夢想う木刀 其の肆
数日後。
校内放送で校長室に呼ばれた蘭子。
そこには柿崎美代子が先に来ていた。
何かいやな予感がする蘭子だった。
「逢坂君。呪われた鏡の一件以来だね。あの鏡はどうしました?」
「魔人は退治しましたので、普通の鏡に戻ってしまいましたが、念のために封印して書庫蔵にしまってあります。顛末はご報告したはずですが……」
「あ、いや。確認しただけだ。とにかくご苦労だったね」
魔鏡のことはともかく、問題はそばにいる柿崎が気になっていた。
校長は話題を変えて、核心に入ってきた。
「さてと……。君をここへ呼んだのは、クラブ活動についてだ」
そらきたと思う蘭子。
柿崎を見たときから、校長が何を言ってくるかが判っていた。
学校からの要請という形で、剣道部員としてインターハイに出場してくれと、申し出てくるに違いない。
柿崎先輩が手を回したようである。
「逢坂君は、中学生の時は剣道で、府大会の上位成績を常に維持して活躍していたそうだね。それが高校生になって弓道部に転向した。しかしせっかくの腕前、もったいないとは思いませんか」
「クラブ活動を何にしようと、個人の自由です。束縛されるいわれはないと思いますが」
「確かにその通りだ。その通りなのだが……。学校側としても、君がインターハイに出場して活躍してくれるのを期待しているのだよ」
「学校の名声が上がって、入学志望が増えますか?」
「ううむ……。正直言って否定はしない。聞けば弓道部の方では、一年生ということで今大会には選手登録しないという。その点剣道では君には実績があるから、それを評価して団体戦と個人戦に選手登録するという」
「その話は、柿崎先輩にはお断りしておいたはずです」
「君の将来のためにもなることだと思う。進学の際にも有利に働くとは思うのだが」
「よけいなお世話ではないでしょうか。将来のことは自分で決めます」
「ううむ……」
蘭子の頑固さに言葉を失う校長。
一方の柿崎は、学校側に要請した観点から口出ししない方がいいだろうと、黙って成り行きを見守っているだけであった。
「とにかく、お断りします。失礼します」
と言い残して、蘭子は校長室を退室してしまう。
ほとんど同時に深いため息をもらす柿崎と校長。
「申し訳ありませんでした校長先生」
「いや、いいんだよ。逢坂君が、インターハイに出場することは、とても良いことだと思うからね」
「恐れ入ります」
「まだ時間はある。時間をかけて説得することだ。今大会には間に合わなくてもね」
「はい。そうします」
校長にお礼を言って、校長室を後にする柿崎。
今日は部活は休みなので、そのまま帰宅することにする。
校門前に意外な人物が待ち受けていた。
住吉高校剣道部の金子である。例の辻斬りの最初の被害者である。
片手に大きな袋を携えていた。
「傷の方は、もう大丈夫なのか?」
「ああ、大したことはなかったからな。ピンピンしているよ。それよりこれから一緒に付き合え」
「それは構わないが……」
「ほれ、これは一応返しておくよ」
と、ポンと放り出すように携えていた袋を渡した。
開けてみると、剣道の防具の面だった。
「こ、これは?」
「どうした? 盗まれでもしたと思っていたか?」
「なぜ、おまえが持っている」
「ああ、ここでいいだろう。中に入ろう」
喫茶店があった。
話はそこでという風に構わず入ってゆく金子。
訳が判らずも従ってゆく柿崎。
渡された面は、確かに自分のものだ。ある日のこと、防具袋から消えていた。こんな物盗む奴がいるのかと不思議に思っていたところだった。
喫茶店のテーブルに対面するように腰掛け、オーダーしにきたウェイトレスに注文を入れると、金子が単刀直入に尋ねてきた。
「私が辻斬りにあっていたその時間。おまえ、どこで何をしていた?」
「辻斬りの時か」
「ああ、三日前の午後七時頃だ」
鋭い眼光で睨みつける金子。
「どうしてそんな事を聞く?」
「どうしても何も、その面は辻斬り野郎が顔を隠すために被っていた物だよ」
「辻斬りがこれを?」
金子の言わんとしていることが判ってきた柿崎。
自分を辻斬りの犯人だと金子は疑っているのである。
しかし辻斬りなどやった覚えはないし、もちろんその後にも続いている事件も同様だった。
「どうした、アリバイを言ってみろ」
詰め寄られて、三日前のことを思い出そうとする。
だが記憶が曖昧で、確証たるものが思い起こせなかった。
「答えられないだろう。辻斬りはおまえの仕業だ」
「そんなことはない!」
「ならばその面のことは、なんと釈明するつもりだ」
証拠を突きつけられては、反論などできない。
実際のところ、ここ最近記憶が曖昧で、朝になって脱力感に襲われることが多かった。まるで前日に試合でもやって精神疲れ果てたみたいな。
「おまえには姉がいたな」
「ああ、試合中の事故が原因で亡くなったが……」
「おまえ、その姉の亡霊に魅入られていないか?」
「どういうことだ?」
「あの時、私を襲った奴の身のこなし方は、日頃のおまえのものじゃない。構え方、足の運び、打突に入る瞬間の姿勢まで、おまえの姉の動きそのものだった。何度も練習試合や大会で何度も対戦しているから判るんだ」
自分が姉の亡霊に魅入られている……。
突きつけられた真実を受け入れられない気分だった。
「まあ、そんなところだ。真犯人が亡霊じゃ、おまを糾弾してもはじまらないだろう。おまえ自身が知らないことだ。忘れてやるよ」
注文した品物が運ばれてきて、黙ったまま食べ終わる二人。
と、席を立ち上がる金子。
「ここの払いは、おまえもちだ。いいな」
「あ、ああ……」
喫茶店に一人残され、思案に暮れる柿崎だった。
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