銀河戦記/第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ III
第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ
III レイチェル・ウィング大尉を筆頭に、関係者が一同に会している。 同僚の死亡という姿を目の当たりにして、その表情は暗い。 「事故捜査官の、コレット・サブリナ中尉です。今回の事件、ミシェール・ライカー 少尉の死亡について、みなさんの証言を伺いたく集まっていただきました」 「やはり事故なんですか?」 「それは調査中ですので、この場では明らかにはできません」 「そうですか……」 「それではお聞き致しますが。まず、第一発見者は、どなたですか?」 関係者を一同に集めた中で、開口一番尋ねる。 「カテリーナ・バレンタイン少尉です」 レイチェルがカテリーナに視線を送りながら答えた。 「では、バレンタイン少尉。事件に遭遇した時、誰か他にいましたか?」 「いいえ、一人でした」 「ジムに一人でやってきて、事件に遭遇したのですね」 「はい、そうです」 「どうしてジムにきたんですか?」 「わたしは当直でした。交代の時間になってもミシェールが姿を見せないので探して いたんです」 「当直の担当部門は?」 「艦内放送FM局スタジオ勤務です」 「パーソナリティー?」 「いえ、ADです」 「どういう事をしているのですか?」 「タイムキーパーが主ですが、その日に使う曲のセッティングや、必要備品を用意し たりもしています」 「スタジオは何名で?」 「四名です。ディレクターと調整室員が他にいます」 「その方の氏名と所属を教えてください」 「はい」 メモにカテリーナが言った氏名を記入するコレット。 「ところであなたがジムに、ミシェールを探しにきて、器械に挟まれた姿を発見した のですね」 「はい。てっきり、死んでいると思って、悲鳴をあげてしまったんです」 「その時、まったく遺体には触れなかったんですね」 「恐くて……」 「何か物音がしたとか、不審な点はありませんでしたか?」 「いいえ、何も。気が動転していましたのでなにも……」 「そうですか、わかりました」 続いて現場立ち会い者達の証言をとることにする。 「そしてウィング大尉達が、カテリーナの悲鳴を聞きつけてやってきたんですね」 「そうです」 「何か不審な点に気づいた事はありますか?」 「いいえ」 「どなたか、遺体には触りましたか?」 「生死を確認するために、わたしが脈を計りました。首筋です」 レイチェルが名乗り出た。 「他の箇所には?」 「いいえ。触りません。それで死んでいると判って、捜査科に連絡しました。現場保 存のために、遺体はもちろん周辺の器械にも触れないよう、物品を動かさないように 指示しました」 「おそれいります。捜査協力感謝します」 「ミシェールに最後に会った方は?」 「たぶんわたしだと思います」 ミシェールと同室のクリシュナ・モンデール中尉が答える。 「ミシェールの死亡直前の行動を教えてください」 「ミシェールとわたし達は、食事前にこのジムで汗を流していました。その後の食事 時間に疲れたと言って、食事を拒否して部屋に残ったんです。それが最後でした」 「同室のみなさんは、揃って食事に行かれたのですね」 「はい。当直のカテリーナ以外は一緒でした」 「ミシェールが着ていたレオタードはその時と一緒ですか?」 「はい。同じです」 「最後に姿を見たという正確な時刻が判りますか?」 「うーん。時計を見ていないから……。あ、そうだ! 艦内FM放送で、今流行の 『サラサーテの彼方』という曲が流れはじめたから……」 「カテリーナはADでタイムキーパーをやってるそうですが、調べられますか?」 「はい。スタジオで当時のタイムスケジュールを調べれば正確な時刻が判ると思いま す。スタジオ要員なら誰でも判ります」 「判りました。後でスタジオに寄ってみましょう」 「放送中はスタジオには入れないので、午後五時のスタッフ交代前を見計らって訪ね ると丁度良いと思います」 「ありがとう」 メモ帖に午後五時スタジオと記入するコレット。
2017年11月29日 (水)
梓の非日常/第五章・音楽教師走る
梓の非日常/第五章・音楽教師走る
(一)音楽教師 廊下を歩く梓と絵利香。音楽室の戸が開いたままになっており、ふとグランドピア ノに 目が止まった梓は、そばに歩み寄り蓋を開けてみる。 「鍵かかってないね」 「ねえ、ひさしぶりに聞かせて」 「え? ここで弾くの?」 「教室の戸も、ピアノの蓋も開いていたということは、神のお導きよ」 「どういう意味よ。まあいいわ。今日は気分がいいから」 椅子に腰を降ろし鍵盤に手を置き、ひと呼吸おいてからゆっくりと弾きはじめる梓。 優雅な旋律が教室内に響き渡り、それは廊下の方にも洩れて、波紋のように静かに 広がっていく。 いつのまにか窓の外で聞き惚れている生徒達が立ち並びはじめているが、梓達は気 づいていない。 「あれ、真条寺さんじゃない?」 「そうね。ピアノが弾けるなんて、やはりお嬢さまの気品って感じね」 「しかもとってもお上手よ」 うっとりとした表情で窓辺に寄り掛かり、聞き入っているクラスメート達。 演奏を終えて、ぱたりとピアノの蓋を閉める梓。 その瞬間、周囲から拍手の渦が沸き起こった。演奏に聞き惚れ集まった生徒達の数 二十人ほどが、一斉に喝采の拍手を送ったのだった。 驚きのあまりに固まっている梓。 「お上手だったわよ」 と拍手をしながら女教師が近づいて来る。 「幸田先生!」 幸田浩子、梓達の音楽担当の教諭で、音楽部の顧問をしている。 「ご、ごめんなさい。あたし」 慌てて椅子から立ち上がり、ピアノのそばを離れる梓。 「あ、いいのよ。あなたのような女の子が弾くためにピアノは置いてあるのだから。 昼休みや放課後だったら、いつでも弾いていいわよ。許可します」 「そ、そんなこと……」 「あなた、一年A組の真条寺梓さんよね」 「は、はい」 「今時、これだけ上手に弾ける女の子なんていないのよね。うちの音楽部にもいない わ。そうだ、あなた!」 といって詰め寄る幸田教諭。 「音楽部に入らない?」 「音楽部?」 「高校生音楽コンクールで、合唱のピアノ伴奏をしてくれる子を探していたのよ。あ なたほどの腕前ならピアノの練習は必要ないと思うから、すぐにでも生徒達の合唱の 伴奏をやってもらえるとありがたいんだけど」 「でも、あたしは他のクラブに入ってますから」 「どこのクラブですか?」 幸田教諭の目がきらりと輝いた。 「空手部です」 「空手っていうと、瓦を十数枚重ねて素手で割ったり、戸板に縄をぐるりと巻いて拳 で叩くとかいうあれでしょう」 「え? まあ……それも、確かにあるけど……」 「だめよ、だめ。あなたのこのしなやかな細い指先が壊れちゃう」 幸田教諭は梓の指先をさするようにしている。 「今すぐ、空手部はやめなさい。女の子がするクラブじゃないわ。そして音楽部に入 るのよ」 「あ、あたしの勝手じゃないですか。それにテニス部からも勧誘されているんです」 「テニス部? うん、テニス部ならいいでしょ。ともかく空手部というと、顧問は下 条先生よね。いいわ、私が掛け合ってあげる」 と言うなり、すたすたと職員室の方へ歩いていった。 「ちょ、ちょっと、幸田先生」 「行っちゃったね。聞く耳持たないって感じね」 絵利香が呆れたように言った。 一年A組の教室。 上級生らしき女生徒が入って来る。 「ねえ。真条寺さんは、どなたかしら」 「え? 真条寺さんですか?」 上級生の声が聞こえた生徒達が一斉に梓の方を振り向いていた。 「ああ、あの子ね」 つかつかと歩いていって、梓のそばに立つ上級生。 「真条寺さん?」 「え? はい。そうですけど」 振り向いた梓を見て驚く上級生。 ……か、かわいい…… 職員室で幸田教諭から言われた言葉を思い出す。 「そういうわけだから、あなた達の方からも、音楽部に入るように説得して欲しいの よ。とっても可愛い女の子だから、一目見たら絶対音楽部に欲しくなるわよ。テニス 部も欲しがっているらしいから、早いとこ手をうってこっちに入れなくちゃ」 ……幸田先生の言ってたこと本当だったんだ……ほ、欲しい……テニス部に先を越 されないようにしなきゃ…… 「私、三年の山下冴子です。音楽部の部長しています」 ……部長……いやな予感…… 「幸田先生から聞いたわ。あなたピアノが上手だそうね。どうかしら、音楽部に入ら ない?」 「いやだ。入らない」 梓は、間髪入れずに答えた。そして、 「行こう、絵利香ちゃん」 と手を引いて教室をさっさと出ていった。 「ちょっと、待ちなさいよ」 梓は答えない。あの強引な幸田教諭の教え子なら似たり寄ったり、へたに相手にな るとつけ込まれる恐れがあると判断したのだ。 職員室。 「申し訳ありません。玉砕しました」 「仕方ありませんね。でも、可愛い子だったでしょ」 「はい。欲しいです」 「となると、あとは……」
2017年11月28日 (火)
銀河戦記/第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ II
第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ
II 共和国同盟軍情報部特務捜査科第一捜査課艦隊勤務捜査官。 それがコレット・サブリナ中尉に与えられた正式称号である。 事故であれ殺人であれ、人が死ねばまずは第一捜査課(殺人課とも呼ばれている) の彼女が呼ばれて現場検証にあたることになっている。配下の捜査員とと共に現場検 証にあたるコレット。 すでにアスレチックジムは関係者以外立入禁止の処置がとられている。 ミシェールが死んでいたマシンは、滑車からロープに繋がったウェイトを、持ち手 を引っ張って持ち上げていくというものである。 レオタード姿で死んでいる。 一見、手が滑って持ち手が器械に引っ掛かったところに、ロープが首に掛かりウェ イトの重みで首が締まって、窒息死したようにも見える。 「ウェイトの質量は片方ずつ五十キロか……。艦の重力は地上の六分の一程度しかな いから、実質十キロ弱分の筋力ゲージね……。これくらいの重量で首が絞まって窒息 死するだろうか」 重力六分の一で、ウェイトが軽くなるのと同じように、人の体重も六分の一になる から、五十キロのウェイトでも人の体重を支えて、首吊り状態を十分維持できるが… …。筋力十キロあれば、首に絡んだロープを外せるはずだ。 「ロープが絡んだときの勢いで、急に首を絞められて気絶したんじゃないですか。そ してそのまま……」 しかし、明らかに不自然だ。持ち手は前へ引っ張っていくものだが、たとえ手が滑 っても、反動で持ち手が首に掛かるようにカーブを描いて後方へ飛ぶとは考えにくい。 落下するウェイトに引っ張られてまっすぐ戻るはずだ。 「誰か、遺体に触らなかった?」 「いいえ」 「だとしたらおかしいな」 「何がおかしいのですか?」 「この膝の傷だよ」 タイツで隠れていて注意深く観察しないと気がつかないが、明らかな擦過傷を負っ ていた。 「ああ、これね。アスレチックジムですからねえ。擦り傷くらいは日常茶飯事じゃな いですか?」 「そう思うか?」 「ええ、まあ……」 「いや、違うな。この傷は、たぶん死後に負ったものだ」 「え? どうしてですか?」 「それは、解剖にかければはっきりするだろう」 「教えてくれないんですか?」 「憶測で物事を判断するものじゃない」 遅れて臨検医が到着して観察をはじめた。こうした場合の当然として、特に首筋を 重点的に調べている。 「頸椎損傷の形跡はありますか?」 気絶するほどのショックが首に掛かっていたかを判断するためである。 「外見からでは判断できませんねえ。解剖してみないことには」 「直接の死因は?」 「首筋に絡んだロープによって頸動脈が圧迫され、脳への血流停止による脳酸欠死と いうところです。死後およそ一時間というところですかね」 「何か不審な点は発見できませんでしたか」 「つまり、他の場所で殺された後に偽装工作として、マシンに括りつけられたような 跡が見られなかったどうかということですね」 「お察しの通り」 「こういった場合ではよくあることなので、その点は念入りに調べました。結論は解 剖の結果を踏まえて慎重に判断しなければなりませんので、私の管轄を外れます。私 は事故現場の証拠を集めたり保存したりするのが任務ですから。ただ、個人的見解で よろしければ……」 「どうぞ、それで結構です」 「まずは首筋を見ていただきましょう」 臨検医が指し示す首筋に注目するコレット。 「ごらんの通り、ロープの絡んだ箇所の下側に紫斑が見られると思います」 「そう言えばそうですね」 「この紫斑が直接の死因となったもので、頸動脈にかかっているのが判ります。これ はつまり、首が締って死んだか気絶した後でロープが緩んでずれたか、或は誰かに首 を絞められて殺された後で、改めてロープに吊るされたことを意味しています」 医師は手近なロープを取って、コレットの首に巻くようにして軽く絞めて見せた。 「人の首を絞めて殺そうとした場合の絞殺班は、被害者と犯人の身長差、或はどのよ うにして首を絞めたかによって変わってきます。例えば天井の張りに渡したロープで 吊るし首にするとかですね。もし背の低い犯人が背後から襲った場合、このように丁 度鎖骨の上辺りにかかります。この位置はミシェールの場合と同じですね」 「つまりミシェールは自分より背の低い相手に首を絞められた可能性があるというこ とですね」 「あくまで可能性ですがね……」 「ところで、ロープの位置と紫斑の位置がずれている点ですが、本当は事故で首が締 まってぐったりとなった後で、ずれたということはありませんか」 「否定はできません。解剖してみないことには結論は出せませんから。最初に申しま した通りに、これはあくまで私個人の見解なのです」 「わかりました。どうもありがとうございました。あ、そうだ。膝の擦り傷の鑑定を お願いしておきます」 「擦り傷? ああ、これですね……。判りました。調べておきます」 自分なりの調査を一通り終えたので、被害者のそばを一旦離れて、発見者達の証言 を取ることにした。 「発見者達とミシェールと同室の者は集めたのか?」 配下の捜査員に確認する。 「はい。隣の部屋に」 「よし。早速尋問しよう」 「司令官に報告は?」 「後だ。記憶が鮮明なうちに証言をとっておくのがセオリーだよ」
2017年11月27日 (月)
梓の非日常/第四章 お蘭、おまえもか
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(四)お蘭、おまえもか とある建設現場。 資材を満載した大型トラックが搬入口から入ろうとしている。 一角にあるプレハブの事務所兼休憩所。 コンビニの弁当を、同僚達と談笑しながら食べている慎二。 「おい、慎二くん。食事中済まないが、重機を動かしてくれないか。資材が届いたん で、荷おろし頼む。食後まで待ってくれと言ったんだが、次の現場も急いでいるんだ そうだ」 現場監督という腕章をつけた人物が入ってくるなり慎二に言った。 「いいっすよ」 「悪いな。終わったら、休憩時間延長していいから」 「それと誰かもう一人頼む」 「俺がいくよ」 慎二ともっとも親しく話していた青年が答えた。 作業用ヘルメットを被り、手拭いを腰のベルトに下げて出ていく二人。 慎二が、大型クレーンに乗車して始動させると、轟音と共に排気口から黒煙を上げ て動きだす。 トラックの荷台上の運転手と、下の資材置場に先程の青年。三人一組の玉掛け作業 で、資材を降ろしていく。 その作業を、離れて監視している現場監督。 そこへ、一人の人物が近づいてくる。 気づいて振り向く監督。 「やあ、これは近藤さん。社長が来ているんですか」 「いや。社長は、別の会社社長と視察にお出かけで、その会社への送迎の戻りなんで すよ。近くを通ったもので、立ち寄った次第ですよ」 「そうでしたか」 「どうですか。坊っちゃんの仕事ぶりは」 「十六歳とは思えぬほどの素晴らしい仕事ぶりですよ。真面目で手を抜くことなく、 一所懸命にやってくれてます。遊び半分で重機を動かさせてみたんですけど、すぐに 動かし方をマスターして、今じゃ誰にも負けない重機乗りになりましたよ。でも本当 は十八歳以上で移動式クレーン運転士免許や玉掛免許とかが必要なんですけどね。正 規の運転士はみんな給料の良い大手にいっちゃうので、こんな小さな建設会社には来 ないんですよ。しかたなく慎二君のように無免許で動かしてもらうしかないんですよ。 まあとにかくですね、同僚達とも気さくに話し合っていて受けもいい。ただ学生アル バイトなので、毎日じゃないのが残念です」 「社長令息ということは、他の従業員にはまだ内緒にしてますよね」 「ええ。彼自身がそうしてくれと言うんでね。ここでは坊っちゃんは禁句にしてます。 給金も他のアルバイトと区別してません。重機作業手当はついてますけど」 「そうしてくれると有り難いです」 「それで社長とは、仲違いしたままなんですか?」 「はい。相変わらずです。一人でアパート暮らししてます」 「そうですか。長男は医者、次男は弁護士、後を継いでくれるのは慎二くんしかいな いのに。二代目には申分ないんですけどね」 重機を動かす慎二に視線を移す二人。 「それじゃあ、私は会社に戻ります。お仕事中、お邪魔致しました」 「近藤さんが来た事、慎二くんに伝えましょうか」 「いえ、黙っていてください。いやがりますからね」 「わかりました」 挨拶をして立ち去っていく近藤。 「監督! もうここには一杯で置けませんよ。どこに置きますか?」 大型クレーンの運転台から身体を乗り出して大声で叫ぶ慎二。 「おう! 待ってくれ」 足早に慎二達の方に駆けていく現場監督。 放課後の教室。 今日も今日とて、喧嘩談義の二人。 「なあなあ。もう一度見せてくれよ。あの聖龍掌」 「だめよ。あの技は、人に見せるためのものじゃないのよ」 「そういわずにさあ」 「しかし、なんであんたがその技の事知っているの?」 「そ、それは……」 「あなた沖縄唐手のこと結構知ってるわね。それに喧嘩してる時にも、唐手の技を使 っているのを見たわ。誰に教わったの?」 「ひ、秘密です」 「そう……じゃあ、あたしも秘密よ」 「う……そうだよなあ。沖縄古武術の奥技は一子相伝的にこれぞという優秀な弟子に のみ伝えられるんだ。うちのばあちゃんなんか、最後の弟子に奥技を教えたから、お まえにはもう教えないよ。とか言いやがって」 ぶつぶつと独り言を呟いている慎二。 「へえ、おばあさんから教わったんだ。古武術の師範代やってるの?」 「な、なんで知ってる? 俺の秘密を」 「自分から独り言喋ってたじゃない」 「げげ、俺の悪い癖がでたか」 そんなやりとりを遠巻きにして聞いている生徒達。 絵利香も窓際の席に腰を降ろして、二人が話し終わるのを待っている。 階下が騒がしいと思って下を眺めると、校門付近に人が集まっているのが見える。 「ねえ、梓ちゃん。来てみて」 「なに?」 絵利香に言われて窓際に寄る梓。 「ほら、校門の所。人が一杯集まってるよ。あれ、お竜さん達じゃない」 「げげっ! ほんとだ」 「校門の外にも、うちの学校じゃない生徒が集まってるね。あの制服は川村女子校と 河越女子校、星雲女子校そして河越商業だよね」 「ああ……、どうやら黒姫会の連中みたいだ」 「黒姫会? 見たところスケ番グループみたいだけど……どうしよう。校門前で乱闘 騒ぎになっちゃうの?」 「かもね。とにかく、このまま放っておくわけにもいかないでしょ。双方ともあたし と関りがあるんだよね」 「ええ? また何かやらかしたの? あ、もしかしてあの一件のこと?」 「行くよ」 すたすたと歩いて教室を出ていく梓。 「ちょっと待ってよ。説明してよ」 校門前。 梓が玄関から歩いてくる。 それを見届けて、スケ番達が整列して梓の到来を迎えた。 「お疲れ様です」 一斉に頭を下げて最敬礼する一同。 「これは一体何事なの?」 竜子が一歩前に出て説明をする。 「先日は、黒姫会からあたいを助けていただきありがとうございます。今日は、その 黒姫会のリーダー、『チェーンのお蘭』こと黒沢蘭子が、一族郎党を引き連れてご挨 拶に参っております」 言われて竜子の肩越しに校門の外を見ると、廃ビルで出会ったあの蘭子が、ミニの ブレザーの女子制服を着て、かしこまって立っていた。竜子が合図を送ると、ゆっく りと梓の所まで歩いて来て、足元に傅いた。 「ご存じだと思いますが、あらためて自己紹介します。私は、川村女子校の黒沢蘭子 と申します。配下の黒姫会には……」 蘭子の背後にそれぞれの制服を着た三人の女子生徒が整列している。たぶん各校の 代表なのだろう。 「県立河越女子校、新庄温子」 ごく普通なセーラー服の女子が前に一歩出てくる。 「星雲女子校、諏訪美和子」 普通のスカート丈のブレザー服。 「河越商業、山辺京子」 チェック柄ミニスカートにリボンタイのセーラー服。 「以上の三校に、私のところの川村女子校を合わせ統合したグループが、黒姫会の全 容です」 「へえ、黒姫会って四校統一会派だったんだ」 「はい。川越市駅と本川越駅周辺地区を拠点として活動しております」 「青竜会は、川越駅周辺だったよね」 「その通りです」 「で、その黒姫会が、あたしに何の用かしら」 「単刀直入に申しますと、我らが黒姫会のリーダーになっていただきたく参上いたし ました」 「またなのお!」 「部下を気遣って単身敵地に乗り込み助けようとするその心意気と度胸っぷり。大勢 の人数に囲まれながらも、何ら臆することなく戦いに望み、楽しんでさえいらっしゃ った。そして苦もなく我々を撃破したその腕前、まことに感服いたしました。この私 すらあなたにかなわなかった。はっきり覚えていないのですが、なんかものすごい大 技をあびて吹き飛んだらしい」 「それは忘れてください」 「ともかく、黒姫会の総意です。反対者は一人もおりません。お願いです、リーダー になってください」 といいながら、土下座する蘭子。各校の代表達もそれにならった。 「ちょ、ちょっとお、やめてよ」 「お願いします」 一斉に嘆願する蘭子と代表達。 「もう……好きにして頂戴」 吐き捨てるように承諾の言葉を投げかける梓。 「で、では……」 顔を上げる蘭子達。 「お竜さん」 「はい」 「後はまかせるわ」 「かしこまりました」 すたすたと歩きだす梓。 「お疲れさまです」 スケ番達の再度の挨拶に見送られ、裏門へと続く道に入っていく。 梓が立ち去った後、蘭子のそばにより、握手を求める竜子。 「これで梓さまは、東の青竜会と西の黒姫会をまとめあげて、川越最大の派閥を組織 する事になります。蘭子さん、これからは仲良くやっていきましょう」 「はい。これからもお願いします」 第四章 了
2017年11月26日 (日)
銀河戦記/第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ
第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ
I 女子更衣室。 談笑しながら着替えをしている女性士官達。下着姿の者、レオタード姿の者、そし て軍服姿の者。その中にレイチェルも含まれている。 「あーあ。いやんなっちゃうな。何で運動しなきゃならないの」 女性士官の一人が誰に言うともなしにぼやいた。 「仕方ないわよ。重力のない宇宙空間では骨格からカルシウムが抜け出して骨粗鞘症 になってしまうのよ。それを防ぐには運動をして骨格や筋肉に刺激を与えるのが一番 なんだから。艦橋のある居住ブロックは重力があると言っても、平均して地球上の六 分の一しかないんだからね」 筋肉の収縮や糖分の代謝などにはカルシウムが不可欠である。重力のあるところで はただじっとしているだけでも、重力から体重を支えるために常に筋肉が緊張して糖 分とカルシウムを消費する。そして脳の血中カルシウム濃度を調整する中枢では、そ の消費量に応じて余分に摂取したカルシウムを骨格形成させることで備蓄しようとす る作用が働く。これは空腹時に食料を摂取すると、より多く脂肪として体内に蓄積さ れて通常よりも太ってしまう理由に近い。飢餓状態が続いた後で食料が摂取されると 中枢部では、次にまた長期の飢餓状態がきても大丈夫なように、通常より多くの脂肪 を備蓄をしようとするのである。いわゆる緊急時備蓄作用と呼ばれている。 運動選手の骨格が発達するのは、運動することが直接の要因ではなくて、運動に見 合ったカルシウム資源を備蓄しようとする作用によるもの。だからいくら運動しても カルシウムを十分摂取しなければ徒労に終わり逆効果になってしまう。ところが無重 力となって体重を支える筋力を必要としなくなると、糖分やカルシウムの消費が極端 に減少して、備蓄しようとする作用も減少する。骨格は、骨を作る骨芽細胞と骨を溶 かす破骨細胞と呼ばれる組織のバランスによって、二週間半で新陳代謝を繰り返して いるという。ところが無重力などの影響によって、破骨細胞の骨を溶解する作用が勝 ると、骨粗鞘症などの骨のカルシウムが抜け出て脆くなる症状に陥ってしまうことに なる。 「でもね、重力ブロックにいるあたし達はまだ救われているほうなんだから。重力の ない機関部要員の男性達なんかもっと悲惨よ」 「そうですね。あたし達は毎日二時間の運動で済むけど、彼らは四時間ですもの」 「男性と違ってあたし達女性には妊娠・出産そして授乳という役目を担っていて、カ ルシウムの摂取量が足りないと自身の骨格からカルシウムを取り出してまで、胎児や 乳児にカルシウムを与えようとする。だから今のうちにしっかりとカルシウムを補給 しておかないと大変なことになるのよ」 「そういうこと、しっかり運動してカルシウムを逃がさないようにしなくちゃね」 「そうよ。いくら運動が苦手だからって甘えは許されません。これも軍人の務めの一 つよ。さあさあ、ぐずぐずしていないで、早く着替えなさい。この後にも次の班が控 えているんだから。時間は有効に利用しなくちゃね」 とレイチェルが一喝した。 「はーい」 と答えて隊員達は着替えを急いだ。 女性士官でも最高位の大尉となったレイチェルは、主計科主任を兼務していた。な お主計科とは、隊員の給与を扱う経理課、軍服などの支給・修繕などを行う衣糧課、 給食・配食を行う厨烹課の三部門があって、隊員達の生活に密着した部門である。 部隊創設の副官時代から、女性士官達の要望を受け入れ、いろいろな相談に乗って あげていたので、その人望は厚いものがあった。 一方、ジェシカとパトリシアも医務科衛生班長の任にあって、隊員達の健康管理に あたっていた。 アレックスが主計科と医務科の責任者に、レイチェル達女性士官を置いたのは、そ の二科が全体の士気統制に関わる分野であり、信頼のおける側近である必要があった からだ。砲術科や機関科などは、それぞれが特殊能力を有して専門分野科した隊員を 治めて独立した運用体系にあるのに対し、給与や炊事などの生活面を担当する主計科 と健康管理を担当する医務科は、隊員全体が相手であり必要不可欠な部門である。給 与の支払いが滞ったり、飯を満足に食べさせて貰えなかったり、病気になったりして は、士気は衰えるし戦える者も戦えなくなる。その任務の性格上、女性をあてるのは 自然であろう。パトリシアを含めた三人が隊員達の生活や健康を管理する他にも、悩 みごととか相談ごとといった個人的な問題をも親身になって聞いてやり、解決してあ げようとする態度は、隊員達から慕われ絶大な人望を得ていることは、まさしく天職 にかなっているといえた。言い換えれば彼女達にそうさせる魅力を、アレックスもま た所有していたともいえる。 女性士官の一人が入室してきて尋ねた。 「ねえ。誰か、ミシェールを見ていない?」 「ミシェール?」 「カテリーナから頼まれて探しているんだけど、もうじき当直交代時間なのに、姿が 見えないらしいのよ」 その時悲鳴が艦内にこだました。 「なに、いまの?」 「アスレチックジムのほうよ」 「あの声はカテリーナよ。行ってみましょう」 レイチェルを先頭に一行がジムに入ると、カテリーナ・バレンタイン少尉がうずく まっていた。 「どうしたの?」 レイチェルがそばによって話し掛けた。 カテリーナは震える手を伸ばして一つの機械を指差した。 そこには機械に首を吊って死んでいるミシェールが発見された。 「きゃー!」 口々に叫ぶ隊員達。卒倒する者もいた。
銀河戦記/鳴動編が推理小説仕立てに
ご愛読ありがとうございます。 銀河戦記/鳴動編も第七章まで進みました。 さて、次回第八章から第十章までは、推理小説仕立てとなります。 旗艦サラマンダー内で事件が起こり、犯罪捜査官が活躍する物語です。 第七章・事件編/犯罪捜査官登場 第八章・捜査編/犯人を追え! 第九章・解決編/氷解 ヒロインはコレット・サブリナ中尉。 共和国同盟軍情報部特務捜査科第一捜査課艦隊勤務捜査官です。 これまで登場したアレックス以下の者はすべて脇役となります。 捜査線上に浮かぶ犯人の目的は? その背後に暗躍する黒幕。 そしてアレックスの素性までもが明らかにされるか? 第二部銀河帝国編へと紡ぐ伏線は……。 乞うご期待! 参考までに、これまで登場したアレックス以下の士官達を紹介しておきましょう。 ハイドライド型改造II式/サラマンダー 独立遊撃艦隊・旗艦 ・司令官 アレックス・ランドール中佐 ・副官 パトリシア・ウィンザー中尉 ・情報参謀 レイチェル・ウィング大尉 ・艦長 スザンナ・ベンソン中尉 同/ウィンディーネ 第一分隊・準旗艦 ・司令官 ゴードン・オニール少佐 ・副官 シェリー・バウマン少尉 ・艦長 ビアンカ・ロス少尉 同/ドリアード 第二分隊・準旗艦 ・司令官 ガデラ・カインズ少佐 ・副官 パティー・クレイダー少尉 ・艦長 マリア・パロマ少尉 同/シルフィーネ 旗艦部隊・準旗艦 ・司令官 ディープス・ロイド少佐 ・副官 バネッサ・コールドマン少尉 ・艦長 ジョシュア・カッシーラ少尉 同/ノーム 実験実証艦 ・技術官 フリード・ケイスン中尉 レイティー・コズミック中尉 ・艦長 カサリナ・バレット少尉 高速軽空母セイレーン 航空戦隊旗艦 ・司令官 ジェシカ・フランドル大尉 ・副官 ルシア・フラビウス少尉 ・艦長 リンダ・スカイラーク少尉 戦闘機エースパイロット ・ジミー・カーグ中尉 ・ハリソン・クライスラー中尉 謎の天才ハッカー ・ジュビロ・カービン そして宿敵のバーナード星系連邦士官 ・スティール・メイスン中佐
2017年11月25日 (土)
梓の非日常/第四章 戦い済んで……
梓の非日常 第四章・スケ番再び(黒姫会)
(五)戦い済んで…… 全員が無事脱出した直後だった。 ビルが大音響を上げて崩れはじめたのだ。 「危なかったあ。後数分脱出が遅れたら、生き埋めになっていたわね」 「それもこれも、こいつのせいだ」 慎二が、肩に担いでいた蘭子を降ろしながら言った。 かなりのショックを受けていてまだ気絶したままだ。 他の黒姫会のメンバーは、青竜会に囲まれて車座に座らされている。 「助けだしたはいいが、やっぱりす巻きにして新河岸川にでも放りこむか?」 「待ってください。あたいには、蘭子の気持ちがよくわかるんです」 意外にも竜子が助け船を出したのだった。 「とにかく、こういうこと、あたしは苦手だから、後のことはお竜さんにまかせる よ」 「はい。わかりました」 「でも、ビル破壊しちゃいましたけど、いいんでしょうか?」 「どうせ解体予定のビルよ。逆に感謝されてもいいくらいじゃないかしら?」 「そうそう、周囲の建物や人的被害がでなかったから大丈夫だよ。埋まったブルドー ザーも掘り起こして修理すれば十分使えるさ」 「そういうものでしょうか?」 「まあ、いずれ警察がやってくるだろうから、早めに退散したほうがいいわ。という わけで……」 と慎二の方に向き直って、 「慎二、行くよ。送ってくれるんでしょ」 「梓さん、鞄」 「ありがとう」 鞄を受け取り、自動二輪の方へてくてくと歩きだす梓。 「へいへい」 頭掻きながら後に付いていく慎二。 「お疲れ様です」 スケ番達が次々と頭を下げて挨拶していく。 「おい、見たか。あいつ、沢渡だよな」 「ああ、鬼の沢渡を顎で使ってるよ。さすがリーダーだ」 バイクに跨った慎二の後ろに、横向きの女の子座りで着席する梓。来るときの三人 乗りと違って座席に余裕があるからだ。 「じゃあ、発進するぞ」 「うん。女の子が乗ってるんだから、慎重に運転してね」 「ぶりっこするなよ。おまえのどこが女の子なんだよ」 「こら!」 軽くこつんと慎二の頭を叩く梓。 「へいへい。女の子でした」 エンジンを始動し、自動二輪を発進させる慎二。 梓が女の子座りしているので、そうそう荒っぽい運転ができないのは確かだ。慎重 に運転しなきゃならないのは判っているが、梓のバランス感覚も抜群で少々の揺れで は振り落とされないだろうことも判断できる。 自動二輪は街中を抜けて、一路城東初雁高校のある田園地帯方面へと向かっている。 「本当に学校へ戻っていいのか?」 「教室に忘れ物したんだ。取りに戻る」 やがて校門前に到着する自動二輪。 後部座席からぴょんと飛び跳ねるように降り立つ梓。 「サンキュー、助かったよ。帰っていいよ」 「自宅まで送ってやってもいいんだぞ」 「一人で帰れるから大丈夫だ」 「そうか、気を付けて帰れよ」 「うん。ありがとう」 自動二輪を発進させる慎二。その後ろ姿を見送る梓。 「すまない慎二。好意は感謝するけど、屋敷を知られたくないから」 慎二の自動二輪が見えなくなるのを確認して携帯電話で連絡を取る梓。 「あ、麗香さん。学校まで、迎えにきてください。うん、じゃあ」 携帯を鞄に戻して、女子クラブ棟の方へ歩いていく梓。 「とにかく汗を流さなくちゃ、気持ち悪い」 清潔好きな梓は、身体とくに自慢の髪が埃まみれなのが気に入らないのだ。クラブ 棟にあるシャワーで汚れを落とすつもりだ。それに女子テニス部部室にあるロッカー 内には替えの下着と制服も置いてある。 きれいさっぱりした梓が、裏門にまわると、すでにファントムVIが待機していた。 梓の姿を見届けて、麗香が助手席から降りて来て、後部座席を開ける。 「お疲れさまです。お嬢さま」 梓が座席につき、後部座席の扉を閉めると、麗香は反対側の扉から乗り込んだ。絵 利香が同乗しない時は、梓の隣の席に座るのが日常だ。 「石井さん。出発してください。それと遮音シャッターを上げてください」 「かしこまりました」 石井は車を発進させると同時に、パネルを操作して遮音シャッターを上げた。 「今日は、遅いお帰りですね。クラブ活動はなかったと記憶しておりますが、いかが なされました? 絵利香さまもすでにお帰りになられていまして、お屋敷の方にご連 絡がありました。まだお帰りになられていないとお答えしましたが、ご心配そうなお 声でした」 「そっか、絵利香ちゃん。心配してたのか……」 「また、喧嘩なされましたね」 ずばりと言ってのける麗香。 「どうして?」 「頬のかすり傷ですよ」 「あ……やっぱり、気がついた?」 蘭子のチェーンで切られた傷が残っていたのだ。常日頃から、梓のその日の体調や 気分などに気を配っている麗香が気づかないはずがない。 「まあ、これくらいの傷なら跡を残さずきれいに直るでしょう。避けられぬ事情があ ったとは思いますが、お顔にだけは傷をつけないように、十分気をつけてください ね」 「わかった……気をつける」 「絵利香さまがご心配なさってたのです。ご連絡を差し上げてはいかがですか?」 「そうだね……」 携帯電話を出して連絡を取る梓。ファントムVIには車載電話もあるが、絵利香と 話すときは自分の携帯の方を使う梓だった。 「一体今まで連絡もよこさず何してたのよ」 電話が繋がった途端に、絵利香の甲高い怒った声が飛び出して来る。着信表示で名 乗らなくても梓だと判っているからだ。 「ご、ごめん」 梓が謝ると、落ち着きを取り戻した声が返ってくる。 「もう……心配してたんだからね。怪我とかしてない?」 「うん。大丈夫だよ」 「よかった。それでお竜さん、助かったの?」 教室での会話で、梓が竜子を助けに行ったことを知っているからだ。 「うん、助かったよ」 「そうか。さすが、梓ちゃんね。とにかく明日、ちゃんと話ししてよね」 「わかった。明日、ちゃんと話すよ。じゃあ、また明日」 「うん。またね」 携帯を切る梓。 「お屋敷に到着です」 屋敷の門が開かれ、ファントムVIがゆっくりと入邸していく。
2017年11月24日 (金)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 VI
第七章 不時遭遇会戦
VI 「一つ質問してもよろしいですか?」 オブザーバーとして参加していたスザンナ・ベンソンが発言した。一艦長に過ぎな いスザンナは、本来参謀会議に出席する権限はないが、操艦技術だけでなく作戦指揮 能力もかなり高い能力を有していることを、アレックスは見抜いていた。巡航時にお ける艦隊運用の実績を見てもそれは証明されている。ゆえに作戦会議などにオブザー バーとして参加させているのである。 他の参謀が責任を感じて暗く押し黙っているのに対し、作戦立案に関与していない がために、それほどの重圧はかかっていない。 「何かな」 「あの時、熱源感知ミサイルを使用なさらなかったのはいかなる理由でしょうか。被 害をもっと最小限に食い止められたのでは?」 「あの時熱源感知ミサイルを使用すれば、こちらの被害は皆無に近い状態で、勝利し ていただろう。が、それでは訓練にはならない。目の前の小さな敵にばかり気をとら れて、将来にかかわるもっと強大な敵が迫っていることを忘れてはならない。そのた めの訓練であり、まともな実戦を戦ったことのない寄せ集めの将兵達を再訓練し、実 戦部隊として使えるものにしなければならなかった。ここは多少の犠牲を払ってでも、 部隊の将兵全員が一丸となって全力を挙げて戦い、勝利しなければ訓練の意味がなか ったのだ。私が敵が潜んでいるかもしれない星雲に、あえて訓練としての作戦任務を 遂行したのもそのためなのだ。実戦のための訓練でありながら、訓練のための実戦で あったのだ」 アレックスが呼吸を整える度に、会議室は静まり返る。 「それはともかくも、問題は今回の作戦だ。君達参謀としてのいい加減な対応によっ て、部隊将兵達全員の生命を軽く扱い危機に陥らせる可能性をもたらした罰として、 ゴードン、カインズ両名は給与を三ヶ月間二割減額し、その他の者は同二ヶ月一割減 額する。意義のあるものは?」 誰も意義を言い出す者はいなかったし、言い出せるものではなかった。アレックス の機転がなければ部隊は全滅、全員この場にいるはずのない事態に陥っていたからで ある。 「さて、私は君達に宿題を出しておいたはずだが、今回の作戦の反省を十二分に踏ま えて、カラカス基地防衛の作戦立案をもう一度検討して明後日に提出のこと。一人で 考えるもよし、数人で相談して連名で提出してもいい」 「わかりました」 「よし。今日のミーティングはこれまでだ。解散する」 立ち上がって退室するアレックスと、敬礼して見送る参謀達。 アレックスの姿が見えなくなって思わずため息をもらす参謀達。 「参りましたね……」 「ああ……。今回の作戦に際しては、司令には頭が上がらない」 「参謀達全員で立てた作戦の欠陥にただ一人気がついていただけでなく、部隊を窮地 から救った上に見事な作戦で敵部隊を壊滅に追い込んだ」 「大破こそあったものの、一隻の撃沈なしにな」 「それも十五倍以上の数の敵部隊にたいして」 「司令がおっしゃってた、七百隻で敵一個艦隊を撃滅する作戦を考えている。という のは本当のことだったんですね」 「オニール少佐は、士官学校の模擬戦闘にも一緒に参加なされたそうですね」 「模擬戦闘か……あの当時から常軌を逸脱した作戦を敢行する人格だったなあ。原始 太陽星雲ベネット十六を突破するなんてことは、誰も予想もできなかったよ。確かに 不可能と思われていたことを、可能にしてみせている……今にして思えば」 「対戦校の指揮官にミリオンが選ばれたことが発表される半年以上も前から準備周到 な作戦を練って、彼を完膚なきまで打倒しちゃったんですよね。それも誰も想像だに しなかった奇抜な作戦で」 「やっぱり噂通りに、司令には予知能力があるのでしょうか」 「あるわきゃないだろ、そんなもん」 「でも敵が潜んでいることを予期していらしたですよ」 「それだよな。どうやって連邦が訓練航海の情報を得たかだよ」 「報道部が宣伝流してたから?」 「なぜわざわざ流す必要がある」 「やはり、軍部内にランドール提督を貶めようとする輩がいるということでしょう」 「出る杭は打たれる……」 「チャールズ・ニールセン中将なんか、昇進著しかった当時のトライトン少佐を妬み の対象にして最前線送り」 「まあ、彼の思惑は外れてさらに昇進させる結果になってますけど」 「ニールセン中将か……。自分はデスクにどっかりと座って、気に入らない将校を 片っ端から前線送りしてますね」 「ところで、今回の戦績からすれば、司令は大佐に昇進してもいいんではないでしょ うか」 その言葉の背後には、つまるところゴードンやカインズそして多くの士官さえもが、 同時に昇進できるのではないかとの、思惑もあったようである。 「いや、今回の軍事行動は、あくまで訓練の延長であると、司令自身が辞退したそう だ」 「辞退!?」 「俺達がとやかく言える権利があると思うか?」 「いえ。今回の不時遭遇会戦の戦果は、すべてランドール司令お一人の手柄です。そ の司令が辞退するというなら、わたし達には口出しできません」 「そうだよな。功績点も、作戦会議に同席した士官全員の分を返上されたらしい。戦 死者や一級負傷退役兵の特進や恩給、下士官クラス以下の処遇などは規定通りに行わ れたがな」 「でもレイチェルさんだけは、大尉に昇進なさっていますよね」 「ああ、敵の一個艦隊が隠密裏に行動しているのを察知して、キャブリック星雲に向 かった可能性を示唆していたそうだ」 「じゃあ、その情報がなかったら、わたし達全滅していたかもしれませんね」 「まあ、哨戒作戦に不備があることは確かだったし、司令のことだからあのまま星雲 に突入するようなことはしなかっただろうけどね。情報があるのとないのとでは雲泥 の差がでるよ。あれだけ完璧な指示を出せたのも、情報があればこそだ」 「そうでしょうねえ……」 「レイチェルのすごいところは、司令が今一番欲しがっている情報は何かと逸早く察 知して、言われなくてもほぼ完璧な資料を提示してみせることだ。ハイドライド型高 速戦艦改造II式五隻が廃艦になることを進言して、我が部隊に配属できるようにした のも彼女だからな。カラカス基地の詳細図のことも皆が知っての通りだ。司令が言う ように、彼女の情報収集能力は一個艦隊に匹敵するというのは、本当のことだよ」 「司令の立てる完璧な作戦の裏には、レイチェルさんの完璧な情報があったというわ けですね」 「結果的にはそういうことになっているな。この二人にパトリシアが加われば鬼に金 棒さ。もっとも今回はさすがのパトリシアも手落ちになっちゃったけど」 司令室。 デスクに着き、今回の作戦の報告書をまとめているアレックス。 「お疲れさまです」 デスクの上にコーヒーカップを置きながらねぎらうレイチェル。 「パトリシアはどうしている?」 「はい。自室に籠っています。作戦参謀として、敵の存在を感知しえなかった自分に 責任を感じてふさぎ込んでいます」 「そうか……まあ、パトリシアだって見落とすことぐらいあるさ。問題となっている のは、参謀全員が気づかなかったことだから」 第七章 了
2017年11月23日 (木)
梓の非日常/第四章 奥技、炸裂!
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(四)奥技、炸裂! その時、天井からぽろぽろとコンクリートの破片が落ちてきた。 「なんだ?」 天井を見上げる一同。あちらこちらにひびが入り、次第に広がっていくと同時に、 落下する破片が増えていく。ほとんどの蛍光燈が外れて宙ぶらりんとなり、窓ガラス が次々と割れていく。 「壁を破壊したから、バランスが崩れてビルが傾いているのよ。元々倒壊の危険が予 知されていて、解体される予定の廃ビルよ。崩れるわ、みんな逃げて! 通路で気絶 している人も助け起こすのよ」 わらわらと逃げ出すスケ番達。 「さあ、あなたも脱出するのよ。蘭子さん」 「ふん。勝負を逃げ出すの?」 「何言ってるのよ。ビルが崩れるのよ」 「ビルが壊れるまでには、まだ十分時間があるわ」 「このままじゃ、共倒れよ」 「それもいいかも知れないね。黒姫会はもう終わりだ。生きて恥じをかくよりも、青 竜会のおまえと刺し違える方が名誉だけは残るってもんだ」 チェーンを取り出して、戦闘体制に入る蘭子。 「いくよ!」 言うが早いか、梓に向かってチェーンを繰り出す蘭子。 間一髪でそれをかわす梓。 目標を外れたチェーンが、床に穴を開け粉塵を舞い上げる。 「どうしてもやるつもりね」 「そうさ」 すでにチェーンを引き戻して次の攻撃体制に入っている蘭子。 飛び道具を使う蘭子が相手では、接近戦オンリーの空手の梓に分が悪い。 「懐に飛び込まなくちゃ」 次の攻撃が飛んでくると同時に、それをかわして懐へ入り込む。 が、次の瞬間、梓の身体は後方へ投げ出されていた。 蘭子が弐の矢として用意していた寸打が炸裂したのだった。 「寸打……チェーンを握る反対の手で寸打を出したのか。これじゃあ、うかつに近づ けないじゃない」 「驚いた? 私は両利きでね。右手も左手も同じ力があるんだ」 「そうか、油断したよ」 「それじゃあ、次ぎいくよ」 蘭子の攻撃が再開される。 部屋の隅でそんな二人の攻防戦を見つめる人影。 慎二の他、竜子と郁が居残っているのだ。 「リーダーを残して逃げ出すわけにいかないからね」 「はい。でも梓さん、大丈夫でしょうか?」 「どうかしら……蘭子の二つ名は『チェーンのお蘭』よ。チェーンをまるで自分の腕 が伸びたように自在に操り、その長さ二メートルに腕の長さを合わせて優に三メート ルのリーチを誇る攻撃が可能よ。チェーンの攻撃をかわせても、三メートルの間合い を詰めて相手の懐に飛び込む間に、防御と攻撃の態勢を取られてしまう。実際にもチ ェーンを放った後に空いた手足で、寸打と膝蹴りを用意している。隙を見せない完璧 な布陣よ」 竜子が解説する通り、戦況は明らかに蘭子に有利だった。梓は飛んでくるチェーン をかわすだけで精一杯であった。時折懐に入り込もうとするが、寸打と膝蹴りで跳ね 返されていた。 それでも何度となくチェーンをかわすうちに、その攻撃パターンをつかんできて、 軽くかわせるようになっていた。 「チェーンが飛んできたのをかわしてから懐に飛び込んでも、相手に十分な防御体制 をとられてしまう。チェーンを放つ気配を見せたその途端に飛び込まなきゃ……起こ りの瞬間に一挙動で勝負するしかない」 【起こり】とは、武術用語で技の出る瞬間のことである。拳の動きだけでなく、身 体の捌きや視線の動きなどから察知するのだ。例えば野球では、右投げ投手が一塁へ 牽制球を投げる時、必ずプレートから足を外さなければならないが、一塁手はその動 きを素早く察知して一塁へ戻って牽制死を避けるのだ。 そして【一挙動】は、受けと攻撃を同時に発動する技。普通は、相手の攻撃を受け てから自分の攻撃を開始するのだが、それを一動作で完了させるのだ。 天井からの落下物は増えている。 ……速くしないと、ビルが崩れる。仕方ない、あれを使うしかないわ。よし…… 梓は、少し前屈姿勢をとり、両手を右脇腹に構えたかと思うと、静かに目を閉じた のだった。 「目を閉じた?」 「いや、気を集中させているんだ。何かやるつもりだ」 「でも目を閉じていたら攻撃をかわせないんじゃ」 「大丈夫だ。チェーンの攻撃はすでに見切っている。気配だけで十分かわせる」 蘭子の足がかすかに動いた。その気配を感じ取った瞬間、梓が行動に移る。 目を、かっ! と見開いて懐に飛び込んでいく。 「無駄な事を」 蘭子のチェーンが飛んでくる。 梓の頬をかすってチェーンはそれていった。頬から出血する梓だが、かまわず突進 を続ける。 寸打を繰り出す蘭子。だが梓は平気な顔をしている。 「な、寸打が効いていない? 馬鹿な」 梓の踏み込む速度が、寸打の有効打力点に到達するより速く、効果を十分発揮する 事ができないうちに、懐に入り込まれてしまったのだ。 「なら、膝蹴りで……」 蘭子が次の攻撃を繰りだそうとした瞬間だった。 「透撤拳!」 梓が右脇腹に構えていた両手を勢いよく前方に突き出したかと思うと、蘭子の身体 が宙に浮かび後方へと吹き飛んでいったのだ。丁度そこはブルドーザーが開けた穴の 場所で、蘭子の身体はうまい具合にビルの外へ。 「あれは? 沖縄古流拳法の一撃必殺の奥技、聖龍掌!」 慎二が驚きの声を上げる。 捨て身の技を決めて、ひと呼吸おいてから梓が叫ぶ。一刻もはやくここを立ち去ら ねばならない。 「よし、みんな脱出よ」 「はい!」 「おうよ!」 一斉に外へと駆け出す一同。 穴のそばに倒れていた蘭子を、慎二が肩に担いでさらに安全な場所へと移動する。
2017年11月22日 (水)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 V
第七章 不時遭遇会戦
V キャブリック星雲内における不時遭遇会戦の結果は、同盟側損害二十七隻に対し連 邦側推定損害三千隻という、アレックスの率いる部隊の圧勝に終わった。それも四百 隻対七千隻という数において劣勢の状況下において味方撃沈が一隻も出なかったのは 驚異であった。 その勝利要因を分析すれば、艦隊リモコンコードに頼らないアレックス独特の艦隊 ドックファイトという近接戦闘・乱撃戦法が真価を発したというものであった。一定 の距離を保って相対して撃ち合う艦隊決戦に固執した連邦が、懐に飛び込まれて身動 きがとれなくなり、果ては同士討ちまで引き起こして被害を広げたことによって敗北 を決定づけたといえた。 なお将兵の犠牲者は、死亡三十一名、行方不明十八名、重傷七十八名、軽傷二百四 名であった。 撃沈が一隻も出なかったことで賞賛されることはあっても、その陰で多数の犠牲者 を出したことにたいしては、とかく内密に処理されることが多い。敵船艦を何隻撃沈 したとか味方艦が何隻撃沈されたとかいった物理的な報告は正確なまでに発表される が、人が何名死んだといったことはまず発表されることはなく、報告書としてまとめ られて事後処理されるだけである。 その報告書に署名をするアレックスは、暗く押し黙り悲痛の念を表しながら、 「何の感情もなく報告書にサインできるような人間にはなりたくないものだ」 と、副官のパトリシアにもらしたという。 アレックスが、作戦会議室に幕僚を招集して、今回の作戦結果について、 「さて、みんなご苦労であった……。と、いいたいところなのであるが、今回の作戦 については苦言を言わねばならない」 と切り出した時、一同はアレックスが何を言いたいかをとっさに察知していた。戦 闘訓練の作戦立案において、キャブリック星雲に敵部隊が潜んでいた場合の作戦を、 誰一人として想定しえなかった点についてである。 「パティー・クレイダー少尉」 「はい」 アレックスはカインズの副官である彼女に質問した。 「作戦実行の二十四時間以内に、我々の哨戒機がキャブリック星雲の全域を捜索して いたかね?」 「いいえ」 「では、その時部隊が取るべき行動は?」 「はい。部隊の突入前に、改めて索敵機を発進させて、敵艦隊の有無を確認すべきで した」 「その理由は? キャブリック星雲は、三日前の捜索では敵艦隊の存在は確認されて いなかったはずだが」 「星雲内は濃密な星間物質及び中心にあるパルサーからの強力な電磁波によって通常 の索敵レーダーが使用不可能なため、カラカス基地から背後にあたる空域は死角とな っています。小部隊なら間隙をついて背後から忍び寄って隠れ潜入することは可能で しょう」 「そうだ。我々は総勢七百隻しか有り合わせがないために十分な哨戒行動が取れない。 大艦隊ならともかく、小部隊で隠密裏に行動されると索敵の網から漏れることは十分 にありうることだ」 続いてゴードンの副官を指名して質問を続けるアレックス。 「シェリー・バウマン少尉」 「は、はい」 「キャブリック星雲の直前で突然の作戦変更を断行し、雷速五分の一で魚雷発射して 急速転回、星雲の側面から部隊を突入させたその作戦意図を述べてみよ」 「はい。我々が訓練でキャブリックに向かったことは、報道部などから広く情報が流 されていました。星雲内に敵が潜んでいればその情報を傍受して奇襲をかけることは 十分予想されます。司令の突然の作戦変更は敵の裏をかくためでした」 「それで?」 「雷速五分の一、つまり戦艦と同速度による魚雷発射は、魚雷を同盟軍艦船だと敵に 誤認させるためのカモフラージュ。敵は索敵レーダーの効かない濃密な星間ガスの中 にいますから、星雲に突入した魚雷群を同盟軍戦艦と見誤ってこれに攻撃を開始する 可能性は大いにありました。その間に、最大戦速をもって星雲を迂回した我が部隊は、 敵の側面から攻撃を加えられます。しかも敵は我々の部隊に対して反転迎撃しように も、次々と飛来する魚雷群に側面を見せることになる上に、艦首魚雷を放ったばかり で、再装填にかかる間にやすやすと我々に接近されて、得意の乱撃戦に持ち込まれて しまい、被害は拡大するだろう……と、司令は判断したのだと思います」 「いいだろう……」 シェリーが席に腰を降ろしたのを見届けてから、自分の考えを述べはじめるアレッ クス。 「ま、運良く敵がいてくれたからこういう結果になったが、いなかった場合は魚雷相 手に戦闘訓練するつもりだったことを付け加えておく。さて……」 と言い継ぐ言葉を止めて、まわりの参謀達を見渡すようにしてから、言葉を続けた。 「今回のキャブリック星雲における不時遭遇会戦には、二つの大きな意味合いが含ま れている」 「二つの意味合いですか?」 「そうだ。その一つは、敵が我々の訓練航海の情報を得て、星雲内で待ち伏せをして いた節があること。何も知らずに当初の作戦通りに行動していれば、四百隻すべてが 全滅していただろう。つまりは情報を知るということがいかに大切であるかというこ とだ。情報を得て待ち伏せに出た敵と、星雲内の情報が得られないことから作戦を変 更した我が部隊。結局は私の方に、幸運の女神は微笑んでくれたが、その成否は実に 紙一重なところにあったのだ。私はついていたのだ。ともかく、敵の情報を一刻も早 く集め、敵にはこちらの情報を悟られないようにすることだ。そして……」 ここで息を継ぐように、一同を見回してから言葉を続けるアレックス。 「もう一つは、当初の作戦計画立案と決定に際して、誰一人として意義を訴えなかっ たことだ」 アレックスのその言葉は、一同の胸をえぐった。 「訓練ということで、作戦立案のすべてを参謀である君達に一切任せた以上、口を挟 むべきではないと判断して何も言わなかった。いつか誰かが間違いに気がつくのでは ないかと考えたからだ。しかし流石に戦場を前にしては変更せざるを得ないだろう。 部隊の将兵全員の生命がかかっているからな。君達は、どうせ訓練なのだという安直 な意識がなかったか、一度索敵をすれば大丈夫だろうとタカを括ってはいなかったか。 それが作戦立案において哨戒作戦を安直なもので済ませてしまったのだ。その結果が この始末だ」 会議場は静まり返り、アレックスの憤りの声だけがこだましていた。 「いいか。敵は、どのような些細な間隙をついてくるかわからないのだ。ゴードン」 「はっ!」 「ミッドウェイ宙域における、私の作戦は?」 「敵空母艦隊の度真ん中へのワープでした」 「カインズ!」 「はい」 「カラカス基地攻略の概要を述べてみよ」 「流星群に紛れての揚陸戦闘機による奇襲攻撃です」 「二つの作戦がいかにして大成功したか。パトリシア、その要旨を述べてみよ」 「はい。いずれの場合も敵が予想もしなかったというよりも、不可能と判断していた 進撃ルートをとったからです」 「その通りだ。人が常識的に不可能と考える場合でも、果たしてそれが本当に不可能 なのか? と再考慮するところから作戦ははじまるのだ。不可能と思われている事柄 の中にも、どうにかすれば可能にすることはできないか? 常識に捕われていてはい けないのだ。……そもそもキャブリック星雲に向かったのはいかなる目的だったか な」 「訓練でした。未熟な将兵や落ちこぼれといわれていた者達が多く、寄せ集めのでき そこない部隊と蔑まれていました。それを再訓練することによって一人前の将兵に鍛 えることでした」
2017年11月21日 (火)
梓の非日常/第四章 チェーンのお蘭
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(三)チェーンのお蘭 一方ビル内に突入した梓は、通路にひしめくスケ番グループ達を、苦もなくなぎ払 いながら、竜子の捕らえられている最深部へと進行していた。 「この部屋ね」 通路の一番奥まった部屋。派手にカラーリングされた扉の向こうに竜子は捕らえら れているのか。 「罠かもしれない……でも、行くっきゃないのね。郁さんは、ここで待ってて」 「はい」 梓は、ドアノブに手を掛け、ひと呼吸おいてから、扉を勢いよく開けた。すかさず 前方転回でくるりと床を転がりながら部屋に突入する。三回ほど回転したところで、 片膝ついた状態で停止し臨戦体制をとった。背後を振り返ると、鉄パイプを構えたス ケ番が唖然としている。あのまま何の策もなく入って来ていれば、鉄パイプでめった 撃ちにされていたと思うと、ひやりとする場面である。 「間一髪セーフね。汚れちゃったけど、しかたないか」 といいつつ、制服についた汚れを、手ではたき落としながら立ち上がる。 正面の壁際にロープで縛られ、床に転がされている竜子。 そのそばにパイプ椅子に腰掛けているスケ番を見届けて、梓が尋ねる。 「黒沢蘭子さんって、あなたね」 「そういうおまえこそ、何者だ?」 「あたし? 城東初雁高校一年、空手部所属真条寺梓よ」 姿勢を正しながら名乗りを挙げる梓。 「空手? そうか、わかったぞ。新入生ながらお竜を撃ち負かして、青竜会のリー ダーになったというのは、おまえだな」 「ん……あのねえ。別にリーダーを引き受けた覚えはないわよ。お竜さん達が勝手に 持ち上げているだけ。空手部の仲間を助けるために来たのよ」 「部下を助けるために単身敵地に乗り込んでくるとは、その度胸っぷり見上げたもの だ、さすがリーダーになるだけの素質はあるようだ」 「だからあ……リーダーじゃないって、言ってるじゃない」 「それが本物かどうか、見届けてやるよ」 といいつつ合図を送ると、周囲のスケ番達がじりじりと間合いを詰めてくる。 「もう……聞いてくれないのね」 背後から鉄パイプを持った二人が襲ってくるが、一人目を軽くかわし、二人目に肘 鉄を食らわして倒す。 それを契機として、一斉に襲いかかってくるスケ番達。 しかし、やみくもに腕を振り回し、蹴りを入れるだけの喧嘩しか知らないスケ番達、 唐手を極めた梓にとっては赤子を捻るようなもの。 「ええと、砕破{サイファ}ってどうだったかな……相手の攻撃を受け止めて……」 殴りかかって来た相手の腕を極め技に取って動きを封じる梓。 どうやら相手にして全然物足りないらしく、空手部の先輩達から教わった型を、反 復練習しているようだった。技の一つ一つを解説するように言葉に出しながら攻撃を 加えていた。 「膝蹴りを加えて……そして前蹴り!」 見事に技が決まって相手は吹き飛んでいく。 「やりぃ! 砕破おぼえちゃった」 嬉しそうにぴょんぴょん飛び回る梓。 「ようし、次ぎは久留頓破{クルルンファ}、いってみよう!」 人差し指を立て、高々と掲げる梓。 そんな梓をまぶしそうに見つめる竜子。 「さすがは、あたいが選んだリーダーだ。これだけの人数に囲まれながらも、少しも 臆することなく、勝負を楽しんでいる」 次々と仲間を倒され、苦虫を潰したような表情の蘭子だったが、とうとう奥の手を 出す。 「おい! 梓とやら、こいつが見えないのか」 竜子の髪を引っ掴んで、ナイフを顔に突きつけている蘭子。 「こっちには切り札があるんだよ。いい加減にしろよな」 それを見届けて動きを止める梓。 「卑怯だわ」 「ふん。ここは武道大会の試合会場じゃないんだ。喧嘩に卑怯も何もあるもんか。策 もなく飛び込んで来たおまえが馬鹿なんだよ」 「策か……」 梓は、姿を見せないある人物を思い浮かべていた。 「慎二……何してるの?」 慎二のことだ、とっくに外の連中をなぎ倒しているはず。もうそろそろ姿を見せて もいいころなのに。 「さあて、どう料理してやろうかしらね」 スケ番達がじりじりと迫ってくる。 「万事休す、ここまでか……」 と思った時だった。 地鳴りとともにビルが大きく揺れだした。 「な、なに。地震?」 次の瞬間、蘭子の背後の壁が轟音とともに崩れ落ち、大型ブルドーザーが姿を現し た。そして人影が飛び出して来て、蘭子の腕から竜子を奪い、抱きかかえてかっさら っていったのだ。 「じゃあーん。お助けマン参上!」 「慎二!」 慎二の登場で、梓の表情に明るさが戻った。 「お竜が捕らえられて、人質にされているだろうと思ってね」 「ふ、また助けられたな」 以前、梓が竜子達に襲われ絵利香が人質になった時に、慎二に助けられた事を言っ ているのである。 「しかし、よくブルドーザーを動かせたね」 「建設現場でアルバイトしててね、遊び半分で現場にあった重機を動かしていたん だ」 「鍵はどうしたの?」 「重機ってやつは鍵を共通で使用しているんだ。最近はATM破壊強盗に使われるの で電子錠なんかが増えてきているけど。こいつは旧式。俺の持ってるやつを差し込ん でみたら、見事動いてくれたんだ」 「なんてことを……他に方法はなかったの? 何も壁を破壊する事はないんじゃな い」 「なあに、このビルはどうせ壊す予定だからよ。お手伝いしてやっただけだ」 呆れた表情の梓。 「あはは。ついでに、青竜会の面々もやってきたぜ」 開いた穴や、梓が入って来た扉からスケ番達が突入してきていた。 「リーダー! 助っ人に参りました。ビルは包囲し、黒姫会の奴等は全員取り押さえ てあります。残っているのはこの部屋だけです」 形勢は完全に逆転していた。部屋の中の蘭子のメンバーはすでに戦意喪失して立ち すくしているだけだ。 「お竜さん。大丈夫ですか?」 いつのまにか郁がそばに寄って来て介抱している。 「そうか、おまえがリーダーや仲間を呼んで来てくれたんだ」 「はい。今ロープをほどきますね」 ロープを解かれた竜子が梓の元に歩いて傅く。 「リーダー。あたいを助けにきていただいてありがとうございます」 「だからあ……空手部の仲間として来たんだってば」
2017年11月20日 (月)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 IV
第七章 不時遭遇会戦
IV 「どうだ、艦数はわかるか」 「重力測定によれば、通常戦艦換算でおよそ七千隻かと」 「七千隻か……」 「全艦戦闘配備完了しました」 「よし」 「前方にエネルギー反応多数」 パネルスクリーンに前方で輝く光点の明滅が確認された。 「どうやら敵は我々が放った魚雷を、同盟艦船と思い違いして攻撃しているようで す」 「思惑どおりだ」 「司令はこうなることを予測していたのですね」 「いや……可能性を想定していただけだ。万が一を考えて作戦を変更させた。何せ報 道部の奴等が、ご丁寧に訓練の作戦予定コースまで発表してくれたからな」 「敵がその報道を傍受して罠を仕掛けて待ち受けていた。その裏をかいたのですね。 魚雷を戦艦と同速度で発射して、予定通り作戦コースを進行しているように見せかけ る。星雲の中にいて索敵レーダーが不能になるのを見越して……そうですよね」 「まあな……全艦にミサイル発射準備」 「司令。星間物質のせいで自動照準装置が作動しません」 「かまわん。手動モードに切り替えて、敵部隊中央に適当にぶち込んでやれ」 「適当にですか? ミサイル巡航艦なら熱源感知ミサイルを搭載していますが」 「通常魚雷で十分だ。まわりが見えない状態で奇襲を受ければ、敵は混乱状態に陥い る。それが目的だ。当たらなくてもいい。とどめは粒子ビーム砲と艦載機攻撃にまか せる」 「まさか敵がこんな身近な所に潜んでいるなんて。カラカス基地を防衛していた艦隊 の一部でしょうか」 「そうではなさそうだ。星雲から発せられる電磁界ノイズによって、その背後の領域 の探知が困難だからな。いつでも近づいて隠れることができる」 「それにしてもこの濃厚な星間ガスによって探知レーダーが一切使用不可能なのは痛 いですね」 「それは敵も同じことだ」 「そりゃそうですが」 「有視界戦闘か……望むところといいたいが。あいにく戦闘経験の乏しい将兵が多 い」 「どうなさいますか。反転離脱をはかりますか?」 「反転している余裕はない。敵も我々を探知しているはずだ。側面を見せればそこを 叩かれて被害を増やすだけだ。このまま全速前進して敵中突破をはかる」 「紡錘陣形をとりますか?」 「いや。星間物質によって索敵レーダーによる照準が効かないのを逆手にとって、こ こは散開して進むのが得策だ。一塊になっていれば、重力探知機によっておよその狙 いがつけられる。重力反応の強いところに集中砲火を浴びせれば必ず命中するから な」 「それに同士討ちの危険も回避できます」 「そうだ。全艦、散開体制で全速前進。敵の懐に飛び込んで乱撃戦に持ち込む」 アレックスは手元の艦内放送のスイッチを入れて、全兵士に状況説明をはじめた。 「各将兵に告げる。訓練の最中に不時遭遇会戦となり、約十五倍の数の敵部隊と戦闘 になった。しかし敵艦数が多いことを恐れるにはあたらない。このような状態では、 いかに冷静に判断しかつ行動したかによって、勝敗がつくものなのだ。照準がつけら れないからといって闇雲に砲撃して弾薬を浪費するな。粒子ビーム砲は、濃密な星間 物質に吸収されて威力が半減以下に落ちているはずだ。視界に入った目前の敵のみを 確実に撃破するのだ」 敵艦隊を目前にしても、冷静沈着なアレックスの姿勢に、味方将兵達は混乱するこ となく、落ち着いて指令に従っていた。 「まもなく有視界射程に入ります」 その途端、エネルギー波が艦を横切った。 「敵が撃ってきました」 「どうやらあてずっぽうに遠距離射撃しているようだな」 「司令のおっしゃった通りです。粒子ビーム砲は、この距離では威力が半減以下、 ビームシールドで十分防げます」 「ミサイルも近すぎて使えないしな」 「はい」 「粒子ビーム砲へのエネルギーチャージ完了」 「よし。そのままアイドリング状態で待機。ビームシールド全開して敵中に侵入せ よ」 「撃たないのですか?」 「まだ早い」 「しかし敵は目前です。十分照準範囲に接近しました」 「いや。まもなく敵は、ビーム砲のエネルギーが尽きて、再充填にかかるはずだ。そ れが完了するのに最低三分。ビーム砲へエネルギー充填している間のビームシールド の防御能力が低下する。そこが付け目だ、勝負は三分で決する」 「敵のビーム攻撃が弱まりました。再充填に入ったもよう」 「よおし! 全艦、粒子ビーム砲一斉発射」 各艦から放たれたビームが敵艦に襲いかかる。ビームシールドの減衰した相手は、 いともたやすく撃破されていく。 「往来撃戦用意。各高射砲準備せよ」 舷側を守る高射砲に司令が伝わる。 ものの数分で艦隊同士がすれ違いをはじめ、乱撃戦の様相を呈してきた。 「往来撃戦に突入した。私の指示を待たずに、各艦の艦長の判断で攻撃を続行せよ」 もはや艦と艦の一騎打ちの戦いである。アレックスの統合指令は意味をなさない。 艦長の采配だけが勝負を分けるのだ。 軽空母セイレーンから艦載機編隊の指揮を統括していたジェシカ。 「艦載機は母艦を視認できる範囲内から外に出ないようにしてください。帰ってこれ なくなります」 「了解!」 艦載機の奮戦ぶりを応援しながらも、 「まさか、こんなことになるなんて思いもよらなかった……アレックス」 司令官アレックスの乗る旗艦サラマンダーに視線を移すジェシカ。 「やはり、あなたはただ者じゃないわね」 「敵が撤退をはじめました」 やったー! という歓声が、艦橋中に沸き上がる。 「追撃しますか」 「その必要はない。もう十分に戦った。これ以上将兵達に、負担を強いることもない だろう。それよりも被弾した味方艦船の救護を優先する」 敵を叩くよりも、まず味方を助けることを第一に考えるアレックスであった。現状 からすれば敵部隊を全滅させることも十分できたはずである。 「逃がした敵はいずれ叩くことが出来るが、失った将兵を生き返らせることは出来な い。一刻も早い救援で一人でも多くの将兵を助けることの方が大切だ。もちろん敵味 方の区別はしない」 そういった処置を見せられて、人命尊重を掲げるアレックスの人徳を知る隊員達で あった。 その後、数日をかけて星雲内がくまなく捜索されて、味方艦艇や将兵の救助はもち ろんのこと、被弾し航行不能となって漂流している敵艦船の拿捕と乗員の捕虜収容が 行われた。拿捕した敵艦船のうち再利用可能と判断された六百十三隻はカラカス基地 へ曳航され、残りは魚雷攻撃が加えられて撃沈処理された。 当然として搾取し修理運用可能となった六百十三隻はすべてアレックスの部隊の所 属となり、配下の三人の部隊に編入されることとなった。これによってアレックスの 遊撃部隊は、ゴードン及びカインズの分艦隊それぞれ四百五十隻に、ロイドの旗艦部 隊四百隻を合わせて、総勢千三百余隻に膨れあがったのである。
2017年11月19日 (日)
梓の非日常/第四章 廃ビルにて
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(二)廃ビルにて 街中を疾走する三人乗りの自動二輪。 とある廃ビルの前に停車する。周囲を鉄柵で囲われ解体工事中の看板が掲げられて いる。 「おら、アジトに着いたぜ」 「倒壊の危険があります。廃ビルの中に立ち入らないでください……ですって」 自動二輪を降りて、看板の注意書きを読み上げる郁。 「よくもまあこんな危険な場所をアジトにしてるなあ」 梓が廃ビルを見上げて感心するようにつぶやいた。 「ああ、ビルに入ってくる奴はいないからな。いつも不良達がたむろしていて、工事 の邪魔をするものだから。解体業者も工事を一時中断したままだ」 「警察は?」 「ああ、占拠している奴等を、追い出したり補導したりしても、翌日には別の奴が入 り込んでいる。いたちごっこなんだ」 「そうか……それであきらめちゃったんだ」 「そういうこと。ほれ。早速のお出迎えだぞ」 入り口付近にたむろしていた男達がこちらに向かってくる。 「なんや、おまえら」 「ここに女の子が連れて来られたでしょう」 梓が一歩前に出て尋ねる。 「あん、知らんな」 「ん? その制服は、城東初雁。きさまらお竜の仲間か!」 梓の着ていた女子制服に気づいて男が叫ぶ。と同時に梓達を男達がぐるりと囲んだ。 「さてはお竜を助けにきたんだな」 「その通り。怪我をしたくなかったら道を開けて頂戴」 「なにをほざけたことを。それはこっちの言うせりふだ!」 と襲いかかってくる男。 梓が、ひょいと体をかわすと、男はバランスを崩して、その勢いで慎二に向かって いく。 「およ?」 いきなり眼前に迫った男にひるむことなく、慎二は正拳を繰り出す。もんどりうっ て吹き飛ぶ男。 「おい、梓ちゃん」 「ん?」 「中には女達がたむろしているはずだ。俺は女には手を出さない主義だ。ここは俺に まかせて、早く中へいってお竜をたすけてやれ」 「わかった。ここはおまえに任せるよ」 「おう。一人足りとも中へは入れさせねえぜ。安心して女達と遊んでこいよ」 「頼む!」 といってビルの中へ飛び込んで行く梓。 「郁さんは、あたしの後にぴったりと着いてきてね」 「はい」 梓の後に郁が続く。 「待て、こらあ」 と男が捕まえようとするが、慎二が背後からその襟元をむんずと掴んで投げ飛ばす。 「おい。おまえらの相手はこの俺だと言ってるだろ」 「げっ! こいつ、沢渡だ」 「なんで、鬼の沢渡が青竜会とつるんでるんだ? 一匹狼じゃなかったのか」 「一対一じゃかなわんぞ。全員で一斉に飛び掛かれ」 「おう!」 怒濤のように向かってきた男達によって、さすがに慎二は組み敷かれてしまった ……かに見えたが、次の瞬間人塊を押しのけて慎二が姿を現わす。足元に倒れている 男達はぴくりとも動かない。慎二は押し倒されながらも、関節技・絞め技・刻み突き などを連続的に繰り出していたのだ。 一対一では無論かなわないし、多人数でかかってもやっぱりかなわない。 残っている男達のとる行動は一つしかない。 「やっぱり、鬼の沢渡だ。退散だ!」 と蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。 服に付いた汚れをはたき落としながら、 「なんで面白くねえ。こいつら河商の男子生徒だな。商業高校だけに圧倒的に女性上 位なわけで、スケ番の尻に敷かれていて何とも不甲斐ないってところだ。情けねえや つら」 倒れている男達に蔑視の表情を見せる慎二。全生徒の八割以上が女子という商業高 校にあえて入学するのだから硬派はまずいないだろう。同校のスケ番グループの下で、 カツアゲや見張りなどの三下的役割を押し付けられている軟弱でこの上ない連中だ。 「中は女達で一杯、俺は女とはやりたくないし」 竜子は捕らえられて中にいる、当然人質として扱われているのは否めない。 「梓ちゃん、苦戦するだろうなあ……さて、どうするかな」 周囲を見渡すと、解体工事に使われる建設機械が放置されたままになっている。鉄 球クレーン車、ユンボ、大型ブルドーザーなど。
2017年11月18日 (土)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 III
第七章 不時遭遇会戦
III 艦橋に再び姿を現したアレックス。 「よし。ウィンザー中尉、ここまでよくやってくれた。及第点だ。後はわたしがやる。 かわってくれ」 「はい」 アレックスに指揮官席を譲るパトリシア。スザンナも艦長席へと戻っていく。 ひと呼吸おいてから、毅然とした表情で発令するアレックス。 「全艦に告げる。これより、当初予定の作戦を変更する」 え? というような表情でいぶかしがるパトリシアにお構いなしに指令を下すアレックス。 「全艦、艦首発射管一号から四号、魚雷発射準備だ。発射角度十二度、雷速を五分の 一に設定せよ」 「雷速を五分の一に落とすのですか?」 オペレーターが、指令を聞き正した。 雷速を五分の一に落とすということは、戦艦と同速度で魚雷を発射することである。 発射された魚雷は、母艦を離れることなく寄り添うように進むことになる。オペレー ターが聞きただしたくなるのも当然であろう。 「復唱はどうした!!」 しかしアレックスは毅然として怒鳴った。 「わ、わかりました。全艦、艦首発射管一号から四号まで魚雷発射準備。発射角度十 二度、雷速五分の一に設定します」 オペレーターは、復唱した指令を各艦に伝達した。艦隊リモコンコードを使用して いれば、指令を暗号コードにして発信すれば一瞬にして済むことであるが、コード使 用を禁じている部隊においては、いちいち口頭による伝達と確認復唱を繰り返さねば ならない。伝達を終えるが早いか、各艦の艦長から即座に反問が返って来る。 「ちょっと、待て。雷速五分の一とはどういうことだ?」 「いちいち聞き返さないで、言われたことを実行してください」 「理解できん。司令を出してくれ」 「これは、司令からの直接命令です。変更はありません」 「馬鹿野郎!」 艦橋内に突然怒号が響き渡った。 「何度言ったらわかるんだ。五分の一と言ったら五分の一だ」 艦長のスザンナ・ベンソン中尉が電送管を通して魚雷長に怒鳴っている。ミッドウ ェイ宙域会戦からその操艦の腕前を買われて、アレックスの坐乗する指揮艦の艦長を 務めているのだ、その人となりを知り尽くしているから、微塵の疑いも持っていない。 正式型式名称、ハイドライド型高速戦艦改造II式。かつて廃艦の運命にあったじゃ じゃ馬も、フリード・ケースンとレイティ・コズミック二名の連携によるシステム改 造によって、共和国同盟軍最速にして最強の戦艦に生まれ変わっていた。その艦長と しての誇りと自信がスザンナ・ベンソンを動かし、アレックスに対しては忠実なる部 下の一人として、旗艦サラマンダーの要人となっていた。 各艦の魚雷発射管室では、発射管制員が指令に従い魚雷の雷速調整を行いつつも、 不満をもらしていた。 「おい、おい。聞いたかい。雷速五分の一だとよ。それじゃ戦艦のスピードと同じだ ぞ」 「つまり発射してもミサイルと一緒にお付き合いしたまま進行するということだよ な」 「上は一体何を考えているんだろうか」 「魚雷長も魚雷長だよ。なんで簡単に承服しちゃったんだ」 「しようがないよ。魚雷長、艦長に頭上がらないんだ」 「なんで?」 急にひそひそ声に変わっている。 「ここだけの話し、艦長に借金がしこたまあるんだとさ」 「そ、そうなんだ……」 魚雷長に視線を集中させる魚雷発射管制員。 「全艦。艦首魚雷発射準備完了しました」 「よし。第一列陣から順列順次に、魚雷発射と同時に急速右転回、全速前進でキャブ リック星雲を右側に迂回コースをとる」 立方陣で進む部隊のまず最前列が魚雷を一斉発射すると右へ急速転回して離脱する。 その後に第二列陣が続き、第三列以降も同様に次々と魚雷を発射しては右転回してい く。結果、当初の作戦コース上を雷速五分の一で突き進む魚雷群と、それらを左舷に 見る位置方向へ転回し全速前進で星雲を迂回するアレックスの部隊という、二つの隊 列に別れて進行することになる。これは艦隊リモコンコードを使用しないからこそ出 来る芸当であった。 「全艦、魚雷を発射して当初作戦コースを離脱、キャブリック星雲を迂回するコース に乗りました。脱落艦はありません」 「よし。艦首発射管に魚雷再装填せよ。雷速を通常に戻せ!」 「了解。艦首魚雷発射管、再装填急げ。雷速、マキシマムスピード!」 パトリシアが質問を投げかけてきた。 「お聞かせいただけませんか」 「作戦を変更した理由か?」 「はい。作戦立案をまとめた者としては気になってしかたがありません」 「だろうな。だが今は説明している暇はない。いずれわかることだ」 その言葉が終わらないうちにオペレーターの報告が入る。 「魚雷群、まもなく星雲に突入します」 「よし。こちらも星雲に突入するぞ。全艦、コースターンだ。取り舵一杯、左九十度 転回。最大戦速で星雲に突入する。全艦に、戦闘配備発令」 報告がある度に、次々と指令を出し続けるアレックス。 これはただ事ではない! という雰囲気が艦橋を覆い尽くし、次第に緊迫感を増していく。 「取り舵一杯、左九十度転回」 「最大戦速」 「全艦、戦闘配備」 矢継ぎ早の発令に、艦橋オペレーター達も息つくひまもない。 「キャブリック星雲に突入します」 「前方に重力反応!」 「やはりいたか」 「はっ。この反応からすると、おそらく敵艦隊かと」 艦橋にいたオペレーターのほとんどが息を飲んだ。 「パネルスクリーンに前方拡大投影せよ」 「前方拡大投影します」 しかし、スクリーンには濃密な星間ガスの渦が広がっているだけであった。 「やっぱりだめですね……」 「わかっている。全艦に発令だ。訓練体制から実戦体制に変更!」 「はい。直ちに実戦体制での戦闘配備発令します」 パトリシアやゴードンら参謀達が驚愕している。訓練航海のはずが実戦になってし まったのだから。まさか星雲の中に敵艦隊が潜んでいたなどとは予想もしていなかっ た。 「訓練ではないことを繰り返せ」 「全艦に伝達。訓練体制は解除された。実戦体制での戦闘配備に移行する! これは 訓練ではない。不時遭遇会戦である。実戦体制での戦闘配備。繰り返す、これは訓練 ではない。実戦である」 アレックスが発令すると同時に艦内に警報が鳴り響き、慌てふためいて将兵達が駆 け回っている。 部隊全般を指揮するアレックス達のいる統合司令室の階下では、スザンナ・ベンソ ン艦長が各部署への適確な指示を出していた。 「原子レーザービーム砲への回路開け」 「原子レーザービーム砲の回路開きます。BEC(ボーズ・アインシュタイン凝縮) 回路に燃料ペレット注入開始」 「レーザー発振制御用超電導コイルに電力供給開始」
2017年11月17日 (金)
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(一)お竜捕われる 教室で談笑する梓と慎二。慎二は椅子に逆座りして背もたれに両腕をかけている。 梓は手を屈伸させながら、どうやら拳法についての話しをしているようす。 「で、腕をこう」 いきなり慎二の顔めがけて正拳を繰り出す梓。あわてず騒がず掌で軽く受け止める 慎二。 「ちっちっち。もっと腕を捻るようにリストをきかせるんだ。こんな風にな」 ぐいっと腕を突き出す慎二。首を傾けてそれをかわす梓の髪が風圧でたなびく。 「でも、あたしは腕力ないからね。どっちかっつうと」 梓の右足が蹴り上げられる。慎二はそれをスウェイでかわすが、視線が下にいって いる。梓の短いスカートからのぞく白いショーツがまぶしい。 「こら。どこ見てんだよ」 「な、何も。見てねえよ」 首を横に振って否定する慎二。 「レースのフリルが可愛いだろ」 「そうだね」 「やっぱり見てるじゃないか」 誘導尋問に引っ掛かった慎二の頭を、鞄で叩きはじめる梓。 「ご、ごめんよお」 しばらくそんな調子が続いていたが、 「ふふふ」 「がはは」 突然高笑いする二人だった。 そんな二人を、拳法談義に加われない絵利香と相沢愛子やクラスメート達が眺めて いる。 「ところで、空手部に入ったスケ番の連中は、どうしてる?」 「一人抜け、二人抜けてな具合で、今はたった一人だけ残ってるよ」 「だろうなあ。汗水流してスポ根よりも、街中でカツアゲやってる方が性に合ってる 連中だからな」 「こうなるだろうとは思っていたけどね。残った一人が熱心に欠かさず稽古に出てる し、同じ一年生だから、それだけでも拾い物だよ」 「そうだな。女の子はおまえ一人だったからな。稽古相手ができてよかったじゃない か」 「まあね。ほんとに真面目でさあ、なんでスケ番グループに入ってるか不思議なくら い。家庭の事情があるらしいけど」 その時、勢いよく扉を開けて、血相変えて飛び込んできた女子生徒がいた。 「梓さん。大変です!」 「郁{かおる}さんじゃない。どうしたの?」 話題にでていた、たった一人残っているというスケ番空手部員だ。 「お竜さんが、黒姫会の連中に捕まって連れてかれたんです」 「黒姫会?」 「ああ、知ってるぜ。おまえんとこの青竜会と島争いをしているスケ番グループだ よ」 「その通りです」 「たぶんおまえがスケ番達を空手部にさそって稽古に励んでいる間に、やつらは勢力 を広げていたんだな。そこへお竜達が空手に飽きて舞い戻ったところを襲ったんだろ な」 「お竜さんは、身を呈してわたしを逃がしてくれたんです」 「それで、どこに連れていかれたの?」 「わからないんです。逃げるので精一杯で」 「やつらのたまり場なら、俺が知ってるぜ」 「ほんとうか?」 「ああ、案内してやるよ」 裏門近くの駐車場にやってくる三人。 「こんなところに連れてきて、一体なんなのよ」 「まあ、見てなって」 駐車場すみの茂みに入ったと思うと、自動二輪車を引き出してくる慎二。 「バイク?」 「どうだ、すごいだろ」 「どうだはいいが、どうやって乗るんだ?」 「後ろによいしょっと跨ればいいんだよ」 「それくらいは、わかるぞ。言いたいのは自動二輪車は二人までしか乗れないんだろ。 しかもヘルメットも余分にない」 「なあに身体の細い女の子二人なら余裕で乗れるし、パトカーの巡回ルートを熟知し ている友達がいてね、サツに合わずに目的地まで行けるよ」 「大丈夫かなあ……」 「おいおい。そんな悠長なこと言ってていいのか。手をこまねいていたら彼女どうな るかわからんぞ」 「わかった。ちゃんと運転しろよ」 疑心暗鬼ながらも自動二輪車に跨る梓。 「郁さんは後ろにね。こいつのすぐ後ろだと何されるかわからんからな」 「はい」 梓の後ろに、落ちないようにぴたりとくっつくように乗車する郁。 「おい。今なんと言った」 「いいから、早く出せ」 ぽかりと沢渡の頭を叩く梓。 「わかったよ。ヘルメットはおまえが被ってろ」 「いらないよ。自慢の髪に匂いがついちゃうじゃないか」 「そうか……じゃあ」 「あ、わたしもいいです」 「そっか、んじゃ。飛ばすぞ、しっかりつかまってろよ」
2017年11月16日 (木)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 II
第七章 不時遭遇会戦
II アレックスは、カラカス基地に旗艦部隊三百隻を残してロイド少佐に任せ、ゴード ンとカインズ配下の両部隊を引き連れて、キャブリック星雲へと訓練航海に向かった。 旗艦サラマンダー以下総勢四百隻のうちの半数が、カラカスにおいて搾取した艦船を 同盟仕様に改造したものであり、乗組員も不慣れな新人が多かった。 「ウィンザー中尉」 「はい」 「君が出航の指揮を取りたまえ」 というと立ち上がって、指揮官席を開けた。 「わたしが……ですか」 「そうだ。今回の訓練航海は君達参謀だけで練り上げた作戦で動く。私は傍観するだ けにしておくよ」 「わかりました」 代わって指揮官席に腰を降ろすパトリシア。 指揮パネルを操作して指令を下す。 「パトリシア・ウィンザー中尉である。これより訓練航海の指揮を取る。全艦、当初 作戦通りにキャブリック星雲にコース設定」 「キャブリック星雲にコース設定しました」 「よろしい。全艦微速前進」 「全艦、微速前進」 パトリシアの指令を、艦橋オペレーターが復唱しながら、全艦に伝えている。 そろそろと慎重に動きだす艦艇。 もちろん出発当初より、艦隊リモコンコードを使用しないのは無論のこと、自動操 舵装置も解除した手動操艦によって、運行されていた。 「全艦、微速前進で航行中。異常ありません」 部隊編成当時には接触事故が多発したものだが、操舵手・副操舵手が操艦にも慣れ ていくうちに、めっきり事故は減ってきていた。 「巡航速度へ移行します。速力三分の一」 「巡航速度。速力三分の一」 訓練航海なので、いっきに全速力を出すことはしない。操舵手や機関課の乗員に慣 れてもらうことが大事だからだ。 航海が順調に滑り出したのを確認して、アレックスは一時艦橋を離れることにした。 「スザンナ!」 「はい!」 「しばらくパトリシアのそばにいてやってくれないか。私はしばらく司令室にいる。 何かあったらすぐ連絡するように」 「わかりました」 と答えて、艦長席から副指揮官席に移動するスザンナ。 巡航時における艦隊運用の経験は、一年先輩のスザンナの方が豊富である。アレッ クスは、戦闘時や訓練以外では、スザンナに運航の指揮を執らせていた。 司令室。 キャブリック星雲の投影されたパネルスクリーンを凝視しながら、何事か思慮にふ けっているアレックス。 ノックの音がした。 「レイチェル・ウィングです」 「入りたまえ」 扉が開いてレイチェルが入ってくる。 「早速だが、報告してくれ」 「はい。やはり、敵の一個艦隊が隠密裏に動いているようです」 「行き先は?」 「不明です。時間が足りなくてまだ確認できていません。しかし、司令の推測通りに 行動している可能性はかなりの確率であると思います」 「そうか……ありがとう、助かったよ。敵艦隊の動静を逸早く察知するなんて、さす がレイチェルだな」 「いえ。どういたしまして」 「となると……」 「訓練は中止か延期なさってはいかがでしょうか?」 「そうもいくまい。カラカス基地の防衛という任務がある以上、逃げているわけには いかないのだ」 「でしょうねえ。となると、司令のお手並みを拝見できるわけですね」 「あのなあ、気楽に言うなよ」 といったまま、再びスクリーンのキャブリック星雲に視線を移すアレックス。 その時、 「司令! 前方にキャブリック星雲が見えてまいりました」 艦橋のスザンナから報告がなされた。 「わかった。今いく」
2017年11月15日 (水)
梓の非日常/第三章 戦い済んで日が暮れて
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(拾三)戦い済んで日が暮れて 参加者全員が競技を終えた。 「それでは一回戦の競技の結果を発表しますが、二回戦では一回戦の成績の男子上位 からと女子下位から順番に男女ペアを組んでいただきます」 電光掲示板に男女別順に成績が発表された。 「一位が沢渡か……信じられないなあ。最後の最後に油断したのかスプリット出して 227点。それ以外オープンフレームがないよ。ほとんどプロじゃんか。こんな奴と は勝てるわけないじゃないか」 「二回戦は、クロス成績順の男女ペアだから一応平等になると思うよ」 「男子一位、沢渡慎二君。ペアを組まれるのは女子十五位の真条寺梓さん」 「おまえが最下位とはなあ……58点か」 「ああ、波に乗るのが遅すぎた。もう少しコツが判るのが早ければ絵利香ちゃんに勝 てたのにな」 「男子二位の鶴田公平君と、女子十四位の篠崎絵利香さん」 「公平くん、上手なんですね」 「まあ、上達本読んだり、それなりに経験積んでるから。ほら幹事としてボーリング 大会開催したりするのに、ルールとか覚えたり素人さんにある程度教えたりしなきゃ ならないでしょう」 組み合わせ発表が終わり、第二回戦が開始された。 「二回戦ではペアの二人でワンゲームをチャレンジします。奇数フレームの一投目は 男子、二投目は女子に。偶数フレームでは反対に一投目を女子、二投目を男子に投げ ていただきます。もちろんストライクなら二投目はありません。それではみなさま仲 良く優勝目指して頑張ってください」 「ストライク!」 指を鳴らしてガッツポーズの梓。 「やったな。とりあえずダブルだ」 「へへん。もうすっかりコツ掴んだからな」 すっかり有頂天の梓。腕前の上達もさることながら、大衆遊戯というものをはじめ て経験して興奮しているせいもある。ゲームセンターはもちろんの事、映画館、劇場、 プールなど不特定多数の客が利用する場所には、出入禁止というお触れが出されてい たから。財閥令嬢の哀しき宿命というところ。 一方の絵利香・鶴田組は確実にスペアを取っていた。第二投を絵利香が投げる時は、 鶴田が確実にピンを取れるアドバイスをしていた。 「ボーリングでは高得点を出すには、ストライク取るのも肝心ですが、オープンフ レームを作らない事も大切なんですよ」 ストライクを決める慎二。 「これでターキーだな」 「あたし達の勝ちかな」 「いいや、第二・第五フレームでスプリットオープンがあるから得点は、絵利香ちゃ ん組みに負けているんだ」 「ええ? うそお、あたし達の方がストライクが多いよ」 「うーん。そこがボーリングの採点方法の不思議な所なんだ」 スコアに目を移す慎二。 「さて、みなさん第九フレームを終了した時点で、得点を確認してみましょう。第九 フレームでスペアの絵利香・鶴田組は、第八フレームの得点が180点。同じくター キー出した梓・沢渡組は、第十フレーム一投目でストライク出しても169点となっ ています。優勝の行方は、この両ペアに絞られたようです。第十フレームを全部スト ライクだしたとして絵利香・鶴田組が230点、梓・沢渡組が229点ということに なります」 「一点差か……まあ、いい勝負だよね」 一同が電光掲示板を眺めている。 「勝負は最終フレーム次第ですね。スペアとターキーの後のダブルスコアとなる第一 投目が重要です。ストライクを出せば断然有利になります」 一同が注目する中、梓がスタートラインに立った。 「梓さん、第一投目を投げました。ボールはレーンを転がってポケットまっしぐら。 おおっと! トップピンが残った! 残念です。これで絵利香組がスペアを取れば優 勝が決まります。気を取り直して第二投目。スペアです」 会場がどよめいている。 残念そうに梓がレーンから降りてくる。代わって絵利香がレーンに上がる。 「続いて絵利香さんが、第一投目に掛かります。投げました、ボールは……いけな い! 深い。割れたあ! 7と10番ピンのスプリット。プロでもこれは難しい。鶴 田君が話し掛けています。おそらく無理せずどちらかの一本を倒すように伝えている のだと思います。絵利香さん、第二投目に入ります。ボールは7番ピンを倒して、 ゲーム終了。得点は207点。これで梓さんがストライクを取れば208点で、逆転 優勝です」 スタートラインに立つ梓。 「おい、梓ちゃん。ストライクだぞ」 「まかせて頂戴」 ゆっくりと投球に入る梓。 「いっけえ!」 快音とともにピンが弾け飛ぶ。 「あちゃああ……」 顔を覆い残念がる梓。 「なんと! またしてもトップピンが残った。同点! 梓組も、207点でゲームを 終了しました」 VIPルーム。 ベッドに仰向けになり、両手を掲げるようにしてスコアを眺めている梓。 「最後の最後で波乱万丈ってところかな」 縁に腰掛けて同じようにスコアを眺めている絵利香。 「梓ちゃん。初めてにしてはすごいじゃない。運動神経抜群だから」 「絵利香ちゃんこそ。よくやったよ」 「コーチが良かったんだよね。で梓ちゃん、機嫌は直った?」 「そうだね。身体動かしたら、すっかり良くなったよ。うじうじしてたのが不思議な くらい」 スコアを放り出して、大の字になる梓。 「寝ようか!」 「うん。明日は、河原でバイキングだよ」 「そうだね」 枕もとのランプを消して眠りにつく二人。 第三章 了
2017年11月14日 (火)
銀河戦記/第七章 不時遭遇会戦 I
第七章 不時遭遇会戦
I ディープス・ロイド少佐と配下の二百隻の艦船を加えて、アレックスの独立遊撃艦 隊はさらに陣容を高めた。 アレックスは新生部隊の今後を検討するために、司令室において三名の少佐及び大 尉、そして各参謀らを交えて協議を計ることとした。 「カラカス基地という要衝を得たことで、当面の我々の課題はこれを死守することで ある……と、統帥本部の命令ではあるのだが……。そこで今後を鑑みて、我々が直面 する問題点と解決方法などについてみんなと協議したい。活発なる意見交換を期待す る」 と言い終えて席についた。 「正直なところ、当基地を守り抜くには艦数が極端に不足しているのは明白なる事実 でしょうね」 ゴードンが最初の口火を切った。 「不足なんて比ではありませんよ。たった七百隻でどうしろというのですか」 「レナード・エステル大尉の言うとおりです。守備にたかだか七百隻。軌道衛星砲を 有効に活用するためには、最低一個艦隊は必要です。敵迎撃ミサイルによる衛星砲の 破壊を守り、艦隊の接近を許さないためにも」 「衛星砲には攻撃力はあっても、防御力はないに等しいからな」 「衛星砲の攻撃力と守備艦隊の防衛力があってこそ、相乗効果をもたらして堅固な要 塞としての機能を果たすことができるのです」 カール・マルセド大尉の発言に頷く一同。 「レナードとカールの言い分はわかるが、ないものねだりしても詮無いこと。出来る 限りを尽くし、やるだけのことをやるだけじゃないのか」 「そうはいいますがね……」 「いっそのこと燃料採掘プラントを破壊して、軌道衛星砲を引き揚げてシャイニング 基地に戻るというのは?」 「それはいいかも知れない。元々我々は第十七艦隊に所属しているわけだし、シャイ ニング基地に軌道衛星砲を取り付ければ守備力は増強されます」 「それは無理だよ。軍部が許すはずがない。チャールズの野郎は、無茶苦茶な作戦指 令を与えて、我が部隊をあわよくば殲滅させようと考えているんだ。そんなことした ら敵前逃亡罪だぞ。奴に格好の題材を与えるだけじゃないか」 しばらく一同の会話に耳を傾けていたアレックスであったが、弱気な意見ばかりに たまりかねて、喝をいれるべく発言した。 「君達は戦う気があるのかね。聞いていれば先程から、艦の絶対数が足りないとか、 援軍を要請できないのかとか、弱気な発言ばかりじゃないか。もっと前向きな意見は でてこないのか」 「そうはいいましても……」 「それでは司令には、よい試案がおありなのですね」 「もちろんだ。私は、君達がまるで足りないと愚痴をこぼしているたった七百隻をも って、敵艦隊を撃滅する作戦を考えている。たとえそれが一個艦隊だろうが三個艦隊 だろうが、相手にとって不足はない作戦をね」 一同から感嘆の吐息が漏れた。 「司令の作戦を聞かせていただけませんか」 「話してもいい。だが、君達はそれでいいのかね。作戦会議と称してこれだけの人数 が集まりながら、最初から諦めてかかって何ら建設的な意見を述べないまま、結局司 令である私の作戦に従うだけとは、悲しいとは思わないか。それで作戦が実行され勝 利を得てもすべての戦果は私一人の功績になってもいいのだな。功績をあげ昇進した いという武人の心構えがまるでない。情けないことではあるが、私は君達の任を解き、 新たなる参謀を選ぶことにする。それでいいんだな」 「ま、待ってください」 「待ってどうする」 「もう一度、考えなおさせてください」 「いいだろう。だがな、今この瞬間にも敵艦隊がこの基地に押し寄せているかも知れ ないのだ。一秒の遅れが命取りになることを、君達は理解していないのか。基地を防 衛するということは、基地周辺に待機して迎え撃つことばかり考えているようだが、 何も敵が接近するまで待っている必要はないではないか。極論をいえば、こちらから 出向いていって敵艦隊が要塞を出撃するその瞬間を叩く、発進口に向けてミサイルを ぶち込むということも、作戦の一つと考えられないか。誰しもが不可能だと考えられ る作戦を可能にする手段を講じられないか、尋常ならざる作戦でもどこかに突破口は あるものだ。先程私は敵艦隊を撃滅する作戦を考えていると言ったが、そのためには 第一に、敵艦隊がいつ・どこから・どれくらいの兵力で出撃してくるか、という情報 の収集。第二に、進撃ルートの割り出しと攻略ポイントの策定。第三として、最終防 衛ラインの設置。そして、すべてを看破された場合のための、カラカス基地からの安 全なる撤退マニュアルが必要だ。これらの何一つ欠けても作戦は成り立たない」 いっきにまくしたてるように論じていたアレックスだが、一息つくように声の調子 を落としながら話しを続けた。 「私の考えを理解できない者或は賛同できない者は、直ちにこの場を退出したまえ。 そうしたからといって誰も非難はできないはずだ。そもそも我々に課せられている任 務自体、常識を逸脱しているくらいだからな。五分待とう、その間に結論を出し給え。 退出するもしないも、君達の自由だ」 そういって、アレックスは立ち上がり窓際に歩み寄った。 一分立ち、二分立ち、そして五分が過ぎ去った。 誰も動かなかった。 ゆっくりと振り向き、再び席に戻るアレックス。 「どうやら私の考えを理解してくれたようだな。さて……カラカス基地の防衛にかか る作戦は、ひとまず宿題としておこう。まずはその前にやらねばならない、キャブリ ック星雲での戦闘訓練のことを先に片付けよう」 一同を見回しながら言葉を続けるアレックス。 「ともかく新しく配属されてきた隊員達の訓練が必要となるだろう。特に搾取した敵 艦船に搭乗する隊員はなおさらだ。ということで……訓練航海のことは私は口を出さ ないでおこうと思う。作戦立案からすべて、君達にまかせることにする。作戦が決ま ったら一応報告したまえ。それではこれで私は失礼する」 というと、参謀達を残して会議室を退室してしまった。
2017年11月13日 (月)
梓の非日常/第三章 ボーリング大会
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(拾二)ボーリング大会 自由時間を過ごしているそれぞれの部屋の電話が鳴り、送受器を取る生徒達。 センター内を散策している生徒達へ、館内放送が連絡事項を流している。 「川越市からお見えの城東初雁高校のお客様がたにお知らせいたします。只今よりイ ベントを開催いたしますので、どなたさまも至急当保養センター内ボーリング場に、 お集まりくださいませ。繰り返しお伝えいたします……」 わいわいがやがやとボーリング場に集まってきた生徒達。 「イベントって、一体何があるのかな?」 「まあ、ボーリングには関係あるだろね」 「ねえ、鶴田君は知ってるの?」 「いや。俺は、何も知らない」 「なんか俺達だけしか、客がいないじゃないか」 「どうやらフロア全体貸し切りみたいだな」 フロア内にあつらえた壇上に昇っていく従業員がいる。 「城東初雁高校のみなさま、全員お揃いでしょうか。まわりを見渡していらっしゃら ない方がおりましたらおっしゃってください」 あたりを見回す生徒達。梓がいて絵利香、慎二もいる。 「三十一名。全員揃ってます」 「はい、結構です。私は、司会進行を務めます、沢田というものです。みなさま、よ ろしくお願い致します」 ぱちぱちぱちと拍手が湧き起こる。 「まずはじめに当センター副支配人の神岡がご挨拶いたします」 代わって壇上にあがる副支配人。 「みなさま、副支配人の神岡幸子でございます。当保養センターのご利用誠にありが とうございます。さて、今宵は当センターのオーナー様のご厚意により、このボーリ ング場ワンフロアを貸し切りに致しまして、ゲームをして楽しんでいただきます」 「オーナーのご厚意ですって」 「オーナーに、誰か会った人いる?」 鶴田が梓の方をじっと見つめている。 「賞品も参加者全員に行き渡るよう、多数ご用意させていただきました。それでは心 ゆくまでお楽しみくださいませ」 深々と頭を下げてから、壇上を降りる副支配人。 再び壇上に上がっていく司会者。 「それでは一回戦をはじめますが、出席番号で男子の一番と、女子の一番で組み合っ てください」 偶然かな、梓と鶴田、絵利香と慎二という組み合わせだった。 ストライクを連続して決めていく慎二。 一方の梓は、 「ありゃあ! またガーターだ」 見事なまでにガーターを連発、スコアにはオープンフレームが並んでいた。 「おまえ、ボーリングやったことないのか?」 慎二が梓のスコアを覗きながら尋ねた。 「ないよ。人の大勢集まる大衆娯楽遊戯はやらせてもらえなかったんだ。警備上の問 題があるとかでね」 「絵利香さんもですか?」 「いいえ。わたしは、わりと自由だったから、二回ほど経験があるわ。腕前は、梓ち ゃんと変わらないけど」 絵利香組のスコアも梓と大差なくオープンフレームの連続だった。 「お二人とも、ただ闇雲に投げてもピンには当たりませんよ。ストライクというか、 より沢山ピンを倒すには、コツがあるんですよ」 「コツ?」 「1番ピンと2番ピンの間。ポケットというのですが、そこを狙うんです」 「ポケットね」 「そこへ入るようなコース取りを考えつつ、助走で十分な加速をボールに与えるんで す。そして指を抜くタイミングが大切です、そしてインパクト」 鶴田が、紙に図を描きながら、二人に親切丁寧に教えている。 「ほう……ボーリングも奥が深いな」 鶴田のコーチを受けた二人は見違えるように上手になった。 「やったあ! ストライク」 と飛び上がって喜び、思わず鶴田の頬に感謝のキスをする梓だった。 「おおおお!」 ハプニングともいうべき梓の行為に感嘆の声を上げる生徒達。 慎二が唖然とした表情で立ちすくしている。 「誤解しないでね、公平くん。梓ちゃんは、アメリカ人としてごく普通に感謝の気持 ちを現しただけだから」 「ああ、はい。わかってますよ」 梓や絵利香がアメリカ的な生活環境に慣れ親しんでいるのは良く知っていた。クラ スメート全員を「公平」「慎二」などとファーストネームで呼び慣わしているのも、 欧米人ならごく普通のことである。 「しかし、梓さん、飲み込みが早いですね」 「運動神経が抜群だから。コツさえ掴めばこんなものでしょう」
2017年11月12日 (日)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 XI
第六章 カラカス基地攻略戦
XI 準旗艦ウィンディーネに戻るゴードン。 副指揮官のレナードが挨拶する。 「お帰りなさいませ。オニール少佐殿」 すでにゴードンの昇進は知らされていたので、新しい階級で呼びかわしていた。 「どうだい、シルフィーネを追い出された気分は?」 レナードは大尉に昇進したものの、実質的な指揮統制の経験がほとんどなかった。 準旗艦シルフィーネにいても、上からの指令をそのまま伝達するだけでしかなかった からだ。上官であるアレックスの昇進にともなって自動的に大尉までになったばかり なのだ。ゴードンの下で指揮統制の研修中である。 「からかわないでくださいよ。ところでそちらの女性は?」 「ああ、彼女は……」 「シェリー・バウマン少尉です。オニール少佐の副官を仰せ付けられました」 自ら自己紹介をするシェリー。 「こちらこそ、レナード・エステル大尉です」 ガデラ・カインズが準旗艦ドリアードに戻ると、第二分隊副指揮官のカール・マル セド大尉からの報告を受けた。 「第二分隊の編成艦数二百隻。乗員の配備及び弾薬以下食料・燃料等の積み込を完了 し、いつでも出航可能です」 「ご苦労だった」 「あ、とそれから……」 「ん? 「佐官に昇進、改めておめでとうございます」 「あ、ああ。ありがとう。君も大尉だったな」 「はい。本来なら後四・五年はかかるはずでした。それもこれもランドール中佐のお かげといえるでしょう。ランドール司令が着任してきた当初は、カインズ大尉を差し 置いてと憤慨もしましたが、今では正直に感謝したいと思います」 「そうだな……」 確かにカールの言うとおりである。ランドールの奇抜な作戦と決断力が、大勝利を もたらして、結果的に昇進を早めたのは間違いない。 特にクラスの変わる大尉から少佐への昇進には、監査委員会が実施する昇進試験 (実戦を含む)や面接が行われ、司令官としての作戦能力や適正が調査されたのちに、 承認されてはじめて官位が与えられることになっている。 しかし、ランドールがそうであったように、名誉十字勲章が授与されるような素晴 らしい戦功を挙げた場合などは、特例として無監査で官位が与えられる。 カラカス基地の奪取という功績により、ゴードン及びカインズ両名は、無監査によ る昇進を認められたのである。 「おっと、そうだ。紹介しておこう。今度、俺の副官として着任することになった。 パティー・クレイダー少尉だ」 「パティー・クレイダーです。よろしく、お願いします」 「こちらこそ。副指揮官のカール・マルセド大尉です」 「マルセド大尉は、準旗艦ノームにいたのだが、エステル大尉と同様に、佐官昇進の 準備のため、私のドリアードに第二分隊副指揮官として来ることになったのだ」 そしてディープス・ロイドが、準旗艦シルフィーネの艦橋に現れた時、艦長以下の 艦橋勤務要員から熱烈歓迎を受けたのであった。 「少佐殿。よくおいでくださいました。我々一同、ご命令とあれば即座に最善をもっ てお仕えいたします」 シルフィーネの乗員達は、自分達が敬愛する司令官がディープス・ロイドを指揮官 として自艦に乗り込ませたことで、彼が信用に足りる人物であることを悟ったのであっ た。 サラマンダー以下のハイドライド型高速戦艦改造II式には、アレックスが少尉時代 に指揮していた艦長以下の乗員達が乗り込んでいる。つまりはアレックスと共に生死 を分かちあってきた懐刀といえる存在なのである。その大切な艦を任せるということ は取りも直さず、ゴードンやカインズそしてジェシカに並ぶ者として、作戦部隊の要 として位置付けているということであった。 「それでは艦内をご案内いたします」 バネッサはロイドを連れて、艦内の重要施設を案内して回った。 「ここが、少佐殿のお部屋になります」 施設を一通り説明して、最後に居住ブロックの私室に案内した。 「一つ確認したいが……ここの艦橋要員は、女性士官ばかりなのか?」 「はい。交代要員も含めて全員女性です。もちろん旗艦サラマンダーを含めて準旗艦 すべてが指揮官を除いてそうなっています」 「そうか……」 「指揮官殿は、女性に偏見を?」 「いや。そんなことはない。がしかし、男が俺だけという境遇に慣れるのが大変だな と思ってね。お手柔らかにたのむ」 「はい。でも、旗艦サラマンダーに比べれば、男女比はまだそれほどでもありません よ」 「まあ、旗艦となれば、戦闘そのものよりも、作戦・通信・管制が重要な役割を背負 っているから、自然女性オペレーター士官も多くなるだろうな」 「少佐に関わる施設などの案内は以上です。艦橋に戻りましょう」 「そうだな」 バネッサに従い艦橋へと戻るロイド。 「アレックス・ランドールか……ついていく価値のある人間であることは確かなよう だ」 第六章 了
2017年11月11日 (土)
梓の非日常/第三章 ビンゴ大会
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(拾一)ビンゴ大会 3401号室と書かれたドア。 荷物を降ろしながら慎二が確認する。 「なあ、何で俺が先生と鶴田と一緒の部屋なんだ?」 「しようがないだろ。おまえは嫌われているからな。俺と、委員長が貧乏くじを引か されているのさ。まあ、バスでは真条寺君と一緒だったが、さすがに寝るところは同 室にはできん」 その時、ドアがノックされる。 「どうぞ」 ドアが開いてスーツ姿の紳士が立っていた。 「幹事さまのお部屋はこちらでよろしいですか?」 「はい。そうです」 「私は、支配人の遠山です」 「ああ、良かった。丁度打ち合わせがしたかったんだ」 鶴田が打ち合わせしたかったのは、食後に続くレクレーション関係のことである。 レクレーション会場に集合する生徒達。食事を終えてから、鶴田に指示されてこの 会場へ移動してきたのである。会場の隅には、折り畳み式の移動卓球台やら、通信カ ラオケマシン、大型のプラズマディスプレイなどが置いてある。 「やっぱりホテルの料理の方がうまいな。フランス料理のフルコース」 「相変わらずがっついてたくせに」 「しかし、何やるのかな。鶴田のやつ」 鶴田は大型プラズマディスプレイを引っ張りだして、パソコンの出力端子を接続し ている。 「よし接続完了。テストプレイ!」 というと、プラズマディスプレイに大きな数字が表示される。 「ルーレット、スタート!」 ピピピという電子音とともに、数字がくるくると高速で変わっていくが、やがて変 化速度が落ちてきて一つの数字を表示して止まる。 「うん、いいみたいだね」 「おい、委員長。全員揃ったぞ」 「あ、はいはい。今、はじめますよ」 と答えると壇上に上がる鶴田。 「それでは、みんないいかな。さっそくビンゴゲームをはじめるよ。沢渡君、カード を配っていただけますか」 慎二が、何で俺が下働きせにゃならんのか、といった表情でカードを配っていく。 鶴田と同室になったのが運のつき。梓の視線があるので仕方が無い。 「公平くん、慎二くんのことお願いね。みんなのお手伝いができるように、うまく リードしてあげてね。こんなことお願い出来るの公平くんしかいないし、あなたなら できると思うから」 梓に頭を下げられては断りきれない鶴田だった。 どんな相手に対してもやさしくできる、素晴らしい女性だ。 親睦旅行の意義を理解し、一人でも仲間はずれにならないように心掛けている梓に、 感心する鶴田だった。 「みんな、カードは行き渡ったかな。まだ貰ってない人はいないかな」 「いません!」 「それじゃあ、始めるよ。男女別々にやるからね。まずは女子からだ。男子はちょい と待っててくれるかな」 「なんで別々にやるの?」 「それは見てのお楽しみだよん」 ビンゴ大会がはじまった。 鶴田が操作するパソコンに繋がれたプラズマディスプレイに次々と表示される数字 に合わせて、カードに穴を開け一喜一憂する女子生徒達。 何巡目だろうか。梓の持つカードの穴が一列に並んだ。 ……あ、ビンゴ。でも、いやな予感がするから…… 梓は黙っていることにした。だが、梓のカードを覗きこんだ慎二に気づかれてしま う。 「はい! 梓ちゃん、ビンゴですう」 「え? あ、こら」 カードを取られ高々とさし上げられる。 「はい。梓さんが最初にビンゴとなりました。だらだらと二位三位を決めてもつまら ないので、以上で女子は終了させていただきます。各自カードをしまってください」 「よかったね」 「よけいなことしやがって」 ふんと息を荒げる梓。 「さあ、女子のビンゴ者が出たよ。続いて男子、といいたいところだが、その前に」 鶴田がパソコンを操作すると、ディスプレイに大きな回転板と下の方に弓のような 画像が映しだされた。よく宝くじの抽選などで使われる投的の映像だ。そこには放射 状のマスの中に次のようなことが書かれている。 男子の頬にキス、デュエットする、二人でダンス、女子のハリセンチョップ、スカ。 「ちょっと、なによこれ。まさか」 「そのまさかだよ、梓さん。はい、矢が出るボタンだよ。画面に矢が投的されて円盤 に刺さるようになっているんだ」 パソコンに繋がっているボタンスイッチを手渡す鶴田。ルーレットのスタートボタ ンを兼用しているそれを渡される梓だが、未だに納得できないでいる。 しかし梓の意志とは無関係に、事は進められ回転板が回される。 ……用は、スカを当てればいいのね…… 梓がボタンを押すと、画面下の弓から矢が飛び出してきて放物線を描きながら、円 盤に向かっていく。 そして命中! 「おおっと、男子の頬にキス、とでました」 「ちょっと待ってよ」 「というわけで、男子生徒諸君! 美女の口づけ争奪バトルビンゴ開始だあ!」 「おおおお!」 歓喜の声を上げる男子生徒達。 「だからあ……」 梓の意見を聞く耳持たないといった調子で鶴田委員長は続ける。 「さあ。運命の女神は誰の手に転がるか、一巡目行くよ」 ピピピピピとディスプレイに表示されたルーレットが回る。 「出ました! 32です。男子のみなさん、お手元のカードの32に穴を開けてくだ さい」 「おおう!」 男子達は完全に出き上がっていて、梓の意見など聞くものはいなかった。女子達も すでに生け贄が梓と決まっているので、安心して成り行きを見守るつもりらしい。 正確にいえば、セクシャルハラスメントなのであろうが、宴会にはイベントは不可 欠であり、誰かが犠牲になることも多少は許されるのが、常々のことであったからで ある。 「やっぱり、こうなると思ってたんだ……」 「ついてないわね」 絵利香だけが梓を慰めていた。 鶴田が金きり声を上げている。 「十二巡目だよ。誰か、リーチはいないか、リーチだよ」 慎二が、黙ってゆっくりと手を挙げた。 「おおっと、沢渡君、リーチ宣言だ」 「げげっ! よりにもよって慎二とは」 周りの者が慎二のカードを覗いて確認している。 どうやら確かにリーチのようだ。 「さあ、運命の女神はこのまま沢渡君を祝福するのか。いいや、諸君! そんなこと を許していいのか?」 「よくない!」 「そうだ、そうだ」 「ようし、みんなその調子だ! 次ぎ十三巡目いってみよう!」 「おう!」 宴会は最高潮に盛り上がっていた。 梓の口付けを掛けて、男子全員が乗りまくっている。 「さすが鶴田委員長ね。みんなを扇動して場を盛り上げるの、巧いんだから」 「うん。中学時代は、一年の後期から卒業するまで、連続五期も生徒会長やってたも ん。文化祭やら体育際、そして修学旅行みんな一人で仕切って大好評だったよ」 「まあ、そういうことに情熱を捧げているぶん、成績はぱっとしないけどね」 納得という表情で、男子達の舞い上がりを傍観する女子生徒達。 その中にあって、ただ一人冷めているのが梓一人。
2017年11月10日 (金)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 X
第六章 カラカス基地攻略戦
X ともかくも、連邦軍前線補給基地奪取作戦は被害を最小限に食い止めて、無事に成 功して終了した。 その功績を認められてアレックスは中佐に昇進し、ゴードン、カインズは少佐に、 また多くの士官達もそれぞれ昇進を認められた。一年経てば自動的に昇進の権利を有 していたが、それが三ヶ月に短縮したのだ。 またカラカス防衛の重要さが指摘されて、第十七艦隊から増援としてディープス・ ロイド少佐率いる部隊が合流してアレックスの配下に収まった。 アレックス率いる独立遊撃部隊は、搾取した改造艦艇三百隻とロイド少佐の二百隻 の艦艇を合わせて七百隻からなる部隊となり、軌道ビーム砲に守られた惑星カラカス という前線補給基地を得たのである。 もちろん報道部がそのニュースを逃すはずがなかった。 早速報道特別番組が組まれて作戦の詳細を事細やかに伝えたのである。 「またもやランドール、電撃作戦によって大勝利をもたらす」 「僅か二百隻で、敵一個艦隊を翻弄してこれを敗走させ、敵基地の奪取に成功する」 「三ヶ月で昇進、たった一度の戦闘で中佐となる」 といった見出しが報道各誌やTVを賑わしていた。 それによってアレックスの率いる部隊への転属・配属希望が殺到した。それによっ て搾取した艦艇の必要乗員はすぐに埋まることとなった。 ゴードンとカインズがアレックスに呼ばれて司令官室に入ると、前面の司令官席に 座るアレックスと側に立つパトリシア、そして見知らぬ女性士官三名が待機していた。 アレックスの前に並んで立つゴードンとカインズ。 目の前の机の上には少佐の任官状と階級章が並べられていた。 「今回の作戦において、カラカス基地の奪取と敵艦船の捕獲に成功したのは、君達を はじめ配下の将兵達の功労であることは言うまでもない。その功績によって、多くの 将兵が昇進を認められることとなった。ゴードン・オニール並びにガデラ・カインズ。 両名は少佐に昇進、それぞれ二百隻を率いる部隊司令官に任命する」 「はっ! ありがとうございます」 ほとんど同時に最敬礼をほどこす二人。 「それからと……」 と女性士官の方に目を移しながら言葉を繋ぐアレックス。 「こちらにいるのは、シェリー・バウマン少尉とパティー・クレイダー少尉だ。君達 の副官として着任することになった」 「副官ですか?」 「シェリー・バウマン少尉」 「はい」 先に名前を呼ばれて一歩前に進み出て起立姿勢をとる女性士官。 「高等士官学校パテントン校舎卒業。旗艦リュンクスに配属、特務科情報処理担当。 ゴードン・オニール少佐の副官として着任する」 「シェリー・バウマンです。よろしくお願いします」 「しかし、自分にはウィンザー中尉という副官がいますが」 「うーん。ウィンザー中尉は情報参謀として、やはり私のそばにいたほうが良いと判 断した。済まないが納得してくれ」 「わかりました。納得はしたくありませんが……命令ですから」 ゴードンとて、アレックスの判断は十分に理解できた。情報参謀が別の艦艇にいた ら、重要な情報の伝達に支障が生じることは判りきっている。通信は傍受される危険 があるし、いちいち艦と艦を行き来するわけにもいかない。 「パティー・クレイダー少尉」 「はい」 続いて、一歩進んでシェリーの横に並ぶ女性士官。 「高等士官学校ジャストール校舎卒業。旗艦リュンクスに配属、飛行科航空作戦担当。 ガデラ・カインズ少佐の副官として着任する」 「パティー・クレイダーです。よろしくお願いします」 「両名とも旗艦リュンクス勤務からこの独立遊撃部隊への転属申請が受理されてここ に来た。最前線に志願するくらいだから、やる気は十分、副官として才能を発揮して くれるだろう。ま、よろしくやってくれ」 「わかりました」 だが女性士官はもう一人残っている。 インターフォンが鳴った。 「中佐殿。ディープス・ロイド少佐がお見えです」 「通してくれ」 ドアが開いて、統帥本部からの転属命令によってアレックスの配下となったディー プス・ロイド少佐が入室してきた。 「ディープス・ロイド少佐。本日付けをもって、アレックス・ランドール中佐の部隊 に配属を命じられました」 踵を合わせて敬礼して申告する少佐。 「よく、いらしてくださいました。歓迎します」 「はい」 「バネッサ・コールドマン少尉」 「はい」 一歩進んで直立するバネッサ。 「高等士官学校スベリニアン校舎卒業。独立遊撃部隊準旗艦シルフィーネ配属、戦術 科戦術作戦担当。ディープス・ロイド少佐の副官として着任する」 「バネッサ・コールドマンです。よろしくお願いします」 「彼女は、私の後輩で卒業と同時に我が部隊に配属されている」 バネッサは、士官学校入学当初からアレックスに目を掛けられ戦術理論を直接叩き こまれた唯一の人物である。アレックス流の戦術をもっとも熟知しているので、転属 してきたばかりのロイド少佐に進言できる的確な人選といえた。 「ロイド少佐には、旗艦部隊三百隻を統率していただきます。高速戦艦シルフィーネ を準旗艦として坐乗してください」 「シルフィーネですか、あのハイドライド型高速戦艦改造II式の」 「そうです。たった五隻しかないタイプだから、旗艦が一目で判って便利ですから ね」 「しかし確かシルフィーネには、レナード・エステル大尉が搭乗していたのではない ですか」 「レナードには、副指揮官として、ゴードン少佐の下に置くことにしました。彼は、 首席主任大尉ということで、少佐への昇進に係る査問委員会による監査と試験を控え ている身です。ゴードンには教育官として指揮統制のありかたを教育してもらってい ます。ですから、遠慮することは何もありません。十二分に采配をふるってくださ い」 「わかりました」 「シルフィーネのことは、このバネッサが良く知っています。判らないことがあれば 何でも遠慮なく聞いてください」
2017年11月 9日 (木)
梓の非日常/第三章 御先祖様について
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(十)御先祖様について それからご存じなさそうなのでお教えいたしますが、この施設は篠崎グループ各社 の従業員とそのご家族も利用が可能なんですよ」 「え、そうなの? ちっとも知りませんでした」 驚いた表情の絵利香。 「ははん。バスの運転手が、施設の事よく知ってたのは、そのせいだったのね」 「お父さんたら、何も話してくれなかったわ」 「おじさまは、仕事が忙しすぎて、絵利香ちゃんと一緒に旅行とか行く暇なんかない よ。日曜日だって働いているんだから。なにせ篠崎重工のライバルは、重工業部門で 覇権争いをしている神条寺財閥企業グループだからね。油断してると契約みんな持っ てかれちゃうよ」 「神条寺財閥か……梓ちゃんとこの真条寺財閥の本家にあたるのよね。元々は同じ家 系なのに、本家と分家が仲違いしてるなんて」 それに梓が答える。 「今から約百年くらい前の話しかな。時は明治維新後の殖産興業政策真っ盛りのある 日、神条寺家の後継者として、一卵性双生児が生まれたのが発端ね。どちらが後継者 として選ばれるかで、家督相続争いが起きたの。そして当の二人は双生児なのに非常 に仲が悪くて、結局片方が資産の約半分を持って、新天地アメリカに移住しちゃった というわけよね。資産分与に関しては、大番頭的存在だった竜崎家と深川家が一致団 結したから実現したらしい。このまま醜い争いを続けていては共倒れ、第三者に漁夫 の利を与える事になるってね。ああ、そうそう。その時に暗躍していた一派が、篠崎 海運というのも面白いな。仲違いしている間隙をついて、海運業を一手に引き受けて 急成長し、重工業部門を設立して大きく躍進したという。絵利香ちゃんのご先祖だ よ」 「それはわたしも聞いてるわ。神条寺家とは相変わらずの犬猿関係だけど、梓ちゃん とこの真条寺家とは、その後親睦・協力関係を築いたんだね。あ、そうそう、前から 聞きたかったんだ。本家と分家の名前の綴りが違うのはどうして?」 「ああ、それはね。うちのおばあちゃんが日本に留学する際に、外人登録で日本名を 記入する時に字を間違えたんだ。神条寺と書くべきところを真条寺と書いちゃったん だ。以来そのまま慣用的に使用してる。アメリカ国籍のあたし達にはどうでも構わな いことだし、両家を区別するにも都合がいいしね。あたし達は、神条寺を{かみじょ うじ}と言い分けしてる」 研修保養センターの全貌が一望の下に見渡せる屋上庭園に、場所を移動する梓と絵 利香。 その間にも荷物を置いた後、メイド達は麗香の指示の元、空気取入孔を開けて新鮮 な空気を取り入れたり、ベッドメイクなどに余念がない。 「しかし素晴らしい眺めだね」 「うん。空気が澄んでいて山の稜線がくっきり見える。都会では味わえない景色だ わ」 「高層建築で窓が開けられないのが残念」 屋上庭園から部屋に戻りながら、梓が質問した。 「ところで夕食は何時からかしら?」 「35階の展望レストランにて七時からです」 「あたし達分の食事はみんなと一緒にお願いね。特別扱いはしないで」 「はい。かしこまりました」 「ともかくシャワー浴びたいわね。どこかしら」 「あ、わたしも」 「はい。こちらでございます」 二人をバスルームに案内する副支配人。 替えの衣類を鞄から取り出してから、その後に続く二人。 「ああ、脱いだ服。クリーニングに出しといてね」 「かしこまりました」 指示された通りに、脱いだ服を取りまとめクリーニングルームへと運ぶメイド。 バスルーム脇で、バスタオルを抱えて待機するメイド。
2017年11月 8日 (水)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 IX
第六章 カラカス基地攻略戦
IX ともかくも、連邦軍前線補給基地奪取作戦は被害を最小限に食い止めて、無事に成 功して終了した。 その功績を認められてアレックスは中佐に昇進し、ゴードン、カインズは少佐に、 また多くの士官達もそれぞれ昇進を認められた。一年経てば自動的に昇進の権利を有 していたが、それが三ヶ月に短縮したのだ。 またカラカス防衛の重要さが指摘されて、第十七艦隊から増援としてディープス・ ロイド少佐率いる部隊が合流してアレックスの配下に収まった。 アレックス率いる独立遊撃部隊は、搾取した改造艦艇三百隻とロイド少佐の二百隻 の艦艇を合わせて七百隻からなる部隊となり、軌道ビーム砲に守られた惑星カラカス という前線補給基地を得たのである。 もちろん報道部がそのニュースを逃すはずがなかった。 早速報道特別番組が組まれて作戦の詳細を事細やかに伝えたのである。 「またもやランドール、電撃作戦によって大勝利をもたらす」 「僅か二百隻で、敵一個艦隊を翻弄してこれを敗走させ、敵基地の奪取に成功する」 「三ヶ月で昇進、たった一度の戦闘で中佐となる」 といった見出しが報道各誌やTVを賑わしていた。 それによってアレックスの率いる部隊への転属・配属希望が殺到した。それによっ て搾取した艦艇の必要乗員はすぐに埋まることとなった。 ゴードンとカインズがアレックスに呼ばれて司令官室に入ると、前面の司令官席に 座るアレックスと側に立つパトリシア、そして見知らぬ女性士官三名が待機していた。 アレックスの前に並んで立つゴードンとカインズ。 目の前の机の上には少佐の任官状と階級章が並べられていた。 「今回の作戦において、カラカス基地の奪取と敵艦船の捕獲に成功したのは、君達を はじめ配下の将兵達の功労であることは言うまでもない。その功績によって、多くの 将兵が昇進を認められることとなった。ゴードン・オニール並びにガデラ・カインズ。 両名は少佐に昇進、それぞれ二百隻を率いる部隊司令官に任命する」 「はっ! ありがとうございます」 ほとんど同時に最敬礼をほどこす二人。 「それからと……」 と女性士官の方に目を移しながら言葉を繋ぐアレックス。 「こちらにいるのは、シェリー・バウマン少尉とパティー・クレイダー少尉だ。君達 の副官として着任することになった」 「副官ですか?」 「シェリー・バウマン少尉」 「はい」 先に名前を呼ばれて一歩前に進み出て起立姿勢をとる女性士官。 「高等士官学校パテントン校舎卒業。旗艦リュンクスに配属、特務科情報処理担当。 ゴードン・オニール少佐の副官として着任する」 「シェリー・バウマンです。よろしくお願いします」 「しかし、自分にはウィンザー中尉という副官がいますが」 「うーん。ウィンザー中尉は情報参謀として、やはり私のそばにいたほうが良いと判 断した。済まないが納得してくれ」 「わかりました。納得はしたくありませんが……命令ですから」 ゴードンとて、アレックスの判断は十分に理解できた。情報参謀が別の艦艇にいた ら、重要な情報の伝達に支障が生じることは判りきっている。通信は傍受される危険 があるし、いちいち艦と艦を行き来するわけにもいかない。 「パティー・クレイダー少尉」 「はい」 続いて、一歩進んでシェリーの横に並ぶ女性士官。 「高等士官学校ジャストール校舎卒業。旗艦リュンクスに配属、飛行科航空作戦担当。 ガデラ・カインズ少佐の副官として着任する」 「パティー・クレイダーです。よろしくお願いします」 「両名とも旗艦リュンクス勤務からこの独立遊撃部隊への転属申請が受理されてここ に来た。最前線に志願するくらいだから、やる気は十分、副官として才能を発揮して くれるだろう。ま、よろしくやってくれ」 「わかりました」 だが女性士官はもう一人残っている。 インターフォンが鳴った。 「中佐殿。ディープス・ロイド少佐がお見えです」 「通してくれ」 ドアが開いて、統帥本部からの転属命令によってアレックスの配下となったディー プス・ロイド少佐が入室してきた。 「ディープス・ロイド少佐。本日付けをもって、アレックス・ランドール中佐の部隊 に配属を命じられました」 踵を合わせて敬礼して申告する少佐。 「よく、いらしてくださいました。歓迎します」 「はい」 「バネッサ・コールドマン少尉」 「はい」 一歩進んで直立するバネッサ。 「高等士官学校スベリニアン校舎卒業。独立遊撃部隊準旗艦シルフィーネ配属、戦術 科戦術作戦担当。ディープス・ロイド少佐の副官として着任する」 「バネッサ・コールドマンです。よろしくお願いします」 「彼女は、私の後輩で卒業と同時に我が部隊に配属されている」 バネッサは、士官学校入学当初からアレックスに目を掛けられ戦術理論を直接叩き こまれた唯一の人物である。アレックス流の戦術をもっとも熟知しているので、転属 してきたばかりのロイド少佐に進言できる的確な人選といえた。 「ロイド少佐には、旗艦部隊三百隻を統率していただきます。高速戦艦シルフィーネ を準旗艦として坐乗してください」 「シルフィーネですか、あのハイドライド型高速戦艦改造II式の」 「そうです。たった五隻しかないタイプだから、旗艦が一目で判って便利ですから ね」 「しかし確かシルフィーネには、レナード・エステル大尉が搭乗していたのではない ですか」 「レナードには、副指揮官として、ゴードン少佐の下に置くことにしました。彼は、 首席主任大尉ということで、少佐への昇進に係る査問委員会による監査と試験を控え ている身です。ゴードンには教育官として指揮統制のありかたを教育してもらってい ます。ですから、遠慮することは何もありません。十二分に采配をふるってくださ い」 「わかりました」 「シルフィーネのことは、このバネッサが良く知っています。判らないことがあれば 何でも遠慮なく聞いてください」
2017年11月 7日 (火)
梓の非日常/第三章 VIPルーム
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(九)VIPルーム 最上階で降りると、そこは豪華な絨毯が敷き詰められたフロアであった。 「ようこそ、お嬢さま。お持ちもうしておりました」 ぴったりとしたスーツに身を固め、姿勢を正した女性が立っていた。 「副支配人の神岡幸子と申します。お見知りおきを」 「支配人じゃないのですか」 「支配人は他のお客様の相手をされています。お嬢さまには、男性の支配人がお相手 するわけにはまいりませんので、代わりに私がご用を承ります」 「ちょと聞いていいですか?」 絵利香が尋ねた。 「どうぞ」 「このセンターが日本にあるという立地条件です。日本は世界地図でみてもわかる通 りに、世界の端に位置しています。利便性からいえば、アメリカ本土か欧州のいずこ かに建設した方がよかったのではないでしょうか? 国際企業従業員三百二十万人が 利用するにはやっぱり不便と思いますけど」 もちろんニューヨーク育ちの梓や絵利香が思い浮かべる世界地図といえば、ニュー ヨーク経度を中心に描かれた地図に他ならない、言う通りに日本は世界の端に位置し ている。世界地図は発行される各国を中心に描かれるのが普通だ。日本人が思い浮か べる世界地図は、日本を中心として右半分に太平洋とその端にアメリカ大陸、左半分 に中国大陸から続く欧州大陸という図式になっている。梓達欧州人と日本人では、地 図に見る世界観はまるで違うのだ。 「確かにその通りなのですが、このセンターは日本はもちろんのこと、真条寺企業グ ループの進出著しい中国や東アジアで働く人々を対象にしようと考えられました。何 せ中国とインドだけで世界人口の三分の一になりますから」 「中国は共産党独裁で、こういう施設の建設許可がおりませんし、アジア各国は政情 不安定ですからね。日本が最適というわけです」 通路の最も奥まった重厚な扉の前で立ち止まる副支配人。 「こちらでございます。お嬢さま」 メイドが扉を開けて、梓達の入室をうながした。 ゆっくりと中に入る梓。 一目五十畳くらいはありそうな広い部屋に、天蓋が掛けられた豪勢なクイーンサイ ズのベッドがでんと置かれ、広い大きな窓の向こうは硝子張の屋上庭園となっており、 周囲の景色が一望のもとに眺められるようになっている。 「ところでさあ……。あたしは、みんなと一緒の部屋でいいと言ったはずですけど」 「とんでもない。そんなことしたら、渚様に叱られてしまいます。万が一のことがあ りましたら責任が取れません」 副支配人に代わって麗香が答えた。 「お嬢さま、この部屋を用意させたのは、わたしです。御無理をおっしゃってはいけ ません。人にはそれぞれの立場というものがあるのです。副支配人には副支配人の、 メイドにはメイドの、そしてお嬢さまは、どこへいかれてもお嬢さまなのですから」 「その通りでございます。お嬢さまは、世界企業四十八社を束ね、総資産六千五百兆 円を所有する真条寺渚さまの一人娘。そんなお嬢さまのお世話ができるというのは、 我々の誇りなのです。精神誠意お尽くしするのが我らの使命。万が一があっては、許 されないのです。このお部屋をご用意した私どもの誠意を、お察しくださいませ」 「はあ……わかりました。その心意気、感謝します」 「おわかり頂きありがとうございます」 「……それで、メイド達も後を追ってきたわけね」 「違います! わたし達は、保養にきたのです」 「もういいわ。水掛け論になるから」 「賢明な判断です」
2017年11月 6日 (月)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 VIII
第六章 カラカス基地攻略戦
VIII 散開した部隊の直中を中央突破する敵艦隊。 その光景を眺めるサラマンダー艦橋のオペレーター達。 「敵は撤退を始めたようです」 「予定通りですね。撤退する艦隊を追い詰めて、必死の反撃を誘うことはありません。 こちらの被害を最小限に食い止めつつ、射程内の敵だけを確実に撃ち落とせばいいの です」 撤退中の敵艦隊といえど数に圧倒的な差があるため、油断していれば部隊全滅の危 険もある。慎重に防御体制をとりつつ、確実に目前に迫る敵艦隊を落としていく。 数時間後、戦闘は終了した。 「レーダーに敵の艦影姿なし。敵艦隊、完全に撤退したもよう」 「上空の部隊に連絡をとってくれ」 正面のパネルスクリーンにゴードン以下の各編隊長が映しだされた。 「ゴードン、済まないが。そのまま哨戒の任務についてくれ。指揮はまかせる」 「了解した。ただちに哨戒任務に入る」 「ジェシカは被災した艦艇の救援活動だ。一人でも多くの負傷者を助けだしてくれ」 「わかりました」 「パトリシア、本隊及びカインズ隊は基地に降下して、基地の施設内で抵抗する残存 兵士の掃討と艦艇の燃料補給だ。それが済み次第本隊をゴードンと交替させる」 さらに数時間後、施設内の残存兵士の掃討も済み、アレックスは配下の者達を集め て、今回の作戦の結果報告と今後の対策などを検討することにした。 「さて、とにかく被害報告を聞こうか」 「はい。味方の損害は七隻が大破して航行不能、三十六隻が中破するも修理可能で す」 「死傷者は?」 「十八名が死亡。重傷五十六名。そして行方不明が三名です」 「そうか……」 たとえ作戦に勝利したとしても戦死の報告を聞くことは悲痛の念にたえない。 一人の戦死者も出さずに戦いを勝ち抜くことは有り得ないことである。それが殺し 合いの戦争である限り。敵味方双方とも、味方の屍を乗り越えてより多くの敵兵士を 殺戮して明日の戦勝を目指すのである。戦争に勝つためには、味方が五十万人戦死し たならば、敵を百万人殺せばいいのである。敵の反攻を許さぬためには、撤退する艦 隊とて徹底的に叩いて撲滅掃討するのが常道である。 この点において、敵艦隊の撤退を許したアレックスの行動は手緩いといえる。威嚇 だけでなく軌道ビーム砲を使って全滅させれば、捲土重来の機会を与えることもなく、 敵の兵力一個艦隊を確実に削ぎ落とせたのである。しかしアレックスはそうはしなか った。それは軌道ビーム砲の射程内には味方の部隊もいるのだ。パトリシア、レイチ ェル、ゴードン、カインズ、その他大勢のアレックスの忠実で有能な部下達がいる。 誤射や流れ弾、敵艦の誘爆に巻き込まれることもある。アレックスはそれを危惧した のである。敵艦隊の撲滅よりも部下が生存する方を選んだのである。 「今回の戦闘では、百数十隻の敵艦艇を撃破した模様です」 「撃破率でみますと、七対百数十という好成績で、かつ補給基地を奪取したのですか ら、我が部隊の圧倒的勝利といえますね」 「ところで基地には約三百隻の敵艦艇が残されていますが、いかがなされますか」 「搾取した艦艇の処遇は、その司令官に一任されている。もちろん我が部隊に編入す るさ。敵艦の運航システムを同盟のそれと入れ替えてな」 「運航システムの入れ替えとなると、システム管理部のレイティ・コズミック少尉が 責任者として最適でしょう」 「そうだな。カインズ大尉、配下の者を使ってレイティと共に作業に入ってくれ」 「わかりました」 「それから、それを実際に運用する乗員も必要だ。パトリシアは、早速本部に連絡し て至急人員の補充を要請してくれ」 「はい」 「レイチェルは、三百隻の艦艇を編入するにあたっての部隊再編成と人員配置を検討 してくれたまえ。本隊として二百隻、残る三百隻を二分して、ゴードンとカインズに それぞれ百五十隻ずつの分隊として編成させる。その際、高速艦艇を優先的にゴード ンの分隊に振り分けてくれ」 「それはどうしてですか」 「ゴードンには機動遊撃部隊としての任務を考えている」 「機動遊撃部隊?」 「本隊に対峙する敵部隊の側面や背後に高速で回りこんで攻撃を加える役目というと ころかな」 「ほう……俺にぴったりの役目じゃないか。アレックスもやっと俺の性格を理解でき るようになったか」 一同の視線がゴードンに向いた。同僚とはいえ上官であるアレックスに対する言葉 使いが問題なのであった。勤務時間以外では私語や馴れ合いも許しているアレックス ではあっても、今は会議ルームであり公務執行中である。上下関係は厳守されなけれ ばならない。 パトリシアがわざと軽い咳をしてゴードンに注意を促した。すぐに気がついたゴー ドンは、改めて言葉を直して答えた。 「失礼しました、司令官殿。喜んでその任務お引き受けいたしますが、カインズ大尉 には何を?」 両大尉にそれぞれ同数の分隊の指揮を任せているのであるから、ゴードンが機動遊 撃部隊なら、カインズにも別の任務を与えられていいだろう。誰しもが考えることで あった。 「カインズには、当面このカラカス基地の防衛指揮官をやってもらうことにする。第 八艦隊が守るクリーグ基地、第十七艦隊の守るシャイニング基地、両基地と比べても 遜色のない設備と資源を有した戦略重要拠点である。それを若干の部隊だけで守らね ばならない。軌道衛星砲があるとはいえ、油断すれば我々が攻略した二の舞を踏む結 果ともなりえない。要は部隊と衛星砲の運用次第で、それを完璧にこなせるのはカイ ンズをおいて他にいない」 「かしこまりました」
2017年11月 5日 (日)
梓の非日常/第三章 研修保養センター
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(八)研修保養センター 二人が何を話し合っていたのか……。 人には秘密があるし、聞いては失礼なこともある。絵利香は他人の事を詮索する野 暮なことはしない。 ロッジの前に到着したバスに再び乗り込む一同。 鶴田が乗車口に陣取って、一人一人確認している。 「梓ちゃんに、絵利香ちゃん。そして沢渡君。乗車っと」 「公平君も大変だね」 梓が鶴田の肩をぽんと叩いて乗車する。 「どういたしまして、五分後に出発ですよ」 「ご苦労さまです」 絵利香が続いて乗車する。 「フランス料理、おいしかったですよ。みんなには好評でした」 鶴田がそっと耳打ちすると、微笑みを返す絵利香。 「おい、慎二。菓子とジュース配り」 「なんだよ。またかよ」 梓が慎二にジュース配りをさせるのは、クラスメートとの親睦を少しでも計ってあ げようとする心遣い。それを改めて感じ取った慎二は、ぶつぶつ言いながらもかいが いしく菓子とジュース配り役を務めていた。 「済みませんねえ、沢渡君」 「いや、いいんだ」 鶴田は車内をぐるりと見回して言った。 「一応全員乗車していると思いますが、まわりをみて誰かいない人があるか、念のた めに確認してくださいませんか?」 鶴田の言葉にきょろきょろと周囲を見渡す生徒達。 「全員いるよ。委員長」 「出発していいよ」 生徒達から返事が返ってくる。 「わかりました。では、出発します」 というと運転手に指示を出した。 「それじゃ、運転手さん。出発してください」 「かしこまりました」 エンジンを始動し、バスをゆっくりと発進させる運転手。 「次ぎは、今日の目的地の蓼科研修保養センターに向かいます」 バスは蓼科に向かう山間部を走行していた。 「みなさま。右手にご注意ください。まもなく本日の宿泊地となります、研修保養セ ンターが眼下に一望できます丘を走ります」 運転手がとつぜんガイドをはじめた。やがて樹木が切れて展望パノラマが眼下に広 がる。 「五つ星クラスのホテルにも匹敵します三十六階建の保養センターが中心にそびえて おりますが、それを基幹として周囲に配置された数多くのレジャーセンターが広がっ ているのが一望できると思います。広大な全天候型アスレチックフィールド、二十面 のテニスコート、乗馬コース、映画館・ボーリング場・ゲームコーナーなどがあるレ クレーションセンター、野球・サッカーなどオールマイティーに使えるドーム球場、 三十六ホールのゴルフ場。最新技術を投入した三百六十度回転ジェットコースターの ある遊園地などなど。時折発着するヘリコプターは遊覧飛行場からのものであります。 もちろん二十四階建研修・技術開発センターも、入り口付近にそびえ立っております。 また海外からの利用も考えまして羽田・成田・伊丹・関西・新潟・名古屋空港からの 直行バスも出ております。念のため付け加えますと遊園地など、土日祝祭日しか営業 していない施設もあるようです」 「なによこれ!」 「レジャーセンター?」 「ちょっと、まってよ。わたし、蓼科の観光ガイド持ってるけど、こんな巨大な施設 どこにも載ってないわよ」 「それ古いんじゃんないの」 「失礼ね、今年四月に発行されたばかりの最新版なのよ」 それらの疑問に運転手が答えた。 「ははは、それはですね。ここは観光目的に開発されたものじゃなくて、とある企業 グループが自社の従業員の研修と本人及び家族の保養のために建設されたものだから ですよ。観光ガイドに載ってるわけないですよ。だから研修保養センターなんです」 運転手は、真条寺グループの名を出せずに「とある企業」としか言えなかった。 「なあ、これだけの施設を所有する、とある企業グループってどこだよ。一体何人の 従業員がいればこれだけの施設が必要になるんだ?」 「さ、さあ」 「梓ちゃん。これどういうこと?」 絵利香が、梓に耳打ちして尋ねた。 「あはは。研修保養センターがまさかこんな高級ホテルを含めた巨大レジャーセン ターだったとは知らなかったわ」 「梓ちゃん、下調べはしなかったの?」 「実は手続きとかは、全部麗香さんに手配してもらったのよね。保養センターがある のは知ってたから、三十一人行くから空けといてといったら、大丈夫ですよっていう から、じゃあお願いしますってね。それでおしまい」 「あのね。あなたのお母さま率いる国際企業グループ三百二十万人従業員とその家族 が利用する施設なんだから、その規模くらい想像できなかったの?」 「そのことは頭になかったの。ほほほ」 バスは研修保養センターへと入って行く。 その広大にして大規模なる施設の玄関口ともいうべき保養センターにバスは到着す る。 「さあ、到着です。みなさん、忘れ物のないようにしてください」 荷物籠から荷物を降ろしはじめる生徒達。 「お疲れさまです」 運転手が乗車口に立って一人一人をねぎらっていた。 降り立った生徒達の足は、ぞろぞろと玄関ロビーへと向かっている。 玄関では従業員達が勢揃いして到着した生徒達に挨拶している。 「いらっしゃいませ。どうぞ中へお入り下さいませ」 そして最後に梓と絵利香が降り立つ。 「梓ちゃん。あれ!」 絵利香が指差した方向には、従業員から少し離れた場所に、青紫色のメイド服を着 込んだいつも見慣れた顔の一団があった。麗香の姿もあった。視線が合い深々とお辞 儀をする彼女達。 つかつかとその場へ歩いていき、いきまく梓。 「なんであなた達がいるの? 今日明日はお休みをさし上げたはずでしょう」 「はい。もちろん、保養にきたのです。たまたま偶然一緒になっただけです」 「じゃあ、なんで。ユニフォーム着て出迎えているのよ」 「お嬢さまがいらっしゃると聞きましたので、失礼のないようにしました」 「わざわざユニフォーム持って保養にくるわけ?」 「持っていると落ち着きますので」 「もういいわ……麗香さん。部屋に案内して」 「かしこまりました。どうぞ、こちらです」 麗香の先導で、歩きだす一同。梓と絵利香の手荷物はメイド達が運んでいる。 「ところで、お嬢さま」 「はい?」 「お嬢さまのお言いつけの通り、従業員には研修の一貫ということで、統一させてお ります。名札も研修生というプレートを用意させました」 「ありがとう。お手数かけましたね」 「いえ。これくらいたいしたことではありません。さあ、他のみなさんに気づかれな いようにエレベーターへ参りましょう」 生徒達に見つからないようにエレベーターに乗り込む。麗香が持っていた鍵を、操 作盤の鍵穴に差し込んでから右に回すとエレベーターが動きだした。 「なにその鍵は?」 不審そうに梓が尋ねると、 「VIPルームのある最上階に行くには鍵が必要なのです。ごらんの通り操作盤には 展望レストランのある35階までしか表示されていませんが、実際にはさらにその上 があるのです。36階がVIPルーム、屋上がヘリポートと緊急自家発電装置室とな っております」 麗香が解説した。 「しかもこの鍵を差し込むと、外からの呼び出しを無視して他の階には停まらない直 通エレベーターになります」
2017年11月 4日 (土)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 VII
第六章 カラカス基地攻略戦
VII その頃サラマンダー艦橋で待機するパトリシアは、じっとパネルスクリーンに映る 惑星を凝視していた。 「敵守備艦隊に動きはありませんか?」 「いえ、ありません。軌道ビーム砲の射程内に陣取ったまま動こうとはしません」 「予定通りですね……」 「我が部隊は、このまま動かないでいいのでしょうか」 「我々の任務は敵の注意をこちらに引き付けておくことです。こちらから攻撃を仕掛 けることはしません」 「しかし敵が攻撃に転じたら?」 「それはまずないでしょう。敵守備艦隊の司令官は、温厚実直なダンヴィッド・バン ダイン少将。性格は攻撃より防御に徹するタイプです。危険を冒してまで出て来るこ とはないでしょう」 「それでも出てきたらいかがなされますか?」 「もちろん逃げます」 「逃げる?」 「そうです。作戦が成功するも失敗するも、我が本隊は戦うことなく予定時刻を過ぎ ればいさぎよく撤収せよ。というのが少佐の指令ですから」 オペレーター達は互いに目を合わせて肩をすくめていた。 「あれから三時間になるわね」 レイチェルがパトリシアに声をかけた。 「はい」 「万事順調にいっていればそろそろ連絡が来るころかしら」 「そうですね。作戦予定X時までには三十分後です」 その時通信が入った。一斉に通信士に注目する士官達。 「突撃部隊より連絡。敵基地コントロール塔の占拠に成功したとのことです」 艦橋の士官達が小躍りして歓声をあげた。 「やったわね」 レイチェルがパトリシアの肩に手をおいて微笑みかけた。 「はい」 「作戦の第二段階に移りましょう」 「そうですね。軌道粒子ビーム砲を回避するため部隊を散開させます」 一方管制塔を占拠したアレックス達は、軌道衛星砲の発射準備に取り掛かっていた。 「味方部隊は?」 「作戦の第二段階に入っております。この角度からなら軌道粒子ビーム砲を発射して も被害はでません」 「よし。軌道粒子ビーム砲の発射準備だ。目標は、敵守備艦隊」 「了解。軌道粒子ビーム砲、発射準備にはいります。目標、敵守備艦隊」 「エネルギー回路解放。軌道砲へエネルギー充填開始」 「敵艦隊捕捉。距離十七宇宙キロ、発射角調整値入力」 中央パネルスクリーンに投影されたそれぞれの軌道砲の数値が次々と変わっていく。 やがて修正完了した軌道砲からロックオン表示されていく。 「一号機から十二号機まで全機発射体制に入りました」 「まず威嚇攻撃を行うとしよう。一号機、敵守備艦隊すれすれに目標修正だ」 「了解。一号機の発射角微調整開始、上下角を四度ずらして固定」 「発射OKです」 「よし。発射!」 「発射します」 軌道ビーム砲から一条の閃光がほとばしる。 守備艦隊の艦橋。 「後方よりエネルギー波急速接近!」 オペレーターが叫んだ。 「何だと!」 守備艦隊のすぐそばをすれすれに通過するビームエネルギー。 「軌道ビーム砲が発射されました」 「馬鹿な。味方を撃つつもりか」 「司令! 敵より入電です」 「読んでみろ」 「読みます」 『補給基地はすでに我々が占拠した。軌道ビーム砲の餌食になりたくなければすみや かに降伏せよ』 「以上です」 「なんだと! いつのまに敵の手に落ちたのか」 「わ、わかりません。基地が完全に敵の手に落ちたのかどうかは不明ですが、少なく とも軌道衛星砲のコントロールを握られてしまったということは確かです」 「くう……。一戦も交えずに降伏しろというのか」 「閣下。軌道衛星ビーム砲を奪われてしまった以上、戦況は我が艦隊の方が不利です。 もはや降伏か逃亡かのどちらしかありません」 「降伏か逃亡だと?」 「どうやら敵艦の数は情報通りの二百隻と少数ですし、軌道ビーム砲を避けるために 散開しています。基地を放棄して中央突破を図ればそれほどの被害を受けずに撤退す ることができます」 「仮に撤退できたとしても、基地を敵に渡したとなれば厳罰は必至である。それに基 地に残した部隊を見殺しにしろというのか」 「それはそうですが、あくまで基地防衛にこだわり、より多くの忠実な部下達を無駄 死に追いやるのは閣下の不徳とするところではありませんか。ここは涙をのんで撤収 し、捲土重来をお計りくださいませ」 「捲土重来か……果たしてその機会があるかどうか」 「閣下……」 「わかっている。ここは撤収する。紡錘陣形を取りつつ、最大戦速で敵の包囲網を突 き崩して脱出する」 「了解!」 速やかに撤退行動に入る守備艦隊。 「それにしても、アレックス・ランドール……またしても奴の術中にはまったという わけだ。ただ者ではないな」 「二十分の一以下の艦艇でありながらも、平然と作戦遂行を果たしてしまうなんて、 よほどの自信家か、さもなくば楽天家のどちらかですね。尋常な精神の持ち主ではな いでしょう」
2017年11月 3日 (金)
梓の非日常/第三章 二人きり
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(七)二人きり 食事を終えて階下に降りてくる一同。 早速売店で品定めを始めている。 「当店で販売している乳製品は、すべて当牧場で搾取した取れたての牛乳を、その日 のうちに工場で加工しました。バターやアイスクリームは保存期間一ヶ月以内の鮮度 抜群の品々です。またチーズに関しましては、温度や湿度など完全管理された熟成庫 で、半年以上もの間じっくりと寝かせて味わい深いものに仕上げています」 試食のチーズを手渡しながら、説明を続ける売り子の口調には、商品に対する自信 のほどがよく現れていた。 「みなさん。乳絞り体験及び乳製品加工工場の見学をなされる方は、表のマイクロバ スにお乗り下さい。まもなく出発します」 従業員が案内している。 「梓ちゃんは、どうするの?」 絵利香が尋ねる。 「うーん。どうしようかな……乳絞りって、牛舎の匂いとかが鼻につきそうだし、髪 に匂いが移ったら嫌だなあ……やっぱり売店でぶらぶらしてる」 「梓ちゃんらしいわね。何かにつけても、自慢の髪を心配する方が先にくるんだ」 「女の子としては当然の反応じゃないかな」 「そうだね。とにかく、わたしも売店めぐりにしよう」 そこへ慎二がやってくる。 「なあなあ、乳絞り行こうぜ。乳絞り」 「行かない!」 「一言のもとに否定したな。それじゃあ、何のために牧場に来たか判らねえじゃん」 「ここの雰囲気だけでも十分だよ。澄み渡る牧場{まきば}の梢に風薫る」 「なんだ? 俳句のつもりか」 「とにかく行くなら一人で行けよな」 「ちぇっ! 一人で行ってもしょうがねえから、牛と遊んでるよ。売店で買い物する たちじゃないから。じゃな」 というとすたすたと外へ出て行く。 牛舎、乳絞りに参加した女子生徒達がきゃーきゃー言いながら乳を絞っている。 乳製品加工工場でも係員に説明を受けている生徒達がいる。 それぞれに牧場の雰囲気を楽しんでいる。 一方、牧場の柵に腰掛けて牛をぼんやりと眺めている慎二。団体行動の苦手な彼に は、そうするより時間を潰す方法がなかったのだ。 その姿を建物のベンチに腰掛けて見つめている梓と絵利香。 「何か、慎二くんに悪い事してるみたいね」 絵利香がぽそりと呟いた。 「どうして?」 「だって慎二くん、梓ちゃんと一緒にいたいから旅行に参加したんでしょ。あんな風 にみんなから離れて、一人寂しくしているところなんて、あまり見たくないわね」 しばし慎二を見つめていたが、ついと立ち上がってソフトクリーム売り場の方へ歩 いて行く。 やがて両手にソフトクリームを手に慎二に近づく梓。 「ほれ。食べろよ。絞りたての牛乳から作ってるからうまいぞ」 といいながら、慎二にソフトクリームを差し出す梓。 「梓ちゃん!」 「どうしてみんなと仲良くしないんだ? いい機会とは思わないか」 ソフトクリームを受け取る慎二の隣に腰を降ろし、自分のソフトクリームを食べる 梓。 「俺は一人が好きなんだ。今までそうやって生きてきたからな。番長グループとかの 誘いも全部断って、反攻する奴等は腕力でかたづけてきた」 「で、あまりの強さに鬼の沢渡とか、地獄の番人とか言われ続けてきたわけだ」 「ああ、気がついたら俺の姿を見ただけで、皆がよけて通るようになっていた」 「寂しいな……」 ぽそりと呟いて空を仰ぐ梓。 蒼く澄み渡った五月晴れの空に雲が流れて行く。 一人で生きてきたという慎二に対して、梓は親身になってくれる大勢の人々に囲ま れていた。母親の渚は遠くブロンクスの屋敷にいても、常に梓のことを心配してくれ ている。麗香をはじめとして、運転手の石井、メイド達屋敷の人々達。生まれた時か ら今日まで、一人きりで寂しいと思ったことはない。 「ところで、親から離れて、一人でアパート暮らししていると聞いたが本当か?」 「ああ、生活費なんかもバイトして稼いでいる」 「バイトしてるってことは、その会社なり店の人たちと協調して働いているってこと だよね。会社の人とは付き合うことができるのに、何でクラスメートと仲良くできな いの?」 「そりゃあ、生活が掛かってるからだよ。仕事ではわがままとか言ってられないから。 無理してでも同僚達と仲良くせにゃならんこともあるさ」 「そっか……。でも少しずつでもいいから、クラスメートとも仲良くするように、努 力しろよな」 「そうは言ってもなあ。これまでが、これまでだし……」 「ん……?」 じろりと慎二を睨みつける梓。 「努力……するよな」 「は、はい。努力します」 しぶしぶ承諾し、うなだれる慎二。 「あ! マイクロバスが戻ってきたよ。みんな見学が終わったようだから、戻ろう か」 ひょいと両足を振り上げ跳ねだすように柵を離れる梓。 体操競技風に説明すれば、両手支持両脚前方振出し浮き腰着地というところか。 「そうだな……」 梓と同じように柵を離れようとした慎二だったが、足を振り上げた瞬間、柵がその 体重を支えきれずに、バキッと鈍い音を立てて折れてしまった。ドサッと尻から落下 する慎二。一瞬何が起きたのか判らないと、惚けた表情をしている。 その情けないような情景に、たまらず声を上げて笑う梓。 「あははは。何やってるのよ」 「笑うなよ」 「悪い悪い。ほれ、立てよ」 と手を差し出す梓。 「一人で立てるよ」 差し出された手を軽く払いのけて立ち上がる慎二。 「そっかあ、じゃあ行くよ」 ロッジの方へさっさと歩きだす梓。後に続く慎二。 絵利香の元に戻る二人。 「柵を壊しちゃったよ。弁償する」 「いいわよ。支配人にあたしから言っておく」 ばつが悪そうな慎二。 「集合がかかっているぞ。バスに乗るぞ」 話題を変えて、そそくさとバスに向かう。 絵利香が尋ねる。 「二人で何を話し合っていたの?」 「世間話だよ」 惚けた表情をする梓。 「世間話ねえ……。ま、いいわ。行きましょう、みんなが待ってるよ」 歩き出す二人。
2017年11月 2日 (木)
銀河戦記/第六章 カラカス基地攻略戦 VI
第六章 カラカス基地攻略戦
VI カラカス地上基地、管制塔。 夜空をたくさんの流星が流れていく。 「今夜は、やけに多くの星が流れるな」 「六十年に一度のバークレス隕石群への最接近が間近ですからね。惑星の重力に引か れて無数の隕石のかけらが大気圏に突入してきますから当然でしょう」 「それにしても敵艦隊の動きも気になるところだな」 「軌道上の粒子ビーム砲がある限り接近することは出来ないでしょう」 真っ赤に燃えて消えいく流星群が軌跡を引いて流れる、その中からアレックス達の 乗った揚陸戦闘機群がすっと姿を現しはじめていた。 大気圏突入によって灼熱状態の機体が、通常航行へ移行する頃には冷えて平常に戻 りつつあった。 「突入完了。大気圏航行主翼を展開させます」 翼の必要のない宇宙空間から大気圏に突入後、飛行翼を展開してそのまま滑空する ことのできる戦闘機、それが揚陸戦闘機である。大気圏航行のための揚力を出す飛行 翼の展開と収納が可能となっている。 「こちらブラック・パイソン。各編隊応答せよ」 「こちらハリソン編隊。全機無事に大気圏突入成功した」 「ジミー・カーグだ。こっちも全機追従している」 両編隊長から無線がはいった。 「地形マップに機影を投射。対地速度マッハ四・六。約五分後に目標に到達します」 「ジュリー、このままのコースを維持せよ」 「了解。コース維持します」 「こちらブラック・パイソン。各編隊へ。ブラック・パイソンに相対速度を合わせ、 敵のレーダーにかからないように地面すれすれに超低空を飛行せよ。これより、敵管 制基地攻撃にかかるが、攻撃目標から中央コントロール塔への直接攻撃は避ける。対 空施設や格納庫、滑走路上戦闘機への攻撃が主体だ」 「ブラック・パイソン。こちら、ハリソン編隊。作戦指令を了解。ハリソンより、 パーソン小隊、ジャック小隊へ。両小隊は司令機ブラック・パイソンの両翼に展開し て護衛せよ。ミサイル一発たりとも近づけるんじゃないぞ」 「パーソン小隊、了解した。こちらは、左翼を守る。ジャック小隊は、右翼を頼む」 「ジャック小隊、了解しました。ブラック・パイソンの右翼を警護します」 「カーグ編隊長より、全機へ。当初の作戦通り、ミサイル一斉発射後、基地滑走路へ の強行着陸を敢行する。ミサイル発射装置の安全装置を確認」 ジュリーが前方を指差しながら報告した。 「敵基地が見えてきました」 「上空に敵戦闘機はいないか?」 「見当たりません」 「すっかり安心しきっているか……。よし」 アレックスは、無線機を握りしめた。 「ブラック・パイソンより各編隊へ。攻撃開始だ。全機浮上してミサイル一斉発射」 アレックスの命令と同時に、全機が浮上し、発射体制に入ると同時に一斉にミサイ ルを発射した。さらにミサイルを発射して軽くなった機体は、加速して敵基地へ突入 を開始する。 「ジミー、滑走路に強行着陸しろ」 「了解。カーグ編隊、全機滑走路に着陸しろ」 次々と滑走路に強行着陸する戦闘機。 その間にもハリソン編隊が管制塔周辺に対し攻撃を行って、守備隊の接近を阻んで いた。 「ジュリー。管制塔まえに強襲着陸だ」 「了解!」 敵基地中央コントロール塔管制室では突然の敵襲に騒然となっていた。管制塔の前 ではアレックス達と管制官員とが銃撃戦を繰り広げていた。かつて士官学校での模擬 戦闘で、戦闘訓練は経験済みの隊員達だ。要領を得て、確実に塔を昇り詰めていく。 「このままでは持ちこたえられんぞ。守備隊はいったいどうしているのか」 「敵戦闘機により通路が分断されており、かつ間断なる攻撃で接近できないでいま す」 「せめて軌道上の艦隊とは連絡が取れないのか」 「だめです。敵のジャミングで無線はもちろんのことレーダーすら役に立ちません」 「ううっ。一体守備艦隊は何をしていたのだ」 「これだけの戦闘機が来襲してきたところをみると、すでに味方守備艦隊は全滅して いるのでは」 「まさか……」 「そうでなければどうして……」 言い終わらないうちに肩口を銃弾で打ち抜かれて床に倒れる管制員。 「スキニー!」 仲間の名前を叫んで駆け寄ろうとしたが、なだれ込むように侵入してきたアレック ス達に遮られる。 「動くな!そこまでだ。おとなしく降参しろ」 管制員に銃口を向けて包囲するアレックス達。 「貴様たちは?」 「同盟軍だよ。基地は完全に掌握した。無駄な足掻きはやめることだ」 肩をがっくりと落とす管制員。 管制員を縛り上げて壁際に座らせる隊員達。 「意外と速かったですね」 「ああ、レイチェルが手に入れた基地の詳細図があったからな。階段の場所からゲー トを開ける操作盤の位置、迷子にならずに一直線でここまでこれたからな。そして、 守備隊を管制塔に近づけさせないため、連絡通路を確実に破壊できたのも、正確な見 取り図があったから。さらには基地周辺の地形図まで、攻略に必要なすべての図面を 集めてくれた」 「さすが情報参謀ですね。レイチェル少尉のおかげで作戦が立てられたわけですから ね」 「ああ、彼女の情報収集能力は一個艦隊に匹敵するくらいだ」 もっともその功績は、背後にいるジュビロ・カービンによるものだろうが。
2017年11月 1日 (水)
梓の非日常/第三章 牧場にて
梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い
(六)牧場にて 神原牧場が見えてきた。 なだらかかに連なる丘の一面に広がる明るい緑の牧草が広がっており、そのいたる ところで牛たちが放牧されている。遠くには新緑鮮やかな山々の峰。 赤レンガ造りの牛舎、干し草を貯えるサイロ、乳製品を作っている工場。 やがてバスは、ロッジ風の造りの建物の前に停車した。たぶん牧場の施設の中で、 観光客を迎えるために作られたのだろう。 「最初の目的地に着きましたよ。ここでは食事休憩と、自由参加で牛舎での乳絞り体 験をしていただきます」 「さあ、みんな降りるぞ。貴重品は手に持ってな」 下条が降車を促す。 ぞろぞろとバスから降りてロッジ風の建物に入る一行。 中へ入ると、牧場らしくチーズやバターなどの乳製品の直販所や、どこにでもある 根付けや絵葉書などの観光物産品売り場などの各店舗が並んでおり、隅にはこじんま りとしたゲームコーナーもある。 「城東初雁高校のみなさま、お食事の場所は二階となっております。お食事の準備は 整っておりますので、お買い物などは後回しにされて、どうぞお二階へ上がってくだ さい」 「めしだ、めしだ」 慎二が急ぎ足で二階へ上がって行く。 「慎二は食べる事しか頭にないようだな。らしいといえばらしいけど」 一同が二階へ上がり食卓の上を見ると、数々のフランス料理が並んでいた。 「わーお、すごい!」 牛フィレ肉ステーキのマデラ酒ソース。ホワイトとグリーンアスパラガスの焦がし バターソース、パルメザンチーズ添え。まながつおの蒸し焼き赤ワインソース。モッ ツァレチーズのトレビス巻きトマトソース。そして若者達の腹を満たすためのパンか ライスを希望者に。 「なんだ牧場での昼食だから大盛りのビーフステーキが出るかと思ったのに」 慎二が不満を漏らす。 「牧場といってもここは、乳牛しか飼っていない観光牧場だよ。んなもん、出るか よ」 「でもちゃんと牛肉も出てるじゃない」 「こんなに出して、予算オーバーじゃないの?」 梓が絵利香の耳元で囁く。都内のレストランならゆうに一万円からしそうだ。 「ああ、それなら大丈夫。見た目は豪勢だけど、一度に大量にがしゃがしゃと適当に つくってるから。食材も、国際観光旅行社が運営するレストラン事業部が、一括大量 仕入したものを使ってるし。一流のシェフが一品ずつ丹精込めて作ってるわけじゃな いから。だから梓ちゃんのお口に合うか、味の保証はできないわよ」 「なんだ……心配して損した」 「団体客向けの特別メニューでね。観光案内書には、その辺の事情はちゃんと説明し てるから、詐欺にはならないでしょう」 一流シェフによる本格フランス料理を毎日食している梓のような人物は別格だ。一 般庶民が口にするには、目の前のフランス料理でも十分堪能するだけの、ボリューム と食感があるはずである。 「しかしフランス料理ってのは、なんでこうも量が少ないんだ。一口・二口でぺろり だぞ。ライスがなかったら腹の足しにもならんな」 「がつがつ食う奴だな。料理は味わって食えよ」 「んなもん、胃袋に入ってしまえばみんな同じだよ。ウェイートレスさん、ごはん大 盛下さい!」 慎二の食べ方は、料理を味わうというよりも、ご飯におかずという図式であった。 牛フィレステーキも、アスパラガス・バターソースもご飯をかっ食らうための単なる おかずなのだ。 「おまえには、シェフの心遣いなどとうてい理解できないな。何食っても同じという ことか。覚えておくよ」
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