてのパトリシアは、アレックスと同室の夫婦居住区に移ることもできた が、あえて一般士官用の部屋にそれぞれ入っていた。同室となれば欲情を制御できる わけがなく、妊娠に至ることは明白であった。少しでもアレックスのそばにいたいパ トリシアとしても、まだ妊娠だけは避けたいと考えていたからである。 「あのね、ここは士官学校とは違うのよ。戦場なんだから」 「わかっておりますわ。あたしといっしょじゃ、おいやですか……」  フランソワは泣きそうな顔をしている。 「わかったわよ、好きになさい」 「やったあ!」 「でも、部屋を仕切っているのは、主計科主任のレイチェルさんだから、あなたの方 から依願しなさいね」 「はーい」  というわけで、早速その日にうちに、レイチェルにパトリシアとの相部屋の申請書 を提出して、乗り込んでくるフランソワであった。  鏡台の前で髪をとかしているパトリシア。勤務開けで就寝前のネグリジェ姿である。  一方待機状態にあるフランソワは、軍服姿のままベッドの上で寝そべって本を読ん でいる。 「ところでお姉さま達、まだ結婚しないのですか?」 「どうして、そんなこと聞くの?」  パトリシアは髪をとかす手を止めて反問した。 「ランドール先輩も将軍になったことだし、ここいらが好機じゃないかと思って。将 軍が退役した場合の軍人恩給だって、夫婦二人が楽に食べていけるほど支給されるっ て噂だし、配偶者手当金も任官中の結婚期間によって加金されるのでしょう? 愛し あっているなら結婚したほうが、後々もお得じゃないですか」 「思い違いしてるわよ、フランソワ。婚約しているもの同士が婚姻した場合には、そ の婚約期間も自動的に婚姻期間に含まれることになっているのよ」 「え? そうだったんですか」 「同居して生活を共にしている婚約者も婚姻関係にあるとみなされて、ちゃんと年金 だってでるんだから」 「知らなかった……」 「軍規では、夫婦は同室にされることになってるのよ。結婚していなければ他人の目 があるし抑制も効くけど、結婚したらどうしても子供が欲しくなっちゃうじゃない。 そのためには地上に降りて、別れて暮らさなければならないし。宇宙では子供は育て られないのよ」 「受精から子宮への着床、細胞分裂・脊椎形成には重力が必要だからでしょ。重力場 のある艦橋勤務なら、何とか受胎は可能かも知れないけど、艦隊勤務のストレスで妊 娠を維持することが非常に難しい、ほとんど不可能ということは聞くけど……」 「そういうこと」 「でも夫婦で一緒の職場勤務だったら、死ぬ時はいつでも一緒に死ねますね」 「だめよ、そんなこと言っちゃ。うちの艦隊のタブーなんだから」 「タブー?」 「戦いとは死ぬことに見つけたりなんて風潮は、うちの艦隊には間違ってもありえな いことなの。提督のお考えは、生きるための戦いをしろですよ」  アスレチックジムの更衣室で着替えている女性士官達。日課のトレーニングを終え たばかりである。その中にフランソワも混じっている。 「ねえ、フランソワ」 「なあに」 「あなた、士官学校でもパトリシア先輩と同室だったんでしょ」 「そうよ」 「だったら先輩達がどのくらいまでの関係か知っているんでしょ」 「え? そ、それは……」 「ねえねえ、教えてよ」 「だめよ。そんなことあたしがしゃべったなんて、お姉さまに知られたら絶好されち ゃうもん」 「あ、その言い方。やっぱり知っているのね」 「し、知らないわよ」 「うそ、おっしゃい」 「いいかげんに白状なさい」 「だ、だめえ」  同僚達から詰め寄られてしどろもどろになっているフランソワ。  その時、突然警報が鳴り響いた。  一斉に艦内放送に耳を傾ける一同。 『敵艦隊発見! 総員、戦闘配備に付け!』  新艦長のリンダ・スカイラーク大尉の声だった。 『繰り返す。総員、戦闘配備に付け!』 「いきなり戦闘?」  あわてて軍服を着込む隊員達。 「先に行くわよ」  すでに軍服姿の者は、廊下へ飛び出していった。 「ま、待ってよ!」  あたふたと軍服を着込んでいくフランソワ。  そして着替え終えて廊下に出ると、急いでそれぞれの持ち場に向かっている隊員た ちがいる。  つい先ほどまでアスレチックジムでの汗をシャワーで流したばかりだというのに、 すでに汗びっしょりになっていた。戦闘という緊張感が、心臓の鼓動を高め、汗腺か らの汗の分泌を増やしていたのだ。  ただ一人、遅れて自分の持ち場である艦橋へと急ぐフランソワ。 「もう、みんな冷たいんだから」

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2018年6月 8日 (金)

続 梓の非日常/第五章・別荘にて 朝のひととき

続 梓の非日常/第五章・別荘にて

(一)朝のひととき  朝の光がカーテンごしに淡く差し込む寝室。  ベッドの上で仲良くまどろむ梓と絵利香。  専属メイドを従えた麗香が入って来る。ベッドの傍らに静かに立ち、二人の寝顔を 見つめている。 「可愛い寝顔だこと。まるで天使みたい……ふふ、食べちゃいたいくらい」  メイドの一人が軽く咳払いして注意をうながした。 「麗香さま」 「そ、そうね。じゃあ、みなさん。はじめてください」  ベッドメイク係り、衣装係り、ルーム係りなどなど、それぞれの役目を負ったメイ ド達が配置につく。  ルーム係りのメイドが、カーテンを開けて、朝の日差しを室内に導いた。  まぶしい光に、うっすらと目を開ける二人。 「お嬢さまがた、朝でございますよ」  そっとやさしい声で、目覚めをうながす麗香。  ゆっくりとベッドの上で起き上がる二人。まだ眠いのか目をこすっている。 「んーっ。おはよう」  両手を広げ、大きく伸びをしながらあいさつをする梓。 「おはようございます。お嬢さま」  メイド達が一斉に明るい声で朝の挨拶をかわす。 「おはようございます。麗香さん」 「はい。おはようございます。絵利香さま」  ドレッサーの前に腰掛けた梓の長い髪を、麗香がブラシで丁寧に解かしている。ニ ューヨーク時代に梓の面倒をみるようになっていらい、メイド主任を兼務して多くの メイドを従えるようになっても、梓の髪だけは誰にも触らせなかった。  梓ほどの細くしなやかで長い髪となると、その日の気温や湿度、あるいは梓の体調 によっても、微妙に梳き方を変える必要がある。梓の気分次第によって、三つ編みに するとか、前髪を軽くカールしたり、りぼんをあしらったり、ヘアスタイルを適時適 切にアドバイスしてさし上げる配慮も忘れてはならない。梓の好みは、基本的にはス トレートヘアではあるのだが。梓のほうも、女の命ともいうべき髪について、麗香に 安心して任せていた。  ショートヘアで気軽な絵利香の方は、すでに身支度を終えてバルコニーの方に出て 朝の空気を吸っていた。 「今日は良いお天気で、とてもすがすがしい朝でございますよ。お食事の前に、お散 歩でもなされるとよろしいでしょう」 「ん。そうする」

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2018年6月 7日 (木)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 II

第十七章 リンダの憂鬱

                 II  バーナード星系連邦が大攻勢を仕掛けてくるという情報を得て、まずは側近の参謀 達を招集して作戦会議の事前会議をはじめたアレックスだった。全参謀及び各部署の 長が参加する作戦本部大会議となると百人近い人間が集まることとなり、意思疎通を 諮るのは甚だ困難となる。ゆえにそのまえに近しい人間だけで事前に要旨をまとめて おく必要があるわけである。これは模擬戦闘の当初から行われていたことで、ティー ルームなどで良く行われたのでお茶会会議とか、アレックス・ゴードン・ジェシカ・ スザンナ・パトリシアという人数から五人委員会とも称されていた。その後に加わっ たカインズ中佐、ロイド中佐、チェスター大佐と、情報源の要であるレイチェルを含 めて、現在は総勢九名の人員で開かれていた。ちなみに戦闘には直接に関与しない、 事務方のコール大佐は含まれていない。この九人委員会の後に招集される少佐以上の 士官約四十名を交えた作戦本会議となる。通常はここまでであるが、さらに必要とさ れたときには各部署の長を加えて作戦本部大会議が開催される。 「未確認情報だが、今回の侵攻作戦に投入されるのは、総勢八個艦隊もの艦隊が動く ということだそうだ」 「しかし今になってどうしてこれだけの大艦隊を差し向けてくるのでしょうか?」 「そりゃあ、ランドール提督がついに将軍になったからよ」 「これ以上黙って手をこまねいていたら、さらなる昇進を果たして共和国同盟軍の中 枢にまで入り込み、大艦隊を動かして逆侵攻をかけてくると判断したんでしょうね」 「タルシエン要塞を陥落させてね」 「そうそう。ランドール提督の次なる目標として、タルシエン要塞が挙げられるのは 誰しもが考え付くことよね。要塞を攻略されれば、ブリッジの片端を押さえられるこ とになり、共和国同盟への侵攻が不可能になる。だからそうなる以前に行動を起こし たのでしょう。……ですよね、提督」 「私の言いたいことを全部言ってくれたな。まあ、そんなところだろう」  この九人委員会は男女均等四名ずついるのであるが、口達者なのはやはり女性の方 である。自分の言いたいことまで、先に言われてしまうので、出番が少なくなるとぼ やく事しかりのアレックスであった。 「このシャイニング基地は、攻略するのには五個艦隊を必要とするとよく言われてい ますが、正確なところどうなんでしょうか?」 「対空迎撃システムをまともに相手にしていればそうなる勘定となるらしいわね。し かし何も迎撃システム全部を相手にする必要はないじゃない。主要な軍港や迎撃シス テム管制棟とその周辺を破壊すればいいことなのだから。基地の裏側の方は放ってお けばいいのよ。結局一個艦隊もあれば十分に攻略できるでしょう」 「なんだ。随分とさば読んでるんですね」 「そりゃそうよ。一個艦隊の守備力があるとされたカラカス基地だって、数百機程度 の揚陸戦闘機で攻略できたじゃない。守備の弱点を突けば、ほんの一握りの部隊でも 可能だということよ。……ですよね、提督」 「あのな……ジェシカ、私の言い分まで取り上げないでくれ」 「あら、ごめんなさい」  謝ってはいるものの、どうせいつものごとく二・三分もすれば元通りだろう。  何かに付けてアレックスの揚げ足を取ったり、皮肉ったりするジェシカだが、あえ て忠告しようとする者はいない。航空母艦と艦載機の運用に掛けては共和国同盟では 一二を争うと言われ、士官学校の戦術シュミレーションではその航空戦術の妙でアレ ックスを負かしたことさえある唯一の人物だからである。ゴードンやパトリシアです ら一度もアレックスに勝ったことがないのだから、それはもう賞賛ものであるから遠 慮してしまうのだ。  ドアがノックされた。  全員が音のしたドアの方に振り向く。 「入りたまえ」  アレックスの許しを得て、ドアが開き一人の将校が入室してきた。 「失礼します」  その真新しい軍服を着込んだ姿を見れば今年の士官学校新卒者らしいことが一目で 判る。 「あ……」  その将校の顔を見て驚くパトリシア。 「こちらに伺っているときいて参りました」  その将校は敬礼をして申告した。 「申告します。フランソワ・クレール少尉。ウィンザー少佐の副官として任命され、 本日付けで着任いたしました」 「フランソワ!」  彼女は、パトリシアの士官学校時代の後輩で同室のフランソワであった。 「お久しぶりです、お姉さま」  表情を崩して、満面の笑顔になるフランソワ。 「あなたが、わたしの副官に?」 「はい、千載一隅の幸運でした」  また再び一緒に仕事ができると喜び一杯といった表情である。 「頭がいたい……」  逆に頭を抱えて暗い表情のパトリシア。 「あ、お姉さま。ひどーい」 「お、なんだ、フランソワじゃないか」  ゴードンが親しげに話しかけてくる。 「あ、オニール先輩。お久しぶりです」 「ゴードンでいいよ。但し任務中でなければね」 「はい。判りました。ゴードンさん……ですよね」 「首席卒業だってねえ。頑張ったじゃないか」 「はい。後輩としてお姉さまの名前を汚したくありませんでしたから」 「うん。いい心がけだ。その調子でパトリシアに遅れを取らないように、これからの 軍務にも張り切りなよ」 「はい! もちろんです」  士官学校時代の懐かしい雰囲気に浸る者たちに、アレックスが本題に引き戻す。 「今は会議中だ。同窓会は後にしてくれ」  公私をきっちりとするアレックスだった。これが待機中のことだったら、その会話 の中に入っていたであろう。 「あ、すみませんでした」  フランソワが、素直に謝る。  他の者も、改めて姿勢を正して会議に集中する。

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2018年6月 6日 (水)

続 梓の非日常・第四章 峠バトルとセーターと そんでね……

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと

(七)そんでね……  真条寺邸に戻った梓を待っていたのは、書類の山だった。  真条寺グループの傘下企業から提出されたさまざまな書類の中で、麗華が決済でき る範囲のものは処理が済んでいたが、代表である梓にしか決済できない書類が残され ていたのである。 「明朝までに決済おねがいします」 「あーん。こんなに残っているの?」 「授業が終わった頃合をはかって、決済の事がありますから、お早めにご帰宅くださ いと申しあげたはずです。なぜご帰宅が遅れたかは、あえて問いませんが、お嬢さま は真条寺グループの代表としての仕事も多々あることを、お忘れにならないでくださ い」 「麗華さんがやってくれればいいのに……」 「これはお嬢さまのお仕事です」  うんざりといった表情の梓。  麗華も手伝いたい気持ちもあるのだが、あえて冷たく突き放すことで、お嬢さま気 分の抜けない梓を、社会人としての自覚を持たせようとしていたのである。 「それでは、明朝取りに参りますのでよろしくお願いいたします」  うやうやしく礼をして、静かに退室する麗華だった。  積まれた書類を前にしてため息をつく梓。 「明日にしようっと……今日はいろいろあって疲れてるし……」  大きな欠伸をもらし、パジャマを取り出して着替え、そのままベッドに入る。   すぐに軽い寝息を立てて眠りに入る。  が、しかし……。  突然、目をぱちりと見開いたかと思うと、ベッドを抜け出して書類の山に向かった。 「だめじゃない、梓。こういうことは、できる時にちゃんとやっておかないと。麗華 さんが明朝に取りにくるんだから……」  と呟くと、黙々と書類の山をかたずけていった。  翌朝。  目覚める梓。 「うーん。なんか……寝不足みたい。ちゃんと眠ったのに……」  パジャマのまま、昨夜の書類に取り掛かろうとするが、 「あれ? 書類がない!」  机の上に置いたままにしていたものが無くなっていた。 「ねえ、ここにあった書類、知らない?」  朝のルームメイク担当になっていた美智子に尋ねる。 「麗華さまが持っていかれましたよ」 「え? まだ決済してないのに」 「いいえ。ちゃんとお嬢さまのサインがなされていましたよ。わたしも見ましたから 間違いありません」 「ほんとう?」 「はい」 「おかしいなあ……」  首を捻って合点がいかない様子の梓だった。  いつの間にサインしたのかしら……。 「ま、いいか。手間がはぶけたというものよ」  あまり考え込んでも詮無いこと。  やがて麗華がやってくる。 「お嬢さま、おはようございます」 「うん。おはよう。ところで書類のことだけど……」 「はい。すべて滞りなく決済が済みました。記入ミスとかもありませんでした」 「あ、そう……」  毎朝の日課となっている、麗華の手による梓の髪梳きの時間である。  これだけは誰にも任せられない、梓と麗華の強い結びつきを確認する儀式みたいに なっていた。 「慎二さまとのことは、仲良くなされていますか?」  手際よく髪を梳きながら、やさしく語りかける麗華。 「な、何を急に?」 「ええ、渚さまがたいそう気になさっておられましたから」 「それって、お婿さんに迎える話?」  以前に誕生日にブロンクスに帰ったときに、俊介との間に起こった決闘で、慎二の 自動的婚約者となったことを思い出した。 「その通りです」 「何だかなあ……」  確かに命預けます! な、関係があるとはいえ、さすがに結婚までは考えにくい。 「でも、セーター編んであげてましたよね」 「それよ、それ。ほんとにあたしが編んだのかな……」 「お嬢さまが編んでらっしゃるところを見てますよ」 「そうか……」  そんな梓の表情を見るにつけて、麗華は絵利香の言葉を思い出した。  確かに、お嬢さまは変わられたようだ。  あの研究所火災事件を契機として。  そう、まるで二重人格だと。 第四章 了

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2018年6月 5日 (火)

銀河戦記/鳴動編 第十七章 リンダの憂鬱 I

第十七章 リンダの憂鬱

                 I  士官学校の卒業の季節となった。  各艦隊や、それぞれの艦艇にフレッシュな人材がやってくる。  将兵たちの最近の話題は、そのことで持ちきりとなる。  食堂の片隅に集まった下士官達が話し合っている。 「今年の最優秀卒業生は誰か聞いているか?」 「聞いてないなあ……」 「学業成績優秀で、なおかつ模擬戦闘で優勝した指揮官が最優秀になるのが普通らし いけどな」 「例外が一人いるだろう」 「ランドール提督だろ」 「ああ、ありゃ例外中の例外だ」 「学業成績はそうとうひどかったらしいな。落第寸前だったとかいう噂だ」 「何でも優勝指揮官は、官報に掲載されるということだが、その人物が落第となると 笑い話にもならない。スペリニアン校舎の恥になるということで、成績上積み卒業で 規定通りに二階級特進となったらしい。 「学校側としては苦渋の選択だったのだろうな」 「まったくだ」 「しかし、結果としてはそれが正解だったということになるな」 「共和国同盟の英雄になってしまったもんな。これが落第だったらどうなっていた か」 「そうだよな。落第者は上等兵からだからな。活躍の場を与えられずに、今なお弾薬 運びとかの肉体労働の下働きに甘んじていたかもな」 「そして倉庫の片隅で闇賭博を主催して、みんなの給金を巻き上げているなんてね」 「大いにありうるな」 「まさか司令官が賭博を開くなんて出来ないからな。これはこれで良かったのかもし れないぜ」 「言えてる、言えてる!」  あはは、と全員が一様に声を上げて笑い転げていた。  サラマンダー司令官オフィス。  アレックスに呼び出されたジェシカが出頭していた。 「……なんてこと、提督のことを肴にして盛り上がってますよ」  食堂での会話に聞き耳を立てていたジェシカが、アレックスにご注進していた。 「なかなか図星を言い当てているじゃないか」 「闇賭博で給金泥棒ですか? まあ提督のことですから、あり得ない話ではなさそう ですが、こんな噂で肴にされているなんて、もう少しピリッと将兵達を締めてかかっ たほうがいいんじゃないですか? 艦隊の総指揮官である提督を軽々しく噂の種にす るなど問題だと思います」 「戒厳令でも発令しろと?」 「そこまでする必要はありませんが……」 「まあいいさ。肴にされるのも一興だよ。それより本題に入ろう」 「ああ……はい。判りました」  改めて姿勢を正すジェシカ。 「サラマンダー艦長の次期艦長にリンダ・スカイラーク中尉をとの君の意見具申のこ とだ」 「スカイラーク中尉に関する報告書は読んで頂けましたか?」 「ああ、読ませてもらったよ。それに付随する副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉 の意見書も参考にさせてもらった」 「ありがとうございます」 「私は中尉とはそれほどの面識があるわけじゃないからな。率直なところどうなん だ? 旗艦の艦長としての能力は備わっているのか? リーナの意見書の方には多少 甘ったれた性格があるとの記載もあるが」 「確かに性格的に甘いところもございますが、尻を引っ叩けばシャンと直りますよ」 「そうなのか? 何にせよ、彼女は航空母艦の艦長だ。高速戦艦の運用の方は大丈夫 か?」 「提督それは野暮な質問と思いますが。航空母艦にしか乗艦したことがないからと、 戦艦への転属を否定していては、いつまでたっても進歩がありません。あえて経験し たことのない部署へ転属させることで、心機一転新たなる能力を開発する機会を与え る。これは提督がいつもおっしゃられていることじゃないですか。スザンナ・ベンソ ン大尉を参謀の仲間入りをさせて、旗艦艦隊の次期司令官に抜擢されたのもその一環 ではなかったのですか?」 「そうだったな……失言した。経験がないからと足踏みしていては進歩はない」 「まあ、旗艦の艦長という重任ですから慎重になられるのも理解できますがね。あえ て進言させて頂きます」 「うむ」 「リンダ・スカイラーク中尉は、甘ったれた性格のせいか、その潜在能力の10%も 引き出されていないと思います。その能力を開発できる環境に置いてあげるのも上官 としての責務ではないでしょうか。スザンナの後任として旗艦艦長の任務に十分働け る素質をもっております」 「確かにその通りだな。いいだろう、採用させてもらうとしよう」 「ありがとうございます」 「それでセイレーン艦長の方の後任はもう決まっているのか?」 「はい。副艦長のロザンナを順当に昇進させます」 「そうか、判った。本題は以上で終わりだ」  本題の内容が終わったところで、リラックスした姿勢に戻って話し始めた二人。か つての恋人同士だった間柄である。本題が終わったからといってすぐには別れたりし ない。 「ところで先ほどの話に戻りますが、今期の最優秀成績で首席卒業したのは、フラン ソワらしいですよ」 「フランソワ?」 「はい。パトリシアの後輩ですよ」 「知っている。あのフランソワが首席とはねえ。リンダに輪を掛けたような甘ったれ 娘だったな」 「そうですね。パトリシアのことを『お姉さま』と慕っていつもくっついていまし た」 「そうそう」 「パトリシアも少佐になったことですし、その副官に志願してくると思われます」 「あははは。あのコンビが復活というわけか」 「ええ。見ものですわよ」 「パトリシアはどう思っているのだろうか。知っているのか?」 「そりゃもう。一番にフランソワからの報告が入っているでしょうね」 「まあ、志願してくるものを追い返すこともないだろうし、フランソワの能力を十二 分に引き出せるのはパトリシアを置いて他にいないだろう」  それは、リンダがサラマンダー艦長に選ばれる前の二人の会話だった。

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2018年6月 4日 (月)

続 梓の非日常・第四章 峠バトルとセーターと 命預けます

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと

(六)命預けます  ゴールが近づいていた。  すでに視界から、前を行くリーダーの姿は見えない。  明らかに負けがはっきりしてきた。 「なあ、梓ちゃん」 「なに?」 「この俺に命を預けてくれないか?」 「え?」 「このままじゃ、奴らには勝てない。だから、空を翔ぶ!」 「空を翔ぶ?」 「ああ……。だから俺を信じて欲しい」  慎二の言わんとしている事をすぐに理解する梓だった。 「判ったよ。死ぬときは一緒だろ? 好きにしていいよ」 「サンキュー」  ハンドルを握る慎二の手に力が込められるのが判った。  切り立った崖、はるか眼下に下りのラインが見えている。  ガードレールの途切れた箇所で、慎二は思い切りハンドルを切った。 「いっけー!」  掛け声と共に、慎二と梓を乗せた自動二輪が、正丸の空に翔んだ。  それに驚いたのは後続の立会人達だった。 「空を翔んだ!」 「あいつは、『手芸のえっちゃん』だったのかあ!」 「インベタのさらにイン……どころじゃないな。あれが掟破りの地元走りか?」 「よおし、こっちも行く……」  パンダトレノを運転する梶原拓海がアクセルを踏み込む。  そして、崖っぷちから空へと飛翔する。  それをバックミラーで見ていたレビンの冬山渉が驚愕する。 「ば、馬鹿な二人とも自殺する気か!」  冷静さを取り戻して、先を行くリーダーのバイクの追従に専念する渉だった。 「付き合ってられないぜ」  空中に飛び出した慎二と梓。  急降下する加速度に、梓の意識が遠のいていく。  その時だった。  意識のどこかで声が聞こえてきたのだ。 「だめよ、意識をしっかり持って! 慎二君を信じるのよ。お願い、気を確かに持っ て!」  はっ! と意識を取り戻す梓。  目の前に着地点が迫っていた。  着地の衝撃で振り飛ばされないように、しっかりと慎二にしがみ付く梓。  道路に直接着地するのではなく、道路脇の斜面にラウンディングを試みる慎二だっ た。スキーのジャンプのように斜面に着地することで、落下のエネルギーを吸収・分 散させることができる。慎二の野生の感が、とっさの好判断を促した。  すさまじい土ぼこりを舞い上げながら、減速をしながら斜面を駆け下りる慎二。そ して再び峠道に舞い戻ったのである。  続いて梶原拓海も無事に付いてきた。 「見たか、梓ちゃん。さすが『秋名のハチロク』と呼ばれるだけあるな。あいつのド ラテクは神業だぜ」  やがて、後方からリーダーの乗る自動二輪が迫ってくる。 「追いついてきたわ」 「ゴールは目の前だ! よっしゃー。飛ばすぜ!」  スロットル全開、重低音を響かせて加速する。  迫り来るリーダー。  ゴールが近づく。  先にゴールを切るか、追い抜かれるか微妙な差であった。  両側の道沿いに立ち並ぶ観衆達、梓連合と暴走族がどうなることかと息を呑んでいる 姿が目に入る。  リーダーペアに脇に並ばれた。  そして、そのままゴール!  勝負はついた。  どっちが先か?  しかし誰も即座に答えられなかった。  ほとんど同時に並んでゴールしたとしか見えなかった。  続いて立会人の二者も到達する。  道路脇に停車させる慎二。  そのすぐ後ろにリーダーも停車させ、自動二輪を降りてヘルメットを脱いで近づい てきた。 「あたし達の負けだよ」 「同時じゃない?」  ヘルメットを脱ぎながら答える梓。 「いや、シロートのお前らに先行を許し、追い越せなかったんだ。はっきりこっちの 負けだよ」 「そうか……立会人はどう見る?」 「引き分けでいいんじゃないですか?」  パンダトレノの窓から顔を出して梶原拓海が答える。 「そうだな」  とは、レビンの冬山渉。  リーダーは、空を仰ぎながら感心したように言う。 「しかし、空を翔ぶとはな、ぶったまげたよ。あんな肝っ玉の据わった奴がいるとは 思わなかったよ。さすがに鬼の沢渡、噂通りの男だ」 「そりゃどおも」 「あなたもあなたね。命預けてたね、こいつに……」 「まあね」 「ここにいる奴らはみんな、国道299号線沿線にある各女子高で番を張っているん だ。それらを軽くあしらい、そして今そのリーダーであるあたしを負かしたんだ。東 上線沿線を支配している青竜会と、新宿線沿線の黒姫会共々、あなたの傘下に入るこ とにする」  え?  耳を疑う梓だった。 「おまえらもいいな!」  振り向いて部下達を一喝するリーダー。 「おお!」  賛同の声が返ってくる。 「ちょ、ちょっと待ってよ」 「あたしらは、あなたの度胸っぷりに感激したよ。新しいリーダーにふさわしい人物 だ。これからもよろしく頼む」  と頭を下げた。 「もう……」  先の二人のスケ番共々、いくら言っても無駄であろう。 「慎二、帰るわよ」 「判った」  こうして新たに梓の傘下に加わった正丸レディースに見送られて帰路につく梓だっ た。  それにしても……。  あの時に聞こえてきた声はなんだったのだろうか……。

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2018年6月 3日 (日)

銀河戦記/鳴動編 第十六章 新艦長誕生 VIII

第十六章 新艦長誕生

                VIII  それから数日後。  リンダのサラマンダー艦長としての初搭乗の日がやってきた。  その日は、リンダの大尉の任官式でもあった。  サラマンダーの上級士官搭乗口には、寿退艦予定の副長のカーラ・ホフマン中尉以 下主要な艦の責任者達が出迎えていた。 「ようこそリンダ・スカイラーク艦長。お待ち申しておりました」  艦長と呼ばれて、改めて感慨深げになりつつも、就任の挨拶を交わすリンダ。 「こちらこそ、よろしくお願いします」  カーラが出迎えの要人達を紹介し始めた。 「紹介します。機関長のジェド・コナーズ上級曹長です」 「コナーズです」 「よろしく」 「航海長のエレナ・F・ソード先任上級上等曹長です」 「エレナです。よろしく」 「よろしく」  以下次々と紹介が続いていく。 「それでは早速艦橋へ案内しましょう。みんなが待ってますよ」 「判りました」  タラップを昇り艦内に入ってすぐに、乗艦受付所があった。  そこで乗艦する士官達を管理しているデビッド・ムーア軍曹に申告する。 「リンダ・スカイラーク大尉。乗艦許可願います」  そしてリンダの個人情報が記録されているIDカードを差し出す。  それを受け取って端末に差し込み、個人情報を確認しているムーア。  画面にリンダの写真画像と共に、チェックOKの文字が現れた。 「リンダ・スカイラーク大尉を確認しました。艦長殿、サラマンダーへようこそ」  とカードを返しながら敬礼をした。 「ありがとう」  艦橋に入った。  一斉にオペレーター達が立ち上がって敬礼で出迎えてくれた。 「リンダ・スカイラーク艦長! ようこそいらっしゃいました」 「これから、よろしくお願いします」  ここでもまた士官達の紹介が繰り広げられた。  周知の通りに全員女性士官である。  艦隊の総指揮を司るサラマンダーの艦橋は、今まで勤務していた軽空母セイレーン と大きく違うところがあった。  その大きな違いは艦橋が二層構造になっていることだった。  一個の戦艦としての操舵や艦の艤装兵器への戦闘指示を執り行う戦闘艦橋と、一段 上の階層にあって、戦闘艦橋を見下ろす位置にある、ランドール提督が鎮座する艦隊 運用のための戦術艦橋とに分かれていた。  戦闘艦橋には、操舵手、艤装兵器運用担当、機関運用担当、レーダー哨戒担当、重 力加速度計探知担当など直接の戦闘に関わるオペレーターがおり、戦術艦橋には多く の通信管制担当がひしめいており、他にパネルスクリーンなどの操作や戦術コンピ ューターなどの設定を行なう技術担当、そして各種参謀達の席がある。 「艦長の席はこちらです。わたしの隣の席になります」  航海長のエレナが席を案内してくれた。  艦長と航海長は何かと蜜に連絡を取り合う必要があるので席が隣同士になっている のだ。しかも戦術艦橋の一番前にある。  そこは、旗艦艦隊司令としての修行をはじめた、前艦長スザンナ・ベンソン大尉の 席だったところだ。 「今後ともよろしくお願いします」 「よろしくね」  丁度そこへランドール提督がパトリシアと共に入室してきた。  他のオペレーター達と共に立ち上がって敬礼するリンダ。  目ざとくリンダを確認して話しかけるランドール提督。 「良く来たねリンダ。よろしく頼む」 「はい、期待に応えられるように頑張ります」 「うん。みんなも共にカバーし合って、より良い艦隊運用が行なえるようにしてくれ たまえ」 「了解しました!」  全員が一斉に答えた。 「いい声だな。早速だが任務だ」 「ええーっ! いきなりですかあ?」  黄色い声が飛び交った。リンダの声も混じっている。 「こらこら。遊びじゃないんだぞ。リンダ、初の操艦だ。心の準備はいいな」 「は、はい。いつでも結構です」 「よし、それでは全員配置に付け」  ランドール提督はやさしい口調ではあったが、何かしら重要な任務を帯びているら しいことに、オペレーター達は気づきはじめていた。 「これよりシャイニング基地に向かう。バーナード星系連邦の新情報を入手したから だ。連邦が総勢七個艦隊の大艦隊をもって、シャイニング基地及びクリーグ基地に向 けて大攻勢をかけて来ることが判明したのだ」  オペレーター達の表情が一瞬にして固まった。 「大攻勢って、それはいつの事ですか?」 「時期はまだ明らかにされていないが、急を要することは確実だ。速やかにシャイニ ング基地に戻って打開策を練らなければならない」  淡々と答えるランドールであったが、事態は急転直下で進展していくことになった。 「全艦発進準備。シャイニング基地に向かえ」  リンダにとっては着任早々の大仕事が待ち受けていた。 第十六章 了

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ゴンドラアトラクション

インターポット

ゴンドラアトラクション、楽しいな(((o(*゚▽゚*)o)))

振り飛ばされないでね。

ねえ、質問があるんだけど。

なあに?

お姉ちゃんと一緒に乗りたいんだけど……

そうね、どうかしら。

これって、
①がーがーちゃんが一人乗り
②アバターが一人乗り
③アバターとがーがーちゃんの二人乗り
しかできないの?

そうねえ、私たち二人で乗れたことないわね。

どうして?

わからないわ……

うーん。不思議だな。

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2018年6月 2日 (土)

続 梓の非日常・第四章 峠バトルとセーターと 峠バトル

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと

(五)峠バトル  ほどなく頂上に上り詰める。  そこには先日のように多くの自動二輪が所狭しと並べられ族がたむろしていた。  前回は女性ばかりだったが、今日は男達も混じっている。用心棒というところだろ うか。  閉業中のガーデンハウスを無法占拠していた。 「真条寺梓だな」 「ああ、そうよ」 「中へ入りな」  異様な視線を浴びながら中へ入る。  ガーデンハウスの一番奥に、そのリーダーはいた。  ロングの髪をヘアバンドでおさえ、レザースーツを着込んでいた。 「逃げないでよくここまで来たね」 「人質を捕られているからね。どこにいるの?」  リーダーが合図すると、調理場らしき所から縛られてお蘭が引き連れられて出てき た。 「梓さま!」  梓の姿を見て歓喜するお蘭。 「大丈夫?」 「は、はい」  怪我とかはしていないようだった。 「あなた達に従ってここまでやってきたのよ。蘭子さんを解放しなさいよ」 「いいだろう。おい、縄を解いて自由にしてやれ」  お蘭を引き連れていた者が、その縄を解いた。  「梓さま!」  すぐさま梓の元に駆け寄るお蘭。 「あ、ありがとうございます。きっと助けに来てくれると信じていました」  あの廃ビル騒動の際に、罠だと知りつつも単独でお竜を助けにきた梓のことだ。自 分のことも見捨てないとじっと待ち続けていたようであった。 「で、どうすればいいの」 「喧嘩じゃ、そこにいる鬼の沢渡に勝てるわけがないからな」 「ありゃ? この俺を知ってるのか?」 「ああ、川越から広がる東上線・新宿線・埼京線などの鉄道沿線の不良達の間では知 らない奴はいないほど、恐れられているからな。最近川越を縄張りにしているスケ番 グループのリーダーの用心棒になったらしいこともな」 「用心棒じゃねえやい!」  ここでも誤解されていきまく慎二だった。  くすくすと笑う梓。 「腕づくじゃないとすれば何をするの?」 「あたし達は、この正丸峠を本拠とする走り屋だよ。もちろん勝負は街道レース」 「レース? 言っとくけどあたしはバイクにも四輪にも乗れないよ」 「知ってるよ。だから特別ルールでタンデム乗車によるタイムレースを行う。そこの 沢渡が運転して後ろにあんたが乗る。ここから出発して、今登ってきた来た道を駆け 下りて正丸入り口に先に到達した方が勝ちだ。もちろん正丸入り口で道路封鎖してい るから対向車を気にすることなくレースに専念できる。どうだ?」  街道レースバトルの申し込みであった。  断るわけにはいかないだろう。  慎二はどうかと振り向くと、 「俺なら受けて起つぜ。梓ちゃん次第だ」  親指を立てるようにして、OKサインを送っている。 「いいわ。受けましょう」 「決まりだな」  ガーデンハウスの前に出てくる梓と慎二。そしてリーダーを含む一団。  スタートラインに自動二輪を並べ、エンジンを始動させる慎二とリーダー。  慎二の自動二輪の音は重低音ながらも静かなものだったが、一方のリーダーの自動 二輪は、耳をつんざく様な甲高いエンジン音が響いていた。 「奴のは2サイクルで、しかもレース用にチューンナップされてるからな。だからあ んな音がするんだ。ほい、ヘルメット」 「そうなんだ」  ヘルメットを受け取り自動二輪に跨った。 「ぴったり俺の背中に張り付いていてくれ、特にコーナーで曲がるときに、遠心力に 振られて身体が外側に傾いちゃうけど、それだと曲がりきれなくなるんだ。俺が車体 を傾けたら、その傾きに合わせるように身体も傾ける。タンデムでは、後ろに座る者 もバランス取りをして、コーナーを曲がりやすく協力する必要がある。とにかく俺の 身体の動きに合わせてくれればいいよ」 「わかった」 「まあ、事故って死ぬときは一緒だよ」 「そうだね……」  死ぬときは一緒だよ、という言葉に微妙な感覚を覚える梓だった。  まあ、こいつと一緒ならいいか。  本気でそう考えていた。 「用意はいいかい?」  リーダーの方から声が掛かった。 「ああ、いつでもいいよ」 「ちょっと待ってくれ」  突然割り込んできた若者がいた。  自動販売機のそばで温かいコーヒーを飲んでいたようだが、 「俺達に立会人をさせてくれないか?」  と、そばの車を指さした。  後から追従してバトルを見届けようということらしい。 「お、おまえは冬山渉!」  トヨタAE86レビンを駆って、正丸峠をホームコースとする走り屋である。 「なんでおまえがいる?」 「ああ、実はこいつとバトルの最中だったんだ」  指さす先には、同じくAE86パンダトレノの傍に立つしょぼくれた若者。  車のサイドには、白地に黒文字で「梶原豆腐店」と書かれている。 「おまえは、秋名のハチロクかあ!」 「どうも……」  暴走族達が集まって協議している。 「い、いいだろう。邪魔しなければな」  リーダーが結論を出す。 「分かってるさ。では、拓海君は後からついてきてくれ」 「わかった……」  こうして、バイクのバトルをする者と、後追いの立ち合い人の車が正丸峠を走るこ とになった。  スタートマンが、両者のコース真ん中に立って手を挙げた。 「ようい!」  息を呑む両者。  エンジンを吹かせながら、スタートマンが手を振り下ろす瞬間を待つ。 「ゴー!」  その手が振り下ろされると同時に発進、スタートマンの両脇を抜けて峠道を駆け下 りていく。  すさまじい加速で、慎二ペアを引き離していくリーダーペアだった。  走り屋としてこの峠を知り尽くしているだろう、一方の慎二運転する後部座席には、 二輪に跨ることなどほとんどないお嬢さまの梓である。勝負は最初から見えているだ ろう。  コーナーを曲がるたびに外側に振り飛ばされそうだった。必死に慎二にしがみ付く 梓。  前を走るリーダーペアは、極端に身体を倒し、膝を地面に擦り付けるようにして豪 快に曲がっていた。 「そうか……。あんな風にしてカーブを回るのか……」  真似したくても、梓は城東初雁高校の女子制服のままである。できるわけがない。  とにかく慎二の動きに合わせて、コーナーにくれば身体を傾ける。それを忠実に真 似するだけである。  リーダーペアに、どんどん差を広げられていった。

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2018年6月 1日 (金)

銀河戦記/鳴動編 第十六章 新艦長誕生 VII

第十六章 新艦長誕生

                VII 「ですが、それでも副長がいらっしゃいます」 「彼女は寿退艦して地上勤務に転属することが決まっている。妊娠出産という重役を 担う女性に艦隊勤務は不可能だからな。有能な人材を失うのは残念だが致し方がな い」 「そうでしたか……」  自分が名だたる旗艦サラマンダーの艦長……。  改めて自分のことを逐一報告していたというリーナを見つめた。  その微笑が天使のように思えた。日頃から説教を聞かされ続けていただけに、意外 な進展に驚くと共に、これまでの事は自分をより良い艦長となって欲しいための愛の 鞭だったのだと実感した。 「君を置いて他にサラマンダーを任せる人物はいない」  提督の言葉が重々しかった。  そして嬉しかった。 「あの……」  言葉がのどにつかえてすぐには出てこなかった。  この場にいる全員が、やさしく微笑んでいる。  感激の極みに涙が溢れてきた。  リーナが歩み寄ってきて、そっと両肩に手を置いて言った。 「大丈夫よ。あなたならサラマンダーの艦長を立派に勤められるわ。ここにいる全員 がそれを知っている。自信を持って任務に付きなさい」 「そうよ、リンダ。あなたの才能を一番良く知ってらっしゃるのは提督よ。以前に話 したことあるでしょ」  ジェシカも寄ってきて、リンダの手をとって諭し始めた。  そして、前艦長のスザンナ。 「あなたになら、安心してサラマンダーを任せられるわ。誇りをもって任務について 欲しい」  手を差し出して握手を求めてきた。  震える手を差し出して、スザンナの握手に応えるリンダ。 「ありがとう、スザンナ」 「さあ、リンダ。しっかりとしなさいよ」  リーナが促し、ジェシカ、スザンナが離れた。  そのリーナの言葉に押し出されるようにして、  姿勢を正して、ゆっくりと言葉を噛みしめるようにして、申告をはじめた。 「リンダ・スカイラーク中尉。ランドール提督の命に従い、第十七艦隊旗艦サラマン ダーの艦長の任務につきます」  そして敬礼。 「よし!」  ランドール提督が大きく頷いた。  一斉に拍手が沸き起こった。  そして女性士官達がリンダのそばに集まって抱き合っていた。 「おめでとう、リンダ」 「一緒に頑張りましょう」 「はい!」  こうして伝説の精霊サラマンダーを冠する旗艦の新たなる艦長が誕生した。

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