梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件 オーナー
梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件
(十)オーナー 一行が集まっている一室に梓が入ってくる。 「梓ちゃん!」 その姿を確認して絵利香が飛びついてくる。 「もう、心配したんだから。怪我してない?」 涙声で梓の身体を確認している。 「ごめんね。ご覧の通り、ぴんぴんしてる。大丈夫よ」 「よかった……あれ、慎二君は?」 「あは、彼は営倉入りよ。墜落の責任を取ってもらわなくちゃね」 「可哀想ね」 「当然の処置よ。それで、機長の手術は終わったの?」 「うん。骨折も大したことなくて、後は回復を待つだけよ」 「よかったね」 「しかし、相変わらず、派手好きなお母さんだこと。で、この船は一体何なの、麗香 さん。海底資源探査船ということは艦長から聞いたけど、もっと詳しくお願い」 「はい。深海底の資源を探査するために開発・建造された、深海資源探査船です。最 近注目されているメタンハイドレードの分布状況や、熱水鉱床から産出される希少金 属などの調査をしています」 「梓ちゃんの名前が記されてるけど、どういう関係があるの?」 絵利香の質問に麗香が答える。 「はい。この船は、お嬢さまが実質上のオーナーとなっております、資源探査会社 AREC『AZUSA Resouce Examination Corporation』が所有・運営しています」 「へえ、あたしがオーナーになってるんだ」 「現在は、渚さまが代執行されておりますが、お嬢さまが十六歳におなりになり次第、 権限が移譲されるものと思われます」 「そうか、真条寺家の成人は十六歳だものね。でも梓ちゃん学生だよ。大学卒業まで は経営に参画できないんじゃない?」 「たぶん代執行権を麗香さんが引き継ぐことになるんじゃないかな。あたしの全権代 理執行人だもの。ね、麗香さん」 「はい。お嬢さまが、代執行をお認めになられればですが」 「もちろんだよ。麗香さんのこと信じてるから」 「ありがとうございます」 「ちょっと外の空気を吸ってこようっと」 「この部屋から出ちゃだめって言ってたよ」 「この船のオーナーは、あたしらしいから、大丈夫じゃないかな。麗香さん?」 「はい。お嬢さまだけなら」 「んじゃ、そういうことで」 居住区を出た梓は、統合発令所へ行く。途中で出会う乗務員は、梓を認めても誰も 咎めることなく、梓の船内での自由は確保されているようだ。しかし、要所に配置さ れた耐圧ハッチを潜らねばならず、その狭さに閉口していた。 やっとのことで統合発令所へたどり着くと、発令所要員が梓を認めて尋ねてくる。 『これは、お嬢さま。何かご用ですか?』 『艦長はいらっしゃいますか?』 『司令塔甲板にいますよ』 と天井を指差す発令所要員。 梓は、階上の艦橋そして司令塔甲板へと上がっていく。 『艦長! 上がっていいですか?』 一応念のために艦橋のところで、梯子を登る前に声を掛ける。任務遂行の邪魔をし てはいけないからだ。 その声に下を覗き、梓を確認して答える艦長。 『お嬢さま! どうぞ、お上がりください』 狭い耐圧ハッチを通って甲板に上がる梓。 『どうなさいましたか?』 『あのね。潜水艦に乗るのはじめてだから、物珍しくて』 『あはは。よろしかったら、後で部下に案内させましょう。これはあなたの船ですか らね』 『ほんとに? お願いします』 『しかしオーナーがこんな可愛いお嬢さまだなんてね。乗務員の多くがお嬢さまの写 真を隠し持っているとかの噂があります。いわば当艦のアイドル的存在になっている ようです』 『そ、そうなんだ。どうりでみんな初対面のあたしの顔知ってて、艦内をぶらついて ても咎められなかったんだ』 『まあ、許してやって下さいよ。みんな狭い潜水艦の中で、一所懸命に働いている仲 間なんですから』 『うーん。その気持ち判らないでもないけど……まあ、仕方ないわね』 『恐れ入ります』
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