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2017年6月28日 (水)

夢鏡の虚像 其の拾肆

 道子の部屋の前に立つ晴代と蘭子。
「陰形{おんぎょう}の術をかけておくぞ」
 陰形の術は、平安時代前期の文徳天皇・清和天皇の頃に活躍した宮廷陰陽家の滋丘川人{しげおかのかわひと}が得意とした呪法。身を隠し守る護法の一つである。
 静かにドアを開けて中に入る二人。
 相変わらずの酷い惨状であるが、ある程度片付けなければ仕事にならない。
 床に散らばっている物を拾い上げて端に寄せ、ガラステーブルを中央に据えて作業台とする。ベッド回りも邪魔にならない程度に片付ける。
 奇門遁甲八陣の方位に当たる部屋の周囲に燭台を置いて、ローソクに火を点し、死門の位置に例の「夢鏡魔鏡」を設置する。道子と夢鏡魔鏡とを結ぶ直線上の中心に対して直交する位置に、書物庫にあった「夢の魔鏡」と「鏡の魔鏡」を平行かつ等距離に置く。
「例のものは持ってきたな」
「はい」
 蘭子は懐から紙粘土を取り出して中心点に置いた。この紙粘土には自身の髪の毛を、呪法を唱えながら練りこんで形代としたもので、夢の世界と鏡の世界を移動する蘭子の分身ともいうべきものである。さらに式神を呼び出すための呪符をその下に敷いた。
 部屋中に張り巡らされた方位陣、虚空の世界を往来するための魔鏡の配置など。
 すべて準備が整った。
「蘭子、覚悟はいいな」
 おごそかに晴代が言った。
 場合によっては、夢鏡魔人との戦いに敗れ、命を失うかもしれないし、鏡の中に閉じ込められて二度と出られなくなるかもしれない。陰陽師としてのすべての力を出し切り、命がけの戦場へと向かう蘭子の心意気は本人にしか判らない。
「はい。いつでも結構です」
 と、目を閉じ手を合わせて、精神統一をはかった。
「では、いくぞ」
 晴代が心身解縛の呪法を唱え始めると、蘭子の身体が輝きだした。身体と魂の遊離がはじまったのだ。やがて魂が完全に離れ、いとおしそうに身体にまとわりついている。
 さらに虚空転送の呪法を唱え始める晴代。すると蘭子の作った形代が輝きだした。
「夢の中へ、いざ!」
 晴代がカッと大きく目を見開いて、手を合わせてパンと鳴らすと、蘭子の魂が形代の中へと、スッと消え入った。
 大きなため息を付いて肩を下ろす晴代。
 しかし、これで終わったわけではない。深呼吸をすると再び呪法を唱え始めた。道子の生命を保ち続けるための呪法に取り掛かった。
 晴代と蘭子が全身全霊をかけた戦いが幕を下ろしたのである。

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