夢鏡の虚像 其の拾伍
その頃、蘭子は摩訶不思議なる空間を彷徨っていた。
呪法が成功して道子の夢の中に入り込んだようである。
それにしても、目に見える景色が異様なまでに形容しがたいもので、抽象画のキュビズムのようだったり、墨流しのようだったり、刻々と変化を続けていた。
無理もないかもしれない。他人の夢など具象化できるものではないだろう。
それでは夢鏡魔人は、その光景をどのように見ているのだろうか。
その時、するどい突き刺さるような声が轟いた。
「誰だ! 私の神聖な領域を侵す奴は」
景色の一角がスパイラル状に動いたかと思うと魔人が姿を現した。その姿が見えるのは、道子が見ている夢ではなく、実際として虚空に存在しているからだろう。
「あなたが夢鏡魔人ね」
「ほう。現世では、私のことをそう呼んでいるのかね」
「なぜ、夢に入り込んで人を苦しめるのか。そして殺してしまう」
「なぜ? それは、人が食物を摂取するのと同じだよ。私が生きるためであり、人が苦しみもがく負の精神波を命の糧としているからだよ。悪夢を見せるだけでもいいんだがね。それではつまらないから、当人に殺人を犯させたりして、より苦しむところを眺めて楽しんでいるのさ。まあ、道楽みたいなものだ」
「道楽ですって? 許せないわ。謄蛇よ、ここへ!」
蘭子が叫ぶと、火焔に包まれた神将が現れた。式神十二神将の中でも桁違いの通力と生命力を有する四闘将【謄蛇・勾陣・青龍・六合】の一神である。
「なるほど、式神というわけか。しかし、式神では私を倒せないことは知っているのではないか?」
「おまえの精神力を削ぎ落とすくらいはできるはずだ。その間に、弱点を探し出して倒してみせる」
はったりであった。
おそらく、この道子の夢の中では、鏡の世界に本性を持つ夢鏡魔人は倒せないだろう。もちろん魔人の方も蘭子を倒せないのは同様である。
「こざかしい真似を……。ならばこうしてくれるわ」
蘭子の身体が浮かび上がり、空間に出現したスパイラルの中へと、魔人共々吸い込まれていった。
残された式神は自然消滅していった。
そこはうって変わって荒涼としたただ広い空間だった。
至る所に無数の鏡が浮かんでおり、足元にも水溜りのような水面が広がっている。
「これが夢鏡魔人の世界?」
「その通りだ」
背後から声が掛かり、振り向くと夢鏡魔人がふてぶてしい表情で立っていた。
「ここは私の世界だ。鏡を通して世界中どこへでも往来できた……。しかし今は封印されて、この魔鏡のみからしか現世へ渡れなくなってしまった」
魔人のそばに一つの鏡がスッと寄ってきた。
そこには、道子の部屋の中の様子が映し出されていた。部屋の八方に点されたローソク、ガラステーブルの上に置かれた二対の魔鏡。そのそばで一心不乱に呪法を唱える晴代がいた。
「なるほど……。二人掛かりというわけか。娘の夢の中にいたせいで、こんな仕掛けをしていたとは気づかなかったよ。なるほどたいした陰陽師の術者のようだな」
「おまえを倒すための方策は十分にとってある。覚悟することね」
「まあ、そう急くな。私のとっておきのコレクションを見せてあげよう」
と、パチンと指を鳴らすと、別の鏡が現れた。
そこに映る光景を目にして息を呑む蘭子。
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