夢見の腕輪 其の陸
と、その時だった。
リーダーの表情が強張り始めた。
「な、なに!」
異変を感じるリーダー。
ミサンガを付けている腕が、急速に水分がなくなってやせ細っていく。
髪が抜け始め、その顔が皺だらけになっていく。
さらに全身が急速に老いさらばえて、少女の姿は見る影もない。
ばたりと地に伏せたその姿はミイラそのものであった。
「困るんだよね……。そういうことされると」
突然、林の中から声が聞こえ、一人の少年が姿を現した。
話題の人、大条寺明人であった。
「明人君!」
思わず駆け出して、その背中に隠れる京子。
「もう大丈夫だよ」
やさしく声を掛ける明人。
しかし不良グループには強い口調で言い放つ。
「さあ、それを返してもらいましょうか。君達には百害あって一利なしの代物なんだから」
百害あって一利なし。
その意味が、この場にいる者には理解ができないようだった。
ただ言えることは、それを手にはめたリーダーが老人のようになってしまったという事実である。
「そのミサンガは、僕と霊感波長の合ったこの娘にしか手首にはめられないのだからね」
霊感波長……?
どこかで聞いたような言葉である。
「その言葉、忘れていないぞ」
修練場の方から、玉砂利を踏みしめながら、巫女服に身を纏った蘭子が現れる。
「おやおや、立ち聞きですか。無作法ですね」
「ひとつ聞きたい。露店商は儲かるか?」
「何のことでしょうねえ」
霊感波長という言葉からも、あの露店商と同一人物であることは確かなようであるが、当人は薄らトボケている。
もしかしたら、大条寺明人という人物に摂り憑いているのかも知れない。
「もう一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「人の運命を弄んで楽しいか?」
「さて、何のことでしょうねえ」
「おまえは京子に幸せを与える代わりに、他人の幸せを奪って不幸にしているだろう」
鋭い目つきで、大条寺を睨み付ける蘭子。
すると突然、大声で笑い出す大条寺だった。
「あはは……。なるほど、あなたには隠し立てはできないようですね。もちろん私の正体も?」
「大条寺明人、その正体は悪しき妖魔。摂り憑いたか?」
一般人のいる前で、口には出したくなかったが、認めさせるにはいたし方がない。
「そのとおりですよ。さすがですねえ」
「なぜ、他人を不幸に陥れる?」
「それは簡単ですよ。いくら僕でも無から有は作り出せませんからね。だから幸せを持っている人と交換しているのですよ。もっとも少しばかりの手数料として、何らかの代償も頂いていますけどね。それで私は生きているというわけです」
「そうやって運転手の命も奪ったのか?」
「ああ、あれね。あの事故では、本当は京子さんが一生回復のない植物人間になるはずだったのです。それでは可哀想でしょう」
「良く言うな」
「私と京子さんは、霊感波長が合っているせいか、その未来も見えてくるのですよ。ですから、あの運転手さんと運命を取り替えて差し上げたのです」
「植物人間になるはずだろ。なぜ殺した? それが手数料というわけか」
「ご理解頂いてありがとうございます。そういうことです」
「許せない!」
突然、蘭子たちのいる空間が変化した。
京子や女子生徒達は身動き一つせず、瞬きすらしない。
それまで鳴いていた虫の声、そよぐ風の音も止まった。
まるで時が凍ってしまったかのように。
「ほう。奇門遁甲八陣の結界空間ですか。つまり閉じ込められてしまったというわけですね」
「これで心置きなく戦えるだろう」
「戦う? 僕はフェミニストでして、女性の方とは戦いたくありませんから」
それにしても妖魔にしては良く喋るものだ。
こうした場合、何か弱点があってそれを悟られないように、気を反らそうとしていることが多いものだ。或いは相手の反応を見ながら付け入る隙を見出そうとしている時もある。夢鏡魔人がそうであったように。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
「おやおや、問答無用というわけですか。仕方ありませんね、お相手いたしましょう」
戦いがはじまる。
妖魔の魔法と、蘭子の呪法とが互いに交差して炸裂する。
緒戦は相手の手の内を読みあうせめぎ合いが続くが、妖魔はぴょんぴょんと跳ね回って、はぐらかすように容易に隙を見せない。
まるで本気で戦う意思がないようである。
「白虎!」
式神を召還する蘭子。
地を駆け回る猛虎にして、最も敏捷性が高い。
逃げ回る妖魔を追い込むには一番であろう。
十二天将のうち、この白虎だけは呪法を唱えなくても呼び出せることができる。蘭子が三歳の時だった。晴代が召還した白虎に面白がって近づいて、手なずけて仲良くなってしまったのである。いわゆる霊感波長が共振したというべきだろう。以来、白虎を呼び出しては、その背中に乗って一緒に遊んでいたという。その様子を見た晴代は、蘭子の陰陽師としての並々ならぬ才能を見出し、御守懐剣の琥鉄と土御門家当主の座を譲り渡す決断をしたという。
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