夢鏡の虚像 其の拾捌
魔人を倒すには、魔人をもってあたるべし。
魔人はそこいらの妖魔と違って、桁違いの神通力と生命力を持っている。
陰陽師家の大家でも封印するのがやっとの相手である。
蘭子が魔人である虎徹を呼び寄せたのは、正しい判断と言える。
「その通り。魔には魔を。負の精神波には負の精神波を。魔を封じ滅する退魔剣なり」
剣を上段に構え直し、地を踏みしめるように一歩前へと進む蘭子。
その気迫に押されて、思わず後退する夢鏡魔人。
相手が人間やその魂なら何とも思わない。
しかし魔人が相手となると話は違ってくる。
正真正銘の魔と魔の戦いとなり、どちらの魔力が勝っているかによって分かれ目である。しかも強い念を持った陰陽師も付いている。
この勝負、自分の方が不利と悟った夢鏡魔人は交渉を持ち掛けてきた。
「ま、待て。話し合おうじゃないか……。そうだ、ここにある鏡の中に封じ込めた魂達を浄化してすべて解放しようじゃないか。そして私は、この魔鏡から二度と現世に出て、人を殺めたりしないと誓おう。おまえは現世に戻って、この魔鏡を完全封印してくれ。な、これでいいだろう?」
魔人との口約束など当てにはならないだろう。永遠の命を持つ魔人なら、蘭子との誓いを反故にして後世に再び災厄をもたらすのは明らかなることだった。
この虎徹たる退魔剣に封じ込めたる魔人とは、古来のしきたりにのっとって正式なる【血の契約】を結んでいるからこそ、意のままに従わせることが可能なのである。
しかし、この鏡の世界の中では、血の契約を結ぶことは不可能であるし、そう簡単には契約など結べないものである。
夢鏡魔人の申し出は、急場凌ぎの言い逃れに過ぎないのである。
「人の世に、仇なす魔を断ち切る!」
一刀両断のごとく、渾身を込めて退魔剣を振り下ろすと、解き放たれた魔人の精神波が、夢鏡魔人に襲い掛かる。たとえそれを交わしても執拗に追いまわしてくる。
突然、蘭子が気を放った五芒星の光が夢鏡魔人の背中を捉えてその動きを封じた。
「た、たのむ。見逃してくれ。同じ魔人じゃないか」
目の前に迫ってくる魔人に、最期の許しを乞う夢鏡魔人だった。しかし蘭子との契約に従う魔人には、何を言っても無駄である。
「ぎゃあ!」
退魔剣に封じ込まれし魔人が夢鏡魔人に襲い掛かった。
断末魔の悲鳴を上げて消え去ってゆく夢鏡魔人。
蘭子との共闘により退魔剣が勝利した瞬間であった。
宙に浮いていた無数の鏡が、次々と落下しはじめ地上で粉々に砕かれてゆく。そして封じ込まれていた魂達が開放されて静かに消えてゆく。
「終わったのね……」
その表情は、苦しい戦いを無事に乗り切った充実感に満ちていた。
空に青龍が現れて蘭子を祝福するように吠えた。
「ありがとう、青龍。そしておまえもな」
退魔剣に目を移すと、応えるようにひとしきり輝いた。
やがて大地が崩れ出した。
鏡の世界を支持する力が消滅したために、崩壊をはじめたのである。
退魔剣は虎徹へと戻り、それを高く掲げて叫ぶ蘭子。
「現世へ!」
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